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職場からのSOS
増え続ける職場のストレス関連コスト

資料出所:ILOジャーナル
2000年12月号 No.488

世界保健機関(WHO)の推計によれば、精神性疾患、アルコール・薬物依存症の問題を抱える人々の数は、世界全体で五億人を超える。こういった人々の失業率は九割に達する。この度、職場のメンタルヘルス問題と各国で取られる対策を扱う報告書が発表された。概要を以下に紹介する。

世界メンタルヘルス・デー

オランダに本部を置くNGOである世界精神衛生連盟(WFMH)は、1992年にメンタルヘルス問題に関する世間の意識を高め、ネガティブなステレオタイプ化に反論し、人々に体験発表の場を与えることを目的として、10月10日を 「世界メンタルヘルス・デー」 と定めた。

今年のメンタルヘルス・デーは職場をテーマとする。ILOは10月9〜10日にジュネーブで、WFMH及びワールド・ストラテジック・パートナーズ (米国に本部を置く国際保健業界ネットワーク) と共催で職場のメンタルヘルスに関する会議を開催した。会議の一環として、10日には、WFMH、WHOと共催でメンタルヘルスと職場に関するシンポジウムを開いた。会議には、ILOがフィンランド、ドイツ、ポーランド、英国、米国の調査をもとに編纂した「職場のメンタルヘルス(Mental health in the work place:introduction)」と題する報告書やILO/WHO共著の「メンタルヘルスと労働(Mental health and work: Impact, issues and good practices)」と題する討議資料等が提出された。それぞれの原文及び前記五カ国の国別報告はILOのウェッブサイト(http://www.ilo.org/public/english/employment/skills/targets/deisability/publ/index.htm)から入手できる。

シンポジウム開会に際し、ソマビアILO事務局長は、開かれた市場、開かれた社会、新しい情報通信技術は確かに恩恵をもたらしてはいるが、同時に不安と不確実性を増大させたとし、メンタルヘルスと精神性疾患をILOの提唱するデイーセント・ワーク(権利が保護され、十分な収入を生み、適切な社会的保護が供与された生産的な仕事)に関わる問題と位置づけ、健全な職場の推進、精神衛生面の問題を抱える人々に対する差別禁止を労働の基本的権利の問題としてとらえることなど、この間題に対するILOの多様な取り組みを紹介した。

職場のメンタルヘルス

ILOの報告書は職場のメンタルヘルスが危機的状況にあると指摘する。労働者は燃え尽き症候群、不安、モラールの低下、ストレスを訴え、使用者は生産性の低下、利潤減、高転職率、新規採用や補充労働者の訓練といった費用負担を報告する。政府にとって、メンタルヘルスの問題は保健医療コストや支払い保険金額の増加、国民所得の低下を招く。

欧州連合諸国はGNPの3〜4%をメンタルヘルスの問題に費やす。米国ではうつ病の治療に関わる国民支出が300〜440億ドルに達する。メンタルヘルスの問題による早期退職が増えている国も多く、障害年金の最も一般的な支給理由となっている。

◇メンタルヘルスの趨勢

報告書は前記五カ国に関し、職場生産性、所得喪失、保健医療及び社会保障費、精神性疾患を有する人々のメンタルヘルス機関へのアクセス及び雇用政策等、職場におけるメンタルヘルスの問題と対策を詳細に扱う。

問題の原因は複雑で、五カ国の職場慣行や収入・雇用形態は大きく異なる。しかし、報告書は、ストレス、燃え尽き症候群、うつ状態が、経済グローバル化の影響を一因として労働市場で発生しつつある変化と結びつけられると推測できる共通点が複数存在すると記す。メンタルヘルスの問題はますます増加しており、労働者の10人に1人がうつ状態、不安、ストレス、燃え尽き症候群を経験しており、これは失業や入院につながる場合もある。

この五カ国を調査対象としたのは、精神性疾患の発生率が極端に高いといったような理由からではなく、それぞれが職場組織と福利システムにおける異なったアプローチを代表し、立法、ヘルスケア、メンタルヘルス問題に対する取り組み方が異なるためである。

報告書はメンタルヘルスによる費用の高まりを警告し、五カ国全てで生産年齢人口におけるメンタルヘルス上の問題が増加傾向にあると指摘する。各国の主な特徴は以下の通り。

▼米国 英国と共に、生産性を上げるために生み出された一連のニューテクノロジーと作業組織方法が、うつ状態と職場ストレスの増加を引き起こしている。うつ病は最も一般的な疾病の一つとなり、患者数は毎年、生産年齢人口の10人に1人に達し、年間労働損失日数は2億日近くになる。

フィンランド 高失業率、雇用不安、短期契約、時間的プレッシャーの発生と平行して、労働者の精神的安定の著しい悪化が報告された。全労働者の半数以上が、不安、うつ状態、痛み、社会的疎外、睡眠障害といったストレス関連症状を訴える。七%は深刻な燃え尽き症候群に陥っているが、これは疲労、ひねくれた考え方、職業能力の急激な低下につながる。精神障害が障害年金の主要な支給原因となっている。

ドイツ 失業率の上昇に加え、「合理化とテクノロジーの迅速な導入」 に関与している労働者は、時間的プレッシャーの高まり、生産の質と量の引き上げを求められることから生じるストレスに苦しんでいる。早期引退理由の約7%がうつ病によるもので、うつ状態に関連する労働不能期間は他の疾病によるものの約二・五倍に達する。精神障害に基づく欠勤による生産量の年間喪失高は毎年50億マルクを超えると見積もられる。

英国 毎年、労働者10人中3人近くがメンタルヘルスの問題を経験し、労働関連のストレスとそれによる疾患が一般的であることを多くの研究結果が裏付ける。特にうつ状態は非常にありふれており、常時、生産年齢人口の20人中1人が重いうつ状態にある。

ポーランド 社会と経済を変化させた大規模な政治変化が労働市場や職場の人々の精神的安定に深刻な影響を与えた。メンタルヘルス関連治療を受けている人の数、特にうつ病患者の数が増加しっつあるが、これはこの国の社会・経済情勢の変化とそれによる失業、雇用不安の増大、生活水準の低下に関連する。

◇進歩のしるし

報告書は全五カ国で職場のメンタルヘルス問題対策における進展を認める。

米国 企業は、うつ病によるメンタルヘルス(医療)及び障害コストがしばしば最も高くなることに気づき始めた。フォード・モーター社等、多くの使用者が健康と生産性の関係を理解し、経営戦略を向上させ、仕事・家族・生活問題を支援する計画を開発し、実行し始めている。

フィンランド 国内及び国際レベルの双方でメンタルヘルス問題に積極的に取り組み、メンタルヘルスを推進する文化が職場で醸成されつつある。この国では、労働能力とは、労働者の身体的な健康だけでなく健全な作業組織におけるメンタルヘルスの推進も含むものと認識されている。例えばノキアは、職場の健康促進・予防計画を担当する専門部局を擁し、フィンランド労働衛生研究所の協力を得てトータル・ウエルネス計画を作成している。

ドイツ メンタルヘルス機関に対する強い制度的支援・政府支援が見られ、企業はますます健康促進に高い優先順位を与えるようになった。フオルクスワーゲン社を始め、ストレス解消計画は既に何年も前から導入され、成功を収めている。これには、リラクゼーション計画、自信をつけ、対人能力を高めるためのロールプレイング及び行動訓練等が含まれる。

英国 メンタルヘルスの問題に閑し、労使団体が積極的な役割を演じ、政府と専門機関は一般に対症療法的に問題に対処する。マークス・アンド・スペンサーのように、既に職場のメンタルヘルス方針を開発した企業もある。既存の政策の分析により、良い慣行の主要な要素が確定された。組織にとっての最も基本的な一歩はメンタルヘルスが重要な問題であることを認め、メンタルヘルス推進に熱心に取り組む姿勢を示すことであるとの意識が生まれた。

ILOとメンタルヘルス

ILOでは複数の部局が労働とメンタルヘルスの問題に取り組んでいる。労働者の保護や疾病予防の観点からは、労働安全衛生を担当する安全労働国際重点計画(社会的保護総局労働者保護局)が扱う。メンタルヘルスの問題を抱える労働者の労働市場への統合の観点からは、障害者、若年者等弱者グループの雇用計画を担当する技能・知識・雇用可能性国際重点計画(雇用総局) のターゲット・グループが扱う。

障害者に関する国際基準としては、障害者の雇用とリハビリテーションに関わる一般原則を定める障害者の職業リハビリテーション及び雇用に関する条約(第159号)及び同名の勧告(第168号)が1983年に採択されている。