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ベトナムにおける
労働保護の科学的・技術的発展のため続けられる奮闘努力

資料出所:National Institute of Labour Protection of Vietnam
- CIS/ILO Collaborating Centre (NILP)発行
「Newsletter」2001年9月号
(訳 国際安全衛生センター)


国立労働保護研究所(NILP)が設立30周年を迎えたのにちなみ、Labour Protection Review誌の記者が、ベトナム労働総連合(VGCL)常任副会長のNguyen An Luong博士にインタビューを実施した。博士は労働保護という理念のために、またNILPの指導者として20年にもわたり熱意を持って活動し続けてきた科学者である。その間、NILPの副所長(1979年2月〜1984年6月)、所長(1984年7月〜1999年7月)、労働保護に関する数多くの国家レベルの科学的・技術的研究課題において中心的な役割を担い、現在はNILPの科学評議会の議長を務めている。博士に敬意を表しつつ読者の皆さんにインタビューの模様を以下にお伝えする。

記者:NILPの30年にわたる設立と発展についてその業績に関しどのように受けとめていらっしゃいますか。

Nguyen An Luong博士:外国の侵略に対する戦争という苦難の時期に、政府評議会[Government Council](現在は政府)は1971年5月1日、NILP設立の決定を下しました。それはベトナム労働組合全国連盟(現在はベトナム労働総連合)の所属機関とされ、そこには労働保護という理念に対する国家と党の並々ならぬ関心が表れています。

30年にわたり、党、政府とVGCLの指導のもとにNILPは発展強化に努め、ベトナム労働者の安全、衛生および福利厚生を確保するという輝かしい理念に貢献する形で、多大な業績をあげてきました。

科学者、そしてNILPの指導者として20年間、またVGCLのNILP担当の指導的立場にあって、NILPの発展を見守り続けてこれたことは実に幸いなことであったと思います。過去30年間の業績を評価するに当たっては、主に次のような点に着目します。

  1. NILPはベトナムの労働慣行、国内の生産に携わる産業独特の条件と密接に関連づけて専門的・科学的活動の方向性を的確に見極め、発展させてきました。その結果あらゆるレベルで労働保護に関する多数の科学的・技術的研究テーマを確立・遂行し、その成果を応用して生産の現場に生かしました。また、労働保護に関する多数の国家レベルの標準的な資料をまとめ上げ、国内の生産単位について労働条件の改善を目的として設計、製造および組立の各作業にわたり数々の実質的な協約を施行しました。NILPは数千もの研修コースを準備し、教材・文書類を刊行し、労働保護についての科学技術情報を発展させたでけでなく、労働保護について研修生や研究実習生の教育・研修にも参加しました。こうしたすべての活動は労働条件の改善、ベトナム労働者を守るための労働災害と職業性疾病の予防に貢献し、ベトナムにおける労働保護の科学的技術的側面からの形成と発展に向けて重要な役割を果たしています。NILPはベトナムの労働保護に関する主要機関となりました。NILPはベトナムでも国際社会においても価値ある地位を占めており、党、国家、産業界、労働組合、労働者といった各レベルで高い評価を受け、信頼されています。

  2. 30年間にわたる発展の間に、NILPは科学技術面で優れた可能性を形成するべく漸進的な努力を続けてきました。現在、NILPには約200人の職員がおり、そのうちの多くが大学院課程を修了した者(博士、修士、教授)で、長年NILPで働き、労働保護に関する科学技術に対する熱意と、実際的な経験を有しています。NILPの資料設備は徐々に高度なものとなって構築され、新しい施設が使用されるようになり、研究と生産活動のために活用できるよう実験用機材も補完されています。しかしながら、NILPは将来的なあらゆる需要に応えるためにいっそうその能力を増進させていく必要があります。

  3. 補助的な役割として、NILPは労働保護に関する規制、政策、指針をVGCLが政府に協力してまとめるのに際して、その科学的基盤による支援を進めています。1990年にVGCLの労働保護部門がNILPとの共同作業に着手した当時、労働組合制度における労働保護の機能について最高会議幹部会が指針を示し、調査を進めるにあたってNILPが助力しました。1993年7月、NILPはVGCLの労働保護に関する発表媒体であるLabour Protection Review誌のスタッフを補充しました。おかげで季刊誌としての発行がスムーズになり、さらに1998年からは高い品質を保って月刊誌に移行し読者に歓迎されています。ベトナムのあらゆるレベルの労働組合および労働者はNILP全職員の熱意と高度な専門性に掛け値なしの信頼を寄せています。

  4. 労働組合組織においてNILPの役割を有効なものとするため、高度な責任を担い熱意をもって、NILPは党中央から草の根レベルにいたるまでの、特に労働・傷病兵・社会部門および保険部門(the Units of Labour, Invalid and Social Affairs and Health Branch)の多数の科学者、生産および研究活動に従事する部門と緊密な共同作業を行いました。数多くの科学者がNILPの職員とともに働いてNILPを自分たちの第2のオフィスと思うまでになり、さまざまな困難を克服して研究課題を首尾良く遂行しています。NILPは共同作業において信用のおける事業体として知られていますが、それはNILPと密接に関わってきた者やその後継者世代にとっては名誉なことであり、大変励みになることです。

国内での役割と地位が確固たるものであることを踏まえて、NILPはアジアおよび世界の数々の国際的な組織、国々と共同作業を進めています。今日ではNILPは国際労働機関(ILO)と良好な関係にあり効果的な共同作業を行っています。NILPはILOの国際労働安全衛生情報センター(CIS/ILO、本部ジュネーブ)の共同作業における拠点となっています。またNILPはアジア太平洋労働安全衛生機構(APOSHO)の一員でもあります。NILPは日本の中央労働災害防止協会(JISHA)や、タイ、シンガポール、韓国、フィンランド、スウェーデン、フランス、フィリピンその他の国家の多数の協会や同等の主要機関と良好な関係を築いています。

NILPの30年間にわたる設立と発展の時期を通じた業績を評価することで、私はNILPの成功を祝福し、またNILPがその長所を継続的に発展させ、さらに大きな成果をあげるべくさまざまな障害と困難を克服し、党、国家、VGCL、科学者、各世代のNILP職員、そしてベトナムの全労働者の信頼に応えていけることを願ってやみません。

記者:NILPに22年間も勤めてこられ、現在も科学評議会の議長を務めておられる訳ですが、これまででもっとも感銘を受けたことなどお聞かせください。

Nguyen An Luong博士:私は1979年のはじめからNILPで科学担当副所長として、また1984年7月から所長を務めました。職員は皆非常に親しみを持てる方々で、ともに働いて数多くの素晴らしい思い出を残すことができました。

まず思い浮かぶのは、ベトナムでも初めての高度な労働保護に関する科学技術プログラムを確立し実行に移したことです。1年近く準備作業に費やした後に、国は科学研究5カ年計画(1981〜1985)の政策実施に着手しました。それは国家レベルの高度な科学技術プログラムの策定に初めて取り組んだものです。当初、NILPは一部の部門レベルで研究課題を進めているだけでしたが、やがて全職員が非常な努力を払ってそれに取り組むことになりました。NILPは国に対し、VGCLが、また直接NILPが労働保護に関する国家レベルのプログラムを自機関で主体的に遂行してはどうかと提案しました。私たちは研究、文献調査に努め、科学者と会合を開き、その結果、1カ月で労働保護に関するあらゆる研究分野にわたる16の国家レベルの課題を含む5つの問題を取りあげたプログラム案を固めたのです。当時の国家科学委員会(現在の科学技術環境省)に適切な時期に原案を提出するため、疲れた体にむち打って昼夜を問わず働き続けなければならないこともありました。国家レベルの課題で大きな問題となったのは、個々の課題についてそれぞれトップクラスの科学者が長となって進めねばならないということでした。一部の課題の長として選ばれたNILPの中核的職員は別として、私たちはハノイ科学技術大学、土木工学大学、ハノイ大学、軍事医学アカデミー(国防省)、労働衛生研究所、それに産業に携わる事業体の数多くの中核的職員を招請していくつかの課題の長を務めていただきました。その結果、初の国家レベルの労働保護に関する高度な科学技術プログラムが16の課題を盛り込み、ベトナム法令番号58.01号として国会を通過し、1981年から実施されることになりました。その後プログラムは3つの課題からなる電気分野に関する問題を新たに追加して19の課題を包含することになり、そのうち12の課題をNILPが主宰し、残りを他の機関に任せることになりました。5年間の実施後、すべての課題とプログラムは数百人の科学者の参加を得て、見直しされ、首尾良く引き継がれ、また多くが産業の現場に応用されました。この最初の重要な成果のおかげで、NILPは新たな段階へと進むことができ、数多くの有用な経験を積み、より自信を深め、科学者たちとの広範な関係を築き、その後の歳月において多数の国家レベルの課題を継続的に実行に移すことができました。

もっとも教訓となる体験として思い出されるのは、労働年齢のベトナム民族に関する人類学的考察によるAtlat volumnをテーマとする研究課題を構築しようと、ベトナムの民族学と生理学のトップの科学者を招聘した時のことです。1981年から1995年までの15年間の期間を経て、3巻からなるAtlatが刊行されました。Atlat編集委員会のメンバーとして、故Do Xuan Hop教授とNguyen Tan Gi Trong教授という2人の民族学と生理学の代表的な学者が、30人のメンバーで構成される編集委員会の委員長を務めるべく招聘されました。Nguyen Tan Gi Trong教授の次の言葉はよく覚えています。「委員会はこの分野のベトナム人科学者の統一戦線です」。教授の言葉に、私たちは皆、「自分たちはすべての力を結集し、科学的な共同作業を強化するために、労働組合の活動方式を取り入れ、国家と国父ホーチミンの視点に従っています」と答えたものです。革命を成功させた統一戦線の精神にあやかり、編集委員会の手でAtlat volumnは刊行に至りました。科学者たちの共同作業と尽力のおかげで刊行に至ったAtlat volumnは高い評価を得ました。共同作業の強化と皆の力の結集はこれまでの歳月においてNILPの活動の重要な手法となりました。