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個人用保護具の概要とその活用方針
Overview and Philosophy of Personal Protection

ロバート F. へリック(ROBERT F. HERRICK,
lecturer on Ind. Hygiene, Dept. of Envl. Health
Havard School of Public Health, Boston, US)

資料出所:Industrial Safety Chronicle April-June 2003 p.13-14
(仮訳 国際安全衛生センター)



 個人用保護具は、職場での傷害・疾病をいかに予防管理するかという文脈の中で考慮すべき問題である。本稿では入手可能な個人用保護具の種類、個人用保護具の使用が示唆される可能性のある危険、さらに適切な保護具の選定基準について詳細な技術的考察を述べる。また、必要とされる場合は、個人用保護具に要求される許可書、検定書や標準についてその摘要も述べる。本稿での記載内容を実践するに際しては、職場での危険性低減という目的のためには個人用保護具はすべての防護対策がとられた後の最終手段であることを常に肝に銘じておかねばならない。職場での危険予防として講じるさまざまな対策の序列の中では、個人用保護具は筆頭に挙げるべきものではない。実際、危険性を低減するために実現可能な技術的管理対策(隔離、囲い、換気、代替、工程の変更など)や作業管理対策(危険にさらされる作業時間の短縮など)が実行できる範囲で実施されてはじめて個人用保護具は利用されるべきである(「介入を通じて実施する、危険防止と危機管理(Prevention and control of risks through intervention)」を参照のこと)。しかし、職場での傷害・疾病の危険性低減のために、使用期間の長短にかかわらず個人用保護具が不可欠となる場合もある。このような場合には、危機管理を検討する総合的なプログラムの一部として個人用保護具の使用を考慮すべきである。危機管理を検討する総合的なプログラムには、危険性の徹底評価、個人用保護具の適正な選択と着用、保護具使用者に対する教育や訓練、個人用保護具を常に正常状態で使用するための保守修理方法、全般的な管理、個人用保護具プログラムを成功させるための労働者の関与のありかたなどが含まれる。

個人用保護具プログラムを構成する要素

 個人用保護具はあまりにも単純なものに見えるので、これを効果的に使用するために要する労力と経費は特に過小に見積もりされている。個人用保護具の中には、保護手袋や安全靴などのように比較的単純なものもあるが、呼吸用保護具など実際には非常に複雑なものもある。ところで、危険性低減のために、危険の根本原因にさかのぼってその原因を除去する防止策をプロセスに組み込むのではなく、人間の行動を変えることを優先してしまうことで生じるさまざまな問題に阻まれ、個人用保護具の効果が発揮できにくくなるものである。そこで、個人用保護具の種類を問わず、個人用保護具プログラムには一連の要点を考慮に入れる必要がある。

危険性の評価

 個人用保護具を職場の危険問題に対する有効な解決策とする場合は、危険の本質と、危険と職場環境全体の関係を十分に理解しておくべきである。言及せずとも明らかなことではあるが、個人用保護具は単純に見えるため、このような評価のプロセスは、省かれがちである。職場におけるさまざまな危険や全体の職場環境に適切に対処できない個人用保護具を支給したために生じる影響は広範に及び、不適切な保護具の着用への抵抗や拒否から、仕事の能率の低下、ひいては労働者の傷害、致死の可能性にまで及ぶ。危険に対し、適切な安全防止策を講じるためには、危険の構成要素(化学的、物理的、生物学的因子を含む)と規模(集中度や、薬品の場合は濃度)、保護具が既知のレベルの保護効果を維持し続けられる予想有効寿命、保護具使用時の身体活動の性質(内容)を理解しておく必要がある。さまざまな職場の危険に対するこのような予備的考察(評価)は、不可欠な診断ステップであって、適切な保護具を選定する前に完了するべきものである。

保護具の選定

 保護具の選定ステップは、ある意味では危険を評価する際に得た情報により決定されるもので、採用しようとする保護具の使用効果を示すデータに対応し、かつ個人用保護具着用後の危険ばく露レベルに見合うものである。個人用保護具、特に呼吸用保護具の選定には、このような「使用効果に基づく要素」に加え、ガイドラインと国立労働安全衛生研究所基準がある。呼吸用保護具の選定基準は、米国のNational Institute for Occupational Safety and Health (NIOSH)が発行する「呼吸保護具選定のロジック(Respirator Decision logic)」などの出版物として公式にまとめられている。危険の性質(内容)と規模、選定する保護具で対応可能な保護の程度、選定する保護具着用中に許容範囲内と考えられる残存する有害要因の量または濃度に応じて、呼吸用保護具以外の保護具選定に際しても、同種のロジックが適用できる。保護具選定に際して重要なことは、保護具は、危険発生やばく露をゼロまで低減することを意図するものではないことの認識である。呼吸用保護具や防音保護具などの保護具メーカーは、保護率や減衰係数などの、自社製品の性能データを提供している。@危険の性質(内容)・規模、A保護具で対応可能な保護の程度、B保護具着用中に許容範囲内と考えられる危険発生レベルや危険へのばく露レベルの3点の必要情報を組み合わせ考慮してはじめて、労働者を適切に保護できる保護具の選定が可能となる。

保護具の適正着用(fitting)

 その設計意図どおりの保護レベルを保護具から確保するためには、保護具を適正に着用する必要がある。保護具の性能に加え、保護具が適正に着用できることも、実際の着用者が着用意欲を持ち、保護具を受け入れる上での重要な要素となる。不適切に着用したり、付け心地が不良である場合は、保護具はその設計意図どおりの性能が得られない。最悪の場合、保護衣や保護手袋などの着用が適切でないと、機械類周辺での作業では危険に遭遇する恐れがある。保護具メーカーは、多様なサイズとデザインの製品をそろえているため、労働者には適正にフィットする保護具を供給し、その製品の設計意図どおりに保護効果を得られるようにしなければならない。 

 呼吸用保護具の場合、United States Occupational Safety and Health Administrations respiratory protection standards(アメリカOSHAの呼吸保護基準)のような基準において適正着用(fitting)に関する特別な必要条件が定められている。特別な基準が定められていなくても適正着用を保証する原則は個人用保護具全般にわたり適用される。

訓練と教育

 保護具の性質上、(作業環境から危険の根本要因を隔離するのではなく、むしろ)人間の行動を変更して労働者を作業環境から隔離する必要があるため、労働者に対する教育訓練を総合的に含めない限り、個人用保護具のプログラムは成果を上げにくい。これに比較し、ばく露の根本要因を管理する(局所排気装置などの)システムは直接労働者が関与せずともその効果が得られると考えられる。一方、個人用保護具は、着用者と支給する側である事業者が全面的に関与し、あるいはその使用に責任を持たなければならない。

 個人用保護具プログラムの管理・運営の責任者は、適正な保護具選定、適正な着用、その保護具により保護される危険の性質(内容)、保護具の不良や故障がもたらす影響などにかかわる教育を受ける義務がある。さらに、保護具の修理、保管、清掃方法や、使用に伴う損傷や劣化についても知識を有していなければならない。

 保護具使用者は、保護の必要性、他の危険防止方策の代わりに(または追加として)保護具を使用する理由、保護具使用によるメリットを理解していなければならない。保護具未着用時に危険にさらされた場合に生じる影響、および保護具が適切に機能していない場合に、着用者がその旨を知る方法について、明確に説明されなければならない。保護具の使用者は保護具の点検、着用、保管、清掃方法の研修を受けねばならず、保護具の適用限界、特に緊急時における使用限界についても知っておかねばならない。

保守と修繕

 個人用保護具プログラムの計画立案の際には、保護具の保守・修繕にかかる経費を全面的かつ実際に即して査定する必要がある。保護具は、通常の使用により徐々に性能が劣化し、緊急時など厳しい使用条件の下では突発的に故障する用具である。危機管理の方策として個人用保護具を使用する際の経費とメリットを考慮する上では、保護具プログラムの初期段階に要する経費は、長期にわたるプログラム運営に要する全経費の数分の一にすぎないことを認識することが重要である。保護具を常にベストコンディションに保っておく必要があるため、保守、修繕、交換の経費はプログラム運営上の固定費に計上しておかねばならない。このようなプログラム計画には、ごく基本的な決断事項を盛り込まなければならない。たとえば、保護具の使用は一回限り(使い捨て)か、再利用可能な製品を使用すべきか、また再利用可能な製品の場合は、交換までの耐用期間を現実に即して見積もらねばならない。保護手袋または呼吸用保護具で、使用は一回限りで廃棄処分するものとするという場合に見られるように、決定事項はきわめて明確に規定できるものもあるが、再利用可能な保護衣や保護手袋でも、使用済みで汚れたものの有効性など、多くの場合は慎重な判断が求められる。保護具の劣化、あるいは保護具そのものの汚染のために、従業員を危険にさらすリスクを負うか、それとも高価な保護具を廃棄するかの選択は、慎重な判断が必要となる。保護具の保守・修繕プログラムは、このような選択判断を下すための一定の手順を組み込んだ上で立案すべきである。

まとめ

 保護具は危機管理戦略には必要不可欠な要素である。保護具は、さまざまな危機管理方策の序列において、どの重要度に位置づけられているのかを理解している限り、効率的に使用できるものである。保護具の使用に当たっては、保護具活用プログラムが支援するべきである。保護具活用プログラムとは、保護具がその使用条件下で設計意図どおりに実際に性能を発揮し、保護具の着用が義務づけられている人員がその就労活動において保護具を効率活用できるようにするものである。

(出典:ILO-Encyclopedia of Occupational Health and Safety [国際労働機関-労働安全衛生百科事典] 第4版、Vol. I、31.2〜31.3ページ © International Labour Organization 1998)