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エルゴノミクス基準に備える:
基準は職場にどのように適用されるか


資料出所:NSC発行「Safety and Health」2000年5月号
(訳 国際安全衛生センター)

 アイオワ州ドブクのジョン・ディーア工場の労働者たちは、時折筋骨格系障害に苦しめられることがある。しかし、労働省労働安全衛生局(OSHA)が工場を検査していれば、会社が裁判所から召喚を受けることはない。エルゴノミクス的な危険を最小限にするために数百にも及ぶ規制措置が職場に導入され、会社は労働者が受ける苦痛を柔らげるために、製品の一つを変更した。

 OSHAによると、会社内ではいまだに筋骨格系障害(MSD)の発生が続いているものの、会社はエルゴノミクス基準を守っているという。

 「われわれは職場のあらゆる問題の解決を義務づけているわけではない」と、OSHAで基準案の作成を担当したエルゴノミクス専門家のゲリー・オールは言う。「工程には危険が本質的に内在する場合もあることを、われわれも理解している。事業者が問題に気づき、危険の低減のために可能なすべての措置を取った場合、事業者は(通常は)それ以上のことをする必要はない」

 ジョン・ディーア工場のエルゴノミクスコーディネータのジム・ジガレナーは、積極的なプログラムによって工場での負傷や疾病は3分の1も削減された、と言う。やり方は簡単で、作業台をもっと高くするとか、手作業の工具を動力化するといった方法だという。

 工場ではまた、特定の筋骨格系障害問題を解決するため、製品の改善を行った。「われわれの工場ではクローラートラクター 1)、バックホートラクター 2、ディーゼル・エンジンなどを作っている。こうした工程の中で、労働者が数分間にわたって手や膝を曲げて、変速機にシフターやリンク装置をつなぐ作業がある。一日中低い姿勢でこうした作業を続けると問題の原因になる」

 腰痛の報告を受けた会社は、部品納入業者と協議し、製品の設計を変更することにした。変速機を接続する時間が大幅に短縮され、労働者の苦情も少なくなった。

 「こうした措置を取るには費用がかかったが、組み立て時間が従来の10分間から3ないし4分に短縮された。これは最も困難なエルゴノミクス的な問題解決の一つだったが、非常にうまく行った」とジガレナーは語っている。

改善による経済効果の推定
 職場の危険の解決に取り組むのは事業経営の上でも良い方法だと、多くの人が認めている。統計によると、職場で発生する疾病のほとんどはMSDに関連があるという。労働統計局のデータでは、筋骨格系障害は1998年に報告された職業性疾病の65%を占めている。
 
 基準に反対する多くのグループが、基準の実施には多くのコストが必要だとしているが、OSHAは労働者の負傷や病気が減少するため、そうしたコストを埋め合わせてお釣りがくるほどだと反論している。OSHAによると、同局提案の基準は190万の職場、160万の事業者、2700万の労働者を対象としている。同局は年間に労働者当たり約150ドルの費用で、30万人の労働者が負傷や疾病から逃れることができると主張している。提案の実現に要する総費用は42億ドルと推定され(反対派はこの数字にも異論を唱えている)、OSHAは提案の実現で90億ドルの節減が可能になると主張している。
 
OSHAが定義するMSD
 この基準と他のOSHA規定と違う点は、それが業界特定的な規定ではなく、業務特定的な規定だという点にある。それには3つの区分が設けられている。

* すべての製造物生産業務
* 強い力を要するすべての手作業業務
* OSHAが記録できるMSDが存在するすべての業務

 ただし建設、農業、海洋の3業種は除外される。OSHAはMSDを「筋肉、腱、関節、椎間板、神経、靱帯、軟骨の傷害および障害」と定義している。手根管症候群、椎間板ヘルニア、腱炎、引金指、腰痛などがMSDの例に挙げられる。

 MSDが基準案の対象となるのは、それが直接に労働者の業務に関係を持っていることが必要である。たとえば、倉庫労働者の腰の傷害は対象となるが、同じ労働者でも手根管症候群は対象とならない。また労働者が冷水機の交換中に負傷した場合も、それが労働者の主要な業務でなければ、対象にならない。スリップ、つまずき、墜落・転落、激突されなどの事故もMSDの範疇には入らない。この基準案は作業に基づいており、職場内で弾力的な決定をすることを認めている。

 OSHAの人間工学提案は以下の6つの要素から構成されている。

* 経営陣のリーダーシップと労働者の参加
* 危険に関する情報と報告
* 業務上の危険分析と制御
* 訓練
* MSD管理
* プログラム評価

 NSCのエルゴノミクス人間要素諮問常任委員会の議長である、理学療法士のローレン・ウォルフは、安全衛生プログラムをすでに実施している企業に対して、エルゴノミクスを順守活動の中に取り入れるように勧告している。「エルゴノミクスは安全衛生プログラム全体の中で取り扱うべき問題だ。MSDを別個の問題として扱えば、大事な点が抜けることになる。健全な安全衛生方策を取っていけば、問題はないはずだ」とウォルフは言っている。

すべてを記録せよ
 OSHAは事業者が職場でエルゴノミクスの問題に取り組んでいる証拠の提出を求めることになると言っており、すべてを記録するように勧告している。基準が承認制度の下ではスムーズに機能しないことは明らかだが、OSHAは事業者がすぐに対応を始めるように勧めている。事業者が基準の採用に先立ってエルゴノミクスプログラムを実施した場合には、そのプログラムはプロセスに取り入れられ、OSHA規則をすべて順守する必要はなくなる。OSHAのオールは「プログラムを今すぐに始めるための奨励案もある。われわれは労働者も参加したプロセスを望んでいる。労働者が問題を報告してきた場合、われわれは事業者が問題をどう検討し、どんな対策を講じているかを検討するだろう」と言っている。
 
 オールはOSHAが「うるさがた」だという評判はもう当たらないと言っている。「OSHAが事業者以上に業界特定的なソリューションに向かうということはまず考えられないので、われわれが<やり方が不十分だ。向こうの会社はよくやっているが、君のところはだめだ。規則を守っていない>などと言うことはない。ただ努力していることを示せばいいのだ」と言っている。

危険を特定する
 プロセスの最初のステップは会社の疾病や負傷の記録を検討することから始めるべきである。MSDの率の高い領域をチェックし、問題を解決する方策を実施すべきである。やさしい対策から実施して行くのがいいと専門家は言っている。

 「作業台の高さを変えるだけで、腰を曲げたり、背を伸ばしたりする必要がなくなる。反復的な運動は障害の原因になりやすいので、手作業の工具を動力工具に変更するのも、一つの方法だ」と、全米公衆衛生協会副会長のリチャード・レビンソン博士は言う(編集者注:動力工具には手に振動を及ぼす危険があることに注意)。「労働者が持ち上げる荷物の重量を軽くする、極度に高いまたは低い温度を避けることも必要だ。負傷や疾病は極度の高温、低温で起きやすい。こうしたことを解決していけば、MSDの削減に役立つはずだ」と同博士は言っている。

 メリーランド大学医学部労働衛生プロジェクトのメリッサ・マクディアミド教授は、事業者は労働者に一日のうちにさまざまな種類の仕事をさせるべきだ、と言っている。そうすれば反復的な労働が避けられる。「人体への負担やストレスを軽減する方法を考えるべきだが、多様な仕事をさせるというのは、非常に簡単な方法だ」と教授は言う。

 さらに労働者自身の意見を聞くことが望ましい。「労働者にエルゴノミクス的な負傷や疾病がどんなものかを説明し、自分で仕事の状況を評価させるべきだ」というのは、ワシントンエルゴノミクス協会のビル・ボロウ会長である。

 もし10人の従業員が同じ仕事についていて、10人のうちの9人が仕事は容易だと言うのならば、残りの1人が問題を抱えている可能性がある。その場合、最後の1人に訓練を受けさせ、MSDの原因になるストレスを軽減する方法を教えるか、または仕事を変えてやるべきだ」とボロウ氏は言う。

 またボロウ氏は、仕事に適していない労働者や、極端に背が高い、または低い者はエルゴノミクス的な負傷や疾病を受けやすい、と言う。そのため各従業員に意見を聞くことは各人に潜在的な危険に対する注意を促すことになる。「従業員は問題の原因が何かをよく知っており、よい解決策も提案できる。悪い状況を改善する簡単な方法を知っていることもある」と同氏は言っている。
 
必要な経営陣のリーダーシップ
 OSHAは経営陣がエルゴノミクス的な技術を通じて、職場の危険を減らすことに努力している証拠を求めている。たとえば機器を購入したことを示す受領証、労働者の報告書、訓練計画、エルゴノミクス訓練のレポートなどである。

 オールは「最大の問題は経営陣の意欲だ。MSDが発生した場合、経営陣は努力を重ねるが、MSDが減少すると経営陣は手を抜いてしまう。だれも注意を払わなくなると、またMSDが発生する、というのが普通のパターンだ」と言う。

 ジガレナーも誰かエルゴノミクス問題の担当者を置き、つねに最優先の課題だということを明らかにしなければならない、と指摘する。「われわれはエルゴノミクス検討委員会を設置しており、負傷者が出た時には、事故の報告をつねに受け付けている。また現場に行って労働者とともに作業状況を点検している。改善すべき個所があれば、すぐに手をつけている」。経営陣の意欲こそがポイントになると彼は言う。

 また事業者は労働者が職場に何か不具合を見つけた場合には、それが進行してエルゴノミクス的な傷害を起こす前に、報告するように奨励すべきだと、アメリカ労働環境医科大学のロバート・ゴールドバーグ学長は言う。

 「早期の警告の兆候を報告させる方法を考えるべきだ。誰かが具合の悪い経験をした場合、産業医がその従業員や仕事を診断し、大きな問題が起きる前にその原因を突き止めることが望ましい」

 こうした方法を取ると、MSD発生の数字は上がるかもしれないが、OSHAは事業者から理由の説明があれば納得するとしている。オールは「施設内で誰かがエルゴノミクスについて責任を負う体制が必要だ。機器の購入、新規従業員の訓練など、どのような場合にでも、問題を抱えた労働者が相談に行ける責任者を決めるべきだ」と言う。

 レビンソンは早期の発見で、労働の損失時間を減らせると主張する。「腰痛は長い時間を要する問題ではなく、普通は数日の休養で回復する。だが手根管症候群は早期に発見しないと慢性化し、悪い場合には手術が必要になる」

 ジガレナーはジョン・デール工場の労働者が快適に働ける環境の確保、労働損失時間の短縮、継続的な利益を目標にしている。「工場には2300人から2400人が働いている。小さな町のようなものだ。エルゴノミクス的な問題の観察を続けていると、円滑に仕事を進める助けになる。まだ負傷者はなくならないが、できるだけの対策を講じている。労働者が疲れ果てて帰宅し、後は何をする元気もない、といった状態にしないように努力している」



訳注
1) クローラートラクター・・・・・ キャタピラトラクター、無限軌道トラクター
2) バックホートラクター・・・・・ 先端にバケットを取り付けたアームをトラクターに備えた掘削機



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