このページは国際安全衛生センターの2008/03/31以前のページです。
国際安全衛生センタートップ国別情報(目次) > アメリカ OSHA 介護施設向けガイドライン 筋骨格系障害予防のためのエルゴノミクス

介護施設向けガイドライン
筋骨格系障害予防のためのエルゴノミクス

資料出所:OSHAホームページ
(仮訳:国際安全衛生センター)

原文はこちらからご覧いただけます
http://www.osha.gov/ergonomics/guidelines/nursinghome/final_nh_guidelines.pdf



目次
       
要旨

    2
第一部 はじめに     4

         
労働者保護のプロセス     6
  マネジメント支援の実施     6
  労働者の参加     6
  問題の把握     6
  解決策の実施     7
  障害報告の実施     7
  研修の実施     7
  エルゴノミクス的な取り組みの評価     7

         
第三部
施設入所者の持ち上げ移動と体位変換における問題の把握及び解決策の実施     9
  持ち上げ移動と体位変換における問題の把握     9
    図1. 移動:ベッド・椅子間、椅子・便座間、椅子・椅子間、車内座席・椅子間     11
    図2. 水平移動:ベッド・ストレッチャー/トロリー間     12
    図3. 移乗:椅子・ストレッチャー間     13
    図4. ベッド上での体位変換:右左側臥位、引き上げ     14
    図5. 椅子での座り直し:車椅子、高齢者用リクライニング式車椅子     15
    図6. 床からの挙上     16
  持ち上げ移動と体位変換における解決策の実施     17
         
第四部 持ち上げ移動と体位変換以外の動作時の問題の把握及び解決策の実施     25

         
第五部   研修     29
  障害のリスクを負う看護助手及びその他の労働者     29
  主任看護師と監督者の訓練     29
  プログラムマネジャー研修     29

         
第六部 その他の情報源     31

         
参考文献         33

         
付録:   介護施設における事例検討     34
           



要旨

 本ガイドラインは、介護施設内における労働者の業務上筋骨格系障害(MSD)の発生件数減少と軽度化を目的とした対策案を提供するものである。MSDには腰痛、坐骨神経痛、回旋筋腱板障害、外上顆炎、手根管症候群などが含まれる。本ガイドラインにおける対策案は入手可能な科学的情報に加え、現行の慣行やプログラム、州ごとのOSHAプログラムの再検討に基づいており、また同業者組合及び専門職組合、労働団体、医学界、個人企業、その他の関係者の代表からの意見を反映したものである。思慮深い意見、提言を寄せて下さりご支援頂いた多数の関係組織並びに関係者へOSHAより感謝申し上げる。

 職場における労働とMSD発症との関係については依然研究の余地がある。しかしOSHAは多くの介護施設が蓄積してきた経験が、労働者を確実に災害から保護するための行動の根拠となると考えている。なおこれらの障害の理解が進み、情報と技術が進歩するのに伴い、本文で述べた対策案は変更されることがある。

 本ガイドラインは介護施設向けに作られものだがOSHAはこの情報が、同様の作業環境の生活支援センター、障害者施設、高齢者施設、病院などの雇用主にも役立つと期待している。

 またOSHAは、特に小規模企業の事業者は、本ガイドラインで述べられている全ての行動と方法を実践することによって実現する包括的プログラムを必要としていないことも認識している。更にOSHAは、小規模企業の雇用者の多くが適切なエルゴノミクス・プログラムの実践に際して支援を必要としていることも理解している。我々がOSHAによる小規模施設の事業者のための無料コンサルティング・サービスを強調するのはそのためである。この相談サービスはOSHAの施行(法律による強制)活動からは独立しており、介護施設業界を支援するためのものである。

 本ガイドラインの本質は助言であり、情報を提供するものである。新しい基準、あるいは規則ではなく、新たな責務を生じさせるものでもない。米国労働安全衛生法では、事業者がエルゴノミクス的な危険因子に対応しなければならない範囲が、一般的義務に関する条項(29 U.S.C. 654 (a) (1))によって定められている。事業者によるガイドラインの不履行は違反ではなく、一般的義務に関する条項に違反した証拠にも当たらず、また、違反の証明に使うことはできない。また、OSHAによる本ガイドラインの作成は、一般的義務に関する条項に基づき事業者に責務があることを示すものでもなく、またその証明に使うことはできない。本ガイドラインで、ある対策が提案されているが、事業者がこれを導入していない場合、一般的義務に関する条項に違反した証拠には当たらず、その証明に使うことはできない。更に、ここで提案されている対策は、個々の雇用に関するニーズおよび人的資源に適応させることが必要である。従って、ガイドラインの実施形態は、各職場の環境に応じて異なる可能性がある。

 具体的な方法は職場によって異なるが、OSHAは以下のことを奨励している:

  • 人による入所者の持ち上げ移動はいかなる場合においても最小限にとどめ、可能であれば行わない。

  • 事業者が実施する効果的なエルゴノミクスのプロセスとは:

      マネジメント支援の実施
      労働者の参加
      問題の把握
      解決策の実施
      障害報告の実施
      研修の実施
      エルゴノミクス的な取り組みの評価

 本ガイドラインは上記の対策案を詳細に述べたものであり、事業者が問題の把握や、労働者の研修に役立つ追加情報も含まれている。特に職場におけるMSDsを減らすために事業者が実施できる解決策の例は重要である。入所者の持ち上げ移動や体位変換に関する解決策は第三部で、またその他のエルゴノミクス的な問題についての解決策は第四部で述べる。付録は、ある介護施設がMSDsを減らすために活用したプロセスを述べた事例検討である。




第一部 はじめに

 入所者の持ち上げ移動と体位変換の方法に的を絞って障害防止策を実施した介護施設では、業務上障害の発生及びそれに伴う労災補償額を大幅に減らすことができた。より安全で快適な作業環境を整えた結果、職員の転職率の低下、研修・マネジメントコストの削減、無断欠勤の減少、生産性、労働者の士気、また、入所者が感じる快適性の向上といった付加的な利益を生み出した施設もある。本ガイドラインは、介護施設で実績を上げた手法を用いて、事業者よる、施設内での業務上筋骨格系障害の発生件数の削減と軽度化を目的とした対策案を提供するものである。

 オハイオ州アッパーサンダスキーにあるワイアンドット郡介護施設では、全入所者の持ち上げ移動の介助を専用の機器で行い、電動介護ベッドを購入するという対策を実施した。施設によると入所者の持ち上げ移動を原因とする腰痛は、五年以上の間発生していないという。同施設では、労災補償額が年平均約14万ドルから4千ドル未満に減り、無断欠勤と残業の減少は、年におよそ5万5千ドルの節約という結果をもたらした。また職員の転職に伴うコストの削減により更に12万5千ドルを節約することができた (1)。(参考文献参照)

 介護施設入所者のケアは体力を要する仕事である。入所者は歩行、入浴、その他の日常生活動作に介助を必要とすることもしばしばで、中には、動作の全てを介護者に頼らねばならない入所者もいる。体位変換を含む持ち上げ移動及びその他の動作は、介護者の、特に腰部の痛みや障害を引き起こすリスクの増大と関係している (2, 3)。入所者の体重が重かったり、入所者がベッドにもたれている、或いは狭い場所での作業、入所者が動いている際バランスを失ったり力が抜けたときに発生する体重移動で生じる不安定な姿勢といった様々な要因により、こうした作業は十分な体力が必要となる。介護施設で働く労働者が抱えるリスクファクターを以下にあげる。
  • 力 − (重い物を持ち上げるような)作業を行う、または機器や工具を操作するために必要な身体的労力の量。

  • 反復運動 − 同じ動作や一連の動作を続けてまたは頻繁に行うこと。

  • 不安定な姿勢 − 移動の際に肩の高さ以上に手を伸ばす、ひざを曲げる、しゃがむ、ベッドにもたれる、或いはものを持ち上げながら体幹をひねるといった体に負担のかかる体位をとること。

 上記のリスクファクターに過度にばく露された労働者は、様々な障害を引き起こす恐れがある (3, 5)。このような状態を総称して筋骨格系障害(MSDs)と言う。MSDsには腰痛、坐骨神経痛、回旋筋腱板障害、外上顆炎、手根管症候群のような症状が含まれ(6)、初期症状には持続する痛み、関節可動域の制限、軟部組織の腫脹がある (3, 7)。

 人による入所者の持ち上げ移動を廃止するプログラムの実施後、ニューヨーク州ナイアガラの滝にあるSchoellkopf保健センターでは、障害の発生数減少と軽度化により損失労働日数が364日から52日に、軽い仕事の日が253日から25日に減り、また労災補償額は年84,533ドルから6,983ドルに減少した (4)。

 時間をかけて徐々に進行していくMSDsもあるが、たった一度の重い持ち上げ作業で急激に進行することもある (3)。職場以外での、かなりの物理的運動をともなう活動が、MSDsの原因または一因となりかねない (6)。また、MSDsの発症には遺伝的要因や性別、年齢などの要素が関連していることもある (5,6)。最後に、MSDsの発症報告は、仕事に対する不満や短調な作業内容、狭い職務上の裁量範囲などといった心理社会的要素と関連しているという根拠がある (5, 6)。本ガイドラインでは、MSDs発症に関連する職場の身体的要因にのみ言及する。

 ミズーリ州ボリバーの市民記念医療保健施設では既存の安全衛生プログラムにエルゴノミクス的要素を取り入れた結果、OSHAの記録にある持ち上げ移動に関連した障害の発生数が、エルゴノミクス的な取り組み開始以前と比較して、以後四年間は少なくとも毎年45%減少したと報告されている。持ち上げ移動に関連した障害による損失労働日数も、それ以前の四年間の各年より少なくとも55%減少したとされる。また同施設はこの改善が五年以上にわたる労災補償額の約15万ドル節約に直接結びついていたと報告している (8)。



第二部 労働者保護のプロセス

  介護施設において必要とされる肉体労働の結果生じる障害は、事実上発生数減少も軽度化も可能であり、関連コストも削減できる (2, 9)。人力による入所者の持ち上げ移動代替手段の導入は、介護施設におけるエルゴノミクス的プロセスおよび本ガイドラインの主要目標である。OSHAは人力による入所者の移動はいかなる場合においても最小限にとどめ、可能であれば行わないことを奨励している。またOSHAは事業者が施設内のエルゴノミクス的な問題に組織的に対処するプロセスを推進し、労働安全衛生上のリスクファクターの認識と防止のためにこのプロセスをプログラム全体に組み込むことを奨励している。

 効果的なプロセスは各介護施設の特徴に合わせて作成することが望ましいが、OSHAの提案する一般的な手法を以下にあげる。

マネジメント支援の実施

 管理者によるしっかりとした支援の実施は成功を導き出す機会である。OSHAは事業者が明確な目標を立て、指名した職員にその目標を達成する責務を課し、必要な人的資源を提供した上で、職員が確実に責務を全うできるように計らうよう勧めている。安全で衛生的な職場の提供には、管理者の積極的な支援があって初めて実現する持続的な取り組みと資源の割り当て、そして定期的なフォローアップが必要である。

労働者の参加

 職場におけるリスクファクターに関する情報源として労働者の参加が不可欠である。彼らが参加することで問題解決能力が高まり、リスクファクター認識の手助けとなる。また、意欲向上と仕事の満足度上昇をもたらし、職場改善の際それらをより受け入れやすくすることにもつながる。労働者の参加には以下のことがあげられる:
  • 提案、問題の提示
  • 職場と作業方法についての議論
  • 作業、機器、手続き、研修に関する計画立案への参加
  • 機器の評価
  • 労働者アンケート調査への回答
  • エルゴノミクス的責務を担ったプロジェクトグループへの参加
  • 介護施設におけるエルゴノミクス・プロセスの推進への参加

問題の把握

 介護施設では、職場でのエルゴノミクス的な問題を把握するために組織的な手法を取り入れればより効率的に問題を認識できる。顕在的問題、或いは潜在的問題が介護施設内のどこで起こりうるかという情報は、OSHA様式300及び301の傷害と疾病情報、労働者からの補償請求の報告、事故やニアミスの調査報告、保険会社の報告、労働者の面接・調査、作業環境の見直しと観察など様々な情報源から得られる。こうして得られた情報は、問題に関連した業務内容の把握と評価に役立てられる。第三部と第四部では、介護施設の環境におけるエルゴノミクス的な問題を把握する方法に関するより詳しい情報を紹介する。

解決策の実施

 エルゴノミクスに関連した問題を把握したら、リスクファクターを排除するための適切な方法を選択し、実施する。効果的な解決策には、通常リスクファクターの排除及び作業環境の改善といった職場の変化が含まれる。この変化は機器の使用法か作業慣行もしくは両面から行われるのが普通である。入所者の持ち上げ移動や体位変換の方法を選択するにあたっては個別的な要素を考慮しなければならない。その要素とは、入所者のリハビリ計画、機能回復のニーズ、医学的禁忌、緊急事態、尊厳と権利などを指す。解決策の例は第三部、第四部で紹介する。

障害報告の実施

 たとえ有効で安全かつ衛生的なプログラムを導入しても、傷害や疾病は発生する。業務上のMSDsは、他の職業性傷害、疾病と同様の方法・プロセスの下にマネジメントされることが求められる (10)。他の多くの傷害や疾病のように、事業者と労働者はMSDsを早期に報告することで利するところがある。障害を軽度化し、治療効果を上げて身体障害や後遺症が残る可能性を最小限にし、それに伴う労働者の補償請求及び費用を減らすには、早期診断と代替の業務プログラムといった早期介入は特に重要である。OSHAの傷害と疾病の記録と報告に関する規則 (29 CFR 1904)では、業務上傷害と疾病に関する記録を保管するよう事業者に求めている。こうした報告が、介護施設が問題領域を把握しエルゴノミクス的取り組みを評価するのに役立つことになる。業務上の傷害や疾病を報告した労働者を差別することを禁じている[29 U.S.C.660(c)]。

研修の実施

 労働者と管理者が職場における潜在的エルゴノミクス的問題を確実に認識し、双方に障害のリスクを最小限に抑えられる方法を理解してもらうために、研修は必須である。エルゴノミクス的な研修は、必要とされる作業能力を備えて業務を遂行するために行われる一般的な研修に組み入れることができる。有効な訓練では各労働者の業務上の問題を網羅している。訓練に関する詳細な情報は第五部で紹介する。

エルゴノミクス的な取り組みの評価

 介護施設はエルゴノミクス的な取り組みの効果を評価し、未解決問題の追跡調査をしなければならない。傷害と疾病の減少や、エルゴノミクス的解決策が有効だったかについての追跡調査、新たな問題の把握、更なる改善を要する場所の明確化に継続的に取り組む際にこの評価が役立つ。評価と追跡調査は、持続的な改善と長期的な成功の中心的役割を担う。OSHAは、一度解決策を取り入れたら事業者がその効果を確かめるよう進めている。この段階では様々な指標(例えばOSHA様式300及び301の情報データ、労働者補償に関する報告)から、労働者の面接といった他の手段同様に有用な経験上のデータが得られる。例えば介護施設で新しいリフトを導入した後、事業者は問題が適切に対処されているかを確認するために、労働者と話し合いながら追跡調査を実施する。更に面接により、解決策が適切かということだけでなく正しく活用されているかを確かめられるといった仕組みができる。多くの事例で問題の把握に用いられたのと同じ手法で評価を行うことができる。





第三部 施設入所者の持ち上げ移動と体位変換における問題の把握及び解決策の実施

持ち上げ移動と体位変換における問題の把握

 典型的な介護施設での作業は入所者の度重なる持ち上げ移動と体位変換であるため、就業中に労働者が障害を負う可能性のアセスメントは困難である。持ち上げ移動と体位変換は常に一定ではなく、動的で事実上予測不可能な作業である。加えて、入所者の尊厳、安全性、医学的禁忌といった要素も考慮されなければならない。その結果、介護施設でのその他の作業に関連した障害の可能性をアセスメントするにはあまり相応しくない特殊な方法を用いて、入所者の持ち上げ移動と体位変換をアセスメントする。

 入所者の持ち上げ移動と体位変換の分析は、対象のニーズ及び能力のアセスメントも含まれる。ここでは職員に入所者の個別性を説明してもらい、同時に入所者のための適切なケアとサービスを提供するケアプランの範囲内でその動作を行うのに最も安全な方法を決定する。一般的にこのような方法では入所者の機能維持・回復のニーズは勿論、安全性、尊厳その他の権利にも配慮する。入所者のアセスメントでは以下のような要素を検討する必要がある。

  • 入所者が必要とする介助レベル
  • 入所者の身長と体重
  • 入所者が理解し協力しようとする能力と積極性
  • 持ち上げ移動または体位変換方法の選択に影響を及ぼす健康状態

 上記の要素は、入所者の持ち上げ移動と体位変換の適切な方法を定める際に非常に重要となる。介助に必要な機器及び介護者の人数は入所者の身長と体重によって決まることもある。入所者の身体的・精神的能力もまた適切な解決策の選択に重要な役割を果たしている。例えば、自分の体重の一部を支える力と意欲がある入所者は、移乗機を用いてベッドから椅子への移動が可能かもしれないが、自分で体重を支えられない入所者には機械吊り上げリフトの方が適している。入所者の状態に関係するその他の要素も考慮に入れる必要がある。例えば、最近では、股関節置換術を受けた入所者には患部への負担を回避するための機器が必要となってくる。

 数多くの手順書が、入所者のニーズと能力の組織的な調査及び/或いは移動と体位変換時に活用できる手順と機器の奨励を目的に作られてきた。以下はその一部である。
  • メディケア・メディケイドサービスセンター (CMS) が出版したThe Resident Assessment Instrumentでは、各入所者のケアプランに結びつく入所者の能力とニーズのアセスメントのための体系化・標準化された方法が述べられており、介護者は入所者の持ち上げ移動や体位変換時の適切な手法を決定する際にこの情報を活用することができる。多くの介護施設が、CMSの介護施設で必要な条件に従ってこの方法を採用している。詳細はウェブサイト(www.cms.ffs.gov/medicaid/mds20/)を参照のこと。

  • 患者安全調査センターと復員軍人保健局、国防総省から出版されたPatient Care Ergonomics Resource Guide: Safe Patient Handling and Movementの中では関連する入所者のアセスメント要素をフローチャート(図1〜6を参照)で示し、入所者の持ち上げ移動と体位変換プログラムの解決策を勧めている。この文献はうまく活用されたアセスメント方法の成功例である。詳細は、ウェブサイト(www.patientsafetycenter.com)を参照のこと。介護施設の経営者は、違った方法で、もしくは施設内でより効果的に使えるアセスメント方法を開発することが可能である。

  • Lift Program Policy and Guideと題したOSHAとビバリーエンタプライズ社間の合意文書の付録Aでは、CMS分類に基づいた入所者の持ち上げ移動と体位変換の問題の解決策を奨励している。ランク4はあらゆる場面で全介助が必要な入所者、ランク3は広範囲の介助を要する入所者である。ランク2/1はごく限られた場面での介助/一般的な見守りが必要な入所者を指す。ランク0は自立した入所者である。詳細は、ウェブサイト(www.osha.gov)を参照のこと。介護施設の経営者には各介護施設の状態に適した評価方法を使用することが求められる。肥満症である (極端に体重の重い) 入所者の特別なニーズには、更なる対応が必要である。補助機器は体重が重い人にも使えるようなものでなければならないし、場合によっては業務内容の変更も必要である。

 介護施設における多くの人々が、入所者のアセスメント、持ち上げ移動や体位変換時の適切な介助方法の決定に寄与している。他職種のチームには正看護師、看護助手、看護師長、理学療法士、医師そして入所者とその代理人全てが含まれる。入所者のニーズと能力は短期間でかなり変化するが、介助を行う労働者はその変化に最も気づきやすく、適応しやすいため、直接入所者のケアや介助を担当する労働者の参加は非常に重要である。


図1. 移動:ベッド・椅子間、椅子・便座間、椅子・椅子間、車内座席・椅子間


  • 座位補助機器には格納式または着脱可能な肘掛付の椅子が必要である。
  • 全身吊り上げリフトに関しては、(もし車体が目的地を出発或いは到着したら)車体から患者に近づけるように設計されたリフトを選択する。
  • 部分的に体重を支えられるのであれば、健側方向へ移動する。
  • トイレ用吊具は排泄時に使用する。
  • 入浴用メッシュタイプ吊具は入浴時に使用する。
出典: 患者安全調査センター (フロリダ州タンパ)、復員軍人保健局、国防総省、2001年10月。


図2. 水平移動:ベッド・ストレッチャー/トロリー間

  • 表面は患者の水平移動面と同じ高さにする。
  • 第3、4ステージの褥瘡のある患者のケアは、ずれの力が加わらないように行う。

出典:患者安全調査センター (フロリダ州タンパ)、復員軍人保健局、国防総省、2001年10月。


図3. 移乗:椅子・ストレッチャー間


注釈:
・ 高/低の調節可能な台やストレッチャーが理想的である。

出典:患者安全調査センター (フロリダ州タンパ)、 復員軍人保健局、国防総省、2001年10月。

図4. ベッド上での体位変換:右左側臥位、引き上げ

  • これは一人で行う業務ではない ― ベッドの頭の方から引き上げないこと。
  • 患者をベッド上で引き上げる際はベッド柵を下ろし、重力を利用するためベッドは平ら或いはトレンデンブルグ体位にする。
  • 第3、4ステージの褥瘡のある患者のケアは、ずれの力が加わらないように行う。
  • ベッドは職員の安全面から適当な高さ(肘の高さ)にする。
  • ベッド上での"引き上げ"時に患者の協力が得られれば、膝を曲げて1、2の3の掛け声により、足底でベッドを押しつけるように患者に依頼する。

出典:患者安全調査センター (フロリダ州タンパ)、 復員軍人保健局、国防総省、2001年10月。


図5. 椅子での座り直し:車椅子、高齢者用リクライニング式車椅子


注釈:
・ これは一人で行う業務ではない:椅子の背後から引き上げないこと
・ 椅子の機能を最大限に活用する。例えばリクライニング機能、座り直しを楽にする肘掛の使用。
・ 必ず椅子の車輪はロックすること。

出典:患者安全調査センター (フロリダ州タンパ)、復員軍人保健局、国防総省、2001年10月。

図6. 床からの挙上


注釈:
・ 床まで降下できる全身吊り上げリフトを使用すること(殆どの新しいモデルは可能)
・ *フロリダ州タンパの復員軍人病院のAudrey Nelson医師の意見による修正。

出典:患者安全調査センター (フロリダ州タンパ)、復員軍人保健局、国防総省、2001年10月。


持ち上げ移動と体位変換における解決策の実施

 OSHAは以下に述べる解決策で完全なリストを明記するつもりはなく、全ての解決策がどんな施設にも適用できるとも考えていない。これは、施設が実施を検討できる、可能な限りの選択肢を示したものである。解決策の多くはシンプルで、実施に際し時間や資源をあまり必要としない機器や手順についての常識的な改善であるが、それ以外の解決策ではより大幅な変更に取り組まなければならない。介護施設内での様々な解決策の統合は、慎重に計画した上で実施すれば長期的な利益に繋がる戦略的決定である。また管理者は、特定方法の適用を制限しかねない入所者のリハビリ計画、機能回復のニーズ、他の医学的禁忌、緊急事態、尊厳と権利といった要素があることを認識しなければならない。

 解決策の実施に際し、機器の調達と販売業者の選択は重要な問題である。事業者は販売業者と親密な取引関係を築く必要がある。そうした取引関係により、労働者の研修を取り入れる、特別な状況に応じて機器を変更する、必要時に部品調達やサービスを受けるといったことが容易になる。事業者はその機器の効果、特にその機器を使用した他の介護施設での障害や疾病の発生に特別な関心を寄せることになる。以下の疑問は各介護施設のニーズを最も満たす機器と業者を選ぶ際に役立ててもらいたい。

  • 技術サービスの利用: リフトの修理やサービスに関するサポートは直接現場でだけでなく電話でも利用可能か。

  • 部品の入手: ストックがあり短期間で入手可能な部品はどれか、またそれが施設にはいつ頃届くのか。

  • 保管の必要性: その機器は施設には大き過ぎないか。使用場所の極近くに保管できるか。

  • 必要な充電部品とバックアップ電池は備わっているか。必要の際、充電器の充電部品はシンプルなものか、また省スペース型か。

  • もしリフトに自給の充電部品が組み込まれていたら、充電にはどれ程のスペースが必要か、どんなコンセントが必要か。最短充電時間はどれ位か。

  • リフトの底面はどれ位の高さか、ベッドや様々な家具の下に進入できるか。リフトの底面はどれ位の幅か、その幅で広げたりロックしたりする調節は可能か。

  • 典型的な体重200ポンドの人を持ち上げるリフトの操作には何人必要か。

  • リフトの可動部(吊具)は離れた場所でも作動できるか。

  • 吊具のサイズと種類はどれ位あるか。感染防御対策に最適な吊具にはどんな種類があるか。

  • その機器は用途が広いか。持ち上げ機能だけでなく、座位・立位補助リフト機能もあるか。また座位・立位補助リフト及び歩行器としても使えるか。

  • その機器の速度と騒音はどれ程か。リフトは床まで降下できるか。どれ位の高さまで上昇するか。

 入所者の数や施設の構造といった数多くの要素を考慮し、事業者は必要な機器の数と種類を決める。機器は労働者が利用しやすいように設置する。もし必要時にリフトが使えなかったら、エルゴノミクス的プロセスにおける他の側面からの効果がなくなってしまうことになる。もし施設が必要な機器の一部しか購入できない場合は、ニーズが最も高い場所に設置する。事業者は機器が順調に作動しているかを確認するため、日常のメンテナンス業務日程を作成する。

 入所者の持ち上げ移動と体位変換動作に関する解決策の例を以下にあげる。


座位から立位への動作

説明:電動移乗機、電動立位補助機


対象:
部分介助を要するが自分の体重を多少支えることができ、協力的で介助により或いは介助なしでベッド上端座位がとれ、腰・膝・足首の屈曲が可能な入所者の移動。ベッドから椅子(車椅子、高齢者/心臓病患者用リクライニング式車椅子)、椅子からベッド、または入浴、排泄時の移動。作業場所や保管場所が限られていても移動に使用できる。

留意点:吊具のサイズが豊富で、昇降式リフト、携帯電池、手動操作、緊急停止機能、手動制御機能を備えたものを選ぶこと。必ず入所者の体重に適しているか確認する。電気/電池式リフトでは、入所者のよりスムーズな移動と介護者の身体的負担軽減が可能となるクランク型或いはポンプ型装置が好まれる。


  

入所者の持ち上げ

説明:床走行式リフト(吊り上げタイプ)。一般的/ハンモック状吊具或いはベルト状/脚部の吊具もかけられる。

対象: 全介助が必要である、部分的にまたは全く体重を支えることができない、非常に体重が重い、その他に身体的制限がある、のいずれかに該当する入所者の移動。ベッドから椅子(車椅子、高齢者/心臓病患者用リクライニング式車椅子)、椅子または床からベッド、入浴、排泄時、或いは転落後の移動。

留意点:複数の介護者が必要である。吊具の種類が豊富で、昇降式リフト、携帯電池、手動操作、緊急停止機能、手動制御機能、ブーム感圧スイッチを備えており、機器の周辺を移動しやすく、支持基底面がベッド下に進入できるものを選ぶ。吊具が幾つもあると、その内の一つを入所者がベッドか椅子にいる僅かな時間にも使い続けることができ、介護者が入所者を移動・体位変換する回数が減る。床走行簡易リフトは作業場所や保管場所が限られている場合に便利である。必ず機器が入所者の体重に適しているか確認する。電気/電池式リフトでは、入所者にとってよりスムーズな移動と介護者の身体的負担軽減が可能となるクランク型或いはポンプ型装置が好まれる。入所者の安全性と快適性の向上に役立つ。


  

入所者の持ち上げ

説明:天井走行式リフト

対象:全介助が必要である、部分的にまたは全く体重を支えることができない、非常に体重が重い、その他に身体的制限がある、のいずれかに該当する入所者の移動。ベッドから椅子(車椅子、高齢者/心臓病患者用リクライニング式車椅子)、椅子または床からベッド、或いは入浴、排泄時、転落後の移動。他の機具を使うと仰臥位時のベッドからストレッチャー或いは担架への水平移動に危険を伴う入所者の移動に、据置式レールもしくは天井に取り付けられた吊具を使う。

留意点:複数の介護者が必要である。介助しなくても自分でリフトを使える入所者もいる。床走行式リフトより速く移動できる。モーターは据置型にも移動型にも(軽量種)できる。操作は機器に装備されている手動操作または赤外線遠隔操作で行う。必ず機器が入所者の体重に適しているか確認する。移動中の入所者の安全性と快適性の向上に役立つ。


  

歩行

説明:歩行器

対象:自分で体重を支えることができ、協力的だが、歩行時に特に安全面の配慮と援助が必要な入所者

留意点:入所者の歩行中の安全性を高め、転倒のリスクを減らす。入所者の歩行を援助する機器であり、歩行中は常に押しながら歩く。安全な高さは歩行開始前に入所者に合わせて調整する。機器は使用前に正常に作動するか確認し、入所者の体重に適しているか確認する。入所者が位置につく前または離れる前にブレーキをかけておく。


  

水平移動:体位変換

説明:以下の器具と合わせて使用する、横シーツまたは持ち手付きの簡易移動ベッドのように入所者の移動時の摩擦力を減少させる器具。
(滑りやすいシーツ、低摩擦マットレスパッド、スライディングボード、ビニールカバーとローラー付のボードやマット、移動器具を備えた担架、そして空気入りスライディングボードもしくはポータブル空気補充装置付柔軟マットレス。)

対象:部分的にまたは全く体重を支えることができない入所者の、仰臥位時のベッドからストレッチャー或いは担架のような2つの水平面間の移動やベッド上での体位変換。

留意点:このような移動や体位変換を行う際は、複数の介護者が必要である。体重が重い、協力を期待できないといった入所者の状態によっては更に介助が必要となる。肥満症の入所者には適さない器具もある。横シーツを組み合わせて使う時は、横シーツの端を丸めてしっかり握るか、或いは滑りやすいシーツのような持ち手付低摩擦器具も一緒に使う。シーツの長辺に持ち手のヒモが付いている、幅の狭い滑りやすいシーツは幅の広いものより使いやすい。ビニールカバーとローラー付のボードやマットを用いる時は、優しく押しながら引っ張って入所者を移動させる。入所者の快適性を高め、皮膚損傷のリスクを最小限にする器具の組み合わせを選ぶこと。必ず移動面には段差を無くし、介護者が過剰に手を伸展したり腰を曲げたりしないように腰の高さで作業できるようにする。掛け声に合わせて介護者間で同時に移動動作を行う。


  

水平移動:体位変換

説明:ストレッチャー型車椅子、高齢者/心臓病患者用リクライニング式車椅子(車椅子にもなるベッド)

対象:部分的にまたは全く体重を支えることができない入所者の水平移動。車椅子・ベッド間の持ち上げ動作の必要がなくなる。また部分的に体重を支えられる入所者の座位−立位動作の補助も可能である。車椅子兼用ベッドは全介助を要する、全く体重を支えることができない、非常に体重が重い、その他に身体的制限がある、のいずれかに該当する入所者の体位変換を介助する。

留意点:水平移動を行う際は、複数の介護者が必要である。体重が重い、協力を期待できないといった入所者の状態によって、水平移動に際し更に介助が必要となる。体位変換には低摩擦器具も必要となる。肥満症の入所者には頑丈なベッドを用いる。機器は、介護者の手が届きやすい位置に簡単なコントロール装置があり、足元を邪魔するものがなく、調節範囲が広いものが良い。電動の高さ調節装置は、身体的負担を最小限にするためクランク機構が好まれる。常時使用前は必ず正常に作動するかを確認する。車輪には必ずストッパーをかける。また移動面には必ず段差を無くし、介護者が過剰に手を伸展したり腰を曲げたりしないように腰の高さで作業できる高さにする。


  

椅子での座り直し

説明:様々な姿勢になれる高齢者/心臓病患者用リクライニング式車椅子

対象:部分的にまたは全く体重を支えることができないが協力的な入所者

留意点:複数の介護者が必要であり、もし入所者が椅子での体位変換に参加することが不可能なら、低摩擦器具が必要である。必ず介護者の正しいボディメカニクスを活用する。椅子に車輪があれば用途は広がる。椅子の調節、移動、運転が容易かどうか確認する。体位変換の前には椅子のストッパーをかけること。適宜テーブル、フットレスト、シートベルトを外す。必ず入所者の体重に適しているかを確認する。


  

座位での水平移動

説明:トランスファーボード―木製またはプラスチック製(回転クッション付もある)

対象:座位のバランスが良く協力的な入所者の、ベッドから車椅子、車椅子から車内座席、あるいは便座等異なる移動面の間での移動(横滑り)。また必要な介助は僅かだが、安全性と身体の支持をさらに必要とする入所者にも適用できる。

留意点:回転クッションは移動中の入所者の快適性を高め、組織損傷の発生率を低下させる。水平移動を行う際は複数の介護者が必要である。必ず入所者の皮膚と移動器具の間に布を敷くこと。回転クッションは安楽のため小さなタオル地で被われている。大柄な入所者には快適ではないかもしれない。通常入所者の状態により、安全のため歩行ベルトと併用する。両端の幅が先細で、縁は丸みを帯びていて適当な重量限度のあるボードを選ぶ。必ずベッドや椅子の車輪はストッパーをかけ、移動面は同じ高さにする。適宜ベッド柵を下げて、椅子の肘掛とフットレストを外す。


  

座位から立位への動作

説明:立ち上がり補助機能付クッションと立ち上がり補助機能付椅子

対象:自分で体重を支えることができ協力的だが、立位と歩行時に介助を要する入所者の移動。立位に後押しが必要な自立した入所者にも適用できる。

留意点:立ち上がり補助機能付クッションは、スプリング装置を作動させるレバーで入所者の立ち上がりを介助する。これは体重の重い入所者には適さない。立ち上がり補助機能付椅子は手動操作でゆっくりと前方へ傾け、入所者の体を起こす。入所者にはレバー又はコントロールボタンの操作ができる身体的・知的能力が求められる。常に使用前に機器が正常に作動するか、使用する入所者の体重に適しているか確認する。入所者の自立を支援する機器である。


  

座位から立位への動作

説明:ベッド・椅子取り付け型、または独立型立位補助具

対象:自分で体重を支えることができ協力的で、自力で座位から立位になれる入所者の移動。立ち上がりに特に援助を要する自立した入所者に適用できる。

留意点:使用前に器具が安定しているか、使用する入所者の体重に適しているかチェックする。フレームがベッドにしっかり取り付けられているか、或いはもしフレームがマットレスで固定されているなら、そのマットレスは十分な重さかを確認する。入所者の自立を助ける器具である。


  

体重測定

説明:車椅子専用スロープ付体重計、体重測定機能付移動式電動床走行式リフト、体重測定機能付ベッド

対象:部分的にまたは全く体重を支えることができない、或いは全介助を要する入所者が体重測定のために行う移動を減らす。

留意点:より大きなサイズの車椅子を載せられる体重計もある。体重測定機能付ベッドでは、ベッドの重量が加算されるおそれがあるが、適切な作業位置まで降下させれば防止できる。


  

座位から立位への動作と歩行

説明:持ち手付歩行/移動介助ベルト

対象:部分的に介助を要するが自分の体重を支える力が多少あり、協力的な入所者の移動。椅子での体位変換、歩行介助、場合によっては誘導、転落防止、転落後のベッド・椅子間、椅子・椅子間、椅子・車内座席間の移動介助

留意点:複数の介護者が必要である。クッション入り持ち手付の介助ベルトであれば、握り易く、安全性も増して移動しやすい。常に入所者の健側方向へ移動する。ベルト使用時は、正しいボディメカニクスを活用し、持ち上げ動作より揺れ・引っ張り動作を用いる。体重が重い、或いは最近腹部か腰部の手術を受けた、腹部大動脈瘤があるなどの入所者の歩行にはベルトは適さない。入所者の持ち上げに使用してはならない。移動中は安全のため必ず介助ベルトを締め、入所者に安易に外されないようにする。表皮剥離を防ぐため、皮膚とベルトの間に布を重ねてあてる。介護者は移動中できる限り入所者の体を常に自分に引き寄せる。ベッド柵を低くし、椅子の肘掛、フットレストその他移動の障害物になりかねないものは取り外す。

転倒後を考えて、常に移動前に入所者を障害についてアセスメントする。入所者が最小限の介助で再び立位を取れるなら、持ち手付歩行/移動介助ベルトを用いる。背筋を伸ばし、脚を曲げてできるだけ傍に寄り添う。また立位を取り直すのにより多くの介助が必要なら、電動床走行式或いは天井走行式リフトを活用して入所者を移動させる。


  

体位変換

説明:電動昇降式ベッド

対象:介護者が入所者と関わる時に腰を曲げる回数を減らすため、ベッド上でのケア、移動、体位変換を含む全ての業務に使用。

留意点:ベッドは、電動調節を普及させるため介護者の手の届きやすい位置に使い易いコントロール装置があり、足元を邪魔するものがなく、調節範囲が広いものを選択する。調節は労働者に必ず使用してもらうため、20秒未満で完了するのが望ましい。ベッド下転落の危険がある入所者には、床付近まで降下するベッドが必要になる。肥満症の入所者には頑丈なベッドを用いる。電動昇降式ベッドでは、入所者の移動をスムーズにし、介護者の身体的負担を最小限にするためクランク式が適している。


  

体位変換

説明:トラピーズバー、ハンドブロックとにベッドフレームに取り付けられたプッシュアップバー対象:介護者の動作に協力できる入所者の体位変換。すなわち上半身の力があり、上肢が使えて、指示に従うことのできる協力的な入所者。

対象:介護者の動作に協力できる入所者の体位変換。すなわち上半身の力があり、上肢が使えて、指示に従うことのできる協力的な入所者。

留意点:入所者はベッド上で頭上のフレームに吊るされた吊革を掴み、自分の体を起こして体位変換するのにトラピーズバーを活用する。肥満症の入所者には頑丈なトラピーズバーを用いる。介護者が介助している場合は、ベッドの車輪にストッパーをかけたか、ベッド柵を下げたか、そしてベッドの高さは介護者の腰の高さに調節されているかを確認する。またハンドブロックを使うと、入所者がベッド上での起き上がり及び体位変換を自力でできるようになる。ベッドフレームに取り付けられたプッシュアップバーも使用目的は同様である。体重の重い入所者には適さない。入所者の自立を助ける器具である。


  

体位変換

説明:骨盤挙上器具(臀部リフト)

対象:協力的で、挿し込み便器を使用するために臀部を上げる体位がとれる入所者の介助。

留意点:この器具の活用により、入所者を排泄のために持ち上げる必要性が減る。器具を骨盤の下に挿入する。骨盤下に入った部分が膨張するため骨盤が持ち上げられ、その下に挿し込み便器が挿入できる。この手順を行う間ベッドを少し背上げしておく。ボディメカニクスを正しく使い、ベッド柵を下ろし、ベッドを介護者の腰の高さまで調節し、腰を曲げる回数を減らす。


  

浴槽、シャワー、トイレ

説明:昇降式浴槽、出入りしやすい浴槽

対象:直接浴槽で立ち座りのできる入所者の入浴、或いは歩行可能な入所者の低い浴槽または入りやすい浴槽への簡単な移乗を介助する際に使用。また入浴専用の吊具を使用した電動床走行式リフトか天井走行式リフトでの入所者の入浴時。

留意点:介護者と使用後の清掃担当者が、不安定な姿勢をあまり取らずに済む。浴槽が上昇するので介護者が腰を曲げたり、手を伸ばしたりする必要がなくなる。ボディメカニクスを正しく使い、清潔ケアを行う際は浴槽を介護者の腰の高さに調節する。入所者の安全性と快適さを高める機器である。


  

浴槽、シャワー、トイレ

説明:昇降式シャワートロリー、搬送用防水バストロリー

対象:起き上がり動作が不可能で自分で体重を支えられない入所者の入浴。リフトまたはトランスファーボードその他の低摩擦器具を用いて入所者をトロリーに移動する。

留意点:浴槽の位置を高くすると介護者が腰を曲げたり手を伸ばしたりする回数を減らすことができる。フットレストと枕を使用すると快適さは増す。肥満症の入所者には適さない。機器の移動、高さの調節に要する労力を減らすため電動のものを選ぶ。


  

浴槽、シャワー、トイレ

説明:作り付け/固定式椅子昇降式介護浴槽

対象:部分的に体重を支えることができ、座位のバランスが良く、上肢の筋力(上半身の力)があり、協力的で指示に従うことのできる入所者の入浴。空間の限られた狭い浴室でも便利である。

留意点:椅子の上昇後、脚が浴槽を越え簡単に回転し、降下して体が湯に浸かるまで確認する。体重の重い入所者には適さない。常に使用前に機器が正常に作動するか、使用する入所者の体重に適しているかチェックする。昇降の際に介護者の過剰な労力を必要としない昇降機能を持つ機器を選ぶ。


  

浴槽、シャワー、トイレ

説明:トイレ兼入浴用車椅子

対象:部分介助を必要とし、多少自分の体重を支えることができ、支持しなくても座位保持が可能で、腰、膝、足を曲げられる入所者のシャワー浴及び排泄時。

留意点:必ず車輪が簡単にスムーズに動くか、椅子に便座を覆う高さは十分あるか、着脱可能な肘掛、調節可能なフットレスト、安全ベルトが付いているか、安定するのに十分な重量か、また座席は快適か、体の大きな入所者も利用できるか、取り外し可能なトイレ用バケツがあるかを確認する。また振動が少なく、必要なだけ停止した状態でいることができ、十分な可搬重量がある機器を選ぶ。


  

浴槽、シャワー、トイレ

説明:バスボードと移乗台

対象:部分的に自分の体重を支持でき座位のバランスが安定していて、上肢の筋力(上半身の力)があり協力的で指示に従うことのできる入所者の入浴。自立した入所者も使うことができる。

留意点:摩擦を減らして皮膚裂傷を防ぐため、入所者の皮膚とボードの間に布等を敷くこと。歩行/移動介助ベルト及び/或いは浴槽手すりを活用すると、容易に移動できる。背凭れとビニールクッションシートを加えれば、より快適な入浴となる。水はけができ、脚部の高さが調節できるものを選ぶ。体重の重い入所者には適さない。車椅子を使う場合は、車輪をロックしたか、移動面は同じ高さか、器具を安全に配慮して配置したか、移動する入所者の体重に適しているか確認する。適宜肘掛とフットレストは椅子から外し、必ず床を乾かしておくこと。


  

浴槽、シャワー、トイレ

説明:補高便座

対象:介助なしで座位が保持でき、上肢の筋力(上半身の力)があり、腰、膝、足を曲げることができ協力的で、多少自分の体重を支えられる入所者の排泄時。自立した入所者も使うことができる。

留意点:便座の位置を高くすることで、入所者の立ち座りに要する距離と労力を減らすことができる。更に手すりと高さの調節できる脚部があれば、安全性と汎用性が高められる。安定性があり入所者の体重と身長を許容できる器具を選ぶ。


  

浴槽、シャワー、トイレ

説明:備え付け/ポータブル手すりと立位補助具

個人の衛生上、柄の長い或いは延長できるシャワーヘッド/ブラシを使用するのが望ましい。

対象:手すりと補助具はトイレ、入浴及び/或いはシャワー浴時に、特に援助と安全性の確保が必要な入所者に役立つ。多少自分の体重を支えられて、上肢の筋力(上半身の力)があり協力的な入所者。

シャワーヘッド/ブラシの柄が長ければ、介護者が入所者の足先、下肢、体幹を洗う際の腰を曲げる、手を伸ばす、体をひねるといった動作を減らすことができる。自立しているが、下肢に手の届かない入所者にも適している

留意点:ポータブルトイレ用手すりは空間の有効活用を可能にする。使用前に必ず壁にしっかり固定されているかを確認する。




第四部 持ち上げ移動と体位変換以外の動作時の問題の把握及び解決策の実施

 介護施設において、入所者の持ち上げ移動以外の動作時にも業務上MDSsが相当数発生していることを示す報告書が幾つか提出されている (2, 3)。介護施設管理者が見直すべき動作の例の一部を以下にあげる:

  • ベッドメーキングや食事介助のために腰を曲げる。
  • 食事トレイを肩より上に上げたり、膝より下に下ろす。
  • ゴミを拾う。
  • 重いカートを押す。
  • カートの底から物を取り除くために腰を曲げる。
  • 備品を受け取って補給する時に持ち上げて運ぶ。
  • 腰を曲げて手動でベッドの高さを調整する。
  • 洗濯機や乾燥機から洗濯物を取り出す。

 上記の作業が全ての状況において問題を提起するという訳ではない。事業者が上記及びそれ以外の場面に問題があるかどうかを判断する際、労働者が力のいる作業、反復する動作、不安定な姿勢をどれ程の継続時間、頻度、量ばく露しているのかを考慮する。大多数の事例では、その作業を行う労働者の観察、労働者が困難な動作や状態について労働者と議論し、そして障害の発生記録の調査によって、仕事内容がアセスメントされている。観察することによって職場の構造、用具、機器及び全体的な作業環境の状態に関する全般的な情報が得られる。労働者との議論ではプロセスの全体像を確実に描くことができる。また、多くの場合、作業を行う労働者は、問題の原因を把握し、最も実践的かつ効果的な解決策を生み出す、最も優れた情報源になる。一旦情報が得られてその問題が把握できれば、適切な解決策が実施できる。最後に、特定の動作が障害の潜在的な原因となるかの判断に役立つ入手可能な資料は数多くあり、例えばOSHAの相談プログラム、保険会社、州の労働者補償プログラムなどから協力が得られる。

 以下に、入所者の持ち上げ移動と体位変換以外の動作に関する可能な解決策の数例をあげる。


  

食事、備品、薬品の貯蔵と運搬

説明:カートの使用。


対象:食事トレイの移動、備品や機器、メンテナンス用工具の清掃、与薬時。

留意点:物を取りに行く、供給する等のプロセスが早く行える。最も頻繁に使用する物と重い物は、カートの手の届き易い腰から肩の高さの間に配置する。カートには、各施設の床表面に合わせた材質の完全ベアリングの車輪が必要である。カートのハンドルが垂直で、水平調節機能付のものもあれば、全ての労働者が肘の高さでと肩幅で押せるようになる。カートには車輪のストッパーも必要である。邪魔にならないようにハンドルが折りたたみ式であれば省スペースになり、手を伸ばすことも少なくなる。重いカートならブレーキがついていなければならない。カートの重量制限以内における物のバランスを保ち、落下させない。必ず積荷の高さで視界が遮られないようにする。また背の低い看護師の手の位置にも対応できる、側面に開けやすい引き出しのある薄型の薬品カートを奨励している。


  

移動式医療機器

説明:備品を運搬するための方法と使用器具

対象:補助器具や他の備品の運搬。

留意点:
酸素ボンベ: ハンドル付小型キャリーカートを用いると軽くなり握りやすい。酸素ボンベはカートに正しく固定すること。

輸液ポンプ:車輪付の点滴スタンドを用いる。

移送器具:可能であれば、器具を引かずに押す。アームを体に引き寄せたままアームだけでなく全体を押す。重量を減らすため不要なものは外す。障害物は突然に停止する原因となるため避けておく。可能なら物品を車輪付の器具の上に載せる。欠陥品は廃品にする。全ての器具について定期点検を行う。

入所者の移送や搬送をする時は、酸素ボンベや静注点滴棒といった器具は車椅子か担架に設置する。或いは一人で不安定なまま片手で車椅子などを押し、同時にそこに設置していない器具をもう片方の手で持つのを避けるため、もう一人の介護者に器具を移動してもらう。


  

ハウスキーピングでの液体の取り扱い


説明:コンテナで液体を満たす、空にする。

対象:ハウスキーピング中にバケツを満たす、または床の排水装置でバケツを空にする時。

留意点:こぼす、滑るといったリスクを低くし、作業が速くなり無駄が減る。ハウスキーピングでは蛇口と排水溝を使用する。キャスターがスノコ状の排水溝に嵌らないように注意する。ホースを使ってバケツを満たすこと。モップバケツを移動させる時は、キャスター付のものを活用する。必ずキャスターの手入れを行い、簡単に動くようにしておく。


  

厨房での液体の取り扱い

説明:コンテナの液体を満たす、空にする。

対象:調理の過程でスープやその他の重い流動食を注ぐ時。

留意点:こぼす、火傷するといったリスクを低くし、作業が速くなり無駄が減る。大きな鍋を満たすには、高い位置に設置された蛇口かホースを使う。液体で満たされた重い鍋を持ち上げることは避ける。鍋から流動食やスープなどをすくうときにはおたまを用いる。また鍋から液体をすくうのに小さなソースパンも使用できる。もし労働者が一日に二時間以上も立ち仕事をしているなら、衝撃吸収効果のある床や靴の中敷を活用することで腰部や脚の負担を最小限できる。熱い液体には必ずはね避けを用いること。


  

工具

説明:適切にデザインされた工具を選び使用する。

対象:厨房やハウスキーピング、洗濯、メンテナンスでよく使われる工具の選択。

留意点:工具の安全性が増し、作業が速くなり無駄が減る。柄が使用者のグリップサイズに適したものを選ぶ。手首の屈曲を避けるため柄の曲がった工具が良い。適当な重さの工具を使うこと。振動が最小限に抑えられて、振動減衰装置が備わっている工具を選択する。工具の鋭利な刃を維持し、先端や柄に傷がつかないように定期点検を実施する。常時適切な個人用保護具を着用のこと。


  

洗濯カート

説明:リネンを自動的に手の届き易い位置に移動するスプリング式カート

対象:リネンを移動する或いは保管する時。

留意点:リネンを扱う作業が速くなり、引っ張りすぎによるリネンの擦り切れが減る。洗濯物の重量に合わせてスプリング張力を調整する。カートには車輪のストッパーと、邪魔にならないように折りたたみ式で丁度良い高さのハンドルが必要である。重いカートにはブレーキが備わっていなければならない。


  

袋状の物の運搬

説明:袋状の物を運ぶ器具と方法

対象:洗濯物、ゴミその他が入った袋を運ぶ時。

留意点:物が落下するリスクが減り、回収して廃棄する過程が速く進む。洗濯物やゴミの入った袋を入れておく収納器には、手が届き易い位置に袋が設置でき、袋を持ち上げずに済むように収納器からスライドさせて出すための側面扉が必要である。ハンドルがあれば運搬の負担は軽くなる。ダストシュート及びゴミ収集箱は持ち上げ動作を最小限にする位置に設置すること。物をより高く持ち上げるようにするのではなく、ゴミ収集箱やダストシュートの位置を下げるのが最も望ましい。扉が自動的に開く、或いは開けた状態が維持できる装置があれば、体を捻ったり不安定な姿勢で運ぶことが最小限になる。


  

流し台での手の伸展

説明:小さな物を洗うために深い流し台を浅くする道具。

対象:深い流し台で小さな物を洗浄する。

留意点:作業面を高くするため、流し台の底にプラスチック製のたらいのような台を置く。代わりに、沢山穴が開いている小さな容器を使って小さい物を浸け置きし、隣の調理台へ移動して洗浄し、最後に流し台に戻して濯いでも良い。台と容器は、継続的に使用して貰うため便利な場所に保管すること。この方法は厨房や調理の際には適さない。


  

洗濯物の出し入れ

説明:前面挿入式の洗濯機と乾燥機

対象:洗濯機、乾燥機その他の洗濯機器から洗濯物を出し入れする時。

留意点:出し入れ作業が速くでき、リネンの擦り切れを最小限に抑えられる。回転ドラム式の洗濯機では、衣類が絡まないため取り出し易い。奥行きのある洗濯槽の場合は、長い棒か延長可能な持ち手の付いた棒で開けた扉の方にリネンを引き寄せる。労働者の腰と肘の間の高さに扉が位置するように機械の高さを上げる。上面挿入型洗濯機を使う場合のリスクを軽減するには、洗濯物は少量にし、一度に少しずつ運び、持ち上げる時は機械の前面で体を支えるといった作業方法がある。洗濯物が機械の中で絡まってしまったら、片手で体を支えながらもう片方の手で優しく引っ張り出す。汚れたリネンや湿った洗濯物のかごを持ち上げるのではなく、必ずカートに入れるようにする。


  

居室の清掃(湿式洗浄)

説明:水と化学洗剤を用いた居室清掃の方法と用具

対象:水と化学洗剤を使い、スプレーボトルで掃除する時。

留意点:
実施方法: 左右の手を交互に使い、同じ位置できつく握り続けるのは避けて、当て物をした、滑りにくいハンドルを使う。

スプレーボトル: 人差し指と中指に十分な長さのレバーで操作する。薬指と小指の使用は避ける。

全ての清掃に関して: 化学洗剤と研磨スポンジを使用して、洗浄に必要な労力をできるだけ少なくする。跪く時は膝当てを用い、腰を曲げたり捻ったりすることは避ける。頭上へは延長ノズル、踏み台、梯子を利用する。備品を運ぶ時はカートを使用し、備品の量が少なく軽い場合のみ手で運ぶ。化学洗剤使用時は室内の換気が必要である。
 例えば大きくて満杯のバケツを流しから出す時のように、重いバケツを持ち上げることは避ける。バケツを水で満たすにはホースまたはそれに匹敵する道具を使用する。動きが良く、ブレーキ機能が付いた車輪付バケツを使う。必ずキャスターは手入れすること。濡れた床で滑らないようにゴム底靴を履く。

車椅子の清掃: ワークステーションの清掃は適切な高さで行う。


  

居室の清掃(真空掃除機)

説明:掃除機での床清掃と床の研磨の方法及び使用器具。

対象:掃除機での床清掃と床の研磨。

留意点:掃除機と研磨機は共に造りが軽量で、調節可能なハンドルがあり、少なくとも人差し指と中指に合う長さでコントロール装置に近いレバー(研磨機)があるものが良い。掃除機では握り替えることで堅く握ることを避ける、といった正しいグリップの使用を含めた技術は両機器ともに重要である。すき間ノズル、延長ノズル、ホースその他の道具を活用すれば、低位・高位・遠位に手を伸ばす回数を減らせる。機器のメンテナンス及び修理を行い、集塵パックの1/2か3/4が詰まったら交換する。

掃除機及びその他の電気機器は、手動のものよりも使用時間が中等度から長時間持続するという理由で好まれている。キャニスターが重い、或いは他の大きくて重量のある機器はブレーキが必要である。




第五部 研修

 上記のガイドラインで示した解決策を安全に実施するために事業者及び労働者の研修は非常に重要である。勿論研修は全労働者が理解できる方法と言語で行われなければならない。介護施設の労働者、監督者そして介護施設のエルゴノミクス的取り組みの計画立案とマネジメントに責任を持つプログラムマネジャーの研修について以下に述べる。OSHAは、初期研修の強化及び職場での更なる発展への取り組みのため、再教育研修を奨励している。

障害のリスクを負う看護助手及びその他の労働
 労働者は障害のリスクを伴う入所者の持ち上げ移動、体位変換その他の仕事を行う前に研修を受ける。エルゴノミクス的研修は、安全衛生に関する他の研修に含めたり、或いは労働者が受ける一般的な指導に組み込むこともできる。通常の研修は介護施設の方針に基づいた事例検討や実演を取り入れ、質疑応答に充分時間を費やした時に最も効果を発揮する。研修では労働者が以下のことを確実に理解できるようにする。

  • 正しい作業慣行と器具の使用方法を含めた障害予防に繋がる方針と手順
  • MSDsとその初期症状を認識する方法
  • 障害が進行する前にMSDsの初期症状に対処する利点
  • OSHAの傷害と疾病の記録及び報告に関する規則 (29 CFR 1904) で必要とされる、介護施設での業務上傷害と疾病の報告の手続き

主任看護師と監督者の訓練
 主任看護師と監督者は施設の安全プログラムを強化し、ガイドラインの報告を監督し、個々の入所者・作業に応じた例えば機械リフトの利用のようなエルゴノミクス的対策案の実施を促す援助をする。主任看護師と監督者は障害の報告を受ける立場にあり、通常介護施設の作業慣行に関して責任を持っているので、以下の項目について看護助手より肌理の細かい研修が必要である:

  • 正しい作業慣行を確実に活用する方法
  • 障害報告への対処方法
  • 他の労働者が解決策を実施できるよう支援する方法

プログラムマネジャー研修
 エルゴノミクス的取り組みの計画立案及びマネジメントを担当する職員は、エルゴノミクス的な問題を把握し、適切な解決策を選択するための研修が必要である。担当職員は以下の事柄を可能にする情報を入手し研修を受けなければならない:

  • 職場での肉体労働に関連した潜在的問題を、観察、チェックリストの活用、障害のデータ分析その他の分析方法で把握する。
  • 正しい機器と作業慣行を選択して問題に対処する。
  • 他の労働者が解決策を実施できるよう支援する。
  • エルゴノミクス的取り組みの有効性を評価する。


第六部 その他の情報源

 以下はエルゴノミクスと介護施設における業務上筋骨格系障害の予防に関する詳細を得るのに役立つと思われる情報ソースである。

A Back Injury Prevention Guide for Health Care Providers, Cal/OSHA Consultation Programs, (800) 963-9424, www.dir.ca.gov/dosh/dosh_publications/backinj.pdf
このガイドは保健医療における腰部障害の問題点の範囲、職場の分析方法、改善点の認識と改善方法、及びその結果の分析方法について議論したものである。作業環境の分析に役立つチェックリストも付いている。

Patient Care Ergonomics Resource Guide: Safe Patient Handling and Movement, 米国患者安全調査センター、復員軍人保健局、国防総省、(813) 558-3902, www.patientsafetycenter.com
この文書は入所者の持ち上げ移動や体位変換に関連したMSDsの予防を目的に作られた包括的なプログラムを述べたものである。入所者の個別性に基づいた安全な移動と体位変換のための機器や技術の選択に関するアセスメント基準とフローチャートが掲載されている。

Resident Assessment Instrument, 米国保健・福祉省−メディケア・メディケイドサービスセンター(CMS)、www.cms.hhs.gov/medicaid/mds20/
この文献は、数多くの介護施設において入所者のニーズ及び能力を評価するために活用されている。

Elements of Ergonomics Programs, 米国保健・福祉省−国立労働安全衛生研究所、(800) 356 4674, www.cdc.gov/niosh/ephome2.html
この文献では業務上筋骨格系障害の予防を目的とした職場プログラムの基本的要素が述べられている。プログラムの展開に役立つ技術、方法、参考資料、より詳細な情報満載の"ツールボックス"が含まれている。

 更に、イリノイ州アーリントンハイツにあるOSHA訓練研究所はエルゴノミクスを含む様々な安全衛生関連のトピックスに関するコースを設置している。また各コースは全国の訓練研究所教育センターを通じて提供されている。コース日程に関する問い合わについては、2020 South Arlington Heights Road, Arlington Heights, Illinois, 60005, (847) 297-4810、またはOSHAの訓練情報サイト(www.osha.gov/fso/ote/training/training_resources.html)を参照のこと。

 数多くの州や地域では、OSHAの承認を受けた計画の下で独自の労働安全衛生プログラムを実施している(対象は民間労働者と州及び地方自治体公務員が23件、公務員のみが3件となっている)。具体的な州立介護施設での指導力と遵守支援、或いは介護施設に適用できる州の基準に関する情報を入手するにあたって、州計画を参考にするには、OSHAのウェブサイト(www.osha.gov/fso/osp/index.html)を参照のこと。

 無料コンサルティグ・サービスは企業への労働安全衛生支援として受けることができる。OSHAのコンサルティング業務は主に連邦OSHAより資金援助がされているが、50州、コロンビア特別区、グアム、プエルトリコ、バージン諸島でも行われている。州は安全で衛生的な職場を確立し、維持するための支援を要請する事業者に対し、労働安全衛生専門家の質の高い知識を提供している。このサービスは、有害要因の多い産業、或いは危険を伴う作業を行っている中小企業の事業者向けに整備されており、事業者はサービスを無料で受けられ、さらに秘密が厳守される。OSHAのコンサルティング業務に関する詳細はウェブサイト (www.osha.gov/html/consultation.html)を参照、または冊子Consultation Services for the Employer (OSHA 3047) をOSHA出版局(202) 693- 1888に依頼する。



参考文献

[ガイドラインの原文を参照]



付録:介護施設における事例検討

はじめに
 ワイアンドット郡立介護施設は、安全衛生面の問題に対処し、人力による入所者の持ち上げ移動の全面廃止を課した現在のプログラムを段階的に導入するため、本ガイドラインで述べた多くの対策案を反映させたプロセスを適用した。何よりもまず、ワイアンドット郡の行政官が、施設の問題対応に深く関わり強力にサポートし、また彼はあらゆる取り組みの段階で労働者を参加させ、さらに労働者達に話し掛けることによって、ストレスの多い作業を知って解決策を見出した。彼と労働者達は施設における障害の顕在的及び潜在的原因を把握し、解決策の実施に力を注いだ。介護施設に新しい機器を導入する度に労働者に研修をうけさせた。常に新しい機器を調査し、安全衛生への取り組みの全般的効果を評価し続けている。

 同施設はオハイオ州アッパーサンダスキーにある。28年間現在の建物の中でワイアンドット郡での役割を果たしてきた100床の群立施設である。異なるレベルのニーズを持つ入所者を介助するため、二区域に分かれている。A棟には個室が32部屋あり、ほぼ歩行可能で日常生活における最低限の介助のみを要する入所者の世話をする。BとC棟では二人部屋が32部屋、個室が4部屋あり、入所者は部分介助から全介助に至るケアを受けている。施設には90名の労働者がおり、その内看護助手は45名である。つまり各入所者一日当たりの看護職員の割合は2.4時間となる。

 この事例検討はワイアンドット介護施設より提供された情報から展開した。OSHAはエルゴノミクス・プログラムについて施設管理者と議論し、エルゴノミクス的に矯正された作業を観察し、また労働者と入所者及びその家族と彼らの経験について話を聞くために施設を訪問した。

問題の把握
 独自のエルゴノミクス・プログラムを実施する以前、ワイアンドットは郡行政官と施設管理者双方にとって深刻化する問題に直面していた。施設によると労災補償額は1995年から1997年迄で、平均約14万ドルに達していた。看護助手の転職率は同期間で平均55%を超えていた。つまり施設に勤務する45名の看護助手の内、平均25名を毎年新たに雇用しなければならなかったのである。

 施設管理者は、労働者の障害と高い転職率に対処するためのより効果的な方法を模索し始めた。同施設が支払う労働者の補償費用の中で、労働者が受ける腰部の障害が24万ドルを占めていたという事実は、有効な対策を見出すのに重要な原動力となった。施設管理者はその障害に関する調査と並行して、施設内で起こり得る障害の他の原因も調査していた。その結果、入所者の持ち上げ移動と体位変換の作業が障害の高いリスクとなることに気づいた。

 施設は最良の方法に従っていると管理者は考えていたが、未だに障害が発生していたのでオハイオ州労働災害補償局(OBWC)を相談のため訪れた。管理者は、施設を訪問したOBWCのエルゴノミストに「入所者の持ち上げ移動や体位変換を人の力で行う看護職員の能力に関して非現実的な期待をしている」と言われた。

労働者の参加

 施設管理者は、現在の職員を活かすのが得策と考えた。「持ち上げ作業ゼロ」対策について話を聞き、産業会議での機械リフトの印象的な実演を見た後から施設独自のプログラムの立ち上げを考え始めた。彼はこうしたプログラムが労働者の安全を守り転職率の低下を促進する一方で、入所者の安全と質の高いケアも確保するであろうことを確信していた。

 彼は、労働者の参加が、障害の減少と転職率低下を導く対策の全ての局面におけるに最良のアプローチであると考えた。30名を超える労働者が、入所者の移動と体位変換の作業を試すボランティアを買って出た。

 労働者達は、より良いボディメカニクス(殆どの介護施設で使われてきた持ち上げ移動と体位変換の伝統的手法)が答えではないという結論を下した。事実、彼と職員は機械リフト以上に入所者を安全に持ち上げる方法は他にないと判断した。どの機器が最も良く機能するかを判断するため、施設では様々な機器を実際に使って各リフトを評価し、施設に最も相応しいものを選択した。

解決策の実施
 労働者の意見を基に、施設管理者はBとC棟で使用する床走行式リフトを数台購入した。移動式立位補助リフト、歩行/移動用リフト、用途の広いリフトが含まれていた。正看護師及び看護助手は各入所者の移動を介助する際、この機器を移動させながら居室間を移動できた。職員の多くが機器を利用する価値にまだ気づいていなかった。実は、当初実際にリフトを評価した労働者しか使っていなかったのである。

 施設管理者によれば、従来の手法に固執しないよう労働者に促すのは非常に困難だった。数多くの労働者に機械リフトを使うと時間がかかりすぎると言われたため、主任看護師の一人が所要時間を測定することを決めた。彼女は機械リフト使用時と比較して、人力による移動の所要時間がどれ程長いのか調査したかったのである。機械リフトは5分かかった。一方人力による移動では、まず看護助手はもう一人協力者を呼ばなければならず、15分かかった。この時間測定により、機器を使うと実際に時間を節約できることが証明された。

 当初"面倒"なため移乗機を使わなかった労働者の一人は、インフルエンザが大流行した際、協力を依頼できる職員の数が減った時に考えを改めた。彼女は言う。「私はリフトを使わざるを得なかったのです。見事でした。私にこの機器を使わせてくれた、流感で苦しむ同僚にはとても申し訳なかったけれど、本当に素晴らしかったのです。」

 また施設管理者は施設内にある従来の手動クランク式ベッドを電動式ベッドに交換することを考え、同時に、多くの入所者が必要とする"低床"ベッドも探してくる必要があった。選択肢があまり多くなかったため、彼はアイデアとエンジニアの知識を持って企業に行き、施設のニーズを満たすデザインのベッドはないか尋ねた。ベッドメーカーは、床から30インチの高さまで20秒以内で上昇する新しいベッドを設計した。更にこの高速昇降式ベッドは、入所者が座位をとるために起き上がっても足元の方へずり落ちないように設計されていた。結果として入所者の体位変換を行う必要がなくなり、またそのベッドで介助ベルトを使用すると、移動可能な入所者が座位から立位をとる際の介助をすることができた。

 エルゴノミクスの取り組みを開始してから三年後、ワイアンドットは蓄積外傷疾患を扱うエルゴノミクス重点プログラムを終えて、OBWC安全衛生部から助成金を受けた。施設はこの助成金で電動高速昇降式ベッドを58床購入し、このことが職員の受容にとって転換期となった。7ヶ月後に最初の天井走行式リフトが設置された時には、労働者がそれを使う準備は整っていた。

 同施設勤務歴19年の看護助手の一人が新しいベッドを好む理由を語った。「私たちはボタンを一回押すだけでベッドを作業する高さまで素早く上げて体位変換ができるのです...腰を屈めて苦労しなくても簡単に。」

 施設独自のプログラムの最終段階が天井走行式リフトの導入と共に始まった。施設管理者は幾つかの天井走行式リフトを評価した。施設ではモーター式の天井走行式リフトを選択した。レールは1万2千ドルの費用をかけて2つの二人部屋と1つの浴室に後付けされた。最初の二人部屋には浴室へと繋がるレールが備え付けられた。しかし最新モデルでは、居室と浴室の間は床走行式リフトを使うようになり、さらにシンプルになりコストも削減された。

研修の実施
 施設が新しい機器を購入して設置すると、労働者は使用方法について研修を受け、機器の使用に関するガイドラインが実施された。現職の准看護師(LPN)の指導者が研修を行い、雇用されたばかりの労働者は機器の使い方や、さらなる指導や支援はどこへ求めたらいいかをそこで学んだ。そして最終的に殆どの看護助手は機械リフトに順応し、他のどんな移動技術も活用しなくなった。

管理者側のサポート
 施設の管理者はエルゴノミクス的な問題に個人的な関心を寄せ、施設での高い障害発生率及び転職率に対処するため、問題の把握と解決に全力を注ぎ続けた。例えば、職員がBとC棟の床ではリフトが動かしにくいと言った時のことであるが、その問題を解決するため、彼はもっと回転しやすく狭い場所でも楽に方向転換できる別の車輪を試してみた。最後に、施設の床にもっと適したキャスターを探して購入するため、彼はメーカーと協力したのである。

取り組みの評価
 まず、施設の管理者は15万ドルで機器を購入した。取り組みを継続するため、彼は後にさらに13万ドル準備していたので計28万ドルかかった。管理者によると、施設では残業時間と無断欠勤の減少により毎年人件費を5万5千ドル削減していた。施設では転職に伴うコストの削減は12万5千ドル以上になると見積もっている。一方労災補償額も急激に減少した。例えばプログラム実施以後、施設は労災補償額が年平均14万ドルから4千ドル未満に減少し始めたと報告している。

 同施設で導入された初めての機器の一つである、立位補助リフトを労働者が使い始めた頃から腰部の障害は発生していない。高速昇降式ベッド導入以後に新たに採用した職員は僅か6名である。

 労働者の満足度も大幅に上昇した。これまでの経歴が介護施設勤務であった看護助手の一人は、リフトが導入される以前の施設には苦痛と不満を感じていたと告白する。介護施設での改革後、もう惨めではないと語っている。また彼女は「私は気持ち良く退職する時が来るまで、ここワイアンドット介護施設で働こうと思います。そして私が介護施設に入所する時が来たら、私たちの施設のような所に是非入りたいです。」と締め括った。

 また機械リフトは施設入所者が尊厳の感覚を取り戻すのにも役立った。機械リフトの使用によって、入所者は再び普通の衣服を着られるようになり、看護助手の一人の表現で言うなら「彼らの自尊心を取り戻し、より暖かい服装で過ごせるようになった」のである。

 同施設に8年間入所している要全介助者の妻は、夫の体の大きさ故に、彼は看護師や看護助手が行う移動作業に協力できないのだと語っている。彼の居室に機械リフトや電動ベッドが設置される前は、ベッドからカートまたは便座への移動に看護助手が三人、時には四人必要だった。彼は転落により何度もけがをし、移動するのをとても怖がっていたという。リフトが設置されて、妻は、職員が「彼を椅子へ便座へと簡単にあちこち移動できるのです。彼は座位保持に介助を必要としますが、吊具が心地よく体を支えているので、彼の尊厳を多少でも持つことができるようになりました。」と語っている。