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建設における安全と衛生
Don Garvey(ドン・ガービー)

資料出所:American Industrial Hygiene Association (AIHA)発行
「The Synergist」 2004年 2月号 p.37-39

(仮訳 国際安全衛生センター)



 この記事では、「建設」をテーマとした米国産業衛生協会2003年セミナー(AIHce 2003)の内容を要約する。AIHce2004で予定される内容については、www.aiha.org/aihce.htmを参照のこと。

 建設における安全と衛生をとりあげたAIHce 2003は、「新しいボトルの中の古いワイン」と題することも考えられた。古くからのなじみ深い問題が場所を変えて何度も浮上しているからである。シリカ、鉛、アスベスト、墜落・転落は、何十年も前から建設業界を悩ませてきた。だが幸い、こうした問題のいくつかには、新たな対策が登場している。

アスベスト

 ニューヨーク州運輸局(New York State Department of Transportation: NYDOT)のブライアン・ギブニー(Brian Gibney)氏は、橋梁塗装に含まれるアスベストにNYDOTがどのように対応してきたかを話した。橋梁の保守・修理に関る健康リスクとしては、鉛が以前から知られてきた。しかし1996年、NYDOTはいくつかの橋の塗装剤にアスベスト含有原料(asbestos-containing materials: ACM)も相当量含まれていることを確認した。断熱、防塩、防水を目的に「ダムダム(Dum-Dum)」と呼ばれるアスベスト塗装剤(泥を意味するmudを逆から読んだものと思われる)が用いられたのは、1950〜1970年の間と見られる。塗装したての頃は「ワニ皮」か化粧漆喰のようなざらつきのある外観から、一目でアスベスト塗装剤とわかったが、年月とともに風化や塗装の部分的剥離が生じ、非ACMとの見分けがつかなくなった。建設、保守、検査などの作業で塗装が傷ついた場合、ACM暴露の危険性が生じる。
 NYDOTではこれを受けて、1981年より前に建設された橋梁の塗装は、非ACMであることが証明されない限り、全てACMと分類することを決めた。現時点で、検査済みの橋梁のうち約5%にクリソタイル(白石綿)が含まれることが確認されている。建築請負業者および建設会社社員のための指導書が作成され、以下のような内容が盛り込まれた。
  • 通知手順
  • 緊急工事に対する標準化した特例許可
  • サンプリング手順
  • 作業員訓練
  • 個人用保護具
  • 暴露評価
 暴露を最小限に抑えるため、塗装剥離剤、集塵カバー付き電動工具、ウォータージェット装置の利用といった工学的管理法がとられている。8,400の橋梁すべてについて、塗装剤サンプルを採取する計画も進んでいる。そのデータは、現行の橋梁一覧表および橋梁検査システムに盛り込まれる予定である。



 Pinchin Environmental社のブルース・スチュワート(Bruce Stewart)氏は、山形目地仕上げ作業時に、予想されるシリカだけでなく、鉛暴露の可能性もあることを論じた。鉛はかつて「目地仕上げ」用のモルタルに多用されていた。目地仕上げ用モルタルとは、彩色や防水を目的に下地用モルタル(実際に構造物を接合するためのモルタル)の表面に薄く塗布されるモルタルのことである。ここでは、歴史的裁判所庁舎の石灰石の正面壁面を改修するための、複数年にわたる工事が取り上げられた。工事現場に使用されていた目地仕上げ用モルタルには、鉛が約10%、遊離シリカが約40%含まれていた(下地用モルタルには通常、鉛は含まれない)。
 湿式工法による粉じん抑制は、石灰石に容認できないほどのしみを残すため、現実的でなかった。そこで、集塵装置およびHEPAフィルター付きの電動工具とハンドツールを組み合わせて使用することにより、粉じん量を抑えた。
 さらに、下記のような標準的な鉛対策もとられた。
  • 工事現場の囲い込み
  • 空気モニタリング
  • 呼吸用保護具(電動ファンつき呼吸用保護具など)
  • 医学的監視
 電動工具使用時の空気モニタリング結果によると、鉛暴露量は平均583μg/m、最高で2844μg/mだった。手持ち工具使用時の暴露量は、平均161μg/m、最高値が667μg/mだった。
 電動工具使用時の数値が高かったのは、石灰石に損傷を与えないよう、場合により集塵カバーを取り外す必要があったためである。手持ち工具使用時の最高値は、場合により作業員が作業対象に至近距離まで近づく必要があったからと思われる。
 修理中の外壁のすぐ内側で、人がいる場所の空気モニタリング結果からは、外壁を通じて鉛粉じんが屋内に侵入する可能性のあることがわかった。建物HVACシステムを作動させ、屋内を陽圧に保つと、粉じんの侵入防止に効果的であることもわかった。

結晶シリカ

 ミネソタ大学ダルース校のデール・クレーグシュミット(Dale Krageschmidt)氏は、建築におけるセメント系ファイバーボードの使用増加について論じた。この素材は羽目板、底板、下葺材に一般的に使用されている。通常、結晶シリカを35〜45%含んでおり、鋸引き作業によって相当量の粉じんが発散する可能性がある。粉じんはシリカを含むだけでなく、アルカリ性が極めて高いため、目、喉、皮膚の炎症を起こすおそれがある。さらに、相当量のクロムおよびストロンチウムを含む可能性もある。建設作業員の暴露に加え、これらの製品はホームセンターでも手軽に入手できるため、衛生安全情報が伝わりにくい一般の住宅所有者が使用することもある。
 解放環境(屋外)および閉塞環境(屋内)のそれぞれで鋸引き作業を行った場合の作業者の暴露シミュレーションが行われた。シミュレーションは、約二日分の鋸引き作業を30分間で集中的に行うという、「最悪」のシナリオに基づいて行われた。総粉じん、吸入性粉じん、シリカ、および17種類の金属のサンプルが採取された。
 サンプル結果からは、屋外作業時の暴露量が米国労働安全衛生庁(OSHA)および米国産業衛生専門家会議(ACGIH)の現行の暴露限界値を大きく下回ることがわかった。

屋外
吸入性粉じん ---------- 0.07mg/m3
総粉じん ---------- 1.38mg/m3
結晶シリカ ---------- 0.04mg/m3

しかし、屋内作業時の吸入性粉じんの暴露量は、もっと高かった。

屋内
吸入性粉じん ---------- 8.75mg/m3
総粉じん ---------- 33mg/m3
結晶シリカ ---------- 2.38mg/m3

 意外なことに、ストロンチウム暴露量もかなりの水準(0.021mg/m3)に達するおそれのあることがわかった。

 工学的管理法としては、以下のことが考えられる。

集塵カバーおよび換気装置付きの電動工具
湿式切削
電動工具を用いず、刻み目をつけて折る
自然換気の十分な屋外で作業する

 呼吸器保護が必要な場合、粉じんには腐食性があるため、N-100フィルター使用のフルフェース型呼吸用保護具で確実に目を保護することが必要と思われる。

さまざまな新しい対策

 マウント・サイナイ・セリコフ労働医療・建築衛生・人間工学計画センター(Mt. Sinai Selikoff Center for Occupational Medicine, Construction Hygiene and Ergonomics Program)のノーマン・ザカーマン(Norman Zackerman)氏は、建設における安全衛生問題への新対策について論じ、中でも特にシリカと鉛をとりあげた。
 同氏は、同センターで開発している2段階のシリカ防止プログラム(「ブループリント・プロジェクト」)について説明した。このプログラムは、労働者の暴露と管理法の評価および最良慣行に基づく管理プログラムの作成・実行を支援する管理職向け手引書の作成によって構成される。
 まず、鉄道輸送のハブやハイウェイの改築・再建工事現場など、いくつかの現場でフィールドワークが実施され、コンクリートの切削、ドリルによる穴あけ、鋸引きなどの作業を対象に調査が行われた。
 労働者暴露評価の段階の結果は予想通りであった。切削作業サンプルの93%およびドリル作業サンプルの100%から、ACGIHのTLV0.05mg/m3を上回るシリカが検出されたのである。
 この段階の第2部分である、工学的管理法の評価、ならびにさまざまな科学誌およびインターネット、政府調査、機器メーカーおよび業界団体の情報源の見直しが行われた。その結果、ドリルによる穴あけ作業時に利用できる工学的管理法はあまりなく、切削作業時に利用できる方法はさらに少ないことがわかった。最も多用されている管理法は、湿式工法だった。
 第2段階では、現場スタッフによるシリカ管理プログラムの作成を支援する手引書「ブループリント・ガイド」が作成される。
 「ブループリント・ガイド」は、プログラム各部の運営について段階を追って説明している。同書は最良慣行を反映し、現行の作業組織に適合し、安全面での労働者の役割を強調し、OSHA規則遵守を奨励する内容となっている。
 現時点での同書の内容は、以下のとおりである。
  • 暴露評価
  • 工学的シリカ管理法の選択と利用
  • 呼吸用保護具の利用
  • 監督者の安全ミーティング
  • ツールボックス・ミーティング
 「ブループリント・ガイド」には、チェックリスト、記録用スプレッドシート、報告書式、困難な状況への対処法アドバイスなど、さまざまなツールが含まれる。現在は、同書の試験的採用が行われている。同プロジェクトに関する詳細は、www.blueprintproject.orgで入手できる。

墜落・転落

 パーデュー大学(Purdue University)のスコット・ポッツ(Scott Potts)氏は、建築現場における墜落・転落問題に関する新たな調査結果について述べた。労働統計局の2001年データによると、建築現場における死亡原因の35%は墜落・転落事故となっている。データをさらに詳細に見ると、大手の建築請負業者では、中小の建築請負業者よりも墜落・転落事故の件数が少ないことがわかる。
 今回の調査の目的は、大手建築請負業者の安全プログラムに、事故率の少なさを説明するような共通要素があるかどうかを判断することだった。
 模範的な安全プログラムを有する建築請負業16社(従業員300人以上、5年間死亡事故なし、10年間の墜落・転落事故負傷者が10人未満)が電話でのアンケート調査に応じた。質問内容は主として、安全実績、安全プログラム実施状況、組織構造、取り組みへの意欲、および取り組みの歴史についてであった。調査の結果、個人用保護具や工学的管理法の利用が建築請負業者の安全実績の主要因ではないことがわかった。
主な要因としては、以下のことが挙げられる。
  • 上級管理職の熱心さ。個人用保護具や管理法を取り入れても、上級管理職が本腰を入れるまでプログラムは成功しなかったと、複数の業者が答えている。
  • 監督者を対象とした指導管理の技術とコツの訓練。作業員訓練の効果的推進に必要な監督技術に欠ける監督者は多い。
  • 監督者が現場で、作業員に個々の作業別の定期的訓練を施している。
  • 現場で毎日ミーティングが開かれている。
 上級管理職が熱心になる動機は、安全が収益率維持に役立つと考えたこと、保険会社からのプレッシャーや、保険修正要因を少なく保つ必要があるとの経営判断、企業の評判向上への期待、OSHA規則遵守の必要性だった。

建設における死亡事故

 OSHA建設局のリック・ラインハート(Rick Rinehart)氏は、建設における死亡事故の発生状況と、その測定法、データの盲点について語った。労働統計局によると、全労働人口のうち建設業従事者の割合は8%に過ぎないのに、2001年の業務上の死亡者総数のうち、実に23%が建設業従事者であった。労働者10万人あたりの死亡者の比率は一定しているが、建設労働者人口の増加に伴い、死亡者総数は増え続けている。
 ラインハート氏は、OSHA建設局の1991〜2001年データをもとに、建設業における死亡原因の上位10項目を割り出している。
  • 屋根からの墜落・転落死
  • 屋根以外の構造物からの墜落・転落死
  • 轢死・圧死(非操縦者)
  • 機器の電源への接触による感電死
  • リフト作業中の墜落・転落死・轢死・衝突死
  • 轢死・圧死(操縦者)
  • 掘割の崩壊による圧死・窒息死
  • 機器設置時の感電死
  • 構造物の崩壊による圧死
  • 露出電線への接触による感電死
 各死因の相対的順位は、毎年ほぼ一定している。また、これら10項目は常に建設における死亡原因の上位を占めている。
 このように、建設労働者の業務上の死亡原因については多数のデータがあるものの、これらのデータからは、事故防止に役立つ他の重要情報は得られない。現在のデータからは、どのような労働者が最も大きなリスクにさらされているか、リスクの高い工事現場の特徴、移民労働者の言葉の不自由さの影響、致命傷のリスクが最も高い作業内容などは判断できない。現在のデータ収集法は、高リスク工事現場の特定にはあまり役立たない。
 これを受けて、OSHAはいくつかのデータ収集計画に着手している。

死亡事故記録の洗い直し。建設業調査政策センター(Construction Industry Research and Policy Center)は、OSHAからの委託を受け、1997〜1999年の死亡事故記録を洗い直し、質の高い情報を盛り込んだOSHA拡大データベースを構築した。
移民と言語に関するデータ収集。OSHAは2002年から死亡事故の調査において、出身国、米国在住期間、第一言語、英語力、その他関連情報の収集を開始した。これらの情報は、OSHAが今後の死亡事故防止に向けて、資源の投入先を絞り込むのに役立てられる。
建設プロジェクト調査。この調査では、建設プロジェクト段階でデータを収集し、疾病・傷害データとその他の現場特徴とを詳細に調べる。このデータは、OSHAが規則遵守の奨励および規則遵守支援プログラムの策定に向けて、建設における高リスク作業や高リスク活動を絞り込み、資源を的確に投入するために役立てられる。

 AIHA建設委員会(AIHA Construction Committee)は、建設における安全衛生に関心のある会員の方なら、どなたでも参加できます。詳細は、ジョン・グラス委員長(John Glass, committee chair)(jglass@hillmangroup.com)まで。

筆者紹介
Don Garvey:認定産業衛生専門家(CIH)および認定安全専門家(CSP)。St. Paul Fire & Marine Insurance Co.社(本社ミネソタ州セントポール)の産業衛生マネジャー。


HVAC---Heating, Ventilation and Air conditioning