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中国の労働衛生に関する法令についての最近の展開
暴露限界設定の概要


Latest developments in occupational health legislation in China
An overview of setting of occupational exposure limits

(You-xin LIANG, Wei-ai WU, Wei-zu FU, P.R. China)

資料出所:ILO/フィンランド労働衛生研究所(FIOH)発行
「Asian-Pacific Newsletter on Occupational Health and Safety」
2002年第3号(第9巻「Occupational hygiene and practical solutions」)
(仮訳 国際安全衛生センター)

原文はこちらからご覧いただけます


始めに

 暴露限界(OEL : occupational exposure limit)は、世界全土にわたる職場の労働衛生の評価基準として、労働衛生専門家に役立っていて、多くの国ですでに制定されている。中国では、強制力を持つ限界値として、職場で有害物質が引き起こす可能性のある健康影響を抑制するために産業界で遵守されている。これらの値は、ほとんどすべての労働者が、急性もしくは慢性の悪影響に苦しむ事がなく、全労働期間に渡りこのような限界値が決められている危険に繰り返し暴露されても問題がないと考えられている。
 中央政府は、1950年代中盤に職場の化学物質、粉じん、物理的要因に対する暴露限界の採用と実施に関する公文書の公布を開始した。「工場敷地・構内設計のための衛生基準(案)」(基準101‐56)と表題のついた最初の公文書は、1956年に公表された。これは53の化学物質と粉じんの最大許容濃度(MAC)リストを含んでいる。1960年代そして1970年代には徐々に発展し、正式な「工場敷地・構内設計のための衛生基準」(GBJ1‐62)が1962年に初めて公表された。そして、これは92の化学物質と粉じんに対する最大許容濃度(MAC)リストを含んでいる。増補版の「工場敷地・構内設計のための衛生基準」(TJ36‐79)は、中華人民共和国の衛生部と他の関係省によって1979年に合同公布されたものである。TJ36-79という文書は120の最大許容濃度(MAC)を含むリストから成り、暴露限界設定に対し大きな貢献と見なされている。それは中国が本格的な経済改革と開放政策を開始した1980年代以前に公表された中でももっとも包括的な文書であったからである(1)
 しかしながら、体系的な暴露限界の設定の歴史は、衛生部中国予防医学科学院の管轄下、国家衛生基準設定国家技術委員会(NTCHSS)の1981年設立後に始まるのである。この委員会に付属する労働衛生基準設定分科委員会が、助言相談、教育及び研修を提供するため、暴露限界の設定と改善について専門家に諮問する責任を持つ。この新しい枠組みは中国の他の衛生基準設定と同様に労働衛生基準の発展における画期的出来事として認められている(2)。それ以降、暴露限界設定をめざす科学的な研究では、より洗練されたアプローチが急速に開発され、設定の進行速度が大きく加速された。結果として、123の新しい暴露限界値を含む「国家労働基準編纂」2巻が1992年と1997年にそれぞれ発行された。(3)(4)(表1)

表1 採択された国家労働衛生基準

(1979−1997) TJ36-79 Vol.1 Vol.2 その他 合計
化学物質 111 25 51 3 190
物理的要因 9 14 17 1 41
粉じん
6 1
7
労働衛生指針
5

5
小計 120 50 69 4 243


暴露限界設定の原則と実施要綱

原則

 空中の汚染物質の暴露限界設定は、ある濃度で、ある一定期間暴露があるときには、全ての化学物質は有害であるが、何度も暴露が繰り返されてもなんら健康への悪影響を与えない濃度が存在する。しかしながら、この見方は電離放射線のような物理的要因やほとんどの発ガン性化学物質に適用されない。それは、電離放射線のような物理的要因や発ガン性物質では、リスクゼロという閾値や用量が存在しない可能性があるからである(5)。それゆえ、電離放射線、アレルギー抗原、発ガン性物質を除いて、ほぼすべての化学物質の場合には、認められている量‐反応関係に基づいて暴露限界を設定するべく妥当な原則、規準、適用可能な手順を用いる事ができる。
 中国では、衛生基準を設定するために実践される科学的手順は、次の原則を強調している。1)健康を基本的な規準として見なす。2)生産に使用されている化学物質の人間に対する疫学的研究を優先する。3)情報源をフル活用し研究データと統合する。これは新規の化学物質や、新たに明らかになったり、同定または認識された毒性に対する動物実験データを含む。4)社会経済的及び技術的実現可能性を考慮する。5)新しい根拠や問題提議に基づいて現存する基準を改正する。
 暴露限界を設定するため用いられる規準は形態学的、機能的及び生化学的変化や他の要因(不快さ、化粧品による炎症など)を包含する可能性がある。中国では、より安全な暴露限界を設定するために、より繊細かつ特定の指標を、主な目標とすべきである。もし研究の目的が達成されるべきならば、その中でも、有機リン系農薬の場合ではコリンエステラーゼ活性の変化、刺激物質の場合の刺激感覚、神経毒性物質では神経行動変化、そしてほかの関係する生物指標が妥当である。人間のデータを主に基盤とした暴露限界の場合、ほとんどが何年にもわたり特定物質に暴露した労働者における影響から作成されている。そして、現存の暴露限界の大部分は人間の反応の定性的及び定量的な調査結果と作業場のモニタリング結果に基づいて決められている。 しかし、新規化学物質の暴露限界は、主に国際基準に各国の状況と優先事項を考慮して、動物実験と文献によるデータに基づいて設定されている。

体系的な手順

 国家衛生基準設定国家技術委員会のもと、暴露限界を設定するための手順が
WHOの政策に従って組み立てられている。これは“2段階政策”で、1)暴露限界に関する健康に基づいた勧告値で、主に科学者の貢献によるところが多い。2)実施上の暴露限界。これは社会経済的及び技術的実現可能性が政策立案者、産業界、労働安全衛生実践者の協力を通じて検討された後、設定されるものである。この2段階戦略とは、研究者と政策立案者双方が"どのような安全が安全といえるのか"と"いかに安全に時間と労力を掛けることができるか"という2つの論理のバランスをとることにある。そして、この戦略は、労働衛生を有効に実践するための評価基準や法律に基づく指針を考慮して、作業者を危険と暴露から守るものである。(図1)
 上記を要約すると、健康に基づく暴露限界を設定し、最終的に法律に基づく実施上の暴露限界を生み出す制度は、すべての国際基準設定機関に見られる、一般的な特徴である。これらの性質とは、使用する基本基準、核となるデータ集、科学的見解や社会経済的実現可能性に基づいてよく考察される理論的根拠、そして既定の論理的過程を含む。数多くの暴露限界値は、国によって異なる事は認められている。しかし、今や経済のグローバリゼーションが急速に進み、国際的な調和・統一に向けての取り組みの必要性が認められ、この認識が広がっている。これまで指摘されたように、"完全な調和・統一はすべての労働者の労働環境改善にとって必ずしも良い解決とはいえないかもしれない。中間的な調和・統一と基本的な調和・統一は益々増加し、国家間の相違を低減するという目標達成のためには、より期待できる道筋のように思える。(6)中国における暴露限界の設定と実施の現状を再考すると、私達は、理論的にも実際的にも中間的な調和・統一段階にあると考えられる。この段階は、共通の基準と方法そして国際的な文献に見うけられる主要なデータベースとともに国家的考察と優先順位を基盤として設定される暴露限界によって特徴づけられている。(7)


図1 暴露限界(OEL)設定の図式


最近の労働衛生に対する法的アプローチ

最近の発展に関わる文書

 2002年5月1日施行(8)の新しい法律である「中華人民共和国職業病予防法」にあわせ、労働衛生基準に関する2つの重要な文書(GBZ1‐2002、GBZ2‐2002)が中国衛生部から発行されている。「工場敷地・構内設計のための衛生基準(GBZ1‐2002)は次の点に焦点を置いている。 作業場の選択と設計、 ワークステーションの人間工学的レイアウト、 衛生施設と緊急時のニーズの指針、 作業場向けの衛生環境条件などである。(9)「職場における有害物質の暴露限界」(GBZ2‐2002)には、化学物質、粉じん、物理的要因、生物的要因そして他の労働衛生基準(10)(表2)に関する再告示及び新規設定の暴露限界が入っている多大なリストが含まれている。

表2 化学物質とバイオエアロゾルの最新暴露限界の要約(2002年4月8日現在)

物質 項目数 暴露限界値の数
化学物質 329 340
粉じん 47 70
バイオエアロゾル 1 1
合計 377 411


中国における暴露限界の定義

 中国では、化学物質に関する暴露限界の3つの分類が採用されている。1)時間・荷重平均許容濃度PC-TWA(Permissible Concentration-Time-Weighted Average)は一般的な1日8時間労働における平均濃度として定義されている。2)最大許容濃度MAC(Maximum Allowable Concentration)はいかなるサンプリングにおいても、超過してはならない化学物質の上限値とされている。3)短時間許容濃度―暴露限界PC-STEL(Permissible Concentration-Short Term Exposure Limit)Lはたとえ労働時間8時間での時間・荷重平均濃度がPC-TWA限界内でも、1稼働日のいかなる時間においても超過してはならない15分時間・荷重平均濃度と定義されている。
 偏差の規模を調整するために、PC-TWAの15分平均であるPC-STELがPC-TWAの補足的限界として奨励されている。化学物質によっては、PC-STELが毒物学かつ疫学研究を基盤として、または現存する国際基準から設定されたものもある。しかし、対応するPC-STELを生み出すほどの毒物学及び疫学研究データが十分でない有害物質の場合は、計算上のPC-STEL値*が様々なレベルのPC-TWAが適用されている化学物質の偏差限界にもとづいて勧告されている。(表3)

表3 PC-TWA、偏差限界及びPC-STEL*の関係

PC-TWA
(mg/m3)
逸脱限界
(mg/m3)
proposed PC-STEL*
≤1 3 ≤3
〜10 2.5 〜25
〜100 2.0 〜200
≥100 1.5 ≥150


基準改正

 基準の改正は新規に展開した毒物学知見または産業界の実践によって促進されるであろう。過小評価が大きな暴露リスクをもたらす可能性が認識されている。たとえば、中国では1950年代から、ベンゼンの暴露限界は、40mg/m3を最大許容濃度MACとして設定されている。これは、米国産業衛生専門家会議(ACGIH)(11)の勧告する時間・荷重平均許容限界TLV-TWAの24倍、短時間暴露許容限界TLV-STELの4.8倍である。74,828人のベンゼン暴露労働者集団と35,805人の非暴露労働者のコホート研究(1972‐1987)が、中国の12都市で実施されたが、これによると平均10ppm(30mg/m3)より低いレベルでベンゼン暴露を長年受けた労働者では急性非リンパ性白血病及び関連する骨髄異形成症候群の組合わせによる発症率は3.2%(95%CI1.0‐10.1)であった。暴露レベル上昇にともなって発症率も上昇の傾向を示した。(12)この研究をもとに、ベンゼンの暴露限界をPC-STEL40mg/m3(12ppm)から10mg/m3(3ppm)に、PC-TWAを6mg/m3(6ppm)に引き下げるべきであるという勧告が国家衛生基準設定国家技術委員会に提出され、研究報告が2001年北京で開催された同委員会の年次会議で受け入れられた。(13)
 それに反して、暴露リスクの過大評価は誤解を引き起こしやすく、暴露限界の実施を妨害する制約をつけ足す事にもなりかねない。たとえば、0.01mg/ m3という厳しすぎる最大許容濃度MACが1950年代から1990年代前半まで中国の作業場における気化した水銀に対し設定されていた。広範な疫学調査が1990年代初頭に始まり、その結果は、30年以上にわたり0.02-0.03mg/m3の範囲内での濃度の気化水銀に暴露していた労働者のわずか2%以下に軽い慢性症状が発生していた事を示した。それゆえ、水銀の最大許容濃度MACを0.01から0.02mg/ m3に上げようとする勧告が1993年に国家衛生基準設定国家技術委員会に受諾された。(14)従って、暴露限界の中には、新しい法律の公布以来、調整されたり再告示されたものがあり、これらは中国の暴露限界と他の国々で採用されてい暴露限界のギャップを中間的な調和・統一に導く方向で埋めている。(15)


結論

 50年以上にわたり、中国では労働衛生基準を設定、実施そして改善するため多大な努力がなされてきた。暴露限界または業務上の危険有害要因の指針は、モニタリング、評価、作業場における危険有害管理を通じて、適正な労働衛生の実践を達成するためのもっとも貴重な道具となった。新法である「職業病予防及び治療法」の採択と実施は、実質的に法的なインパクトと労働衛生基準の強制施行を促した。
国家衛生基準設定国家技術委員会は、いかに暴露限界・労働衛生基準を徐々に設定させ、大きな暴露危険性に関わる肉体的にきつい労働やある種の精神労働にとって、より完璧な制度を提供できるかという事を深く考慮するであろう。このような発展は、職場における有害な物質、特に化学物質の管理に効果的に寄与する事であろう。


参照

  1. Liang YX, Gang BQ and Gu XQ. The Development of Occupational Exposure Limits for Chemical Substances in China. Regul Toxicol Pharmacol 1995;22:162-71.
  2. Gang BQ. Occupational Health Standards Setting in China: An Overview of 50-Years' Experience. Chin J Ind Hyg Occup Dis, 2000;18:9-11 .
  3. Standards Division, Chinese Academy of Preventive Medicine. The Compilation of National Occupational Standards (Vol. 1). Beijing: China Standard Publishing House, 1992.
  4. Standards Division, Chinese Academy of Preventive Medicine. The Compilation of National Occupational Standards (Vol. 2). Beijing: China Standard Publishing House, 1997.
  5. Paustenbach DJ. Occupational Exposure Limits. In: ILO: Encyclopedia of Occupational Health and Safety (4th ed). P. 32.27-30.34, Geneva, 1998.
  6. Vincent JH. International Occupational Exposure Standards: A Review and Commentary AIHA Journal 1998;59:729-41.
  7. Liang YX, Wu WA. Occupational Health Standards: A Review of the Domestic Development and Advances in International Dynamics. Chin J Ind Hyg Occup Dis 2002;1:68-70.
  8. Occupational Diseases Control and Prevention Act of the People's Republic of China, adopted by the Standing Committee of National People's Congress, P.R. China, on 27 Oct. 2001, and brought Into effect on 1 May 2002.
  9. Ministry of Health. Health Standards for the Design of Industrial Premises (GBZ 1-2002), Issued on 2002-04-08, Beijing.
  10. Ministry of Heath. The Occupational Exposure Limits for Hazardous Agents in the Worklace (GBZ 2-2002). Issued on 2002-04-08, Beijing.
  11. ACGIH. Threshold Limit Values for Chemical Substances and Physical Agents and Biological Exposure Indices. Cincinnati, OH, USA, 2002.
  12. Hayes RB, Yin SN, Dosemeci M, Li GL, Wacholder S, Travis LB, Li CY, Rothman N, Hoover R, Linet MS. Benzene and the Dose-Related Incidence of Hematological Neoplasms in China. J Natl Cancer Inst 1997; 14:1065-70.
  13. Li GL, Chang P, Gao Y, Yin SN. Scientific Evidence for Amending the Health Standard of Benzene at Workplaces. A Study Review Submitted to the Annual Meeting of the National Technological Committee of Occupational Health Standards Setting, Beijing, 2002.
  14. Fu WZ, Jiang JK, Xu SZ. Dose-Effect Relationship of Occupational Exposure to Mercury Vapor. In: Liang YX, Lu CH eds. Advances in Health Standards Setting, 1993;5:26-30, Shanghai, China: Shanghai Medical University Press.
  15. Liang YX, Wu WA. Occupational Health Standards: A Review of rhe Domestic Development and Advances in International Dynamics. Chin J Ind Hyg Occup Dis 2002; 2: 158-60.
You-xin LIANG
Fudan University
Shanghai Medical College
P.O. Box 206, Shanghai 200032
P.R. China
E-mail: yxliang@shmu.edu.cn

Wei-ai WU
China Center for Disease Control
and Prevention
Beijing 100050, P.R. China

Wei-zu FU
Shanghai Municipal Center for
Disease Control and Prevention
Shanghai 200336, P.R. China



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