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グローバリゼーションにともなう
労働安全衛生の新しい課題と機会


アルベルト・ロペス・バルカルセル、ILO

資料出所:ILO/フィンランド労働衛生研究所発行
「Asian-Pacific Newsletter on Occupational Health and Safety」
2001年第3号(第8巻「Globalization(グローバリゼーション)」)

(訳 国際安全衛生センター)

原文はこちらからご覧いただけます
http://www.occuphealth.fi/e/info/asian/asindex.htm


近年、新しい情報・通信技術の発達とともに、経済のグローバリゼーションが一段と進んだ。それは、産業革命期に起こった変化に匹敵する、根本的な変化を社会にもたらしている。労働安全衛生においても、こうした変化を無視することはできない。そして、このような状況の中で、地域の国々にとっての最大の課題は、新しい状況に適応することも含まれるこの難局を労働安全衛生の未来の発展に向けた機会に変えていくことにある。

基準の整合化: 労働基準と製品基準

経済統合と国際貿易の自由化が労働安全衛生に及ぼした影響のうち、最も重要なものの一つが基準の整合化の影響であり、それを疑う余地はない。

私たちが労働安全衛生基準について語る場合、実際のところ、二種類の異なる基準に言及している。

第一が、労働に関する基準であり、職場での労働安全衛生の一般的条件を定義している。この種の基準の整合化は、企業における劣悪な労働条件という犠牲を払った低い生産コストから導かれる比較優位を防ぐなど、「ソーシャル・ダンピング」の防止を目的にしている。この他、これらの基準を調和させることによって、経済統合と自由化を通じて達成された経済成長が社会進歩を伴うように、経済統合と自由化の過程の中での社会的統合も追及している。

第二に、製品の安全性に関する基準がある。地域経済統合協定や世界貿易機関(WTO)の枠内での多国間貿易協定の調印に伴って現在進んでいるように、関税が撤廃あるいは軽減されるにつれて、国際貿易における非関税技術障壁の重要性が高まっている (1)。特に製品の安全性に関する技術規格は、過去の高関税同様、効果的に国際貿易を阻害することが可能であることから、経済統合にとって製品安全基準の整合化は必須の条件になってきた。

実際に、整合化は、すでに多くの国の労働安全衛生(OSH)の発展に肯定的な影響を与えてきた。

多くのヨーロッパ諸国では、各国が欧州連合(EU)に加盟した結果、OSHが向上した。これは、労働安全衛生条件を前進させるという枠組みの中での調和をめざして、社会政策分野関連の欧州指令aが適用されたからというだけではなく、単一市場の達成に向けて努力がなされたからでもあった (2)。製品の自由な流れを保証し、自由な流通を妨げる恐れのある安全上の理由に訴える必要性が生じないように、「安全な製品」のみが取引されるような措置が講じられた。その過程の中で、製品の安全性は、貿易および自由な流通の不可欠な条件となった。同時に、労働者がこれら製品(材料、機械、設備)の多くの使用者であることから、事業者が購入し、労働者が使用する製品の安全性を保証する制度の確立は、実際のところ、OSHの前進に対する重要な寄与を意味している。

メキシコの場合、NAFTAの補完協定bによって、労働安全衛生の発展にとって興味深い(革新的な)手法が導入された。「労働協力に関する協定」は、NAFTAの三加盟国(カナダ、メキシコ、米国)の国家法に、労働者保護の基本理念が含まれているとみなしている。したがって、この協定は当事国にこうした観点からの国家法変更を強制していないが、それらの法律の効果的な適用を保証することを求めている。さらに、これらの義務を確実に遵守させるための、制度上の計画をつくるとともに、OSH、児童労働、最低賃金の労働基準が効果的に施行されない場合に生じる紛争解決のための特別な制度を確立している (3)

しかしながら、安全製品基準の整合化に関する最も広範囲に及ぶプロセスは、貿易の技術障壁に関する新しい協定(TBT、1994年にGATTのウルグアイ・ラウンドにて調印)(4)cにて進んでいるといえよう。TBT/1994の整合化戦略は、国の基準を国際基準に合わせること、そして基準設定プロセスの透明性を基盤にしている (1)。多くの開発途上国は、TBT/1994に適合するために、自国の基準設定システムおよび制度の根本的な再編を迫られるであろうが、この努力は、自国製品の輸出機会の増大と安全性の著しい向上という、二重の利益をもたらすであろう。

労働安全衛生(OSH)と競争力

関税障壁の撤廃、経済活動への国家介入の減少、経済のグローバリゼーションに伴い、市場はますます透明性を高めており、企業は市場での生き残りをかけて継続的に競争力を高めることを余儀なくされている。

企業の競争力を決定づけると考えられているのは、革新能力、製品の質、生産性の三つの要素である。その当然の結果として、競争力を維持し、グローバル経済にて生き残りを図る近代企業は、これらの三要素にいつも悩まされることになった。

生産性の要素として、顧客と供給者との新しい関係を模索することは、事業戦略において何も目新しいものではない。しかし、現在のグローバリゼーション時代において新しいのは、企業と労働者の関係の本質に関わる新しい文化が出現してきたことである。この新しい文化は、職業訓練および労働条件の改善の両面において、「労働者に投資する必要性」という言葉で要約できる。かくして、多くの企業がOSHを単なる法的義務としてのみならず、生産性改善の手段として注目し始めている。

競争力を決定するもう一つの要素は製品の質である。長年にわたって、品質管理、QCサークル、TQC、品質保証といった概念やプログラムが認知されるようになってきたが、国際貿易の場面では、通常、短期間で最も知られるようになったISO規格である国際品質管理標準、ISO9000が言及されることが多い。顧客は、企業がISO9000登録を取得することを要求し始めており、ISO認定を取得する世界の企業数は激増したd (5)

ISO9000シリーズは、はっきりとOSHの問題を扱っているわけではないが、OSHと品質の間に存在する多くの関連性を示している。よって、企業の品質管理プログラムは、生産工程の安全性を確保しなければならない。一方で、安全問題と品質問題の本質には類似点がある(たとえば、欠点、エラーなど)。さらに、企業の範囲内において、安全と品質の両方が当てはまるという点で、解決策と組織構造も類似している(たとえば、文書化、労働者の参加、訓練の基準、動機づけ、資格など)。最後に、品質は一人一人の仕事場に組み込まれている必要があり、そのため、エルゴノミクスについて考慮することは必須条件である。操作を行なう者の作業環境が、温度、照明、清潔さ、仕事量といった点で適切であるならば、ヒューマンエラーの確率は大幅に減少する。結果として、今日では多くの企業が労働条件の改善策を、品質を改善する方策の重要な要素であると考えるようになっている。

高水準の品質を達成するには、適切な技術を有していることや、高度に訓練された労働者がいることだけでは十分ではない。今日要求される高水準の品質は、これらに加えて、その達成に意欲的かつ関心のある頼るべき労働者が企業に存在することで、初めて到達可能となる。したがって、動機付け、参加、協力といった概念は、近代企業経営において非常に重要になりつつある。同様に、品質と生産性を共に改善するために、労働者のOSHに投資する重要性も高まっている。

競争力を決定する第三の要素は、革新能力である。革新に有利な労働環境の特徴の多くもまた、安全で衛生的な労働環境に見出すことができる。たとえば、創造力は、くつろげるあるいは、楽しめる雰囲気の職場、従業員同士の衝突が最小限の職場、労働者が自分の仕事のやり方において、十分な自由を享受できる職場にて開花すると言われてきた。これらはすべて、優れたOSH条件の特徴でもある。

労働安全衛生(OSH)と環境

ISO9000の成功に引き続き、国際標準化機構(ISO)は、一連の環境管理規格、ISO14000を開発した。これらの規格の登場は、消費者の環境に優しい企業と製品に対する関心の増大と時を同じくしており、このような状況の中で、新シリーズもISO9000規格と同様に、国際貿易に有利に働くものと思われる。

ISO14000シリーズは、OSH問題を直接取り扱わないものの、労働環境と環境全般の関連性から、職場におけるOSH管理に肯定的な影響を及ぼすものと思われる。

両者の関連性は、化学物質の取扱いを考える場合に特に明白である。環境上適正に化学物質を管理するための規格や取扱い要件は、職場における化学物質の安全な使用のためにOSHが求めている要件と類似している。

環境保護面だけでなく、職業上のリスク防止の観点からも、化学物質の安全性が直面する問題は極めて大きい。ILOが開催した専門家会合では (6)、市場に出回っている化学物質の数はおよそ8万に上り、そのうち危険化学物質と見なすべきものが5%から10%(4000から8000物質)あるという概算が示された。

危険の種類や程度による化学物質の分類は、あらゆる化学物質安全方針において重要な要素である。もう一つの重要な要素が、誤表示による危険を低減する、正確なラベル表示である。化学物質の分類およびラベル表示に関する規格とは、実際のところ、製品安全基準であり、したがって、国際貿易の自由化と不可分な整合化の必要条件になっている。「化学物質分類制度の整合化」の調整グループが作成した提言草稿は、インターネットで入手することができる (7)

実は、アジェンダ21の目標(UNCED - 国連環境開発会議、リオ・デ・ジャネイロ、1992年)の一つは、全世界で整合性のある化学物質の分類とラベル表示制度の確立である。アジェンダによると、同制度は化学物質の危険管理の改善に役立つのみならず、国際貿易の発展にも寄与するという。さらに、アジェンダ21は、IPCS(国際化学物質安全性計画)の枠内で、UNEP、ILO、WHO間の協調を強化し、有毒化学物質を環境上適正に管理するための国際協力の中核とすべきだとの考えを示している (8)

国際貿易に関わる主要な関心事項は、輸出国自体が使用を禁止または厳重に制限している危険な化学物質の輸出である。いくつかの国連機関は、適切な情報を得た輸入国が、そのような製品を最終的に購入するかどうか適正な決定を下せるように、国際基準を採択した。

例えば、UNEPは「ロンドン・ガイドライン」(9)に事前情報に基づく同意(PIC)の条項を導入し、FAOは「農薬の流通および使用に関する国際行動規準」(10)の中で通報および事前同意の原則を採択した。同様に、ILO(化学製品に関する第170号条約 - 1990年)(11) は、危険化学物質がOSH上の理由で禁止されている場合は、輸出入国間で情報交換を行なうよう呼びかけている。この他、世界中の化学物質のPIC手続き実施のために、FAO/UNEP共同プログラムも立ち上げられた。

企業が採用する新しい行動規範

最後に検討すべき問題は、環境や社会に配慮した適切な行動が欠如している企業に対する消費者活動の増加である。この状況は、企業が自主的に行動規範を採用するという結果となって現われている。

高スピードで情報が流れ、競争の激化が消費者パワーを増大させ、企業の国家統制が減少している今日の世界では、消費者の企業に対する要求が大きく変化している。消費者は、価格と品質を要求するだけでなく、環境、労働者、地域社会全般に関する具体的な行動規範も要求するようになってきている。

ここで注目すべき行動規範の一つに、「レスポンシブル・ケア」と呼ばれる、化学業界の取り組みがある。これは、安全、衛生、環境面での実績向上を、化学業界が公的かつ自主的に約束するものである。45カ国の経営者団体がすでに「レスポンシブル・ケア」プログラムを採用しており、そのうちの2カ国はアフリカのモロッコと南アフリカである (12)e

脚光を浴びているもう一つの自主的な取り組みに、「企業の社会的責任」がある。「企業の社会的責任」の概念とは、一般的に、企業がすべての利害関係者、特に従業員に対して公平性を確保することを公約するものとして理解されている。最近実施された世論調査では、ヨーロッパに住む1万2000人の消費者に、企業の役割に関する意見を聞いた (13)。製品やサービスを購入する際に、企業の社会的責任に対する努力を重視すると回答した者はそのうちの70%に上った。さらに、ヨーロッパの消費者が最も関心をもつ問題は、労働者の衛生と安全の保護であるf

一連のOSH管理関連の国際および国内任意プログラムや、品質や環境管理に関するISO規格の存在を認識して、ILOでは先立って「労働安全衛生マネジメントシステムに係るガイドラインILO-OSH 2001」を採択した (14)。このガイドラインは、法的拘束力を持たず、継続的改善、事業者の指導力と責務、労働者の参加といった概念を強調している。

現在のグローバリゼーション時代に成功する企業は、もはや適切な製品を適切な価格で販売するだけの顔の見えない組織ではあり得ない。反対に、従業員、地域社会、社会全体を相手にする際に、明確な道徳的判断を示し、より個性的なイメージを提示しなければならない (15)。さらに、顧客や地域社会に安全でないとみなされる製品や職場は、企業イメージに不可避の影響を及ぼすとともに、企業の競争力を減退させるであろう。

a. 社会政策分野に関連するEU指令の大部分がOSH指令(全体の約66%)であるという事実が、EU内でのOSHの高い地位を明白に物語っている。
b. 1993年にカナダ、メキシコ、米国が調印した北米自由貿易協定(NAFTA)には、二つの補完協定が含まれている。「環境協力に関する協定」と「労働協力に関する協定」である。
c. GATTウルグアイ・ラウンドの53ある協定の一つが、TBT/1994を含む、ウルグアイ・ラウンド協定のもとで、紛争解決をはじめとした問題処理にあたる、世界貿易機関(WTO)を設立する協定だった。WTO加盟国は、ウルグアイ・ラウンドGATT協定施行のために、国内法を適合させることに合意している。1999年末の時点で、WTO加盟国数は135で、そのうち39カ国がアフリカ諸国だった。
d. ISO9000とISO14000認証に関するISO調査によると、2000年12月現在で、ISO9000を取得している事業の認証数は、30のアフリカ諸国を含む、158カ国における40万8631だった。一方、アフリカの30カ国のうちの6カ国では、認証数が100を超えていた。南アフリカ3454、エジプト468、チュニジア196、ケニア173、モーリシャス131、ジンバブエ103である。
e. モロッコの場合、1998年に「the Federation de la Chimie et de la Parachimie(FCP)」が「レスポンシブル・ケア」を採用した。南アフリカでは、1994年に「化学および関連産業協会(the Chemical and Allied Industries Association (CAIA)」が同取り組みを採用した。
f. 消費者の70%が「自社の労働者の健康と安全の保護」が、企業を支持する重要な分野であると回答した。一方、「製品が環境に悪影響を与えないこと」が企業を支持するうえで重要であると回答した消費者は68%に上った。

Bibliography

  1. Kenneth SL. 1994. Health and safety regulations. (Kluwer Law and Taxation Publishers, 1994, Boston).
  2. EUR-LEX, 2001. Directory of Community legislation in force (EU, 2001, Brussels). http://europa.eu.int/eur-lex/en/lif/reg/ en_register_05202010.html
  3. NAFTA. 1993. Agreement on labour co-operation between Canada, Mexico and USA: http://www.sice.oas.org/trade/nafta/naftatce.asp#labor
  4. WTO, 2001. Agreement on technical barriers to trade. GATT 1994 (WTO, Geneva 2001): http://www.wto.org/english/tratop_e/tbt_e/tbtagr_e.htm
  5. ISO, 2000. The ISO Survey of ISO 9000 and ISO14000 Certificates (ISO, 2000, Geneva): http://www.iso.ch/iso/en/iso9000-14000/pdf/survey10thcycle.pdf
  6. ILO, 1987. Report of a Meeting of Experts on Harmful Substances in Work Establishments (ILO, 1987, Geneva)
  7. ILO/IOMC, 2001. Globally Harmonised System for the Classification and Labelling of Chemicals (GHS). Draft Integrated Proposal (ILO/IOMC, 2001, Geneva): http://mirror/public/english/protection/safework/ ghs/ghsfinal/index.htm
  8. UN, 1992. United Nations. UNCED. Agenda 21 (New York, 1992) http://www.un.org/esa/sustdev/agenda21text.htm
  9. UNEP, 1989. London Guidelines for the exchange of information on chemicals in international trade. (UNEP, Geneva, 1989): http://irptc.unep.ch/pic/longuien.htm
  10. FAO, 1990. International Code of Conduct on the Distribution and Use of Pesticides (FAO, 1990, Rome): http://www.fao.org/waicent/FaoInfo/Agricult/AGP/AGPP/Pesticid/Code/PM_Code.htm
  11. ILO, 1990. C170 Chemicals Convention (ILO, 1990, Geneva,): http://ilolex.ilo.ch:1567/scripts/convde.pl?C170
  12. ICCA, 2001. ICCA Responsible Care Status Report 2000: http://www.icca-chem.org/rcreport/
  13. CSR. 2000. European Survey of Consumer's Attitudes towards Corporate Social Responsibility (CSR Europe, November 2000, London): http://www.csreurope.org/csr_europe/ Activities/activitiesframes.htm?content=Dialogue/Mori.htm
  14. ILO, 2001. Guidelines on occupational safety and health management systems. (ILO, 2001, Geneva): http://www.ilo.org/public/english/protection/ safework/managmnt/guide.htm
  15. The Economist. 1995. Saints and sinners (The Economist, June 24th 2001. London) Based on: Lopez-Valcarcel A. 1996. Occupational safety and health in the framework of the economic globalisation. (ILO, 1996, Lima). Available only in Spanish: http://www.ilolim.org.pe/ spanish/260ameri/publ/docutrab/dt-26/index.shtml
Alberto López-Valcárcel
Senior Occupational Safety and
Health Specialist SafeWork Program
International Labour Office
4, route des Morillons
1211 Geneva 22, Switzerland
lopezv@ilo.org