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ラジャスタン州西部の鉱山労働者の健康問題
Health problems among mine workers in western Rajasthan

Prakash Tyagi(インド)

資料出所:ILO/フィンランド労働衛生研究所(FIOH)発行
「Asian-Pacific Newsletter on Occupational Health and Safety」
2001年第1号(第8巻「Risk Surveys」)
(仮訳 国際安全衛生センター)

原文はこちらからご覧いただけます


鉱物資源にかぎると、ラジャスタン州はビハール州に次いでインド第2位の豊かさを誇る。したがって同州の鉱山業は農業に次いで大きい経済部門となっている。ラジャスタンの各種鉱山には約200万人近くの労働者が働いていると推計されている。同州には、採石場に加え、多数の石膏、銅、グラファイト(黒鉛)、鉛、褐炭の鉱山がある。

採石場の大半はラジャスタン州西部にある。ここで採れた石材の一部は、インドでもっとも美しい遺跡の建設にも使われてきた。しかし、これらの鉱山労働者の生活は苦しみに満ちている。採石場には健康への危険要因がつきまとっている。業務上のリスクが伴なってくる上に、鉱山経営者の安全対策が貧困なためである。

長い間、わが国のみならず世界各国で鉱山と健康問題は密接に絡み合ってきた。各種鉱山の労働者には呼吸器疾患が多く、砂岩鉱山の労働者もその例外ではない。鉱山には大量の粉じん粒子(大きさは0.1ミクロンから150ミクロンまでさまざま)が存在しており、小さな粒子(5ミクロン未満)は浮遊して吸入性粉じんとなるおそれがある。呼吸器官からこれらの粒子を吸入して肺に沈着すると、じん肺と呼ばれる状態を引き起こす。これはきわめて深刻で、よくみられる疾病である。

じん肺の原因となる鉱物には、シリカ、アスベスト、石炭、グラファイトなどがある。シリカの吸入、沈着の結果として発生するじん肺は珪肺と呼ばれる。珪肺は肺線維症の原因となり、若死につながる。珪肺はラジャスタン州の砂岩鉱山ではよくみられる。しかし、珪肺が多発するのは砂岩鉱山に限られない。南米では銅とスズ鉱山、アフリカでは金鉱山と銅山、中国ではウラニウムと硫黄鉱山で珪肺の発生率が高い。珪肺は、窯業、ガラス切り、陶磁器、家具、セメントなどの産業でも発生率が高い。ただ、わが国では採石場、それもラジャスタン西部での発生率がもっとも高い。

珪肺が急増した基本的理由のひとつは、健康にとって有害な状態の鉱山での作業が継続してきたことにある。鉱山経営者も、内容を問わず安全対策には消極的である。ほとんどの鉱山労働者に自覚がなく、栄養状態も悪いために事態は一層悪化する。


臨床的な発現

この疾病は初期段階では症状や兆候がまったくなく、X線検査でようやく肺線維症の特徴が判明する。進行した段階では主要な症状が現れ、息苦しさが徐々に激しくなったり長引いたりする。また咳と、さまざまな強度の胸の痛みがでる。

その臨床的発現に応じ、疾病の進行を3段階に分けることができる。第1期の主な特徴は、軽微な息苦しさである。第2期になると息苦しさが増し、咳と胸の痛みを伴なうようになる。第3期では、これらの症状がさらに悪化し、患者は徐々に作業不能の状態に陥り、最終的には死亡する。

珪肺は、鉱山での長期の労働の後に発症するケースが多い。しかし労働期間は短いにもかかわらず、高濃度のシリカに暴露して発症した例がある。国によっては、診察に来る珪肺患者の3分の1に、咳、その他結核菌による疾病の症状がみられる場合もある。現場のシリカの危険性への認識と十分な職業経験がないと、こうした症状を正しく診断できず、結核と判断してしまう場合が多い。

珪肺の他の臨床形態としては次のような点がある。進行の速い珪肺はシリカに1年または2年の暴露で発症する場合がある。急性珪肺はもっとも深刻な形態で、数ヵ月または数週間以内に発症する場合もある。日本の研究者は、農業者、とくに米作地で働く人々のなかにも珪肺を発見している。この形態は"rush farmer's silicosis(切迫農民珪肺)"または"rice miller's silicosis(精米業珪肺)"と呼ばれる。注)


注)この日本の症例は、アレルギーによるものとの意見がある。


珪肺の社会的影響

鉱山労働者の平均寿命は40年から50年と推計されている。珪肺などの職業性疾病は若死の原因になっている。鉱山労働者が死亡すると、その妻が家族を支えるために鉱山で働くようになる。そして女性の賃金は低いため、その子供まで鉱山で働かせることになる。こうして殺人的な鉱山と珪肺などの疾病が家族全体を滅亡に導く。悪循環が形成されているのである。


治療と抑制

珪肺は、いったん発症すると完治できない疾病である。患者には対症療法しか施せない。したがって予防だけが効果的な疾病対策になる。 最近の珪肺患者の多発とこれによる死亡数の増加をふまえ、世界保健機関(WHO)と米国産業衛生専門家会議(American Conference of Governmental Industrial Hygienists:ACGIH)が、鉱山における各種吸入性浮遊粒子のTLVまたは最大許容濃度を決定した。これらの基準が守られれば、珪肺の発生はかなり回避できる。 中国、日本、韓国などは、これによって珪肺の削減に成功している。中国で1974年に鉱山労働者に対する調査が行われた。約100万人の労働者のX線検査を実施した結果、半数を超えた被験者に各種の呼吸器疾患の特徴が発見された。この結果に中国政府は衝撃を受け、それ以来、状況は大きく変わった。 珪肺の予防には鉱山労働者の定期的な健康診断も欠かせない。砂岩鉱山の労働者の場合、年に1回以上はX線検査と肺機能テストを行う必要がある。 また、鉱山労働者には粉じんの吸入を防ぐための呼吸用保護具またはマスクを提供すべきである。マスクのない労働者は、衣の切れ端を呼吸用保護具代わりに使うこともできる。石材を切削する場合は、事前に必ず十分な量の水を石材にかけるべきである。この技術はマレーシアでは水噴射システムと呼ばれ、大きな効果をあげている。 この他、疾病と栄養についての自覚を高めることも重要である。バランスのとれた食事が労働者の一般的健康に果たす役割を教えるべきである。 以上の対策が実施されれば、珪肺を完全に除去できる可能性があるだけでなく、その影響も間違いなく大幅に低下させることができる。

Dr. Prakash Tyagi
Gramin Vikas Vigyan Samiti
458, M.M. Colony
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Jodhpur - 342008
Rajasthan, India