安全衛生推進キャンペーンは、いくつかの基本的なガイドラインに沿って実施すれば、労働安全衛生(OSH)に関連した問題について意識を高め従業員の行動を変える非常に有効な方法となりうる。本ファクトシートは、広報キャンペーンを実施するにあたって念頭に置く必要のある基本原則を取り上げたものであり、キャンペーンが欧州全体で実施されるか、国内、あるいは作業場のレベルで実施されるかを問わない。本ファクトシートの内容は、本機構のマニュアル並びにOSHキャンペーン専門家によるヨーロッパ全域の調査に基づいている。
成功に不可欠な要素
測定可能な目標を設定する
測定可能な目標を設定することは、キャンペーンの成功度を評価するうえで役立つ。目標は現実味のある具体的なものにする。例えば、「ホテルおよびケータリング部門における傷害の防止方法をまとめた情報パックの申し込みを5000件創出する」。
狙いとする市場および訴える対象を特定する
訴える対象の絞り込みが重要である。あまりにも広範囲の従業員に訴えかけようとすると、労力の浪費になり、メッセージ効果を弱めてしまう。
- 取り上げようとするOSH問題の解決が最も急がれている部門に集中する。例えば、印刷業界における溶剤問題。
- 選んだ部門の中で、あなたの提言を実施する権限を持つ人々を対象者とする。そうした人々は、あなたが取り上げようとしているOSH問題の影響を直接、受ける人ではない場合が多い。例えば、上級管理職者であったり、労働組合の代表、人事部長などが多い。
明確かつ簡潔なメッセージを掲げる
人は日々、情報の渦に巻き込まれている。その中で注意を引きつけるためには、対象者にとって短く簡潔で、関連のあるメッセージでなければならない。専門用語を使わずに、出来れば2つ以下の文章でまとめるよう心掛ける。1案として、「問題と解決方法」の発想で考えてみるとよい。
以下にその例を示す。
- 調査が示すところによれば、事務系従業員10名のうち4名が反復的負荷傷害(RSI)に苦しんでいる。新しいガイドラインはこの数字および関連コストを大幅に抑制することができるであろう。
- アスベスト暴露に関する法律を守らない場合、企業は2万ユーロの罰金と従業員の健康被害という代償を負わされる可能性が出てくる。12項目からなる新しい防護方法を導入することにより、これらの問題を回避することができるだろう。
ある加盟国が、農業部門における安全な労働条件に関するキャンペーンを繰り広げた。いくつかの危険要因にのみに焦点を絞り、テレビ、ポスター、チラシを用いて展開した。メッセージは次のようなものであった。
- 安全作業とは機能的作業場を意味する。
- 安全作業とは計画的樹木伐採を意味する。
- 安全作業とは農薬の情報と表示を意味する。
- 安全作業とは作業に合ったトラクターを使用することを意味する。
|
パートナーシップ
様々な関係方面と協力して運動を展開することは、キャンペーンを推進し信頼を高める新たなチャンネルを切り開くことにつながる。協力が可能なパートナーとしては、労働監督局、労働組合、事業者連盟、労働衛生保険機関、予防サービス機関などがある。ただしこのほかにも多くのパートナーが考えられる。
キャンペーンの計画立案
目標、対象者、メインメッセージを決定したならば、キャンペーンの実施に先だって綿密に計画を練ることが肝要である。
訴える対象にメッセージを伝えるために最適な情報メディアを選ぶ
キャンペーンでは、プレスリリースに始まって雑誌記事、ポスター、ダイレクトメールに至るまで数種類のメディアが使われることがほとんどである。実際にどのメディアを組み合わせて使うかは、対象者、コストや時間の余裕などの要因に基づいて決定する。具体的には次のようなメディアが考えられる。
- 報道発表と雑誌掲載: 大がかりなキャンペーンの場合は、報道発表をもって開始するとよい。対象分野の定期刊行物を発行している機関の著名なジャーナリストに報道発表原稿を送る。メインメッセージをタイトルと最初の段落に盛り込む。報道発表では、事実に根ざした内容を心掛けると共に、連絡先となる氏名および電話番号を記す。
- ダイレクトメール: 著名な個人、特にOSH実践者や企業幹部などのオピニオンリ−ダーに訴える上で、適切なメディアとなる。書面はダブルスペースで2ページを上限とする。小見出し、太字、イタリックなどを使って読者の目をキーポイントに引きつける。追記に「行動の呼びかけ」を含める。
- 広告: 大勢の人々に訴えるのに手軽な方法。簡潔さと強烈なビジュアルインパクトを心掛ける。切り取りクーポンや電話番号などの連絡方法を示す。
- ポスター: 労働者の間でリスクや解決方法に対する意識向上を図る上で有効。メッセージは太字で簡潔に記し、ポスターの前を通り過ぎた人が一目で理解できるようにする。
- チラシ: OSH関連で問題の起きない、模範となる実施要領や具体的ヒントなどを周知するのに効果的な方法。チラシをダイレクトメールに同封したり、公のイベントで配布することが可能。
- ニュースレター: 定期的に最新情報を提供する場合や、さまざまな関連記事が必要となる大きな問題や複雑な問題を取り扱う場合に適している。記事の長さを変え、可能な限り短くまとめる。
- パンフレットとガイド: 詳細な情報を提供したり、情報や助言を逐次伝える場合に主に使用する。OSH責任者向けに使用するとよい。
- 展示会: OSH関係者にメッセージを伝え、将来パートナーとなる可能性ある人々にあなたの存在を印象づける上で有益な手段である。
- ビデオ: 教育・訓練用として人気のあるツールだが、コストがかさむ場合がある。
- セミナー、ワークショップ、その他の対面メディア: この種の個人的接触は非常に効果的である。特にメインメッセージが既に十分伝わっておりキャンペーンも終盤にさしかかった時期に開催するのが効果的。
- インターネット: キャンペーンを推進するためばかりでなく、人々の積極的関与を呼びかけるためにウェブサイトを活用することができる。
女子労働者への伝達
「典型的な女性の職種」や健康を失うことに関連したテーマを女性誌に取り上げてもらうことを検討する。例えばオフィス内のディスプレイ装置を安全に使用する方法、あるいは看護師やソーシャルケアワーカーへの暴力に適切に対処する方法を伝える場合などである。 |
キャンペーンの「トーン」を決める
各キャンペーンのトーン―すなわち全体的印象―は、訴える相手や伝えるメッセージに応じて異なってくる。基本的には次の4つのトーンがある。
- 冷静かつ理性的: 企業の管理層や政策立案者など、地位の高い層を対象とする場合に最適なトーンである。一般にこれらの層が求めているのは、簡潔で論理の組み立てがしっかりした、理性に訴えるビジネス事例、並びにその裏付けとなる揺るぎない事実とデータである。
- 教育的: 問題の重要性をすでに理解しているが、さらに情報と助言の支援を必要としている人々を対象とする際に、最も効果的である。
- 楽しい: 重要な関わり合いがあるのだが退屈で無味乾燥と見られがちな題材を扱うときに効果的。例えば学校の児童を対象とする場合や農作業の安全性に関するキャンペーンでは、楽しさが重要な要素となりうる。
- 恐怖心をあおる: これは最もよく使われる手法の1つで、「怖がらせて行動を誘う」というものである。「もしこれを怠れば、高い代償を払わされる」という具合いに脅しをかける。行動を改めようとしない人や、特定の問題の重要性を認識しようとしない人に、手っ取り早い方法である。
実施に最適な時期
- その時に話題となっている出来事にキャンペーンを結び付けるよう心掛ける。例えば、推進しようと思っている事項について政府のOSH統計が発表されたならば、そのデータと関連づける。
- 季節的な要因を考慮する。注意を喚起したいと思うOSH問題は、冬や春など1年の特定の時期に多発しやすいか。もしそのような傾向が認められるならば、その季節に合わせてキャンペーンを行う。
- 大型連休を避ける。クリスマスなどの大型連休時は、大多数の人が作業場にいないか、ほかの事柄に気を奪われている。
キャンペーンのスケジュールを決める
- キャンペーン開始の少なくとも2週間前までに、すべてのチラシとその他の宣伝資料を作成しておく。遅れを見越してスケジュールを組み、印刷する前にあらゆる情報が正確であること、承認を得たものであることを確認する。
- キャンペーンの期間を適正な長さ―1カ月余り―に設定する。まず最初に「鳴り物入りの宣伝」で注意を引く。その後はキャンペーン期間全体にわたって均等にニュースや情報を提供して、常にニュースの流れを一定に維持するよう心掛ける。
- キャンペーン終了から1カ月後に、キャンペーンの成功の度合いを目標に照らして評価する。例えば、情報の問い合わせ件数をカウントしたり、訴える対象の標本集団にアンケートを送るなどの方法がある。
資料作成や情報提示の方法に関するヒント
キャンペーン資料や関連パンフレットにどのような表現や視覚的効果を用いるかによっては、キャンペーンを成功させることもあれば、逆に壊すこともある。
表現のヒント
明確で一般の人にわかりやすい言葉を使う
- 訴える対象の1人に面と向かってキャンペーンの重要性を説いている場面を想像してみる。この場面で使用するものと同じ言葉をキャンペーンでも使う。自然さを心掛ける。いかにも頭が切れるといった印象を与えないようにする。
- 訴える対象に直接呼びかける。「あなたの企業」そして「あなたの社員」について語り、訴求対象者の市場に直接言及する。例えば、「溶剤に関する新しい指令に従わないと、あなたの企業に1万ユーロの罰金が科される」。
- 複雑で長い文章を避ける。まず最初に話すときのように書き、次に不要な言葉を削っていく。
メッセージを即座に伝える
文章を読んだ人が直ちに主旨を把握できるものでなければならない。そのためには次の2点を心掛ける。
- 表題: 表題で可能な限り多くの内容を伝えるようにする。例えば「新製品を発表」といった漠然としたタイトルではなく、「新しい取り扱い装置でぎっくり腰を15%抑制」とする。
- 本文: 報道発表を書いている場合であろうと、その他の文章を書いている場合であろうと、何を云いたいのかを最初の文章に、遅くとも2番目の文章までに盛り込む。後続の文章では裏付けとなる事実を説明したり、主なポイントに関する補足を付け加える。最も重要なポイントから書き始め、次第に重要度の低いポイントへと進める。
長い説明は小見出しなどの方法で区切る
だらだらとつながった文章は魅力に欠け、得てして読む気を起こさせない。専門家の作成した印刷物を手本に、小見出しや黒ポツ、短い段落、その他の方法で説明を区切るとよい。ただし、ほどほどに抑える。
キャンペーンのビジュアルインパクトを高める
- 補助的に使うイラストを注意深く選ぶ: イラストはメインメッセージをわかりやすく伝えるものであることを確認する。例えば漫画を工夫して使うことにより、事故をわかりやすく示すばかりでなく、味気なく退屈な安全衛生メッセージをおもしろくすることができる。ただし、文章それ自体で非常に強力な効果を発揮しうることを忘れてはならない。
- 明確さと簡潔さを心掛ける: 1つのページやポスターに多くの内容を入れすぎない。たくさんのメッセージを盛り込むとキャンペーンの焦点がぼやけて、狙った対象者を混乱させてしまう。
- 統一性のとれた印象を持たせる: 広告からニュースレターに至るまであらゆるキャンペーン資料は統一性のとれたものにする。視覚的なイメージは違っていても、スタイルやトーンは同じでなければならない。これはデザインに大きく関係してくる問題であり、いわば「ブランド」の認知を促して狙った対象者が他の場所で見かけたメッセージをさらに深く印象づけるのに役立つ。
キャンペーン・マニュアルの入手方法
英語版キャンペーン・マニュアルの全文は、本機構のウェブサイトhttp://osha.europa.eu/publications/reports/で入手可能。
印刷版の報告書 'Getting the Message Across: health and safety campaigning' European Agency for Safety and Health at Work, ISBN 92-95007-20-4が入用の場合は、ルクセンブルクのEC印刷局、EUR-OP(http://eur-op.eu.int/)もしくは販売代理店に注文されたい。価格は7ユーロ(付加価値税を除く)。