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すべり、つまずき、転倒による労働災害の防止
SPECIAL REPORT Preventing slips, trips and falls in the workplace
Managing slips, trips and falls

資料出所:英国安全評議会(British Safety Council)発行
「SAFETY MANAGEMENT」2002年9月号 p.33-42

(仮訳 国際安全衛生センター)


 すべり、つまずき、転倒は、従業員の重大傷害の最大原因にもかかわらず、職場の危険要因のひとつとして、事業者に軽視されがちである。本稿では、事業者が、職場におけるすべりやつまずきによる事故件数を減少させるためにとるべき手順について述べる。

 オフィス労働者が廊下に放置された段ボールなどの障害物につまずいたり、工場労働者が清掃されずにこぼれたままのオイルで滑ったり、物につまずき、転倒する危険は、様々な労働環境の下で働く人びとに影響を及ぼす。
 こうした種類の危険は昔から認知されてきたにもかかわらず、平らな場所でのすべり、つまずき、転倒は、現在に至るまでの長年の間、従業員の重大負傷の最大原因となっている。そして、安全衛生庁(HSE)の最新の統計によると、2000-01年までその状況は変わっていないことがうかがえる。


浸透していないメッセージ

 統計を見ると、「すべりやつまずきによる事故がもたらす危険を深刻に受け止め、決して些細な問題と見なしてはいけない」というメッセージが事業者の間で浸透していないことがうかがえる。事実、すべり、つまずき、転倒による傷害は、人体に傷害をおよぼすだけではない。安全衛生庁によると、これらの傷害によって英国経済に毎年、概算7億6300万ポンドのコスト、英国企業や産業に対してだけでも3億7000万ポンドのコストがかかっている。さらには、作業中のすべりやつまずきによって負傷し、その賠償を請求する労働者が増えるにつれ、こうしたコストはますます増加していくだろうと、安全衛生庁は警告している。
 安全衛生庁はこれらの統計結果に対応して、2001年に作業中のすべり、つまずき、転倒の事故件数を減少させることを目的にした新戦略を打ち出した。長期におよぶこの戦略は、安全衛生委員会(HSC)の2001-2004年戦略プランの中の8つの鍵となる優先分野のなかのひとつに組み込まれている。2000年6月、英国政府は、英国における安全衛生基準を向上させる試みとして、『安全衛生再生戦略』を打ち出した。そして、このプランは、企業や産業が、『安全衛生再生戦略』に定める目標を、達成できるように設計されている。この戦略のもと、安全衛生委員会は2004年までに作業中のすべりやつまずきによる事故件数を10%減少させることを目標としている。


戦略の主な狙い

 この戦略は、すべりやつまずきによる傷害の最多発生件数を記録している産業分野、すなわち、地方行政当局(LAs)が管轄している分野と、安全衛生庁(HSE)が管轄している建設、衛生サービス分野を対象にしている。
 事業者、職場安全代表者、安全衛生庁および地方行政当局監督官が、職場におけるすべり、つまずきの潜在的危険性を特定し、適切に管理できるように確認することが、この戦略の主な狙いである。そして、この戦略に基づき、2002/2003年より、地方行政当局および安全衛生庁の監督官が、調査対象となる職場をしぼって一連の調査を実施し、特定産業部門の事業者が職場におけるすべり、つまずきの危険性を減少させるための適切な指導を受けているかどうかの確認も行う。


より良い理解

この戦略のもう一つの狙いは、事業者や従業員の間で、作業中のすべりやつまずきが引き起こす危険性に関して更に理解を深めることである。安全衛生庁は、2002/2003年度における重点事項を設定することで、この目標を達成しようと意図している。重点事項には以下の項目が含まれる。
■ 作業中のすべり、つまずきを防止するキャンペーンを展開すること。すべりやつまずきによる傷害の防止に関する安全衛生庁の新しいガイダンス冊子の発行も、そのキャンペーンの一環といえるだろう。
■ 特定産業分野に対して、作業中のすべり、つまずきを防止するためのセミナーや巡回キャンペーンを展開すること。
■ 事業者が実際に現場で使用できるような、作業中のすべりやつまずきによる事故を防止するための新しい安全衛生庁の部門別ガイダンスを開発すること
■ すべり、つまずき、転倒の防止に関するガイダンスを提供し、安全衛生庁の重点事項を推進するため、安全衛生庁のホームページに「すべり・つまずき」専用のページを開設すること
 
 さらに安全衛生庁は、すべり、つまずき、転倒の原因究明にむけた、新たな大規模調査を計画している。その調査には、地方行政当局管轄分野から報告された全てのすべり、つまずき事故に関する詳細な研究も含まれている。また安全衛生庁は、「作業中のすべり、つまずきが発生しやすい職種が存在するかどうか」を検証する長期にわたる調査の実施を計画している。この戦略には、CD-ROMベースの新しいソフトウェア・パッケージ「ペデストリアン・スリッピング・エキスパート・システム(The Pedestrian Slipping Expert System)」の開発も視野に入れられている。このソフトウェア・パッケージは、安全衛生庁と地方行政当局の監督官が、特定の労働状況に関連するすべり、つまずきのリスクについてのデータを入手するために使用される。このソフトウェア・パッケージは、2002/2003年度に、監督当局で試験運用される予定である。そしてゆくゆくは、事業者も利用可能になるであろう。

 さらに2001年には、安全衛生庁は新しいガイダンスビデオ『すべり防止ーーー傷害とコスト削減のためのすべり管理(Stop Silps - Managing Slips to Reduce Injuries and Costs)』を作成した。このビデオでは、事業者向けに作業中のすべり事故の危機管理方法について説明している。特にこのビデオでは、作業中のすべりに関するリスクアセスメントの実施方法の概説と、さまざまな職場で適応可能なすべり、つまずき、転倒防止のための実用情報を提供している。


潜在的な危険の特定

 作業中のすべり、つまずき、転倒についての防止条項を盛り込んでいるような安全衛生法は特に存在しない。しかし事業者は、1999年の労働安全衛生管理規則(Managing of Health and Safety at Work 1999)の下、職場におけるすべりやつまずきの潜在的な危険を特定するためのリスクアセスメントを行い、それらの危険に対する有効な管理手段を講じる義務を負っている。それに加え、1992年(衛生、安全、福祉に関する)職場規則(the Workplace (Health , Safety and Welfare) Regulations 1992)では、事業者に対して職場の全てのフロアーを良好な状態に保ち、障害となるものが除去されているようにするよう求めている。
 安全衛生法では、すべり、つまずき、転倒から従業員を守るよう、事業者にしっかりと義務づける一方で、「階段を走って登り降りしてはならない」とか、「マニュアルハンドリング(注:重い物を持ち上げるといった作業)を行なう際には正面の床がちゃんと見えるかどうかを確認しなければならない」など、従業員に対しても自分および他者の安全衛生に対する責任を規定している。
 すべり事故やつまずき事故による傷害のタイプはどれも非常に似ている場合が多いが、傷害をもたらした原因がまったく異なる点は注目に値する。たとえば、足が床にうまく接地できなかったり、床の表面をしっかり捉えられない状態だとすべりは起きる。安全衛生庁によると、報告されたすべり傷害の90%は濡れた床の上で発生していて、床に何かがこぼれていたり、靴底が床の表面になじまないことが事故原因となっている。


歩行の障害物

 それに対してつまずきは、通常の足の動作が何らかの理由で阻害され、結果としてバランスを崩すときに起きる。安全衛生庁によると、報告されたつまずき事故の全体の75%は、床を這うケーブル類や箱など、何らかの障害物が引き起こしている。さらにつけ加えると、すべりやつまずきによる危険は、職場の他の要因と複合し、その危険性は倍増する。たとえば、明るすぎる照明がまぶしくて、すべりやつまずき事故の発生する可能性が増加することもある。逆に薄暗い照明のために、障害物やこぼれたものを確認できず、すべる危険性が高まることもある。


アセスメント担当者の任命


 すべりやつまずきの危険に取り組む際に事業者がはじめにとるべき手順は、職場のリスクアセスメントを実行することである。事業者は、不適切なフロアリングや床を這うケーブル類、固定されていないカーペットのような、明らかにすべりやつまずきの原因となる危険がないかを調査する担当者を任命すべきである。

 担当者は、状況を特定するために、現存する危険要因が過去においてすべりやつまずきによる事故原因となっていたか、職場事故記録および健康障害記録を遡って調べてみることも有用と言えよう。
 リスクアセスメントを実施する際、アセスメント担当者は、誰がすべりやつまずきの危険にさらされる可能性があるのかを見極めるべきである。すなわち、全ての従業員がさらされている危険を考慮に入れるということである。ここで言う従業員には、職場環境の特殊性を十分に認識していない新人労働者や臨時労働者、現場に常駐していないスタッフも含まれる。いったん危険が特定されたら、事業者はただちにすべり、つまずき、転倒の潜在的原因に対して講じられている措置が果たしてそれで十分かどうか、判断するべきである。


リスクアセスメント

 当然のことながら、はじめに実施されたリスクアセスメントは、プロセスの最終目的ではない。リスクアセスメントの再検討や定期的なアップデイトが必要である。なぜなら新設備や新しい作業手順などが導入される際には、必ずと言ってもいいほど、職場に新たな危険が発生するからである。
 リスクアセスメントが完了したら、従業員にアセスメント結果を通知することが重要である。なぜなら、採用されたリスク管理方法の影響を最も大きく受けるのは従業員だからである。このことが意味するのは、従業員が、目の前にある危険や新しい安全作業慣行に敏感になるようにしむけるべきだということである。そしてそれには、必要に応じて特別な安全訓練を行うことも含まれる。
 すべり、つまずきが起きる危険を特定したら、事業者は危険が除去もしくは低減されるようにする必要がある。最も効果的な方法として、職場が清潔かつ整然と保たれるようにするための健全な職場環境管理手順の導入が挙げられる。
 基本的な職場環境管理ガイドラインには、以下の事項が含まれていなければならない。

■ 職場を整然とした状態に保つこと。使用していない備品は適切な場所に収納しておくこと
■ 廃棄物は適切な容器に捨てること。容器の中の内容物は定期的に空にしておくこと
■ 通路、階段、出入り口付近に余計な品が置かれているようなことがなく、ちゃんと片づけられているようにすること
■ こぼれたものはすぐに拭き取ること


定期的な清掃の実施

 すべりやつまずきの危険を最小限に減らすために、職場内のあらゆる場所について、定期的に清掃を行う計画を樹立するべきである。そこで事業者は、清掃と廃棄物処理が計画的かつ定期的に行われているか調査しなければならない。
 作業場をどの程度まで清潔にする必要があるかについては、その作業場の使用目的によって異なる。たとえば、従業員が食事をする場所は、工場よりも清潔にしておく必要があるといえるだろう。しかし、最低限の基準として、床や通路は週1回は清掃するべきである。そして、適当な容器に収納できない汚物や廃棄物は、就業日ごとに最低でも1回は処分するべきである。

 事業者は、適切に清掃を実施すると同時に、効果的な方法で管理することも重要である。有効な管理計画には、以下の項目が含まれていなければならない。
■ 床と履物を定期的に検査し、手入れし、修理すること
■ 製品取り扱い説明書に従い、床と履物を良好な状態に保つこと
■ 濡れた床などの危険な場所は、適切な是正措置が完了するまで立ち入り禁止にすること
■ 損害を受けた場所をすぐに修復することができなければ、柵や危険標識を立て、人が出入りできないようにすること
■ 管理が適切に実施されているかを確認できるよう、記録を保管しておくこと


適切な照明

 職場に十分な照明設備を取りつけることは、すべり、つまずきによる事故の低減に重要な役割を果たすと同時に、適切な労働環境管理を行なう上での最重要事項と考えるべきである。職場の照明が不十分だと、障害物や液体の流出に気づかず、傷害を負う危険性が増大することになる。
 そこで、事業者とリスクアセスメント担当者は、以下に挙げる項目について考慮すべきである。
■ 構内ーーー 特に階段や傾斜路などの高低差がある場所ーーーを安全に移動できるように十分な照明が設置されているか
■ 照明の取りつけ部品の清掃手順や、不具合のある電球や蛍光管の報告および交換に関する手順が整備されているか
■ 夜間、屋外の歩行者用通路に十分な照明が設置されているか
■ 照明が明るすぎて、まぶしく感じられるような場所はないか


すべりにくい床材の使用等

 床の表面の状態を整えることは、有効な労働環境管理を実施する以上に職場の危険の低減に重要な意味をもつ。たとえば、配膳が行われる場所では液体の流出も日常的に発生するが、そうした環境では、簡単に清掃できる床材を選ぶことが大切である。

 しかし、衛生的であるからといって、床を完全に滑らかな状態に保つ必要性が必ずしもないということは、記憶にとどめておく価値がある。表面がざらざらした床は、頻繁に清掃する必要があるが、とくに濡れた状態では滑らかな床よりもすべりにくい。
 さらに、パイプの漏れや結露の滴などによる、液体の流出を発見したら早急に対処すべきである。一方で、高低差のある場所には、標識やペイント、線の入ったテープ(訳注:注意を即すために、黄色と黒の縞のテープがよく使われる)などで目立つように印をつけておくべきである。

 床の種類としては、以下ののようなものがある。
 カーペット:適切に設置して手入れをすれば、カーペットは、すべりやつまずきの防止に最も効果的な表面材となりうる。しかし、カーペットには潜在的な問題がいくつかある。例えば、カーペットの色柄に惑わされ、足を踏み外す従業員が出てくる可能性があり、そうした危険は階段付近や段差部分で発生しやすい。さらに、カーペットの縁かがり糸の種類によって、つまずく危険性も出てくるだろう。カーペットの洗浄剤の使用で表面がすべりやすくなることもある。
 テラゾ(人造大理石):この表面は、モルタル層に大理石の砕石を散りばめて研ぎ出している。 一般的に、テラゾは清潔で乾いた状態であってもすべりやすく、表面が濡れていると非常に危険である。
 大理石:この贅沢な床材にはテラゾと同様の欠点がある。その上、設置コストが非常に高く、手入れはさらに厄介である。大理石のすべりにくさは、職場に出入りする人びとの往来によって表面に発生した摩損の度合いで変わってくる。
 セラミック製タイル:セラミック製タイルは、製造過程で表面をざらざらに加工することもできる。しかし、床の表面の耐久性やすべりにくさの度合を予測するのは難しい場合が多い。
 コンクリート:ブラシをかけたコンクリートには、大抵の職場に適するすべりにくい仕上げが施されている。
 木製:ワックスや合成塗料を塗ると、木製の床は非常にすべりやすくなる。

 
 しかし、「新しい床材に取り替えずとも、現状の床のままですべりにくさを高めることもできるのではないか」という意見も一考に値する。たとえば、きめの粗い粒子を含んだ樹脂膜で覆ったり、コンクリートの表面を粗く仕上げるために化学的な処理を施すのである。
 もうひとつの解決方法は、スーパーマーケットやサラダバーのような、何らかの液体の流出が予測される場所に、マットを敷くのである。マットは、職場内の他の床の表面が、湿気や液体で汚れるのを防ぐ時に役立つ。
 マットを使ってすべり、つまずき、転倒を効果的に防止するには、マットを床に平らに敷かなければいけない。ほとんどのマットは斜面や傾斜した縁でも使用可能であり、そこにマットを敷くことで盛り上がった縁で足をすべらせる可能性は減る。しかし、縁に合わせてカーペットが丸まったり、カーペットの厚味が異様に分厚くなったりすると、すべりやつまずきに対する防止機能が働かなくなり、逆にすべり、つまずきの原因を生み出してしまう。


労働環境の変化への対応

 職場におけるすべりやつまずきを防止するためには、職場に適した履物を従業員に支給することが重要である。労働環境が異なれば要求される特性も異なってくるため、あらゆる環境に適合するような万能の履物を特定することは不可能である。しかし重要なことは、従業員に適切なサイズで、床の表面になじみ、必要に応じて修理や交換が可能な履き物を支給することである。
 確かに、保護具の装着によって、足に関する傷害件数は年々減少している。しかし、足の保護具を装着することはほかの保護具と同様、すべての防護対策がとられた後の最終手段であることを肝に銘じなければならない。


適切な床材

 入手可能な安全靴には、以下に挙げる種類のものがある。
 セーフティー・トレーナー(safety trainers):この靴は普通のトレーニングシューズのような形をしているが、トレーニングシューズよりも重く、靴底はクッション性のあるソールが使用されている。しかし、高温の状況下で長時間履き続けるとやや熱がこもりやすい。
 ケミカル・アンクル・ブーツ(chemical ankle boots):このブーツには通常ゴム製で、底にすべり止めがついており、特別にすべりにくくなっている。舌革がすき間なく縫い込まれており、紐穴から液体が進入するのを防いでいる。
 セーフティー・ウェリントン(safety wellingtons): セーフティー・ウェリントンは、ゴムもしくはポリ塩化ビニルで作られており、解体現場や建築現場で使用されている。セーフティー・ウェリントンには、つま先が補強され靴底に強力なすべり止めが装備されている。この靴に、釘やワイヤーなどの先端の尖った物が足を貫くのを防ぐ鉄製ミッドソール(中敷き)を付けて購入することもできる。
 
 事業者にとって大切なことは、すべり、つまずき、転倒による危険を真剣に受け止め、従業員の身の安全を守るために役立つ適切な手段を導入することだ。特に事業者は、危険を評価し、効果的な管理を実践すべきである。そのための手段として、「有効な労働環境管理手順を導入し、職場に適した履物を従業員に支給し、職場に適切な床材を使用する」などの例が挙げられる。事業者がこれらを実行すればすべり、つまずき、転倒が、作業中の重大事故を引き起こす最大要因として安全衛生庁のリストのトップを独占しつづけることを阻止できるようになる。そうすることで、休業率の低下と生産性の向上を招き、結果的に事業者は財務上のメリットを享受できるようになるのである。