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フィリピンにおける若者の労働安全衛生
Occupational safety and health for youth in the Philippines
Dulce P. Estrella-Gust(フィリピン)
資料出所:ILO/フィンランド労働衛生研究所(FIOH)発行
「Asian-Pacific Newsletter on Occupational Health and Safety」
Volume 11, number 2, July 2004(「YOUTH AND WORK」)p.28-31
(仮訳 国際安全衛生センター) |
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背景
筆者は、フィンランド労働衛生研究所(FIOH)のRantanen教授の招きに応じて、2002年11月に開催された「若者と労働に関する国際シンポジウム(International Symposium on Youth and Work)」(1)に出席した。このシンポジウムは、若い人たちが勤労生活を順調にスタートさせるのに必要な種々の重要なステップについて、安全、衛生、能力、スキルに焦点をおいて検討するための討論の場として役立った。このとき議論されたさまざまな考え方と課題の意味をフィリピン国内の事情にあてはめて検討してみようという考えは、このシンポジウムがきっかけとなって生まれたものである。
2003年9月、労働雇用省(Department of Labor and Employment: DOLE)の労働安全衛生センター(OSHC)は、フリードリヒ・エーベルト財団(Friedrich-Ebert Stiftung: FES)の協力を得て、「職場の労働安全衛生に関する第1回全国青年会議(the First National Youth Congress on Workplace Health and Safety)」を開催した(2)。この会議の目的は、若年労働者に関する労働安全衛生上の種々の課題について検討し、これらの課題に対して官民両部門が共同で取り組んで対策を考え出すことにあった。会議には政府諸機関、民間、学界から約200人の実務家と研究者が参加し、30人の講演者がそれぞれの専門知識や現場での経験を伝え、実地調査の結果を発表した。
会議では、服飾産業、ホテル・レストラン業、コールセンター、建設業、娯楽産業といったさまざまな産業における労働条件をはじめ、若年労働者の労働安全衛生に関するテーマが幅広く取り上げられた。また、家事労働者としての児童の売買や児童売春、青少年の非性的危険行為、性と生殖に関する健康上のリスクに関する論文も提出された。論文の中には、若者の雇用と職業訓練、リスクに対する若年労働者の受け入れ、児童労働の廃絶、薬物のない職場、インフォーマルセクター、政府・労働組合・民間部門の役割について扱ったものもあった。
会議から浮かび上がったメッセージは、明快で力強いものだった。すなわち、「予防(Prevention)」は治療とリハビリに優る、というものである。「予防」は若者から開始されなければならない。「予防」は優れた事業である。このメッセージは会議の決議文(3)に反映され、参加者は官民両部門を代表して次のような決意を表明した。
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フォーマルセクターとインフォーマルセクターの働く若者およびその他の恵まれない若年労働者の基本的権利の擁護へ向けて迅速に行動すること。具体的には、より多くのより良質な仕事の創出、ハザードな労働や最悪の労働形態から児童を遠ざけること、実りある社会的保護、および自身に関係のある社会問題に関する意思決定への若年労働者の完全参加、これらのことを目指す。 |
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若者およびその他の社会的に弱い立場に置かれた労働者を含むすべての人々の肉体的、精神的、社会的福祉の改善につながるような労働条件と労働環境を推進し、同時に生産性と競争力の向上を図ること。 |
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労働安全衛生分野における若年労働者の懸念に対し、一般の意識向上に努めること。 |
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「万人のためのディーセントワークと労働安全衛生」に関する整合性のある政策およびプログラムの策定へ向けて共同で取り組むこと。 |
フィリピンは非常に若い人が多い人口構成になっている。以下では、フィリピンにおける働く若者の傾向をごく大まかに示し、若年労働者に関係した労働安全衛生上の種々の課題をめぐって最近行われた調査の概要を示す。
フィリピンの若者
国連によれば、「若者(youth)」という語は15歳から24歳までの人を意味する。しかし、この語の運用上の意味は国によってさまざまに異なる。フィリピンで「若者」と言えば、15歳から30歳までの年齢階層を指す。これは、共和国法8044「国民青年委員会の創設(The Creation of the National Youth Commission)」(4)の定義である。
2004年3月、フィリピンの労働人口は前年度より160万人増えて3,540万人となった(5)。増加分の大半は、若者および男性労働者によるものである。フィリピンの若者の数は1,543万人にのぼる。
労働雇用省によると、雇用されている若者の大部分は農業とサービス部門で働いている。40%を超える若者が農林水産業で雇用されており、それと同程度(40%)の若者が、情報システム、ホテル・レストラン業(とりわけファストフード企業)、医療サービスといった実に多様なサービス業に従事している。工業で雇用されているのはわずか18%ほどにすぎないが、その割合は、「日なた産業(sunshine
industries)」が発展しつつあることの当然の結果として増えつつある。若者の雇用を吸収、誘引し続けている「日なた産業」の1つは、コールセンター業である。
若者のうち、ほとんどの男性は農業および生産業務に従事している。若い女性労働者では、23%が農業に従事しているが、同じ割合の女性労働者がセールス業やサービス業に従事している。専門職や技術職に就いている若い女性労働者の割合は若い男性労働者の場合より多く、男性労働者では2.8%であるのに対し、女性労働者では9.2%である。
ただし、若者は総失業者数のほぼ半数(46%)を占めており、若者の失業率は国全体での失業率の2倍である。若者の失業者のかなりの部分が高卒(27%)か、または職業教育ないし大学教育を修了している。もし若いフィリピン労働者の海外移民がなければ、若者の失業者数はさらに増えたであろう。他国で労働する若者は50万人にのぼっている。
ほかの労働者と比べてスキルも実務経験も乏しい若者は、苦境にあえぐ経済の不確実性の影響をとても受けやすい。若者が仕事を見つけるのは困難であり、企業が経営縮小を決定したときに真っ先に解雇されるのも、たいていは若者である。若者の失業は、年来の問題である若者の非就学とあいまって、若者一人一人の才能の開発、さらにはもっと広く経済全体の人的資源開発にとって、重大なマイナス要因になっている。
若年労働者の労働安全衛生問題
マニラ首都圏の従業員20人以上の企業で1999〜2000年に発生した業務上の負傷に関するデータによれば、回答企業409社で3,228件の業務上の負傷が記録されている。このうち、19歳から24歳までの若者が当事者となった件数は15.5%あった(6)。
労働災害の大部分は、25歳から49歳までの労働者に発生していた。データでは、恒久的就労不能と一時的就労不能もこの年齢層で最も高いことが示された。傷害は主に工場や機械のオペレーターと組立工(43.7%)で発生しており、以下、単純肉体労働者(15.4%)、サービス業労働者、店員および営業社員(14.9%)と続く。
若者の災害や負傷の頻度は、さまざまな理由から実際には報告よりもっと高かった可能性がある。たとえば、多くの若年労働者は契約従業員か短期雇用従業員なので、これらの若者の数字は統計に含まれていない可能性がある。また、若者の雇用状況が不安定であるために、健康上の問題や負傷があっても監督者や医療機関に報告していない可能性もある。
若年労働者の労働安全衛生にもっと注意を向ける必要があるという点については、かねてから指摘があり、大方のコンセンサスも出来ている。若年労働者の労働災害率は大人より高い。それだけでなく、若年労働者を見舞う災害はより重大で、しばしば障害が長引いて長期にわたるように思われる。さらに、国内のアルコールと薬物の乱用者のうち、どちらの場合も5人に2人が労働者であり、かつほとんどが若い労働者である(7)。
サービス部門の労働安全衛生の状況
ケーススタディ1:ホテル・レストラン(8)
500人以上の従業員を雇用する五つ星ホテル6軒を対象に行われたこの調査では、フォーカス・グループ・ディスカッション、主要情報提供者へのインタビュー、および構造化されたアンケート調査が実施された。調査の狙いは、これらのホテルの安全衛生の状態を調べ、ホテル・レストラン部門向けの専門的な労働安全衛生ガイドラインを作成することにあった。フォーカス・グループ・ディスカッションでは、経営者、人事の実務家、およびホテル経営のための学校の教師が回答者となった。
ホテルで最も問題があった分野は、調理場、洗濯、工務であった。観察されたハザードおよび認知されているハザードとして、肉体的なもの、エルゴノミクスに関するもの、化学物質に関するもの、および心理社会的なものがあった。労働安全衛生に関する各種方針については、調査の対象となったすべてのホテルが、自主的なHIV検査と強制的な薬物検査に関する方針、さらにセクシャルハラスメントに関する方針を用意していると回答した。しかしながら、これらの方針とプログラムとの間で適切に連携が取れているホテルは1軒だけであり、ほかのホテルでは、方針を具体的に徹底するための包括的なアプローチが必要であった。
訓練と情報伝達に関するプログラムは、多く緊急事態発生時の手順に関するものに限定されていた。ホテルの大半は、マニュアル・ハンドリングに関するブリーフィング(荷物の安全な持ち上げ方など)を実施していたが、マニュアル・ハンドリング作業のリスクを軽減するための抑制対策はまったく整備されていなかった。
リスクを軽減するために抑制対策として用意されていたのは、換気システム、個人用保護具、騒音監視装置、火災予防訓練や地震防災訓練などの緊急事態発生時の対応計画であった。どのホテルも、災害の調査報告は行っており、是正対策も講じている、と回答した。また毎年、労働雇用省に災害報告書を提出していた。
この調査は、具体的に次のようなことを提言した。
- ホテルの全従業員、特に若い従業員と新しい従業員を対象としたオリエンテーションと教育訓練を強化すること。
- ホテルにおける労働安全衛生諸基準の実施状況に関する監督データを見直すこと。
- ホテル経営のための学校のカリキュラムを労働安全衛生の観点から見直すこと。
- より規模の小さいホテルの労働安全衛生の状態を調査すること。
- ホテル・レストラン業向けの専門的な労働安全衛生ガイドラインを作成すること。
- 接客産業に適用される現行の労働安全衛生諸基準を予防戦略に重点を置いて見直すこと。
ケーススタディ2:ファストフード産業のサービス要員のリスク評価(8)
ファストフード・レストランでの食事は今やフィリピン人の日常にとけ込んでいる。ファストフード・チェーンでは、効率のよいサービスを提供するために、18歳から25歳までの若者をスタッフとして雇用している。こうしたスタッフのほとんどは、パートタイムで働く学生である。
とある機関が、大手ファストフード・チェーンの店内の物理的構造、使われている保護具、および行われている作業をもとに、職業リスクの評価を行った。安全に関わるリスクとして特定されたものには、高温への暴露/火傷のリスク、急激な温度変化、有害化学物質への暴露、廃棄物、すべりやすい床による傷害の可能性、などがあった。労働者がこれらのリスクに対処できるかどうかについては、主として、労働者に提供される保護具に基づいて評価を行った。ファストフード店のスタッフが安全衛生上の訴えとして挙げたのは、火傷、軽いすり傷、疲労、筋肉痛、およびすべりと転倒であった。
結論と展望
製造業、建設業、およびサービス業において、若年労働者はさまざまなリスクにさらされている。若年労働者はしばしば職場のリスクを認識しておらず、その労働災害率は比較的高い。職場の危険の種類は実に多岐にわたっており、その数はフォーマルセクターの技術変化に伴ってさらに増えている。製造業では現在約26,000種類の化学物質が使われており、農業では農薬の使用が拡大している。小規模鉱業では、若年労働者が水銀とシアン化物にさらされている。履物の家内製造に従事する若年労働者は、接着剤から放出される有毒ヒュームの影響を被りやすい。放射線、熱、照明、振動、および高レベルの騒音といった物理的ハザードは職場にあふれている。看護業務に携わる若年労働者は、生物学的ハザードにさらされており、場合によっては肝炎、SARS、結核といった病気、およびその他の感染症に罹患するおそれがある。
コールセンターで働く若者やその他の事務職に従事する若者は、エルゴノミクス的ハザードと心理社会的ハザードに対して無防備である。心理社会的ハザードとしては、職場でのハラスメント、いじめ(mobbing)、搾取、および暴力がある。これは、薬物の乱用、危険な性行為、計画外妊娠などの悲しい結果をもたらすことがある。
職業上の災害と傷害の予防は、災害発生後の治療とリハビリに常に優る。労働雇用省の労働安全衛生センターは、その他の政府諸機関および民間部門との協力のもと、職業上の傷害の予防、支援、監督、および教育訓練の推進役を務めている。フィリピン中期青少年開発プログラム(Philippine Medium Term Youth Development programme)では、働く若者のさまざまなニーズと支援策が特定されている。教育省と高等教育委員会(Commission on Higher Education)は、国民青年委員会と協力し、学校向けの種々の労働安全衛生アプリケーションの開発にあたっている。
若年労働者の集中しているコールセンター、娯楽産業、店員といった特定の職業では、労働安全衛生上の懸念事項についての調査が目下進行中である。これらの調査の結果は、技術的なガイドライン、種々の政策、および基礎・専門の労働安全衛生訓練コースに盛り込まれつつある。政府が率先して数々のイニシアチブを展開しているにもかかわらず、職場の安全衛生上の課題に対する意識の向上は、まだまだ若年労働者のごく一部にしか認められない。フォーマルセクターの企業が自社の労働安全衛生プログラムを強化しつつある一方、インフォーマルセクターは労働安全衛生の深刻な立ち後れに苦しめられている。労働者の福祉と保護は政府単独では推進できないので、若年労働者の安全衛生へ向けた取り組みの主たる享受者である民間部門と地方自治体にも、政府は協力を求めている。若者の労働安全衛生は公共政策の中にすでにしっかりと位置付けられており、現在、協力関係の維持とフォローアップのための各種プログラムおよび監視と評価の仕組みが整えられつつある。
参考文献
- International Symposium on Youth and Work, 20-22 November 2002, Hanasaari
Cultural Centre, Espoo, Finland.
- The First National Youth Congress on Safety and Health, Theme: Young Workers
for Safety and Health, 30 September - 1 October 2003, Occupational Safety
and Health Center, Department of Labor and Employment (DOLE), Philippines.
- Proceedings of the First National Youth Congress on Safety and Health,
2003.
- Republic Act 8044 “The Creation of the National Youth Commission”.
- Labstat Updates, Vol.8 No.5, Highlights of the January 2004, Labor Force
Survey, Bureau of Labor and Employment Statistics, DOLE.
- Occupational Injury Survey BLES-DOLE, 2000.
- National Survey on Drug Use, Dangerous Drug Board, Philippines, 1999.
- Research Studies of the Occupational Safety and Health Center for Publication
2004.
- Gust, Gert A. Youth Employment, March 2003, for publication by the ILO.
- ASEAN, “Manila Declaration on Strengthening Participation in Sustainable
Youth Employment” adopted at Fourth ASEAN Ministerial Meeting on Youth,
Manila 3-4 September 2003.
- The Philippine Medium Term Development Plan, 1999-2004, Manila.
- Department Order No. 53-03 - Drug-Free Workplace.
- National Comprehensive Workplace Policy on STD/HIV/AIDS.
- Republic Act 8504 The National AIDS Law.
- Republic Act 9231 Special Protection of Children Against Child Abuse Exploitation
and Discrimination.
- Republic Act 9125 Comprehensive Drugs Act of 2002.
- Occupational Safety and Health Standards, 1978.
- Department Order (DO) 13 - Construction Safety.
Dr. Dulce P. Estrella-Gust
Executive Director
Occupational Safety and Health Center
Department of Labor and Employment
North Avenue Corner Science Road, Diliman, Quezon City
The Philippines
E-mail: oshcenter@oshc.dole.gov.ph
この記事のオリジナル本は国際安全衛生センターの図書館が閉鎖となりましたのでご覧いただけません。
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