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情報ノート
グローバルな規模でのけい肺症の撲滅に向けたILO/WHO国際プログラム

(The ILO/WHO International Programme on Global Elimination of Silicosis)

Dr. Igor Fedotov
ILO労働衛生上級専門家

資料出所:厚生労働省安全衛生部国際室



I. 問題の状況

 けい肺症はよく知られた線維増殖性変化肺疾患である。職業性疾患としてのけい肺症の起源はヒポクラテスの時代にさかのぼると考えられている。けい肺症の予防のためにさまざまな努力がなされたが、この太古の時代から続いている疾患は依然として多くの国々で何十万という炭鉱労働者や何百万という有害な粉じんへの暴露を伴なう職業に従事する人々を苦しめている。けい肺症は進行性の永久的な身体障害を引き起こす可能性があり、引き続き世界で最も重要な労働衛生上の問題のひとつとなっている。
 効果的な予防策がとられた場合には、けい肺症の罹患率は低下する。例えば、多くの先進工業国では、けい肺症の罹患率は低下している。これは効果的な予防策がとられているためで、特に三種類のじん肺症、すなわち、「炭鉱労働者じん肺症」、「けい肺症」および「石綿肺」が予防可能なまた予防しなければならない職業性呼吸器疾患として多くの国で対策がとられている。労働衛生上の問題としてのこれらの疾患の撲滅に大きな進歩がみられる国もある。しかしながら、先進工業国でこれらのじん肺症の罹患率が低下している一方で、世界各地で有害な粉じんへの暴露を伴なう職業や危険な作業手順に多数の労働者が従事しており、けい肺症を発症するリスクは受け入れ難いほど高い状態が続いている。

II. グローバルな状況

 報告体制やデータの収集に限度があり、現段階ではけい肺症の罹患率や有病率についての世界規模での統計データは存在しない。しかし多くの国では自国の統計を取っているため、正しく診断されていない場合や実際より低く報告される場合等を考慮しても、けい肺症の傾向は把握することができる(各国の統計データはILOで入手可能)。
 先進工業国では、過去40年間に粉じんの抑制と労働者の医学的監視によって、けい肺症と炭鉱労働者じん肺症の有病率が大幅に減少したことが実証されている。しかし、多年にわたり粉じんの抑制が継続的に行われているこれらの先進工業国においても症例が継続的に発生している。
 発展途上国では、事態は特に深刻である。これらの国々では多数の労働者がけい肺症を発症するリスクの高い有害な粉じんへの暴露を伴なう職業に従事している。粉じんへの暴露のレベルと暴露時間によって異なるものではあるが、二酸化けい素を含む粉じんへの暴露を伴なう産業分野におけるけい肺症の有病率が、アジア、アフリカ、中南米の一部の国々によって報告されている。高いけい肺症の有病率を示す報告は次のことを示唆している。(i) 粉じん抑制対策が不十分である。(ii) 吸入性粉じんの濃度が高い。(iii)労働者の医学的監視が効果的に行われていない。
 実際のけい肺症罹患率より低く申告し正確な実態を反映していない報告は、正確な統計データを公表するうえで、重大な問題であり対策が必要となる。特に発展途上国において、予防対策が及ばないことが多い小規模な事業やインフォーマルセクターにおいて雇用されている多くの労働者が二酸化けい素を含む粉じんへ暴露されている事態は、けい肺症の予防にあたり深刻な問題となっている。けい肺症を効果的に撲滅するための唯一の方法は、鉱物性粉じんに暴露される労働者を保護するための国家総合予防プログラムを策定することであることは明らかである。

III. 撲滅の可能性

 よく組み立てられたけい肺症予防プログラムを確立することで、けい肺症の罹患率を大幅に低下させることができることが、いくつかの国で実証されている(オーストラリア、ベルギー、カナダ、フィンランド、フランス、ドイツ、スイス、スウェーデン、英国、米国等)。効果的なけい肺症の治療法がないため、労働者の健康を守るための唯一の方法は二酸化けい素を含む粉じんへの暴露を抑制することである。一連の予防策を取ることでけい肺症の予防は可能である。このためには労働者の健康にかかわるすべての関係者の一致協力した行動が必要となる。

 各国のレベルでは、法律・規則、職業上の暴露許容限界および技術基準の施行、政府の助言サービス、効果的な監督システム、良く組織化された報告体制、ならびに政府機関、産業界、労働組合の三者が関与する国家行動プログラムが、けい肺症を効果的に撲滅するための有効なインフラを構成する必要要素となる。

 企業レベルでは、二酸化けい素を含む粉じんの生成を避けるための適切な技術の適用、工学的方法による粉じんの抑制、法令等で規定された暴露許容限界および技術基準の遵守、予防策の有効性を評価するための労働環境の監視、けい肺症を初期の段階で発見するための労働者の医学的監視、個人用保護具の使用、健康教育、情報、および訓練は必須である。事業者と労働者の間の協力は有効な行動をとるうえでの前提条件となる。
技術的な知識、専門的知識、粉じん抑制の適切な技術・方法の使用についての訓練を受けた有資格者、および関連情報へのアクセスは、けい肺症を予防するための日常の活動において必要となる。改善された換気装置、および局所排気装置の使用、工程の密閉、湿潤化技術、個人用保護、および可能な場合、業界で二酸化けい素と比較して有害性の低い他の物質に代替すること等、これらの対策はいずれも二酸化けい素への暴露を減少させるものである。政府機関が果たすべき責任には次のものが含まれる。

(i) 関連する法令の制定・施行
(ii) 暴露許容限界および技術基準の設定
(iii) 粉じん抑制の技術・方法の評価
(iv) 国内で実施されている予防策の有効性の評価
(v) 効果的な予防戦略と安全な作業手順の勧告
(vi) 「国家行動プログラム」の全体的な監視と実施

IV. ILO/WHO国際プログラム

4.1 背景

 けい肺症予防のための科学的なアプローチと技術的なコントロールはよく知られ、これらの予防策を組み合わせることで高い効果が得られることも実証されている。労働環境の改善に向けた、および粉じんへの暴露を最低限に抑えるための努力によって、けい肺症を発症するリスクを大きく低下させ、労働衛生問題としてのけい肺症を撲滅することができる。

 ILOとWHOは長年にわたり、各国の組織や国際機関、特に米国国立労働安全衛生研究所(NIOSH-USA)や国際労働衛生学会(ICOH)と協力して、けい肺症の予防に特別の注意を払ってきた。職業性呼吸器疾患の予防、特にけい肺症の撲滅に向けたさまざまな活動を組織化するための継続的な努力が現在発展途上国でおこなわれている。発展途上国においてじん肺症の早期発見のための「ILOじん肺症X線写真国際分類(the ILO International Classification of Radiographs of Pneumoconiosis)」を活用したILOが作成した特別訓練プログラムは、専門家の実践技術の向上に大きな貢献をしている。このプログラムには先進工業国および発展途上国の専門家が参加している。米国、カナダ、英国、フランス、ドイツ、および日本の主要専門家はこのプログラムの実施に携わっている。過去5年間に、全国訓練セミナーが、ブラジル、インド、メキシコ、モロッコ、チュニジア、ウクライナ、ペルー、トルコ、ベネズエラ、タイ、ベトナム、およびインドネシアで開催された。
 職業性呼吸器疾患を予防するためのILO/WHO長期行動プログラムはこれまで順調に実施されてきた。このプログラムは1995年4月に開催された第12回ILO/WHO共同労働衛生委員会において新たな推進力を得た。委員会はけい肺症のグローバルな撲滅を、労働衛生における重点行動分野として特定し、各国に対して自国の政治課題の上位に位置付けるよう勧告し、ILOとWHOに対してこの目的達成のために共同協力プログラムを設立するよう要請した。ILO理事会は「グローバルな規模でのけい肺症の撲滅に向けたILO/WHO国際プログラム(the ILO/WHO International Programme on Global Elimination of Silicosis)」の設立を支持した。このプログラムは、1996年5月にWHO世界保健総会で採択された、「すべての人々のための労働衛生に関するWHOグローバル戦略(the WHO Global Strategy on Occupational Health for All)」の主要部分を構成する。
 その後、このプログラムは、ILOと日本政府共同で1997年10月京都において開催された第9回国際職業性呼吸器疾患学術会議で議論され、国際的な承認を得た。会議では、この重要なプログラムの実施は世界各地で広範に支持されるべきであるとの結論に達した。最近では、ILO/WHO国際プログラムの実施および得られた教訓について、二つの重要な国際会議、第26回国際労働衛生会議(2000年8月シンガポール)と国際環境・職業性呼吸器疾患会議 (2000年11月インド、ラクナウ)、において議論された。

4.2 プログラムの定義

 「グローバルな規模でのけい肺症の撲滅に向けたILO/WHO国際プログラム」は、世界規模での労働衛生上の問題としてのけい肺症の撲滅に努める各国の活動を支援するための国際技術協力プログラムである。
 「グローバルな規模でのけい肺症の撲滅に向けたILO/WHO国際プログラム」を設立することにより、ILOとWHOはその加盟国に対して、先進工業国と新興工業国間の真のパートナーシップに支えられるべき幅広い国際協力についての政策見解を示した。この協力の枠組み内で、グローバルなけい肺症の撲滅という共通の目的を達成するために、技術情報や専門知識の交換を促進するための努力が払われるべきである。

4.3 プログラムの目的

 グローバルな規模でのけい肺症撲滅に向けたILO/WHO国際プログラムとは、各国の労働衛生上の問題としてのけい肺症撲滅に向けた取組を支援する国際協力プログラムである。

 ILO/WHO国際プログラムの当面の目的は、各国が「国家けい肺症撲滅プログラム」を策定するのを促進すること、および2015年までにけい肺症の罹患率を大幅に低下することである。
 ILO/WHO国際プログラムの発展的な目的は、グローバルな規模でのけい肺症の撲滅について、長期的で広範な国際協力体制を確立すること、および2030年までに労働衛生上の問題としてのけい肺症を世界規模で撲滅することである。

4.4 主な行動手段

 ILO/WHO国際プログラムの主な行動手段には以下のものが含まれる。

(i) グローバルな規模でのけい肺症の撲滅に向けての、先進工業国、新興工業国、および国際機関の間の長期的で効率的な協力の促進
(ii) 「国家行動計画」が付随する「国家けい肺症撲滅プログラム」の作成を促進する
(iii) 各国に、「国家プログラム」および「国家行動計画」のモデルの作成についての技術援助を提供し、それらの実施を支援する

 各国のそれぞれの状況を十分に考慮した上で、「国家けい肺症撲滅プログラム」は次の主要要素から構成されるべきである。

(i) 国内におけるけい肺症問題の社会経済的状況
(ii) けい肺症予防のための経済的インセンティブ
(iii) リスクを抱える対象グループの特定
(iv) 国内の予防戦略の定義
(v) 主要パートナーのプログラムの実施への参加
(vi) 三者間の協議および協力
(vii) プログラム実施に必要な制度的枠組み
(viii) プログラム実施を監視し評価するメカニズム
(ix) 国内基準と国際基準とのつながり
(x) 一般環境保護との関係

 「国家けい肺症撲滅行動計画」は「国家プログラム」に付随し、「国家プログラム」が掲げる目標を達成するために必要なアクションをとりまとめた形でより詳細に作成すべきである。さまざまなアクションのなかでもとりわけ、資源の動員、現物支援、技術情報・専門知識の交換、制度的枠組み、協力、およびプログラムの実施に必要な積極的なパートナーシップに係るアクションについての記載を含むべきである。

V. 将来のアクション

 多くの障害は存在するものの、グローバルな規模でけい肺症を撲滅するという考えは技術的に実現可能である。成功を収めた多くの国の経験によると、適切な粉じん抑制の技術と方法を使用することによってけい肺症の罹患率を大幅に低下させることが可能である。これらの技術や方法の使用は、効果的であり経済的にも妥当であることが実証されている。ILO/WHO国際プログラムの枠組みに基づいて提供される支援は、けい肺症を予防する各国の能力の向上に貢献すると思われる。各国は、全国レベルおよび各企業レベルでけい肺症予防のために必要なすべての対策が取られるように確保する必要がある。必要な対策のなかにはとりわけ、暴露許容限界および安全基準の遵守、十分な工学的抑制措置と安全作業手順の活用、暴露評価のための労働環境の監視、疾病の早期発見のための医学的監視、疫学的評価の実施、訓練と健康教育の実施、「国別行動プログラム」の実施状況の監視を含む必要がある。
 
グローバルな規模でのけい肺症の撲滅は現実的な目標であり、各国の行動プログラムを支援する非常に広範な国際協力、労働安全衛生の専門家による総合的な努力およびすべての経済分野における努力によって達成可能であると堅く信じるものである

 「グローバルな規模でのけい肺症の撲滅に向けたILO/WHO国際プログラム」は全世界を対象としたプログラムであるが、すべての国でこのプログラムが実施されることを意味するわけではない。主として、このプログラムはけい肺症の撲滅を重点行動分野として特定し、プログラムへの参加に意欲的な国を対象としている。「国家けい肺症撲滅プログラム」をすでに確立している多くの国々も含め、このプログラムは徐々に拡大されるであろう。今日、けい肺症を撲滅するための全国キャンペーンは、ブラジル、中国、インド、インドネシア、レバノン、マレーシア、メキシコ、ペルー、ポーランド、南アフリカ、ウクライナ、タイ、チュニジア、トルコ、ベネズエラ、ベトナム、および米国において勢いを増している。ILO/WHOのアクションは、総合的な国家行動プログラムの策定を行う国々や、プログラム実施に必要な財源を拡大するための国際ドナー・コミュニティーに対して、各国に支援を提供することに向けられている。

2001年3月6日