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職場における暴力:世界規模の取り組み
Violence at the workplace:The global response

ヴィットリオ・ディ・マルティーノ

資料出所:ILO/フィンランド労働衛生研究所(FIOH)発行
「Asian-Pacific Newsletter on Occupational Health and Safety」
2002年第1号(第9巻「Violence at Workplaces(職場における暴力)」)
(訳 国際安全衛生センター)

原文はこちらからご覧いただけます


   

さまざまな暴力行為

・殺人 ・レイプ  ・強盗 ・傷害 ・殴打 ・身体的な攻撃 ・蹴る ・噛む ・げんこつで殴る ・唾をはきかける ・引っ掻く ・締め上げる ・つねる ・ストーカー行為 ・ハラスメント(性的および人種的な嫌がらせを含む) ・いじめ ・集団暴行 ・虐待 ・威嚇 ・脅迫 ・村八分 ・不快なメッセージを残す ・攻撃的な態度 ・無礼な身振り ・仕事で使う道具や設備の妨害・敵対行動 ・罵る ・怒鳴る ・中傷 ・あてこすり ・無視

©ILO, 1998

新しい認識

長い間「忘れられていた」問題である職場における暴力は、近年になって急速に勢いを得て、今や先進国と発展途上国の双方において優先課題となっている。先進国では徐々に認識から行動への変化が見られたが、発展途上地域では効果的な取り組みが現実化するまでにより長い時間を要してきた。次のような議論に基づいて、よく二つのタイプの障害が指摘されている。

  • 社会全般にわたり、多くの暴力が存在している。人々の生命や尊厳は、路上や自宅をはじめ、事実上あらゆる場所で危険にさらされている。なぜ職場だけに努力を集中する必要があるのだろうか?
  • 暴力防止のための対策は重要ではあるが、費用のかかる仕事である。それよりも、限りある資源をより大切な分野、とりわけ競争力のある経済発展の分野に集中させるべきである。一度これが達成され、余剰の資源が利用可能になれば、適切な手段を使って職場における暴力に取りかかれるようになり、この問題も制御可能となるだろう。なぜ経済的に立ち行かない取り組みを性急に行う必要があるのだろうか?

その一方で、新しい認識も徐々に現れてきており、暴力が蔓延しているような状況下では、すべての問題を一度に解決しようとして資源を浪費するのではなく、成功する見込みの高い、厳選した一つの対象分野にまず努力を集中させる必要があるということが論じられている。ますます、職場が暴力に取り組むうえで「恵まれた」場所であるように思われる。職場では、対立と対話が通常の業務の一部を形成している。労働者と管理者が個人的な問題や仕事に関する問題に直面することは多いが、通常は対立よりも対話が優先される。大抵の場合は、人々は効率的かつ生産的な活動を職場内でどうにかまとめ上げるものである。これらの点は、他の場所ではなかなか模倣することのできない独特の条件であり、暴力と効率よく戦ううえで非常に堅固な基盤となり得る。

暴力に関して、職場の果たす特別な役割が認識される機会がますます増えている一方で、暴力を防止する対策が費用のかかる事項でしかないという考えも試練を受けている。代わりに、暴力によるコストは組織の効率と成功にとって深刻で、時には致命的な脅威にもなり得るという考えが現れてきている。組織にとって、暴力的であるというレッテルを貼られることほど都合の悪いことはない。暴力のない組織は、職場における暴力を防止する政策や処置の利点を示し、またこの分野における新しい取り組みに道を開く。

以上の考察から、職場の暴力に対する行動を、猶予なく、ただちに起こすべきである、というメッセージが浮き彫りになってくる。しかし、どの分野で、どのような手段を使って行動すればよいのだろうか?だれが行為主体になるべきなのだろうか?そして、どのような職場の組織作りをすれば、そうした脅威により効果的に対応できるのだろうか?

職場における暴力の真のイメージ

職場における暴力という一般的な題目のもとで対象となる暴力行為は、多岐にわたっており、暴力と許容される行為の間の境界線は非常に曖昧であることが多く、事情や文化が異なると暴力を構成するものに対する見方もさまざまである。したがって、この現象を記述し定義付けることには非常な困難を伴う。

実際に、職場で起こる暴力の中にはさまざまな種類の行動が含まれる可能性があり、上記の囲み記事に示されているとおり(1)、それらの行為は継続的で重なり合うことが多い。労働生活の中でこうした行為のどれも経験したことも目撃したこともない人は、おそらく、ごくわずかの幸運な少数派であるだろう。

また、すべての暴力が身体的暴力であるとは限らない。近年では、非身体的、心理的な暴力が与える影響や危害について、新しい証拠が明らかにされてきた。こうした心理的暴力には、セクハラをはじめとする嫌がらせや、いじめ、集団暴行などが含まれる。職場における身体的暴力の存在は常に認識されてきたが、心理的暴力の存在は長いこと軽視され、今になってようやく正当な注目を集めている。現在、心理的暴力は、職場の優先事項として浮上しつつあり、その結果、職場のあらゆる心理的危険の重要性に対する新しい意識が生まれたり、その再評価が行われたりしている。

さらに、心理的暴力の多くは、それ自体は比較的些細かもしれないが、積み重なると非常に深刻な暴力形態になるような行動の繰り返しよって犯される、という認識も高まっている。たった一つの事件でも十分であり得るが、多くの場合において、心理的暴力は、繰り返し行われ、不快で、一方的、威圧的な行為であり、それは犠牲者に対しひどい影響を及ぼすことがある。浮かび上がってくる、職場における暴力の新しい側面は、身体的行動と心理的行動に対し同等の重みを置き、些細な暴力行為の重要性も十分に認識させるものである。

世界に広がる職場における暴力

職場の暴力は、身体的暴力あるいは心理的暴力にかかわらず、国境、労働環境、職業グループを越えて世界に広がっている。

南アフリカでは、職場における敵対行動の割合が「異常に高い」ことが伝えられている。1998〜99年のインターネット調査によると、調査に参加した南アフリカ人の78%が労働生活の間に職場におけるいじめ行為を経験していた(2)。

米国においては、暴力は職場における死傷の大きな要因となっている。年に一度実施されるピンカートン調査(3)のインタビューを受けた1000名の警備会社幹部によると、1999年に米国の最大手企業にとって最も重要な警備上の脅威は暴力だった。

日本の官僚の間では、自殺が死亡原因の第二位となり、その数は心臓病を抜いて、癌による死亡者数に次いで多くなっている。1999年には日本の自殺者数は過去最高の3万3048人を記録したが、負債または失業による自殺がそのうちの5人に1人に達した(4)。

2000年に、EU全域の労働者を対象に行われた2万1500件の面接を基にまとめられた欧州連合調査では、EU15加盟国において、労働者の2%(300万人)が自分の職場に所属する人たちから身体的な暴力を受け、4%(600万人)が自分の職場以外の人たちから身体的な暴力を受け、2%(300万人)がセクシャルハラスメントを受け、9%(1300万人)が威嚇といじめにあっていることが示された(5)。

最も大きな危険にさらされている部門の一つである、保健部門における職場の暴力に関するILO/WHO調査の予備結果は、調査対象国において身体的および心理的暴力が広範囲に存在することを示している。ブルガリアでは、回答者の7.5%がその前年に身体的な攻撃を受けたことを報告した。その数字は、タイでは10.5%、南アフリカでは民間部門で9%、公共部門で17%にまで達した。一方、言葉による虐待を筆頭に、心理的暴力も広く存在している。ブルガリアでは、回答者の32.2%がこの種の出来事を調査の前年に経験していた。南アフリカでは、この数字は49.5%だったが、公共部門では60%にも達した。同様に、タイでは47.7%、ポルトガルでは51%だった。さらに、ブルガリアの回答者の30.9%、南アフリカの20.4%、タイの10.8%、ポルトガルの23%が、いじめと集団暴行を報告した(6)。

職場における暴力の原因とコスト

暴力的な職場では「誰も」が「不機嫌な労働者」なのだろうか?暴力的な職場関連事件のニュース報道では、個人的なまたは職業上の何らかの理由をもつ、あるいはアルコールや薬物の影響下にある、憤怒または困窮した、あるいはいらだちを感じていたり欲求不満のたまった、ある個人の行為であることが強調されがちである。

メディアでそうした見方がどれだけ反復されようとも、職場の暴力の個々の危険要因と社会的危険要因の「双方向」分析を行ったほうが、はるかに有効なアプローチが発見できる。多くの場合、職場の暴力は、個人の行動の他、職場の環境、労働条件、労働者同士の関係のあり方、取引先または顧客と労働者の関係のあり方、経営者と労働者の関係といった、複数の要因の組み合わせから発生する。

下図は、職場における暴力を生じる複雑な相互関係を示している(1)。

暴力を理解する

コストは何だろうか?暴力は、人間関係や仕事の組織、労働環境全般に即時的で、多くの場合長期間にわたる混乱を生じる。費用要因には、常習的欠勤、離職、事故、疾病、障害、死亡などから生じる直接的なコストと、機能性、業績、品質、適時の生産、競争力の低下といった間接的コストが含まれる。さらに、暴力が、会社のイメージ、動機づけと係わりあい、企業に対する忠誠心、創造性、職場の環境、革新への開放性、知識の構築、学習といった「無形の要因」に及ぼすマイナスの影響に対してもますます注意が向けられるようになっている。

5000人を超える病院職員を対象にしたフィンランドの調査では、いじめにあったことのある人の認定病気休暇は、いじめられなかった人に比べて26%多いことが明らかにされた(7)。また、それ以前の欧州連合のデータでもすでに、健康関連の欠勤と職場の暴力の間にはきわめて重要な相互関係が存在することが示されている。労働者全体の平均23%に対し、身体的暴力にさらされている労働者の35%、いじめを受けている人の34%、セクハラを受けている労働者の31%が過去12カ月の間に欠勤をしていた(5)。

また、欧州連合では、暴力とストレス間の明白かつ重要な相互関係も立証されており(5)、ストレスのコストは年間200億ユーロに達すると算出されている(8)。一方、米国では、ストレスのコストは年間3500億ドル(9)、暴力だけのコストは354億ドルに上ると算出されている(10)。

全体として、病気と事故の全コストのうちストレスと暴力が占める割合は、ことによると30%前後に達すると、数多くの信頼のおける調査では推定されている。この数字は、ストレスと暴力のコストは年間GDPの約0.5%から3.5%を占める可能性を示唆している(11)。

開発途上国と先進国の双方において、暴力のコストに関する認識とその数量化は、反暴力戦略を形づくるうえで最重要事項である。職場において非公式で不安定かつぎりぎりの状況が広がると、経済的に自立可能な対応へと関心が移行するようになる。こうした対応は、費用対効果が高く、企業の社会経済的発展に自然に適合するプログラムや行動の重要な役割を強調し、さらなる取り組みを向上させる。経済問題と社会問題をプラスになるような形で結合すれば、この新しいタイプの対応が、それ自身の長所に基づいてただちに採り入れられるようになるだろう。しかし、この「ハイロード」オプションに乗ずる前に、職場における暴力が蓄積する過程やその機能を分析し理解するために提案された数多くのアプローチや方法論について十分に検討していく必要があろう。

今職場における暴力と取り組む

暴力に立ち向かうには包括的な取り組みが必要であるという認識が高まっている。すべての問題や状況にあてはまる単一の解決方法を探すよりも、暴力を生むあらゆる要因を分析し、さまざまな介入戦略を採択するべきである。職場の暴力に対し、限定的かつ一時的で、不明確な対応が余りに多すぎる。

さらに、職場における暴力は単に一時的で個人的な問題ではなく、より広範囲な社会的、経済的、組織的、文化的要因に根をおろした構造的かつ戦略的な問題であるという意識も向上している。最後に、職場の暴力は職場の機能性を損なうため、そうした暴力に対して講じられる処置は、どれも健全な企業の組織的発展にとって絶対不可欠であるという認識も高まっている。

したがって、職場における暴力への対応は、結果ではなく原因に取り組む必要がある。この観点から、職場の暴力に対する予防的で、体系化され、目標を絞った取り組みの重要性がますます強調されている。

より永続的な結果を生むことのできる政策措置のいくつかは次のとおりである。

  • 他の反暴力の取り組みとの相乗効果を生むような、この分野における革新的な法律やガイドライン、慣行の肯定的な事例に関する情報を広める。
  • 特に企業レベルにおいて、もっぱら職場の暴力克服に向けられた反暴力プログラムを奨励する。
  • 職場の暴力に対する効果的な政策開発のために、政府、事業者、労働者組織を支援する。
  • 職場の暴力に対処している、またはさらされている経営者、労働者、官僚のための訓練プログラム作成を支援する。
  • 暴力事件の通報を増やすための手続きの作成を支援する。
  • 異なるレベルのさまざまな反暴力の取り組みを組織化された戦略や計画に整合させる。
職場における暴力を撲滅するための「ハイロード

労働者の健康、安全、福利厚生が、企業の経済的持続性と組織的発展にとって不可欠となるという、「ハイロード」アプローチが次第に台頭してきている。安全と衛生の問題を、品質、信頼性、顧客の満足度、従業員の熱意、生産性といった経営および開発の問題と直接結びつけることで、職場における暴力を削減し撲滅する即時的かつ自立的な処置のための手段を入手することになる。

この他、ストレスと暴力はお互いに作用し合うばかりでなく、アルコール、薬物、タバコ、HIV/AIDSをはじめとした他の一連の主要な健康問題とも作用し合うことも一段と明白になってきている。薬物、アルコール、暴力、ストレス、タバコ、HIV/AIDSは、職場にとって大きな脅威である。これらをひとまとめに考慮すると、職場や社会で発生する職業上の事故、疾病、障害、死亡のかなりの部分の原因となっていると思われる。この問題は、ほとんどすべての国家、分野、そしてあらゆる範疇の労働者に影響を及ぼす。これらの要因が組み合わさることによって、問題はさらに一段と悪化する。

こうした考察に基づき、ILOではSOLVEと呼ばれる新しい方法論を策定した。SOLVEは、出現しつつある他の健康関連の危害との関係において職場における暴力の問題に取り組み、この問題の軽減は競争力があり成功する組織の健全な発展の重要部分であるとしている(ディ・マルティーノ(12)とマレーシア政府のために作成された新国家ガイドライン(13)を参照のこと)。

良い循環

職場において暴力が及ぼす社会経済的影響の監視、その影響のコストの評価、この分野における予防および介入の利益の重視は、「ハイロード」政策の発展に欠かすことはできない。この分野での取り組みはまだほとんど行われていないものの、最も注目を要する分野であると思われる。

「ハイロード」の実行可能性が一度確認されれば、主に自らの持続能力に基づいた、暴力に対するさまざまな取り組みが自然に広まっていくプロセスに道が開かれるであろう。政策は、刺激、奨励、ネットワークの創造、意識向上などの方法を通じて、この自然のプロセスを刺激し、持続させる。それらの政策に伴い、ガイドライン、最良の慣行、枠組み、支援法なども発せられることだろう。

かくして、良い循環が起動され、それは短期的影響および強制介入の仕組みとは独立した戦略的な見通しの中で、職場の内側から徐々に拡大していくことだろう。この良い循環を引き起こすことが、私たち全員の前に立ちはだかる大きな課題なのである。

References

  1. Chappell D. Di Martino V. Violence at Work. ILO, Geneva, 1998. 2000.
  2. Marais-Steinman S. Results of an Internet Survey on Violence at Work in South Africa. Information provided to the author in June 2001.
  3. Pinkerton. Workplace violence greatest security threat to corporate America: Pinkerton survey findings, retrieved at http://members.aol.com/endwpv/pinkerton-survey.html, 7 July 1999.
  4. Reuters. Suicide number Two Killer of Bureaucrats, retrieved at http://news.excite.com/news/r/010306/09/odd-suicides-docs, on 2.5.2001.
  5. Paoli P. Violence at Work in the European Union. European Foundation for the Improvement of Living and Working Conditions, Dublin. 1966:1.2, 5.
  6. Di Martino V. Consolidated Report on Violence in the Health Sector. WHO/ILO, forthcoming 2002.
  7. Kivimäki K, Elovainio M, Vahtera J. Workplace bullying and sickness absence in hospital staff. Occupational and Environmental Medicine 2000:57:656-60.
  8. European Commission. Guidance on work-related stress. Luxembourg, 1999:13.
  9. Reed Group. Dramatic Increase in Stress-Related Problems Costing Companies $350 Billion Annually. May 24. 2001.
  10. The Workplace Violence Research Institute. The cost of Workplace Violence to American Business. Palm Springs. 1995.
  11. Hoel H, Sparks K, Cooper C. The Cost of Violence/Stress at Work and the benefits of a Violence/Stress -Free Working Environment, Destructive Conflict and Bullying at Work. University of Manchester Institute of Science and Technology - UMIST, Manchester 2001:52.
  12. Di Martino V. SOLVE Package - Managing Emerging Health Problems at Work - Stress, Violence, Tobacco, Alcohol, Drugs. HIV/AIDS. ILO, Geneva (Co-author with D. Gold and A. Schhap) 2002.
  13. Di Martino V. National Guidelines for the Prevention of Stress and Violence at the Workplace. Malaysian Government, forthcoming 2002

Vittorio Di Martino
International Consultant
Co-author of" Violence at Work", ILO, 2000
Co-Author of the SOLVE methodology, ILO, 2002

5 Clos pre Brenoud 01170 Echenevex France
E-mail: v.dimartino@worldonline.fr


(訳注)high road---最善の方法(手段)、確実な道


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