この冊子について
この冊子の目的は、人間工学的にデザインされた最も適切な非電動手工具を選択、購入するための指針を提供することにある。この冊子の情報および手工具チェックリストは、この分野の文献や専門家の意見をもとに作成されたものであり、それぞれの手工具が基礎的なエルゴノミクスデザインの特性を備えているか否かを判断する上でのこのチェックリストの信頼性はすでに確認されている(Dababneh
他*)。適切な工具を使うことにより、手根管症候群(CTS)、腱炎、筋肉痛等の傷害のリスクは減少するものと思われる。
*Dababneh A, Lowe B, Krieg E, Kong YおよびWaters T。「非電動手工具のエルゴノミクス評価のためのチェックリスト」(A
Checklist for the Ergonomic Evaluation of Non-Powered Hand Tools)、労働環境衛生ジャーナル(Journal
of Occupational and Environmental Hygiene)、2004年12月号
注:この冊子は手工具を選択、購入する際に考慮されるべきエルゴノミクス特性の大部分をカバーしているが、すべての特性を網羅しているわけではない。具体的には工具の重さ、バランス、振動や保守などについては触れていない。
この冊子の情報の使用は義務ではなく、またこの冊子はCal/OSHA規則を遵守するための情報を事業者に提供することを目的としているわけではない。 |
非電動手工具は、建設、製造、農業等の多くの分野で幅広く使用されている。全国規模のデータによると、筋骨格系障害と呼ばれる数多くの傷害は労働環境における手工具の使用に原因があり、不要な苦痛、休業、経済的損失をもたらしている。労働に関連する筋骨格系障害の予防は、米国国立労働衛生研究所(National Institute for Occupational Safety and Health: NIOSH) およびカルフォルニア労働安全衛生庁(California Occupational Safety and Health Administration: Cal/OSHA)の双方にとって優先度の高い課題である。NIOSHおよび Cal/OSHAは、この種の傷害を減少させるために、適切な手工具のデザインおよび選択が重要であると認識している。
しかしながら、然るべき訓練を積んでいない人にとって、エルゴノミクスの視点から工具を評価するのは困難であると思われる。この文書の目的は、エルゴノミクス的方法を明らかにし、事業者や労働者に、傷害を引き起こす可能性の低い非電動手工具、すなわちより少ない力で、より少ない反復作業で、さらに不自然な姿勢を取ることなく効果的に使用できる非電動手工具を識別するための指針を提供することにある。ここで紹介しているのは手工具使用についてのエルゴノミクスの基礎であり、これらの原則は、手工具の使用方法や使用対象となる仕事を知ることで、手工具を選択する通常の方法を補足するものである。
この文書に述べている妥当で常識的なアプローチは次のような課題に直接適用することができる。
- 従来の工具デザインをそのまま続けるか、新しいデザインを採用するかを判断する
- 異なるデザインの有効性を評価する
- 対象となる仕事と作業者にとって適切なサイズと形状を選ぶ
さらに、この文書には作業者への身体的ストレスを減少することが明らかにされている幾つかのデザイン特性について工具を比較する簡単なチェックリストも含まれている。我々は、このチェックリストとその関連資料が、仕事をより安全に、快適に行うことを可能にし、生産性を向上させる工具を選びたいと願っているすべての人々にとって実際に役に立つことを願うものである。
John Howard, M.D. |
Len Welsh, M.S., J.D. |
Director, NIOSH |
Acting Chief, Cal/OSHA |
これはエルゴノミクスに照らして適切な手工具だろうか?
判断するのは作業者自身
一部の工具は、エルゴノミクス製品やエルゴノミクスの特性を備えたデザインの製品として宣伝されている。しかし、工具がエルゴノミクスの観点から適切なものとなるのは、その工具が実際に行っている作業に適し、不自然な姿勢や、悪影響をもたらす接触圧力、その他の安全衛生上のリスクを生じさせることなく、作業者の手に馴染むときのみである。もし作業者が自分の手に合わない工具を使用したり、その工具の意図されている目的以外の用途に工具を使用した場合、手根管症候群、腱炎、筋肉痛等の傷害を発症する恐れがある。このような傷害は、墜落等の一回の事故で起こるわけではなく、長い期間にわたって行われた反復動作に起因するものである。この長期間にわたる反復動作が筋肉、腱、神経、靭帯、関節、軟骨、脊椎円板や血管を損傷する可能性がある。
不自然な姿勢
(Awkward Postures)
首、肩、肘、手首、手または背中や腰を痛める姿勢。曲がる、かがむ、ひねる、伸ばす等が不自然な姿勢の例である。
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パワー・グリップ
(Power Grip:力を込めて握る)
強い力の必要な作業で、最大限に手の力をこめて握ること。5本の指全部でハンドルを握る。 |
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接触圧力
(Contact Pressure)
堅い表面や先端、尖ったかどが体のいずれかの部分を圧迫する圧力 |
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ピンチ・グリップ
(Pinch Grip:つまむ、はさむ)
正確さや精密さが必要な作業において、指ではさんでコントロールする。工具は親指と指先ではさんで握る。 |
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シングル・ハンドルの工具
(Single-Handle Tools)
ハンドルの長さや直径の寸法で表示される管状の工具。
直径:ハンドルの中央部分の端から端までの直線の長さ。 |
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ダブル・ハンドルの工具
(Double-Handle Tools)
ハンドルの長さやグリップ・スパンで表示されるプライヤー状の工具。
グリップ・スパン:工具の握りが開閉するときの親指とその他の指のあいだの距離 |
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傷害による損失は大きい。特に、その傷害のために仕事ができない場合はなおさらである。 |
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良い工具とは次のような工具である。
- 従事している作業に適している。
- 作業者の手に合っている。
- 作業スペースに適している。
- 快適な作業姿勢で使用できる。
- 作業に必要な力を軽減できる。
問題があるかどうかを見分ける方法
次のような症状がある場合には注意が必要である。
- うずき
- 頻繁な筋肉疲労
- 関節の膨らみ
- 筋肉の痛み
- 動きがにぶくなる
- しびれ
- 握力が低下する
- 手または指先の皮膚の色が変わる
- 動かすとき、圧力や振動を受けたとき、低温にさらされたときに痛みを感じる
これらの症状はすぐに表れるのではなく、何週間、何ヶ月、何年という時間をかけて進行する。気付いた時には傷害は深刻になっている場合もある。症状に気付く前に対処することが必要である。
このガイドラインを使って傷害のリスクの少ない手工具を選択する: |
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A. |
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自分の仕事を知る |
B. |
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自分の作業スペースを見る |
C. |
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自分の作業姿勢を改善する |
D. |
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「手工具を選ぶときのヒント」を参照して、 |
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工具を選択する |
チェックリストを使って最も適切な工具を選ぶ。チェックリストに記載されている特性は
「手工具を選ぶときのヒント」に対応している。
工具を選ぶ前に、自分が行う仕事について考えてみる。工具は特定の目的のためにデザインされている。工具をその目的以外の用途に使用すると、その工具を破損することが多く、また作業者に痛みや不快感をもたらしたり、傷害を負わせる原因にもなる。作業に適した工具を選び、傷害を負う危険性を軽減する。
工具を分類し、それぞれの種類で最もよく使用されている工具の例を次に示す。
切断する、はさむ、
つかむための工具 |
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打つ、たたくための
工具 |
例:
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例:
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打ち込むための
工具 |
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打って、たたいて
つくられた工具 |
例:
・ |
ネジ回し |
・ |
ハンド・レンチ |
・ |
ナット
・ドライバー |
・ |
T形ハンドル
・レンチ |
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例:
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次に、力を加えるための工具が必要なのか、精密さが要求されるのかを考える。それぞれの目的に合わせて、適切なハンドル直径やグリップ・スパンの工具を選ぶ。
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力が要求される仕事
(power tasks)の場合:
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シングル・ハンドルの工具 |
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力が要求される作業の場合のハンドル直径は1.25インチから2インチ。
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ダブル・ハンドルの工具 |
力が要求される作業の場合の開いたときのグリップ・スパンは3.5インチ以下。 |
力が要求される作業の場合の閉じたときのグリップ・スパンは2インチ以上。 |
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精密さが要求される作業
(precision tasks)の場合:
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シングル・ハンドルの工具 |
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精密さが要求される作業の場合のハンドル直径は0.25インチから0.5インチ。 |
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ダブル・ハンドルの工具 |
精密さが要求される作業の場合の開いたときのグリップ・スパンは3インチ以下。 |
精密さが要求される作業の場合の閉じたときのグリップ・スパンは1インチ以上。 |
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次に、自分の作業スペースを見る。不自然な姿勢での作業は余分な力を必要とする場合があるため、与えられた作業スペース内で使用できる工具を選択する。例えば、狭い場所で強い力が必要な作業の場合は、パワー・グリップで握る工具を選択することが望ましい。ピンチ・グリップの場合は、パワー・グリップに比べると力がかなり弱くなる。従って、ピンチ・グリップで作業を仕上げるにはより多くの力を必要とすることになる。
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→ |
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ピンチ・グリップ |
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パワー・グリップ |
狭いスペースで作業をする場合、ハンドルの長い工具は使用できない場合がある。長いハンドルを使用することによって余分な力を使い、不自然な姿勢になったり、手に悪影響を与える接触圧力がかかることがある。作業スペースにあった工具を使用することが大切である。ハンドルの短い工具なら、手首を伸ばしたまま、まっすぐ作業を行うことができる。
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→ |
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ハンドルの長い工具 |
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ハンドルの短い工具 |
作業姿勢が悪いと余分な力が必要となる。工作物を置く位置によっては、肩、肘、手首、手、背中や腰の姿勢に悪影響を及ぼす場合もある。可能な場合には、継続的に加える力が最小で、快適な姿勢で使用できる工具を選ぶ。適切な工具を使用すると、首や肩、背中や腰をリラックスした状態に保つことができ、また腕を体の近くで使えるため、痛みや疲労を最小限に抑えることができる。
例えば、肩や肘を上げないようにする。肩と肘がリラックスしていれば快適性が増し、下向きの力が加えやすくなる。
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座っている場合 |
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立つ |
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立っている場合 |
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工作物の向きを変える |
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低い作業面で作業する |
長期にわたって不自然な姿勢の作業や悪影響を及ぼす接触圧力を受ける作業を行うと、傷害を引き起こす危険性がある。自分の手に合った工具、自分の作業に合った工具を選ぶことで、このリスクは軽減することができる。
手工具を選ぶときのヒント
力を加える作業の工具は大きな力を必要とし、精密、正確な作業の工具は小さな力を必要とする。
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力が要求される作業に使うシングル・ハンドルの工具:ハンドルの直径が1.25インチから2インチの握りやすい工具を選ぶ。ハンドルにスリーブを取り付ければ直径を太くすることができる。

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スリーブをつけた工具 |
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精密さが要求される作業に使うシングル・ハンドルの工具:ハンドルの直径が0.25インチから0.5インチの工具を選ぶ。 |
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力が要求される作業に使うダブル・ハンドルの工具(プライヤー状のもの):閉じたときのグリップ・スパンが2インチ以上で、開いたときのグリップ・スパンが3.5インチ以内の工具を選ぶ。力を加え続ける必要がある場合には、クランプやグリップ、ロッキングプライヤーの使用を考える。
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閉じたときのグリップ・スパン |
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開いたときのグリップ・スパン |
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精密さが要求される作業に使うダブル・ハンドルの工具(プライヤー状のもの):閉じたときのグリップ・スパンが1インチ以上で、開いたときのグリップ・スパンが3インチ以下の工具を選ぶ。
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閉じたときのグリップ・スパン |
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開いたときのグリップ・スパン |
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つまむ、つかむ、切断するなどの用途に用いるダブル・ハンドルの工具:バネ付きでハンドルが開いた状態に戻る工具を選ぶ。
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鋭い角や指用の溝がない工具を選ぶ。
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軟らかい素材でコーティングした工具を選ぶ。工具のハンドルにスリーブを取り付ければ表面を覆うこともできるし、同時にハンドルの直径は太くなり、グリップ・スパンも広がる。(上記1,2,3,4を参照)
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手首を伸ばした角度で使える工具を選ぶ。
力を水平方向(前腕および手首と同じ方向)に加える場合は、真直ぐなハンドルよりも曲がったハンドルのほうがよい。
力を垂直方向に加える場合は、曲がったハンドルよりも真直ぐなハンドルのほうがよい。
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真直ぐなハンドル |
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曲がったハンドル |
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利き腕またはどちらの腕でも使える工具を選ぶ。
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強い力を必要とする作業:ハンドルの長さが手の幅の一番広い部分(およそ4インチから6インチ)より長い工具を選ぶ。
ハンドルの先が手のひらの神経や血管を圧迫しないように注意し、接触圧力を防ぐ。
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ハンドルが短すぎると先端が手のひらを圧迫し、傷害につながる場合がある。 |
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グリップをよくするために表面に滑り止め加工を施した工具を選ぶ。工具にスリーブを取り付けるとハンドル表面の手触りがよくなる。スリーブと工具との間の滑りを防ぐため、使用中にスリーブがきちんとフィットしているか注意する。
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注意:スリーブを付けるとハンドルの直径は太くなり、グリップ・スパンも広がる(上記1、2、3、4を参照)。 |
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工具とスリーブ |
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これらのガイドラインは以下の資料を参考にしている。
米国産業衛生協会(American Industrial Hygiene Association)「手工具のためのエルゴノミクスガイド」(An Ergonomics Guide to Hand Tools)p.18
Dababneh A、Lowe B、Krieg E、Kong Y、Waters T「非電動手工具のエルゴノミクス評価のためのチェックリスト」(A
Checklist for the Ergonomic Evaluation of Non-Powered Hand Tools)、労働環境衛生ジャーナル(Journal
of Occupational and Environmental Hygiene)、2004年12月号
イーストマン・コダック社「働く人のためのエルゴノミクスデザイン」(Ergonomic
Design for People at Work) 第2巻、p.350
イーストマン・コダック社「働く人のためのエルゴノミクスデザイン」(Ergonomic
Design for People at Work) 第1巻、p.146
コダック社の働く人のためのエルゴノミクスデザイン Kodak's (Ergonomic Design
for People at Work)第2版、p.349 |