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呼吸用保護具の防護係数(protection factor : PF)のなぞを解き明かす
Unraveling the Mystery of Respiratory Protection Factors

ジェイ・A・パーカー(Jay A. Parker)

資料出所:American Industrial Hygiene Association (AIHA)発行
「The Synergist」 2003年3月号 p.26-28

(仮訳:国際安全衛生センター)


労働衛生の分野において、呼吸用保護具の防護係数は長い間なぞにつつまれてきた。特定の種類やモデルの呼吸用保護具を着用した労働者は、仕事中、実際にはどの程度保護されるのだろうか。また、その保護のレベルは、労働者が現に携わっている特定の作業に適したものなのだろうか。簡単には答えられないこれらの問いに対する回答が強く求められていることを背景に、研究者たちは長年にわたって防護係数と取り組んできた。

 呼吸用保護具の防護係数とは、マスク外部の汚染物質の空気中濃度とマスク内部の汚染物質の濃度との比を表す。たとえば防護係数が100の場合、試験においてマスク外部の濃度が内部の濃度の100倍大きかったことを示す。国立労働安全衛生研究所(NIOSH)では、「顔面に正しく密着し、かつ訓練を受けた使用者の一定割合を前提とする、適切に機能する呼吸用保護具又はある等級の呼吸用保護具によってもたらされる、予測される最低の防護」を指定防護係数(APF: assigned protection factor)と定義している。

歴史的経緯

 1975年:NIOSHは、NIOSH/OSHA共同の基準完成プログラム(Standards Completion Program)の一環として、最初の「Respirator Decision Logic」を公開した。この文書では、さまざまな種類の呼吸用保護具に対し、「最低防護係数」という形で等級が割り当てられた。防護係数の値は、ロスアラモス国立研究所等で実施された定量的フィットテストに基づくものだった(場合によっては、専門家の評価に基づいて防護係数が割り当てられた)。試験は当時市場に出回っていた呼吸用保護具のさまざまな型とモデルのほとんどを対象として実施され、呼吸用保護具はいくつかの等級に分類された。呼吸用保護具の各等級には、そのクラスで最も性能の低い装置の防護係数が割り当てられた。
 1978年:防護係数の歴史における次のステップは、OSHA鉛基準の発行であった。OSHAはこの鉛基準の一部として、鉛エアロゾルに対する防護係数のレベルを定めた表を作成し、5種類の異なるマスクの最大限界値を、許容暴露限界値(PEL)の倍数を用いて表した。こうして定められたPELの倍数値は、その定義上、指定防護係数と同じである。
 1980年:米国規格協会(ANSI)はANSI Z88.2「Practices for Respiratory Protection(呼吸用保護具の実践)」のANSI改訂基準を発行し、その中で防護係数を取り上げた。定量的フィットテストを用いて負圧マスクおよび電動ファン付ろ過式呼吸用保護具の指定防護係数が決定され、各種マスクの最大限界値が示された。
 1983年:OSHAはアスベスト基準を発表した。この基準に示された防護係数(鉛基準と同様、PELの倍数を単位として使用最高濃度を示したもの)は、鉛基準における防護係数と大幅に異なっていた。たとえば、送気式フードと保護帽、および電動ファン付ろ過式呼吸用フードと保護帽の場合、鉛基準における防護係数は2000だったが、アスベスト基準では指定防護係数は100とされた。特定の物質を対象とした新しい基準が年を追って公表されるのに伴い、OSHAはこうした基準の多くにおいて、同じ種類のマスクに対し、引き続き異なる防護係数を割り当てた。防護係数がこのように異なる結果となったのは、考慮すべきデータの種類とその解釈方法に関して異なる判断が下されたためである。場合によっては新しいデータが利用可能になることもあった。
 1987年:NIOSHは「Respirator Decision Logic」の新版を発行し、この中で、作業場での防護係数に関する研究、および各種マスクの設計上の類似点に基づいて、防護係数の多くを変更した。表1に示したのは、特定の物質を対象としたいくつかのOSHA基準、ANSI Z88.2-1992基準、および1987年のNIOSHの「Respirator Decision Logic」(一般産業基準ではOSHAはしばしばこの基準を引用している)における指定防護係数の違いを比較したものである。特定物質を対象としたOSHA基準の中には、一部の種類のマスクに指定防護係数が割り当てられていないものがある点にも注意されたい。

定量的フィットテストの限界

 上に示した歴史的経緯からわかるように、定量的フィットテストは当初、作業場でマスクを着用する労働者に対して当該マスクが提供する保護レベルを予想するものと考えられていた。しかし、1980年から実施された作業場における種々の調査で一貫して示されたのは、定量的フィットテストに基づく防護係数と、作業場における防護係数との間には、何らの相関関係もないということであった。これが契機となり、マスクの防護係数の決定方法は見直されることになった。
 ANSI Z88.2委員会は、作業場での防護係数に関する調査が利用可能である場合には、これらの調査が指定防護係数を定めるうえで最も適切な基盤になると結論付けた。作業場での防護係数に関するデータを使用する場合、最も一般的なのは、対数正規分布の第五パーセンタイル値を用い、作業場での防護係数の95パーセントが推奨値を超えるようにする方法である。作業場での防護係数に関する調査には費用と時間が必要であって、実施も困難である。現在市場に出回っている呼吸用保護具のモデルと種類の多くは、既存のデータには含まれていない。多くの専門家は、作業場での防護係数に関するデータが存在しない場合には、作業場での防護係数を求めるための模擬試験によって各種呼吸用保護具の指定防護係数を決定すべきであると考えている(作業場での防護係数を求めるための模擬試験は定量的フィットテストと似ており、実際の作業場での作業をシミュレートした各種の運動を取り込んでいる)。
 定量的フィットテストは、呼吸用保護具が着用者に適切にフィットするかどうかを確認する目的では依然として信頼に足るものだが、安全限界が定められた結果、定量的フィットテストで得られた総合的なフィット係数は、該当する種類のマスクの指定防護係数の少なくとも10倍高くなければならないことになっている。たとえばOSHAは現在、全面形面体については定量的フィットテストで防護係数500を達成することを求め、これを許容しうる結果としているが、この値は全面形ろ過式マスクの指定防護係数50の10倍にあたる。

OSHAによる呼吸保護基準の見直し

 1998年のOSHAによる呼吸保護基準の見直しの後、指定防護係数をめぐる問題はいささか混乱と不安を引き起こした。OSHAは、現時点では指定防護係数の問題は取り上げないが、今後別に行うルール作りの中でこの問題を取り上げる、と言明したからである。OSHAの見解は、ルール作りを行うまではNIOSHが1987年に出した「Respirator Decision Logic」のNIOSH指定防護係数か、利用可能な最良の情報を使用する、というものだった。
 OSHAの指示があいまいなだったために、これまでに多くの問題が生じている。たとえば、NIOSHは1987年の「Respirator Decision Logic」において、送気式フードと保護帽および電動ファン付ろ過式呼吸用フードと保護帽すべての指定防護係数を25に引き下げた。一方、呼吸保護米国基準の現行版であるANSI Z88.2-1992では、送気式フードおよび保護帽の指定防護係数は1,000になっている。ANSIで指定防護係数25が割り当てられているのは、ANSIで「密着度の緩い面体」と定義された、顔面と部分的にしか密着しないフードだけである。NIOSHとANSIの間でこうした矛盾が生じるのは、NIOSHがフードおよび保護帽の指定保護係数を引き下げた際、その根拠となった研究が、顔面と部分的にしか密着しないフードを用いて作業場での防護係数を調査した一連の研究だったためである(1)。NIOSHでは指定防護係数を定める際、こうした密着度の緩いフードと、首回りで密着するフードとの区別を行っていない。
 指定防護係数が異なるもう一つの例にフィルター付面体マスクがある。このマスクの指定防護係数は、NIOSHの「Respirator Decision Logic」およびOSHAの綿くず基準では5であるが、ANSI Z88.2-1992では10になっている。

指定防護係数改訂へ向けたいくつかのアプローチの可能性

 OSHAは、1998年に呼吸保護基準を見直した際、特定物質を対象とした基準に含まれている指定防護係数の表をすべてそのまま残した。予定では、OSHAによる指定防護係数に関するルール作りが終わった時点で、特定物質を対象とした基準に含まれる表は削除されることになっている。その結果、指定防護係数はどの物質に対しても同一になるという筋書きである。OSHAでは、ANSI Z88.2-1992基準を指定防護係数の一つの根拠として認めており、一部事業者がこの基準を使っていることも認識している。OSHAは1998年の呼吸保護基準の前文の中で、マスクの指定防護係数の決定においては、利用可能な最良の情報を使用することを事業者に期待する、と述べている。OSHAによれば、指定防護係数に関するルール作りは、「マスク着用を義務付けられた従業員の呼吸保護の改善と同時に、ある与えられた作業に対して事業者がより容易に適切なマスクを選択できるようにすること」が目的だという。
 OSHAでは、NIOSHとANSIの指定防護係数の主な違いは指定防護係数が25以上の呼吸用保護具に関するものであるから、NIOSHとANSIの指定防護係数の違いがマスクの選定に重大な影響を及ぼすことはないとしている。OSHAによれば、ほとんどの過剰暴露は、比較的小さなPELの倍数値での暴露であるという(2)。しかし、用途によっては、吹き付け研まや製薬業など、指定防護係数が25のフードと保護帽では、適切な保護のレベルが得られない場合もある。この問題に対する回答として、OSHAではNIOSH承認の送気マスクと電動ファン付ろ過式マスクの一部に対し、OSHA基準の解釈および遵守に関する通達を通じて、モデルごと、用途ごとに指定防護係数を定めてきた。このような指定防護係数が与えられているのは、試験において装置内部の圧力が正圧にとどまる一方、模擬試験による作業場での防護係数があらかじめ定められた値を超えるという形で試験をパスしたマスクである。
 近々出される指定防護係数案において、場合によってはこのモデルを使うことをOSHAが考慮しているということはありうる。また、同案のためにOSHAがいくつか別の方法を検討する可能性もある。たとえば、作業場での防護係数に関する種々の研究で蓄積されたデータの統計分析と、これまでほとんどの研究で看過または無視されてきた群内変動の貢献度の推定といった、変動分析を利用することも考えられる(群内変動とは、同一人が同一マスクを異なる状況で着用した際に見られる変動のことである)。フィルターの透過も調査の対象になっている。その目的は、フィルター効率の判定に基づいて粉じんフィルター付マスクの指定防護係数を調整する必要があるかどうかを見極めることである。


1980年から実施された作業場における種々の調査では、定量的フィットテストでの防護係数と作業場での防護係数との間に何ら相関関係はないということが一貫して示された。


OSHAの指定防護係数改訂計画

 呼吸用保護具用指定防護係数を記載した新しい表の追加は、今やOSHAの規制に関する課題の最上位に近い位置にある。OSHAスタッフは建設業労働災害諮問委員会(Advisory Committee on Construction Safety and Health)の最近の会合において、指定防護係数案は2003年4月/5月に公開され、夏には公聴会が開かれて、年末までに最終的なルールが策定されるだろうとの見通しを示した。このルール作りによって、1998年の見直し以来OSHAの呼吸保護規制に欠けていた決定的な要素がやっと姿を現すことになる。労働衛生関係者は、改訂された指定防護係数の表が、現行システムに存在する混乱と異常を取り除くうえで大いに役立つはずだと期待を寄せている。



参考文献
1. NIOSH: NIOSH Respirator Decision Logic (NIOSH Publication No. 87-108). Washington, D.C.: NIOSH, May 1987.
2. "Rules and Regulations," c, 63:5 (8 January 1998), p.1204.


パーカー(CIH)は、ケンタッキー州シンシアナにあるBullard社の労働安全衛生担当テニクカル・マーケティング・マネージャー。呼吸保護に関するANSI Z88.2委員会および小委員会、ANSI Z88.8小委員会、およびAIHA呼吸保護委員会の委員でもある。


表1: 基準ごとの指定防護係数
マスクの種類 ANSI Z88.2 OSHA
アスベスト基準
OSHA

基準
OSHA
建設業鉛
基準
OSHA
カドミウム
基準
OSHA
ベンゼン
基準
OSHA
ホルムアルデヒド
基準
NIOSH
RDL
電動ファン付ろ過式マスク







半面形 50 100 1,000 50 50 - - 50
全面形 1,000 100 1,000 50 250 100 - 50
フード/保護帽 1,000 100 1,000 25 25 - - 25
密着度の緩い面体(ANSI) 25 100 1,000 25 25 - - 25

一定流量形エアラインマスク







半面形 50 100 1,000 50 - - - 50
全面形 1,000 100 2,000 50 1,000 1,000 100 50
フード/保護帽 1,000 100 2,000 25* - - 100 25**
密着度の緩い面体(ANSI) 25 100 2,000 25 - - 100 25**

プレッシャーデマンド型マスク







半面形 50 - 1,000 1,000 1,000 - - 1,000
全面形 1,000 1,000 2,000 2,000 1,000 1,000 - 2,000

* OSHAは建設業においてのみ、鉛用送気式保護帽の一部の型およびモデルに指定防護係数1,000を与えている。
** OSHAは製薬業においてのみ、粉じん用送気マスクおよび電動ファン付ろ過式マスクの一部の型およびモデルに指定防護係数1,000を与えている。


参考)

OSHAの「Respiratory Protection」のホームページ
http://www.osha.gov/SLTC/respiratoryprotection/index.html

NIOSHの「Respirator」のホームページ
http://www.cdc.gov/niosh/topics/respirators/