欧州連合では、職業性ストレス(work-related stress : WRS)は、腰痛に次いで二番目に多い職業性の健康問題であり、EU就労者の28%が影響を受けている(1)。WRSは、仕事の構想、組織、経営といった心理社会的な危険(高い仕事の要求度や低レベルの仕事の管理など)、およびいじめや職場における暴力のような問題によって引き起こされる。このほか、騒音や気温などの物理的危険もWRSを生じる原因となり得る。WRSの防止は、労働安全衛生の新戦略に関する欧州委員会コミュニケーション(2)における目標の一つである。
欧州安全衛生機構では、WRSとその主な誘因への取り組みを支援するために、一連のファクトシートを作成している。本ファクトシートでは、WRSおよびその原因に適用することのできるリスクアセスメントと予防の方法を紹介しており、職場におけるWRSへの対応を模索している人々を対象にしている。また、本シートの最後にあるより詳しい情報の項には、他のファクトシートをはじめ、欧州安全衛生機構が提供する支援情報源の詳細が記載してある。
職業性ストレスとは、労働環境の要求が従業員の対応能力(または管理能力)を超えた場合に経験されるものである(3)。
ストレスは疾病ではないが、一定期間にわたり強度のストレスが続くと、心身の健康障害を招くことがある。プレッシャー下に置かれることによって、業績を改善したり、困難な目標が達成された時に満足感を得ることができる。しかし、要求やプレッシャーが大きくなりすぎると、ストレスに発展する。これは、労働者にとっても、その組織にとっても好ましくない。
下記の状況には相違点も多いが、プレッシャーがストレスに発展しうる過程を示している。 Wさんは、出来高払いの組み立てラインで働いている。彼女は、自分のラインのペースにも、単調で高度に反復的な業務にも影響を及ぼすことができない。 Xさんは、病院に勤務する看護師である。最近昇進した彼の新しい仕事には地域社会で行なう業務が含まれており、患者の自宅を訪問するという単独での労働が求められている。 Yさんは、事務所にて役員補佐として雇用されている。彼は2人の幼少の子どもを一人で育てている。日によっては、子どもたちを学校に迎えに行くために、17:00までに退社しなければならない。しかし、仕事量は増えており、上司は退社前に様々な仕事を片付けるよう要求する。 Zさんは、多国籍IT企業にシステム設計者として勤務している。給料は高く、仕事は刺激的なうえ、自分の好きなように自由に仕事の計画を立てることができる。しかし、この度営業部が、新しい複雑なソフトウェアシステムを適時に納品する契約を結んだ。彼女と彼女の人員不足のプロジェクトグループは、これからこのシステムを設計しなければならない。 |
職業関連の健康問題が原因の2週間以上の休業のうち、WRSが占める割合は4分の1を超えている(4)。1999年の数字によると、WRSが加盟国に及ぼす損失は少なくとも年間200億ユーロにのぼると推定されている(5)。WRSは、うつ病、不安、神経症、疲労、心臓病といった症状に発展することがあるほか、生産性、創造性、競争力にも著しい障害をもたらす。
業種や組織の規模にかかわらず、誰にでもWRSが生じる可能性がある。
欧州委員会は、労働者の安全衛生を確保するために各種措置を導入してきた。1989年の理事会指令(89/391)には、労働安全衛生に関する基本条項が含まれており、WRSの影響によるものを含め、労働による危害から従業員を守る事業者の責任が定められている。全加盟国が立法措置を通じて本指令を実施したほか、一部諸国ではWRS予防に関するガイドラインも策定した。指令に規定されている、WRSを除去または削減するための方法に準拠し、事業者は次のことを行なうべきである。
WRSは予防可能であるほか、その削減処置は非常に費用効果が高い。WRSのリスクアセスメントには、その他の職場の危険の場合と同様の基本原則とプロセスが適用される。労働者やその代表者をこのプロセスに参画させることが、その成功にとってきわめて重要であり、それらの人々に対して、ストレスの原因は何か、どのグループがストレスに悩んでいるか、どのような支援が役立つかといった質問をするべきである。
リスクアセスメントのステップは、次のように要約できる。
現在、リスクアセスメントの各段階について、さらなる指導が行われており、後日、可能な処置に関する提案が行なわれる。
1. 問題の有無を把握する注意すべきリスク要因は次のとおりである。
その時点でかけられているプレッシャーに応じて、私たち誰にでもストレスは生じる。以上で特定された諸要因は、誰が危険にさらされているかを見極めるのに役立つだろう。
組織内でWRSが問題になっている可能性がある徴候 組織 参加
業績
費用
行動
心理的
健康
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ステップ1の各要因について、次の質問を行なうべきである。
以下は、ステップ1の各リスク要因について、どの点に注意をしたり、何を実行すればよいかの要点をいくつかまとめたものである。
文化十分に開放的なコミュニケーション、支援体制、相互の尊敬は存在するか。労働者およびその代表者の見解は尊重されているか。
そうでない場合には、特に遠隔地勤務の従業員を中心に、コミュニケーションを改善すべきである。
従業員の負担が大きすぎたり小さすぎたりしていないか。職務を遂行する能力や才能を備えているか。物理的(騒音、振動、換気、照明など)および心理社会的(暴力、いじめなど)環境はどうだろうか。
問題がある場合には、仕事の優先順位を変更するなど、十分な資源を利用できるように調整するべきである。
従業員訓練を通じて、十分に職務を遂行できる能力を与えるべきである。
一人一人が、自分の仕事のやり方について十分な発言権を持っているだろうか。
従業員は、自分の裁量で仕事を計画するとともに、その完成方法および問題の解決方法を決定する権限を持つべきである。従業員が自分のスキルを効果的に活用できるように、仕事の質を高める必要がある。支援体制の整った環境はきわめて重要である。
同僚間および同僚と管理職の関係はどうだろうか。管理職と上級管理職の関係はどうだろうか。いじめまたは嫌がらせの形跡は少しでもみられるか。
容認できない行動に対処するための、懲戒手続きや苦情手続きといった各種手続きを利用できるようにすべきである。従業員がお互いを信頼し、お互いの貢献を認め合うような文化を育むべきである。
従業員は雇用形態に不安に感じているか。職場の変更や、その変更が自分や同僚にとってもつ意味合いに戸惑っているか。変更前、変更中、変更後の明確なコミュニケーションが役立つ。
変更に影響する機会を与えることによって、従業員をより参画させることができる。
従業員は、役割葛藤(相反する要求)、または役割のあいまいさ(明確さの欠如)に悩んでいるか。
従業員は、明確に定義された役割と責任をもっているべきである。
新規採用者および新任者に対して適切な導入研修は実施されているか。社会的支援は提供されているか。個人差は考慮されているか。例えば、厳しい納期で働くことによって能力を発揮する人もいれば、時間をかけて計画するのを好む人もいる。
状況が芳しくない場合でさえ、従業員には支援、フィードバックを提供し、激励すべきである。従業員を参画させ、多様性を尊重しなければならない。
健康的な仕事と生活のバランスとともに、職場の健康増進活動を奨励するべきである。
評価から得られた主要な結果を記録し、その情報を従業員およびその代表者とも共有することは、好ましい慣行である。この記録は進捗状況を監視するのに役立つであろう。
5.適当な間隔を置いて評価を見直す組織内で重要な変更が起こる度に、評価を見直す必要がある。この見直しも、従業員と協議しながら行なうべきである。また、取られたWRS削減措置の効果も確認するべきである。
ストレスやいじめをはじめ、職業関連の心理社会的問題に関するより詳しい情報は、http://osha.europa.eu/ew2002/にて入手できる。この情報源は、常に更新され、充実が図られている。本シリーズの他のファクトシートもここで閲覧可能である。
欧州安全衛生機構のウェブサイトはhttp://agency.osha.europa.euである。
職業性ストレスの手引き "Spice of Life - or Kiss of Death?"(人生のスパイスか、死の接吻か?)。欧州委員会、雇用・社会問題総局、労働安全衛生、1999 http://europa.eu.int/comm/employment_social/h&s/publicat/pubintro_en.htm
本ファクトシートには、英国安全衛生庁のWRSへの取り組みに関する手引き、ならびに上述の委員会による手引きから抜粋した情報が含まれている。