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ベトナムの大学、単科大学、技術学校における労働安全衛生教育
Occupational health and safety education
at universities, colleges and technical schools in Vietnam
Le Van Trinh(ベトナム)

資料出所:ILO/フィンランド労働衛生研究所(FIOH)発行
「Asian-Pacific Newsletter on Occupational Health and Safety」
Volume 11, number 2, July 2004(「YOUTH AND WORK」)p.34-37
(仮訳 国際安全衛生センター)


 労働安全衛生は、社会経済発展戦略における重要課題であり、党およびベトナム政府は、とりわけ工業化と近代化の観点からこの課題に多大な関心を寄せている。持続可能な開発には足並みを揃えた統一的な行動計画の策定が必要であり、生産拡大のための開発によって労働安全衛生もともに実現されるようにする必要がある。適切な労働安全衛生政策が存在しなければ、ベトナム経済は呻吟し、経済発展は持続不可能になるであろう。ベトナム政府の視点は次のようなものである。「開発の主たる目的とその原動力は、人民による人民のためのもの、とりわけ働く人民のためのものと見なされなければならない」


大学と単科大学

 今日のベトナムには、230校の大学と単科大学、さらに300校の技術学校があり、学生数は総計200万人にのぼっている。このうち半数を超える学校は、職業大学か、または生産に関係した学校である。ベトナムの工業化と近代化、ならびに加工貿易の拡大に伴い、職業上の災害および疾病に関するさまざまなリスクが発生しており、公衆の労働生活に影響を及ぼしている。

大学における労働安全衛生 - 歴史的経緯

 大学、単科大学、および技術学校は、労働安全衛生教育に関心を寄せ、そのための投資を行ってきた。学生は将来実際に生産やサービス提供の現場、経営機関、労働安全衛生に影響を持つ調査設計組織で労働することになるのであるから、学生の卒業後ではなく在学中に労働安全衛生教育を行わなければならない。学習課程にある間に学生の知識は増え、モラルおよびその他の考え方が形成され、一定の人格が形作られるのであって、こうしたプロセスの中で、学生はみずからのモティベーションや社会的価値をめぐる多くの課題に直面する。したがって学生に労働安全衛生に関する十分な理解を持たせ、実際に勤労生活に入ったときに労働安全衛生に寄与できるようにするために、労働安全衛生に関する知識を学生に与え、労働安全衛生に対する正しい姿勢を教える必要がある。
 ベトナムがまだ戦争状態にあった1954年から、政府は労働安全衛生教育に留意してきた。教育訓練省は、大学、単科大学、および技術学校において労働安全衛生教育プログラムを確立するために組織的に取り組んできた。
 当初、ベトナムにおける大学レベルの教育は、さまざまな困難に直面し、物資および人材の不足に悩まされた。労働安全衛生教育も、注意が払われていたとはいっても、ほかの教育と同じ困難に見舞われた。1954年から1964年までは労働安全衛生のための独立したカリキュラムはなく、客員教員が教鞭を取った。一般的に言って、当時行われた労働安全衛生教育は性格的には振興と普及に過ぎず、労働安全衛生の分野を深く考究するものではなかった。
 続く1964年から1975年までの期間には多くの変化が起こった。戦闘は激化した。ベトナムは国民経済の構築と発展を推し進める一方で、海外からの侵略者と闘う必要があった。しかし政府は以前と変わらず教育を重視した。大学における労働安全衛生教育プログラムはそれまでより充実したものになったが、資源は不足しており、包括的な教育ではなかった。労働安全衛生の教員は依然客員だけで、労働安全衛生は正課外の科目であった。この期間に労働安全衛生教育を開講していたのはハノイ国立大学だけであり、しかもその講義は依然正課外とみなされていた。同大学の当初の労働安全衛生カリキュラムは、旧ソビエト連邦から手に入れた労働安全衛生関係の資料に基づくものであった。ほかの大学(鉱山地質大学、ハノイ建設大学、建築大学など。いずれもハノイ技術大学から独立)や一部の技術学校(化学、電気、鉱山、および地質の技術学校など)では、労働安全衛生の科目は教えられていたが、やはりまだ正課外であり、該当産業に絞った安全工学教育(例えば電気、鉱山、機械、化学産業における安全性など)に限定されていた。
 1975年から1994年までの期間にベトナムは統一され、社会経済発展のための諸条件が整った。なかでもドイモイ(Renovation)の期間(1996年から現在まで)には、実際的な需要から、若い世代、とりわけ大学、単科大学、および技術学校の学生を対象とした統一的な労働安全衛生教育プログラムが必要になった。1976年には、ベトナム初の労働安全衛生カリキュラムが公表された。7つの章(概観、労働衛生、衛生工学技術、安全工学、機械の安全な使用、電気の安全性、個人用保護具)に分かれた200ページからなるこのカリキュラムは、現在に至るまで大学の授業で使われている。
 1994年、ベトナム社会主義共和国国会は労働法(Labour Code)を採択した。労働法はベトナムにおける労働関連の最高法規である。労働法第9章には、労働安全衛生について定めた14の条文がある。労働法施行から間もなく、ベトナム政府は1995年1月20日付政令第06/CP号(Government Decision 06/CP of 20/01/1995)を公布した。この政令は、労働法の労働安全衛生に関する一部の条文を詳細に規定したものである。これらの法律文書により、数多くの通達(circular)、指令(directive)、および国内規格が生まれるとともに、労働立法と労働政策のためのきわめて適切なシステムが整備されることになった。
 1998年には、首相によって1998年6月23日付指令第13/CT-TTg号(Directive 13/CT-TTg of 23/6/1998)が制定された。この指令では、教育訓練省と労働傷病兵社会省(MOLISA: Ministry of Labour, Invalids and Social Affairs)の協力を重視しており、両省が労働安全衛生プログラムを連携させて、大学、単科大学、および技術学校向けのカリキュラムと教科書を作成することになっている。この指令第13/CT-TTg号に沿い、教育訓練省は過去2年間、正規の計画に従って、安全工学の確立と、大学、単科大学、および技術学校における労働安全衛生のためのプログラムとカリキュラムの確立の連携、監視を行った。

労働安全衛生カリキュラム

 1994年以降、労働安全衛生のためのプログラムおよびカリキュラムの研究と確立は、大きな成果をもたらしている。労働安全衛生教育は多くの場合、正規課程の付加物であったが、もはや別個の科目として扱われることはなく、教育訓練システム全体に幅広く行き渡るようになっている。
 経営機関、大学、単科大学、および技術学校は、それぞれの活動の中で、国内の労働保護と労働安全衛生の研究分野における専門家と協力している。国際組織、政府組織、およびNGOとの相互協力や多面的協力も行われており、こうした協力のあり方は、各組織で得られた経験の学習および交換、さらにベトナムに対する知識面、財政面、および物質面での援助を通じて、同国における労働保護と労働安全衛生の推進に寄与している。
 ベトナムの労働安全衛生関連主要組織は、学術的研究、投資、および種々の労働保護キャンペーンの監視と指導を重視しつつ、これと並行して、労働安全衛生に関する基礎知識の普及、教育、および責務の遂行に積極的に取り組んでおり、事業者と労働者による労働災害、疾病及び作業中のリスクを防止するための対策の確立を助けて、労働の生産性、質、および効率の改善に貢献している。
 ベトナム労働者階級の中心的組織であり、ベトナム唯一の労働組合であるベトナム労働総連合(General Confederation of Vietnam: VGCL)は、労働保護において重要な役割を果たしており、労働保護に関係した諸政策の確立・導入過程への参画、労働保護への大衆の関与の組織化、種々のイニシアチブや技術刷新の提案、技術的手段の研究の実施、および労働安全衛生の監視に関するガイドラインの提供を行っている。ベトナム労働総連合は、党および政府に対して労働安全衛生の政策および規制に関する提言も行っており、機を逸することなく労働者の健康と保護の推進に努めている。
 また政府は、労働安全衛生で主導的役割を果たす国の機関である国立労働保護研究所(the National Institute of Labour Protection: NILP)の運営をベトナム労働総連合に委ねている。国立労働保護研究所には、20人の科学博士、25人の修士号保持者、6人の準教授を含め、200人を超える職員がいる。国立労働保護研究所は、30年を超えるその活動の中で、労働安全衛生に関する国家レベルの科学技術課題50件、省レベルと都市レベルでは同200件を主導・実現したほか、数千件にのぼる研究成果を実地に応用し、多くの国内規格の作成・公布に協力している。同研究所の業績は、ベトナム政府から高く評価されている。

労働大学(Trade Union University)

 ベトナム労働総連合が、政府と教育訓練省の許可を得て、労働大学において労働安全衛生技術者訓練の授業を始めたのは1993-1994年のことであった。以来2003年6月に至るまでの6学期間に、労働大学は397人の労働安全衛生技術者を訓練し、これらの技術者は国内各地の労働安全衛生に関する経営・研究スタッフとなった。
 労働大学の労働安全衛生工学プログラムの枠内で教えられている基本科目(科学と社会に関する一般的な科目および必須の専門科目)のほか、もっと掘り下げた内容を教える労働安全衛生専門プログラムには、次のようにグループ分けされた23の科目が含まれている。

  1. 労働立法と労働安全衛生政策。次の4つの科目に分かれる:労働安全衛生の概要;社会医学と医療保険;労働保護の監督;安全規範形成の科学的基礎。
  2. 安全工学。次の11の科目に分かれる:圧力装置とその安全性;つり上げ機械の安全性;事業用電力供給;機械化;オートメーション;電気の安全性;放射線と放射線被曝の安全性;特殊環境における安全性;火災と爆発の予防;照明工学;産業建設と個人用保護具。
  3. 労働衛生:労働衛生;職業上の疾病;エルゴノミクス。
  4. 衛生技術と環境保護:環境保護;換気技術;化学汚染処理;騒音と振動の予防。基本プログラムに加え、労働大学では修士号レベルの労働安全衛生訓練プログラムも提供している。また、現職の労働安全衛生技術者の訓練も行っている。
 労働安全衛生の学部への入学者数は、1993年から2003年までの期間の総数204人のうち28%を占めた(約840/3,075訓練期間)。労働安全衛生技術者の訓練期間は4学年である。労働大学の訓練プログラムは3つの専門職向けに分かれており、企業の労働安全衛生技術者の訓練、労働組合の中で労働保護に携わる労働安全衛生技術者の訓練、および、職業学校や技術学校の教師となる労働安全衛生技術者の訓練がある。
 ホーチミン市では、1998年にホーチミン市労働連合がTon Duc Thang技術大学(Ton Duc Thang Technical University)の下に労働・環境保護学部(Faculty of Labour and Environmental Protection)を設置した。同学部では、ハノイの労働大学と同じ訓練プログラムを開講している。現在、同学部の卒業生は約120人になっている。
 過去十年の労働安全衛生技術者訓練の質に関する全体評価では、労働大学卒の労働安全衛生技術者が労働安全衛生管理に大きく貢献していることが示されている。彼らは労働保護を改善するとともに労働保護の社会化を推進し、ベトナム企業における事業者と従業員の労働安全衛生意識を向上させている。しかしながら質、量ともに、現行期間における社会経済発展のために必要な国としての需要はまだ十分に満たされていない。

意識の向上

 労働安全衛生の専門家ではない人々、すなわち若い人々、特に将来の労働力の主力となる大学、単科大学、技術学校の生徒や学生についても、労働安全衛生に対する意識を向上させる必要がある。教育訓練省が1998年6月23日付指令第13/CT-TTg号の実施にあたって、研究者と労働安全衛生の専門家を集めて新しい教科書を作るための委員会を設立したのも、そうした事情があるためである。
 2年間の作業の後、この委員会は「労働保護の科学技術に関する教科書(Textbook of the Science and Technology of Labour Protection)」を発表した。この教科書は2巻からなっており、一つは大学と単科大学向け、もう一つは技術学校向けであった。カリキュラムについては、多くの全国セミナーが開かれて、そこで詳細に議論された。教科書は、科学技術部(教育訓練省)、国立労働保護研究所(NILP)、ハノイ技術大学、および全国の大学、単科大学、諸機関の協力を得て、共同で作成された。
 一般公開に先立ち、大学および単科大学のさまざまな学部学科において、試験的にこの教科書を使って授業が行われた。その結果、教科書の内容の調整、追加、および補足についてたくさんの意見が寄せられた。これをもとに作成された新しい教科書は2003年10月に一般に公開され、今日ではあらゆる大学、単科大学、および技術学校において労働保護の科学技術に関する模範的教科書として使われている。大学、単科大学、および技術学校では、より適切な労働安全衛生カリキュラムを作成するうえで、この教科書がリファレンスとして役立っている。
 大学、単科大学、および技術学校の学生の教科書としての用途のほかに、この教科書はさまざまな機関や企業の経営者、事業者、従業員、および労働安全衛生専門家の参考文献としても役立っている。
 大学と単科大学で使われている「労働保護の科学技術に関する教科書」は4部10章からなり、次のような構成になっている。
第1部:序文および労働保護に関するベトナムの法律の概観(第1章と第2章)
第2部:労働衛生(第3章)
第3部:安全工学(第4章から第9章まで)
第4部:企業における労働安全衛生活動(第10章)
 技術学校で使われている教科書も4部10章からなるが、内容はよりシンプルに、かつ理解しやすいものになっている。
第1部:安全工学と労働保護の一般的課題
第2部:労働衛生
第3部:安全工学
第4部:企業における労働保護活動
 どちらの教科書も、各種産業において安全工学措置と労働保護を実現するための理論的な基礎および方法を系統的に扱っている。教科書は2005年まで授業で実験的に使われ、その後、調整および修正を加えて、ベトナムの大学、単科大学、および技術学校での使用が公式に指定される予定になっている。

結論

 国の礎が築かれて以来、ベトナム政府は労働者一般、中でもベトナムの若い労働世代の労働安全衛生教育に大きな関心を寄せてきた。政府の取り組みは多くの分野にわたっている。具体的には、労働安全衛生の教育訓練、地域社会一般を対象としたヘルスケアの実質的な効率改善、業務上の災害および疾病の抑制を図り、これらの取り組みを通じてドイモイ期の労働者の安全衛生の向上に努めてきた。
 大学、単科大学、および技術学校の学生を対象とした労働安全衛生教育プログラムも同様に重視されてきた。その成果が、「労働保護の科学技術に関する教科書」、そして2つの大学における労働保護技術者の教育体制である。こうした成果は、ベトナムが最近達成した社会経済の進歩に大きく貢献している。
 このように大きな前進はあるものの、労働安全衛生教育についてはいっそうの強化、普及を推し進める必要がある。これはすべての人の労働安全衛生意識向上を図るためであり、結局はそれがベトナムの国民と労働者に幸福をもたらすことになる。


Prof. Dr. Le Van Trinh
Member of the VGCL Presidium
Director of the National Institute of Labour Protection (NILP)
216 Nguyen Trai St
Thanh Xuan
Hanoi, Vietnam
trinh-le@hn.vnn.vn


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