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職場における暴力

Dr カマジャド・ラマクル (タイ衛生局労働衛生課課長)

資料出所:ILO/フィンランド労働衛生研究所発行
「Asian-Pacific Newsletter on Occupational Health and Safety」
2002年第1号(第9巻「Violence at Workplaces(職場における暴力)」)
(仮訳 国際安全衛生センター)

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ILOが取り組んでいる、職場における暴力という問題は新しい現象ではない。しかし、この問題に対する認識の高まりに伴い、今世界的な問題になりつつある点は新しい現象であるといえる。英国の安全衛生庁(HSE)は、これを「従業員がその雇用の過程から生じた状況下において、その社会の一員に虐待や脅迫、暴行などを受けるようなあらゆる事態」と定義づけている。暴力は、非身体的あるいは心理的な暴力も含む、非常に多種多様な、多くの場合重複する行動となって現れることがありる。実際に、職場における暴力は、殺人、レイプ、強盗、傷害、殴打、引っ掻く、ストーカー行為、セクハラ、いじめ、集団暴行、敵対的行動、虐待、不快なメッセージを残す、攻撃的な態度、蹴る、噛む、げんこつで殴る、唾をはきかける、脅迫、威嚇、罵る、怒鳴る、中傷する、あてこすり、無視など、多岐にわたる行動から成り立っている。

かつては、職場は相対的に穏やかで暴力のない環境であるという見方が一般的であった。しかしながら、昨今の一連の惨事、とりわけダンブレーンやポート・アーサーの乱射事件、また1998年のサーストン高校の乱射事件が、職場における暴力に対して国際的な関心を集める一因となった。

現在では、世界各地からの数多くの統計情報が存在し、この問題の大きさを反映するとともに、労働関連の暴力が重要な問題であることを示している。ILOが1998年に公表した職場における暴力に関する統計によると、米国では毎年1000人近くの労働者が仕事中に殺害されているという。フランスでは、公共輸送機関職員に対する暴力行為に関する報告によると、1998年のそうした暴力の発生件数は2000件を超えた。また、ドイツの連邦労働安全衛生協会の報告書は、インタビューを受けた女性の多くがそれまでに職場で性的な嫌がらせを受けたことがあることを示している。イングランドおよびウェールズでは、英国犯罪調査(BCS)の過去に起こった犯罪に関する調査の結果、1997年に職場において発生した身体的暴行と脅迫事件は120万件に上ったことが明らかになった。

先に英国の労働組合会議が作成した報告書では、毎年、職場で働く5人に1人が、単に自分の仕事を行っている間に、攻撃または虐待を受けていることが示されている。毎週のように、自分の職務の一環としてかかわらざるを得ない人たちが狂暴になるというだけの理由で、労働者が虐待や脅迫、暴行を受けているのである。その多くは大小の傷害を負うが、場合によっては、それ以上に心理的な影響のほうが深刻である。

南アフリカでのある調査は、回答者のほぼ80%がそれぞれの労働人生の間に職場での敵対的行動を経験したことを明らかにしている。日本では、東京管理職ユニオンが設置したいじめホットラインに、1996年には1700件を超える相談が寄せられた。フィリピンの場合をみると、契約で海外で働く女性、特に家内労働や娯楽産業分野で働く女性が、頻繁かつ不当に暴力の影響を受けている。経済危機が労働人口の賃金と福利厚生に影響を及ぼしている東南アジアでは、たとえ法的要件に基づいた予防措置が存在しても、職場における暴力が発生する場合がある。1997年にタイの警察官が規律に関する調査を受けていたことが原因でうつ病になり、5人の同僚を殺害、さらに他の5人に傷害を加えた上、自殺をした事件報道は、職場における暴力の衝撃的な事例の一つである。しかし、タイのいくつかの企業では、この問題に取り組み、職場における暴力を防止するための計画や政策を制定した。

職場における暴力の影響は、個人、職場、地域社会レベルにわたって作用を及ぼす可能性がある。職場の暴力の実質コストについては誰もわからないが、職場における暴力の影響に関するILO報告書によると、職場における暴力事件が原因で毎年300万日を超える労働日数が失われているという。産業にとってこの失われた時間や生産、および賠償のコストは、膨大な金額に達する。一方で、職場で暴力の恐怖や現実に直面している個人に与える影響もある。その心理的症状は、身体的な症状になって現れることもある。あるいは、社会的関係に悪影響が及んだり、性的機能不全に陥ることもある。

したがって、今こそ政策立案者、事業者、従業員、安全衛生従事者をはじめとする全関係者が、職場における暴力の問題に取り組むべき時機であると信じる。この問題は、長年にわたり無視されてきたが、犠牲者や企業にとって大きな損失を伴う深刻な安全衛生上の危害であるとして注目を集め始めている。あらゆる関係機関が、こうした問題に目を向け、問題を見極め、取り組みを行うべきであり、その予防に向けて協力する必要がある。また、すべての関連する地方、国家、国際機関から最大限の支援を受けながら、安全な労働制度および実効力ある予防措置の開発を行う必要がある。


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