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「アメリカにおける安全衛生活動のあゆみ
− 私の半生を振り返って」


全米安全評議会(NSC) 名誉会長 ジェラルド・スキャネル

(日本の「全国産業安全衛生大会」安全衛生部会 国際分科会 記念講演の予定稿。
スキャネル氏が来日できなかったため、
中災防国際協力課 五十嵐氏が内容紹介した。)

(訳 国際安全衛生センター)

原文(英語)はこちら


安全の課題:アメリカの見解

本日は本大会に参加させていただきましてありがとうございます。また、中災防より、名誉ある賞をいただきました。恐縮であると同時に、誇りに思っております。

日本の安全衛生の指導者である皆様のような立派な方々とご一緒できてうれしく思います。

私は、みなさんが従業員の幸せを真に大切に思うからこそ、安全を会社の基本価値としていることを、存じています。また、みなさんは、安全衛生が優れていればビジネスも順調であることを理解しておられます。あなたがたの安全重視の姿勢と優れたビジネス感覚は、労働者の安全の大幅な改善をとおして示されています。

みなさん及びみなさんの会社は、従来から日本における労働者の安全衛生の継続的な改善に、先頭にたって取り組んでおられます。そうしたみなさなんとお会いできるのは、大変名誉なことです。

本日は、いくつかの課題についてお話したいと思います。労働者の安全と健康を改善するために労使双方で努力を行っていますが、その私たちが直面する課題です。

また、ブッシュ政権のもとで行われている米国の労働安全衛生行政の方向についても、お話したいと思います。

最後に、みなさんには、安全衛生の問題についての思考を広げ、ご自身の会社の工場やオフィスの枠を超えて取り組まれるよう希望しております。

議会による設立許可

全米安全評議会(NSC)は、1950年代初頭、社会のあらゆる場所で起こり得る負傷事故を防止するため、議会により設立されました。アメリカ赤十字を除けば、NSCは、安全衛生の問題に対処するため議会で設立許可を受けた、唯一の団体です。

設立憲章では、NSCが合衆国国民に対し、安全と事故防止について啓蒙活動を行うことを命じています。

使命

NSCは政府関連の団体ではありません。会員制による団体で、メンバーは総計37,500にのぼる企業(organizations)及び工場(facilities)です。

設立以来89年の歴史をとおし、NSCの主な関心事は職場での安全でした。アメリカの職場安全の改善に、NSCは重要な役割を果たしてきました。

たとえば、1929年の労働災害死亡者は20,000人で、この死亡者は人口10万人当たり16.4人です。2000年になると、労働災害死亡者は5,200人で、人口10万人当たり1.9人です。これは、長期にわたり大幅な改善が行われたことを示します。

しかし、職場での安全は、NSCの唯一の重点項目ではありません。NSCでは、その他に、交通安全、家庭内、及び地域社会での安全衛生に関するさまざまなプログラムを作成しています。

アメリカの安全課題

アメリカの職場は、10年前、特に一世代前と較べると、はるかに安全な場所になっています。

しかしこうした改善にもかかわらず、昨年、休業1日以上の負傷を負った労働者は300万人いました。職場で発生した、本来防止できる事故で死亡した労働者は5,200人以上にのぼります。すべてのアメリカ人は、可能な限り、そして義務として、職場の安全を高めるため成すべきことがまだまだたくさんあるという事実を思い起こさなくてはなりません。

しかしまた職場安全の問題は、わが国の安全問題全般から見れば、ほんの一部に過ぎないのです。

職場で5,000人以上が亡くなる一方、その18倍の人々、つまり92,000人を超える人々が職場外で、防止可能な事故により亡くなっています。

この統計の数値は、わたしたちが、職場外の安全にもっと重点を置かなければならないことを、思い起こさせます。

職場の傾向

アメリカは、国として、職場安全の向上に大きな進展を見せました。労働者数が増えたのに、労働災害死亡率は下がりました。労働災害死亡者数の減少には目覚しいものがありますが、でも気を緩めることはできません。

職場での死亡事故の内容

防止可能な事故で死亡した5,200人の死亡原因はさまざまです。ここに示すのは死亡原因の一覧表です。

死亡原因のトップは自動車の衝突です。その他、自動車関連の事故は、歩行者を巻き込む事故、一般道路での事故、航空機の事故、及び列車事故で、これらは、その他、に含まれます。全体的に見て、何らかの形で輸送手段に関係する労働災害の死亡者は、2,300人を超えます。

労働安全衛生庁(OSHA)は、職場の安全を規制する第一義的な政府機関です。

こうした事故原因のそれぞれに対応して適用される個別の法規は、すでに制定されていますが、この法規は絶えず見直され、修正されています。

OSHAの方向

OSHAの新長官、労働次官補でもあるジョン・ヘンショーは、2週間前に行われた全米安全評議会のコングレス&エクスポで、OSHAのゴールについて概略を述べました。

ブッシュ政権の労働安全衛生における一般テーマは、安全性を高めるために、対決ではなく協力的な方法でビジネス界と共に携わることです。

OSHAは、全国規模の安全衛生についての対話を指導し、さらに、もっとも効率良くこの意見交換を定着させるため、企業、労働組合、安全衛生の専門家を代表する専門家集団、業界団体、及びその他の関係者との間にパートナーシップを築き、彼らと共に自主プログラムを定めたいと考えています。

OSHAのゴールは、安全衛生パフォーマンスを改善すること、及び、単に規則を遵守するだけでなくアメリカ人労働者の価値観を理解することに、ビジネス界の関心をさらに向けさせることです。

この対話は、現在この対話のプロセスに関与していないグループにも広げる必要があります。

たとえば、英語を話せないアメリカ人労働者が1,000万人います。中南米出身の建設労働者に、高い事故率と死亡率が見られます。特別な注意と対策が求められる分野です。

OSHAの規則を遵守しない企業に対して法令を施行することは、これからもOSHAの重要な業務の一つです。さらにOSHAは、監督プロセスの改善、及び監督官の能力向上訓練の充実に重点を置きます。

OSHAの新規則

先ごろ施行の運びとなった、または、ここ数ヶ月以内に施行予定のOSHAの規則が4つあります。

これらは、企業の安全記録維持のための基準がひとつ、及び、鉄骨組み立て、注射針刺し事故防止、鉛中毒に関する規則です。

NSCの職場優先事項

NSCでは、防止可能な原因で人が死亡する悲劇に焦点を合わせています。多くの人と企業が職場における安全文化を作り上げている一方で、悲しいことに、やはり多くの人と企業がいまだ安全文化を持たないのも事実です。

NSCの労働安全における最優先事項は、安全のリーダーシップについて理解を広めることです。

NSCでは企業のリーダーに訓練を受けさせています。目的は、リーダーのあるべき態度をリーダーに理解させること、及び、安全衛生に関するリーダーの役割と企業の役割を認識させることです。

現代の模範的な企業とは、安全のために正しいことをしなくてはならない、と理解している企業のことです。しかし、この“正しいこと”という言葉は、企業によっては異なった定義付けがされています。この違いは、また、安全というものをプライオリティ(優先順位)と考えるか、バリュウ(価値)と考えるか、の違いでもあります。

多くの企業では、安全を一つのプライオリティと捉えた上で、安全プログラムのための改善目標を作り上げます。一方、バリュウ(価値)とは絶対的なものです。バリュウは、企業にとって本当に重要なものを意味します。

もし安全をバリュウと捉えるのなら、安全というものを、公正さ、誠実さといった企業の責務と同列に捉えていることになります。

企業のリーダーたちには、この異なった捉え方で安全を考えて欲しいと思うのです。それは、安全衛生というものを、企業の公正さ、誠実さといったその他のバリュウと同様に、リーダーが大切にし守るべき一つのバリュウとすることです。

NSCの安全衛生倫理規定では、企業が企業内で安全衛生のバリュウを確立する際のNSCの指針を定めています。

NSCには職業訓練の長い歴史があります。最近NSCでは、インターネット上のオンラインによる安全訓練プログラムをスタートさせ、その訓練能力を拡大しました。事業者は、このオンライン訓練プログラムを用いることにより、より柔軟で、より簡便で、よりコスト効率の高い方法で従業員の訓練を行うことが出来ます。

オンライン訓練は、一人の学習者または数千人の学習者に対し、正しいタイミングで、しかも、インストラクターによる教室での訓練に較べたらほんのわずかな費用で、訓練を行うことが出来ます。ですから、オンライン訓練を利用することにより、訓練の有効性を最大限に延ばすことが可能になります。

労働者の安全と生産性

数年前、NSCと中災防は、安全性の向上が生産性に及ぼす影響を調査するため、共同研究を行いました。調査の対象となったのは、トヨタ自動車、松下電器、日立製作所です。

こうした企業の代表者と中災防が行った調査研究の結果、安全性の向上と生産性の間には強い相関関係があることがわかりました。つまり、企業が安全性の向上に力を注げば生産性も上がるということです。

さらに、5S活動、これは本来は品質向上を目的としてデザインされたもので、整理、整頓、清掃、清潔、躾で構成されますが、この5S活動が、安全性の向上に役立ちました。本来の目的は品質向上にありましたが、この5S活動も生産性向上に貢献しました。

企業は職場外の負傷事故に関心を払うべきか?

では、この問題に移りたいと思います。私たちの一番の関心事は職場での安全です。私たちは、企業の代表者として、また安全衛生の専門家として、職場外の安全にも関心を払うべきでしょうか?ここにいくつかの事実をご披露しましょう。

死亡事故−どこで死ぬか?

この円グラフは、アメリカ人が、防止可能な事故で死亡した場所を示します。防止可能な事故で亡くなった人のうち、職場での事故で亡くなった人は、ほんの5%に過ぎません。

防止可能な事故で亡くなった人の実に95%は、昨年ですと92,000人もの人が、家庭で、地域社会で、アメリカの道路とハイウェイで亡くなっています。過失による死亡事故の死者数は、家庭と地域社会でもっとも多くなっており、この傾向はますます強まっています。

米国のこんにちの課題

家庭と地域社会の過失による死亡事故の発生率は、過去7年間で、10%増えました。一方、職場及びハイウェイにおける死亡事故発生率は、約10%減りました。

これが、現在私たちが直面している基本的状況なのです。つまり、毎年50,000人以上の人々が家庭や地域社会で亡くなる……亡くなる必要がないのに、です。

家庭や地域社会での死亡事故原因は?

家庭と地域社会におけるもっとも深刻な安全上の問題は、転落・転倒、中毒、溺死、そして火災です。このうち転落・転倒は、特に高齢者にとって深刻な問題です。

2000年には、およそ16,000人が、転落・転倒による怪我がもとで死亡しました。どの年代層にも転落・転倒事故はあるのですが、転落・転倒が原因で死亡に至る人の80%は、65歳以上の高齢者です。これが78歳以上になると、転落・転倒が、負傷に関連した死亡事故の原因のトップになります。

65歳以上の高齢者では毎年3人に1人が転落・転倒し、このうち9,500人がこの転落・転倒に関係した負傷で亡くなっています。つまり、毎日26人以上の高齢者が転落・転倒に関係した負傷で死亡することになります。

50歳以上の人で見れば、今年は24万人が、転落・転倒を原因とした股関節骨折を経験するでしょう。その他数千人が、転落・転倒を原因とした肋骨骨折、手首の骨折、前腕の骨折、脊椎骨折を味わうことになるでしょう。この転落・転倒した人の約10%が2,3週間入院します。このうち半数が、もう自立した生活には戻れなくなくなるでしょう。

私たちは今後12年間で、転落・転倒による負傷事故を1,320万件、そして、転落・転倒に起因する死亡事故を75,000件、防止できると信じています。

この目標を達成するには、企業、産業界、学界、政府の多方面にわたる関係機関同士、及び高齢者サービス機関同士の協力関係が欠かせません。

家庭及び地域社会での課題

NSCが係るその他の家庭及び地域社会での課題は、その他の負傷事故と公衆衛生の問題です。

さらに、9月11日、わが国で起こった悲劇的な事件は、すべてのアメリカ人に、緊急時の対応計画と災害への準備の必要性を思い知らせることになりました。

昨今、すべてのアメリカ人の心に一番の懸案となっているこの問題を解決する一助として、NSCでは現在いくつかのプログラムを用意し、実行しています。

つまり、こうした問題は職場の外における問題なのです。私の、先の質問に戻りましょう。何故企業が職場内外の災害及び死亡事故に関心を払うべきなのか?

不慮の事故による死者:48%が労働者

はじめに申し上げたいのは、防止可能な死亡事故のおよそ半数は労働者に発生しているということです。この円グラフは、人がどこで死亡するかを表しています。この、斜線部分、これは労働者の死亡事故を表します。

家庭と地域社会で負傷し死亡する人々の3分の1以上は労働者です。

加えて、ハイウェイでの死亡者の過半数は労働者です。職場での死亡事故を加えると、すべての不慮の事故による死亡者の48%は、労働者なのです。

企業は、労働者が職場外で負傷事故や死亡事故に遭えば、その企業活動に悪い影響を受けます。また、労働者の家族が負傷事故や死亡事故にあった場合も同様に、企業は悪影響を受けます。

すべての不慮の事故による死亡者:64%は労働者またはその家族

この円グラフは、家庭、地域社会及びハイウェイでの事故による労働者とその配偶者及びその扶養する子供の死亡者数を表します。合衆国で起こるすべての不慮の死亡事故の64%は、労働者とその扶養家族に起きています。

もし定年退職者とその配偶者を加えるなら、その数は恐らく70%を超えるでしょう。こうした人たちは、アメリカの企業で雇用され、保険の適用を受ける人たちなのです。

企業は職場外の負傷事故に関心を払うべきか?

そこでこの問題にもう一度立ち返ってみましょう。答えはイエスです。これはアメリカ企業の課題です。なぜなら、負傷事故や悲劇がどこで起ころうと、必ずや労働者が被害をこうむることになるからです。

労働者は、自分自身の命を失うか、または愛する家族の命を失うかもしれません。または、自分の健康や運動能力を失うかもしれません。あるいは、心理的なトラウマにより何らかの形で、一定期間悩まされることになるでしょう。

その負傷の程度が比較的小さいものだとしても、回復のための時間、あるいは配偶者や子供のケアのため、みなさんの会社の従業員は休業を余儀なくされる可能性があります。

たとえ出勤できたとしても、従業員の心はここにあらずで、生産性が低くなります。

いったん事故が起これば、労働者は自分自身の一部を失い、事業者は労働者の一部を失います。

企業と云う大きな家族のメンバーに事故が起きれば、会社は、目に見える形でいろいろ悪い影響を受ける、というのが事実です。巨大なヘルスケアの費用のみにとどまりません。

合衆国では、労働者とその家族は、職場内より職場外での方がはるかに多い人数の者が負傷し死亡しています。

こうした負傷事故、死亡事故を減らすことが、アメリカのビジネスリーダーにとっての課題なのです。

私は、この問題が日本のビジネスリーダーにとっても同じように課題であるのか、皆さんにお尋ねします。あなたがたも、労働安全衛生の枠を越え対象を広げ、労働者の家庭と地域社会での安全衛生に、より大きい関心を寄せるべきかもしれません。

こうした問題をご検討ください。また、みなさんの会社が、職場外での安全をより重要視すべきかどうか、ご一考ください。

安全緑十字

本日は本大会にお招きくださいまして誠にありがとうございました。大変光栄に存じます。