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ベトナムの中小企業及びインフォーマルセクターの労働安全衛生

Occupational health and safety
in small, medium-sized and informal sector enterprises in Vietnam

Nguyen Thi Hong Tu 他(ベトナム)

資料出所:ILO/フィンランド労働衛生研究所(FIOH)発行
「Asian-Pacific Newsletter on Occupational Health and Safety」
2003年第1号(第10巻「Informal sector」)
(仮訳 国際安全衛生センター)

原文はこちらからご覧いただけます



背景

 ベトナムはアジア環太平洋の農業国であり、全人口中の90%は農業生産に携わっている。工業化と近代化の課程には、市場経済の発展とともに、大量の近代的装置、機械および新技術が輸入されている。その結果、農業部門も急速に機械化され近代化されつつある。ベトナムは世界で3番目の米輸出国となった。農業労働者の生活水準もまた向上した。しかしながら、農業労働者はますます近代的な機械を使って働き、特に殺虫剤や他の化学農薬の使用が彼らの健康に悪影響を及ぼしている。農業分野で発生している労働災害や化学薬品で健康を害している人の数は以前より増えている。労働環境が農業労働者の健康に及ぼす長期的有害影響は未だ適切に評価されていない。それどころか、農業労働者の健康管理に関しては適当な政策すらないのが現状である。農業はインフォーマルセクターであり、特定の健康管理基準の整備が必要である。

 農業分野と同様に、中小規模企業も特別な分野であり、特定の衛生管理基準を必要とする。現在ベトナムには、約17,800の個人企業、6,700の有限会社、150の株式会社、17,860の生協や生協連盟、180万の家内工業や個人事業家、そして193,700の下請に従事する世帯がある。1995年に比較すると、企業・個人企業法の公布に伴い、中小企業の数は36.6%増加した。

 近年においては、非国有企業は国家経済にかなり貢献しており、それはGDPの約55%にも相当する。小規模企業の発展で、労働者の雇用機会が増え、労働力の90%を雇用する農村部経済が部分的に工業化もされてきた。中小企業の進出により、企業と諸経済階層間で販売活動と競争が激化されてきた。

 しかしながら、経済発展へ大きく貢献したにもかかわらず、中小企業は財務および資金調達など多くの困難を抱えている。かれらの作業設備や機材は古く、技術も陳腐化したものである。労働者の75%の教育レベルは低く、教育期間も10年に満たない。また経営者の50%は学位をまったく有していない−これは、個人企業全体では70.5%であり、有限会社全体では26.4%となっている。中小企業が直面する最大の困難は、知識・情報不足、製造現場に十分なスペースがない事、そして外国製品との厳しい競争である。

 現在の工業化と近代化の過程では、中小企業が雇用する労働力は重要な役割を果たしている。中小企業の発展がもたらした利益は、年間GDP上昇への貢献だけでなく、これらの企業が大量の労働者を集めていることにもある。このことが労働力の再編成と雇用創出に役立っている。しかしながら、ベトナムは現在、市場経済発展の初期段階にある。これは管理が不十分なまま発展していることをも意味し、労働環境問題の原因となっている。労働環境問題とは、すなわち、環境汚染、不安全な労働条件、物理的労働荷重の増加、より大きな精神的ストレス、エルゴノミクスにかかわるリスク要因のことである。

 「中小企業とインフォーマルセクター(農業)の労働者の健康に及ぼす就労時のリスク要因の影響および適切な介入」と称するプロジェクトにより、ベトナムの中小企業および農業労働者の労働条件改善と衛生改善のための方法が提案された。


主題と方法

研究計画

  • 産業界の横断的疫学研究
  • 労働条件改善のためにILOが導入したWISEの適用およびWHOの健康な作業場に関するガイドラインの適用についての研究

研究地域と期間

  • 10の省とハノイにおける中小企業:10の省は、ハイフォン、フンエン、ハタイ、タイビン、ナムディン、ニェアン、タインホア、ビンディン、ダックラック、チュアチンフエ
  • 主な農業8省:ハタイ、ハナム、タイビン、ティエンジャン、キエンジャン、ロンアン、カンホア、ダックラック
  • 研究期間:1997〜2000年。

研究目的

  • 中小企業労働者:会社総数は109。この内、62が小規模企業で、47が中規模企業。5つの職業(鋳物・機械、化学、建設材料、衣類および消費材)に従事する5,350の労働者を研究対象とする。食品サービス関連の労働者は管理グループとする。
  • 主要8省の4,746人の女性農業労働者

データ処理

データ解析にはEPIINFO-6プログラムを使用した。


結果

中小企業および農業分野での労働環境と労働者の健康

中小企業

 中小企業の環境要素は大企業のそれとは異なる。照明の悪さ、粉じんおよび有毒ガスのレベルは大企業のそれに比べると1.5から2.8ポイント高い。リスク要因は産業によって異なる。鋳物、機械工および消費材工場では粉じん、化学薬品、有毒ガスが最も危険な要素であるが、照明の悪さが衣服、縫製工場では主な問題であり、建設材料部門工場においては高温が問題であった(表1参照)。

 ほぼすべての企業において局所排気装置が無く、有毒ガスが敷地内に充満して、結果として、すべての労働者がその影響を受ける。ナイロン包装材の製造、プラスチック発泡パネルの焼却、切断を行う工場では、労働者は塩素を含む有毒ガスに曝されている。長時間曝される場合、癌にかかる危険性が高くなるであろう。鋳物産業では、有毒ガスは鋳鉄炉や溶接作業から発生する。労働者には個人用保護具が支給されていなくて、金属ガスと煙の吸入による化学中毒や肺疾患にかかる危険に曝されている。労働者の85%もがこのような危険に曝されている。それに加え、労働者は多くの複合要因から影響を受けている(表2参照)。84.4%の企業に1つ以上のリスク要因があり、44%が2つ以上、29%が3つ以上、23%が4つ以上、そして約10%に許容基準を超えるリスク要因が7つ以上ある。

 医療調査によれば、検診を受けた内の31.8%の労働者が何らかの疾病に罹患している。罹患率は、鋳物・機械業において最も高く49%となっており、化学産業で28.4%、そして消費材産業で24%となっている(図1参照)。

 中小企業労働者における疾病の種類では、呼吸器系疾患 23.6%、眼科疾患 19.7%、心臓血管疾患 8.05%、筋骨格系疾患 3.5%、聴覚疾患 3.4%、特定の職業性疾患 0.76% となっている。医療調査結果は、諸産業の環境汚染度合いと一致している。

農業

 農村部の生活条件は一般的に衛生基準に合っていない。家庭環境調査によれば、45.3%が井戸水を使い、32.1%がポンプで汲み上げた井戸水を使っている。さらに、30.3%が雨水を使い、17.5%が河川、湖の水を使っている。便所と浴場が通常無く、あったとしても(49.5%)、一定の衛生基準に合っていない。

 農村においては、労働者は殺虫剤や他の化学農薬等の危険に曝されている。ベトナムの主要8省で女性労働者4,746人に対する調査を行ったが、それによれば、26.2%が殺虫剤散布に従事している。北部省においては南部省よりその比率が高く、64.5〜71.7%となっている。農業指導者から適切に安全使用の情報を得ていたのは、殺虫剤散布に従事している女性労働者の内の49.2%に過ぎない。ほとんどの殺虫剤は民間の商店から入手している(59.2%)。調査した女性労働者中の34.9〜51.7%が月経期間中や授乳期間中でも殺虫剤散布を続けている。女性労働者の多くが頭痛や目眩等の殺虫剤中毒の兆候を示している。さらに、彼女らのほとんどがレモンジュース、オレンジジュースもしくは砂糖水を飲むなどの自身での手当てを行っているだけである。

 農業はつらい仕事だとみなされている。我々の調査では、農業に従事する女性労働者の労働時間は一日9〜17時間(53.5%)である。水田、畑の耕作が最も一般的な仕事であるが、ハタイ、ナムディン、カンホア等の省では、さらに別の仕事もある。報告によれば、地域の医療所に通っている罹患者は51%、個人診療所にかかっている罹患者は26.4%、病院(地域や省)にかかっている罹患者は16.7%、そして自己手当のみに頼っている罹患者が7.2%となっている。主な疾患の種類は、呼吸器系疾患 3.4〜12.7%、産婦人科疾患2.4〜4.6%、筋骨格系疾患 3.8%、胃腸疾患0.8〜2.5%、その他 5.3〜15.2% となっている。全女性労働者の罹患率は35.6%であり、その内訳は、呼吸器系疾患 9.3%、産婦人科疾患5.3%、筋骨格系疾患 6.1%、坐骨神経疾患4.6%となっており、腫瘍疾患の例が17件あり、結核も2例ある。

 労働災害に被災した女性労働者は390名に上るが、これは総災害件数の11%となる。調査結果によれば、女性農業労働者を含む労働災害件数は報告の20倍にもなる。報告されているのは、60件で、発生率では1.3%(住民1万人中130件)であり、内訳は労働災害が58.3%、交通事故が30%となっている。

 自発的堕胎は575件で12.1%であり、一方、42.3%が重労働による流産と想定されている。残りは健康状態によるものと、原因不明のものと想定されている(表3参照)。 

企業での労働条件向上

 中小企業の労働条件向上のため、ILOのWISE方法および衛生的職場環境に関するWHO指針が適用されている。その基本原則は、地域活動で得られた経験による評価、優良事例の積み上げ、簡潔かつ低コストでの導入指導、経験の共有、そして協力推進である。これらの方法が10の省に適用され、76企業の4,735人に及ぶ調査が1998年から1999年にかけて実施された。向上活動は6つのカテゴリーに分けて実施されたが、それらは、生産部門での向上、リスク要因の除去、安全な職場の確保、労働者の衛生管理、労働組織の強化および衛生設備の向上となっている。許容基準を超えるリスク要因の割合は向上活動前に比べて6%もの顕著な低下となった(表4参照)。向上活動後、病欠率は3.9%減少した(表5参照)。さらに、労働者の収入も向上した。50万〜100万VND(ドン)の収入のある労働者は12.4%に上り、30万VND(ドン)以下の収入しかない労働者は4%に低下した(表6参照)。


結論

  1. 中小企業の労働環境と労働条件により労働者の健康へのリスクの程度は決まる。調査結果によれば、最も危険な要因は粉じん(27.6%)、無照明(25.9%)、有毒ガス(22.9%)および好ましくない局地的気候である。 許容基準を超えるリスク要因を一つは抱えている企業は、84.4%にも上る。このリスク要因は産業の種類に関連し、その疾患別罹患率は次のおりである。呼吸器系疾患 23.6%、眼科疾患 19.7%、筋骨格系疾患 3.52%、聴覚疾患 3.4%、皮膚疾患 3.05% および神経疾患 2.8%となっている。

  2. 農業分野での生活および労働条件は一定の衛生基準に達していない。家庭内に適切な水道設備および衛生的な便所がない。女性労働者が殺虫剤や重労働に曝されている。調査中の26.2%が殺虫剤散布に従事しており、その内の34.9〜51.7%が月経期間中および授乳期間中でも殺虫剤散布を続けている。調査した女性労働者の半分以上(53.5%)が一日9〜17時間働いている。女性農業労働者の労働災害件数は報告の20倍にもなる。報告されているのは、60件、発生率にして1.3%(住民1万人中130件)であり、内訳は、労働災害が58.3%、交通事故が30%となっている。12.1%の女性農業労働者が自発的堕胎を経験している。その主な理由は重労働である(42.3%)。

  3. 76企業で労働条件向上を目指した指導を試験的に行ったが、その一年後には向上活動件数は2.6倍となり、向上活動への投資額は30倍にもなった。労災発生率は6%低下したが、これは特に、塵埃、照明および局地的気候に問題があった例に顕著であった。病欠率も3.9%減少した。向上活動後、労働者の収入も向上した。


提言

  1. 政府は中小企業のための具体的規則を速やかに公布すべきである。関連する省庁は中小企業および農業分野での労働安全衛生を向上させるために関連書類と指針を継続して発行すべきである。

  2. 政府は中小企業運営面(場所、投資、製品流通等)の立案を行ったり、援助を行ったりすべきである。中小企業労働者、農業労働者、特にそれらにおける女性労働者の健康管理において、関係省庁(労働省、労働傷病兵社会省、ベトナム女性協会、農業労働者協会、生活共同体および地方自治体(地方自治レベルの人民委員会)間の協力関係が確立されるべきである。

  3. 企業が労働法令を順守できるように、中小企業の管理職と地方レベルの医療スタッフの能力向上、訓練および教育を強化すべきである。

  4. 全労働者の健康増進に関する教育と普及のため、報道関係者は宣伝活動を推進すべきである。

  5. 商業村落、家内工業、村立工業等の中小企業に関し、それらが地域の健康に与える影響の調査を強化し、適切に健康管理計画を整備すべきである。



References

  1. Ministry of Labour, Invalid and Social Affairs. Workshop on non-state SSEs and MSEs. Hanoi; 1996.
  2. Ministry of Health. Reports in Workshop on management of working environment and occupational diseases in SSEs & MSEs in Vietnam. Hanoi; 1997.
  3. Vo Tien Loc. Development of SSEs & MSEs in Vietnam, actual situation and measures. Vietnamese SSEs & MSEs: Actual situation and measures. Statistic Publishing House; 1998. p. 9-12.
  4. Kogi K. Improving working condition in small enterprises in developing Asia. Geneva: ILO;1985.
  5. Kogi K, Phoon WO, Thurman j. 100 examples of low cost improvement in enterprises. Geneva: ILO; 1988.
  6. WHO. Regional Guidelines For the development of healthy workplaces. Manila; 1999.



Nguyen Thi Hong Tu
Deputy Director
Department of Preventive
Medicine
Ministry of Health
138A Giang Vo Street
Hanoi, Vietnam
E-mail: hongtu@netnam.vn


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