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筋骨格系障害の予防

資料出所:European Agency for safety and Health at Work
(欧州安全衛生機構)発行
「Magazine」2001年3号

(訳 国際安全衛生センター)


筋骨格系障害の予防:包括的アプローチに向けて

Philippe Douillet(フランスの国家労働条件改善事務所:ANACT、リヨン)、Michel Aptel(フランスの国立調査安全研究所National Institute for Research and Safety:INRS、ナンシー)

筋骨格に対処するためのより効果的戦略を考案するには、視野を作業場内にとどめず、より幅広いアプローチをとる必要がある。

筋骨格系障害は、いまや欧州の作業関連リスクの予防における優先課題になっている。国際比較はむずかしいが、あらゆるデータから、この疾病が欧州各国全体に大幅かつ不断に増加していることが示されている。その社会的影響は明らかに大きいが、経済的影響も同様に大きく、企業が競争力強化に向けて柔軟性を高めるための方策を検討しているまさにその時に、労働力管理の問題が発生している。労働人口の全体的な高齢化も、筋骨格系障害への懸念を強める要因になっている。


社会的認知から予防へ

ところが予防に向けた前進のテンポは遅い。この疾病の認識自体に問題がある場合もある。「法的認知」の遅れが問題把握を妨げているだけでなく、「社会的認知」にも問題がある。労働者は、雇用に悪影響が及ぶのを怖れて疾病の報告をためらう。事業者は筋骨格系障害関連の問題に及び腰になっている。この問題と作業の関連性に異議を唱える向きさえあり、またきわめて幅広い寄与要因があるため、作業関連の「新しい」健康問題の理解に苦しむ人もいる。さらに、予防対策を導入した企業で必ずしも発生件数が大きく減少しないため、意欲が低下している。


予防に対する疑問符

これらは、筋骨格系障害に対する効果的で持続可能な行動をとる際に問題となり、予防担当者と社会パートナーの双方にとって試練となる。筋骨格系障害リスクの発生メカニズムに関する知識は、すでに確立されていると思われ、反復作業、身体的負荷や姿勢など、主なリスク要因も整理されている。もっとも被害の多い産業(農産物、建設、繊維、電子、自動車製造業など)、筋骨格系障害悪化を促すおそれのある労働環境(低温、振動など)も明確になった。したがって予防のために不可欠な基礎は生体力学的要因の分析にあり、これによって動作に対する身体的制約の低減が可能になる。

しかし各種産業における企業の過去の経験をみると、以下のように多くの問題点がある。

  • 多くの場合、企業は作業場の組織化だけに関連した対策を導入する(とくに規模の調整など)。しかし、こうしたケースのほとんどで、数ヵ月後に筋骨格系障害が新たに急増しており、再編成した職場に隣接する作業場で、同じ人が今回は腕から肩に痛みが移る場合、などがある。
  • また、正しい作業動作のための研修や交替制など、独自の問題解決策を導入する企業も多い。その成果は芳しくなく、期待とは全く逆の結果になることさえあり、労働者はより複雑な状況への対応を迫られる結果、作業への新たな制約が生じている。
  • 現状で許容されているリスク要因(反復的動作など)の比重が小さい作業や職場で筋骨格系障害が発生した場合も、予防がきわめてむずかしい。第3次産業の管理業務、サービス産業、熟練保守業務などである。このような状況で、つまり時間的プレッシャーを受けて作業する製造ラインの労働者とは大きく異なる状況で、筋骨格系障害が発生する理由をどう説明すべきか。
  • 最後に、常にきわめてきびしい時間的プレッシャーにさらされる作業での筋骨格系障害の発生に関する疑問点がある。それまでは許容できたと思われる作業で、特定の時点になると疾病が増加する事実をいかに説明すべきか。

また同時に、欧州をはじめ、ますます多数の調査において業務における心理的要因の重要性と、その身体的、精神的障害との関連が指摘されはじめている。こうした調査は継続する必要がある。ある面では心理社会的および組織的要因の概念を明確にするためであり、またある面では、これらの要因と筋骨格系障害リスクとの関連性に関する有力な仮説を立証するためである。しかし、すでにこうした調査と多数の現場でのプログラムの結果、筋骨格系障害のとらえ方を再検証する必要がでている。そうした調査が示唆しているのは、一連の個別動作に分解できないが、人々が行う作業の心理社会的および精神的部分を構成するような身体活動に、幅広い角度から注目する必要があるということである。


労働に対する包括的なアプローチに向けて

フランスなどにおける調査と具体的対策により、筋骨格系障害の発生と、労働者の活動の自由度がきわめて狭い労働の組織形態との関連性が証明された。たとえば、労働者が作動中の製造ラインのリズムに全面的に制約され、休憩時間や作業中断時間を決める自由がない状況を表現するために、「組織的な依存」という用語がつくられた。このようにきびしい制約のある作業組織は、近代経済では工業部門とサービス部門の両方で、きわめて広く普及している。「リーン生産方式」や他の同種の生産管理概念は、一方では、しばしばきびしい時間的制約となって作業場に直接に影響するとともに、一方では作業行程と現場での作業調整の機会を排除する必要性から、動作密度の大幅な増大につながる。こうして、労働組織の具体的形態が筋骨格系障害の発生を理解するために不可欠なカギとなり、また探求すべき有望な解決策の手がかりともなる。(本誌のFabrice Bourgeoisの論文参照)

労働環境に伴う心理社会的要因との関連については、上述の調査で、以下の基準と、これに対する労働者のとらえ方の分析の重要性が示された。その基準とは、従事する作業の単調さ、最終製品への個人の貢献度を確認できるかどうか、作業グループ内での関係と他の職階との関係の質、独立した作業の自由度と責任、高品質の作業を実行する機会、速度と品質への自主的要求と調和させるうえでの問題、将来に対する不安などである。ストレスと筋骨格系障害の内分泌面での関連性については、さらに有力な仮説もある。少なくとも、心理社会的要因の面でマイナスとみなされる労働状況は、身体的障害と精神的障害の両方を引き起こす可能性があるといえる。(Jason Devereuxの論文参照)

こうした様々な要素は、仕事に対する個人の献身の客観的側面を浮き彫りにし、調査の新たな段階を切り開く。つまり強度のストレスは心理的痛みを顕在化させるとともに、意義を感じられない労働を体験することによる不幸感が身体的障害に転化する道筋となる可能性がある。この場合、筋骨格系障害は、個人と、もはや労働者の創造性も社会的能力も認めようとしない労働組織との対立を顕在化させる。このように、多数の筋骨格系障害発生は、生体力学と心理社会的要因とのバランスの変化によって説明することができる。-------------------------
このように、多数の筋骨格系障害発生は、生体力学と心理社会的要因とのバランスの変化によって説明することができる。
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予防分野の拡大

筋骨格系障害の理解の仕方には上述のような問題があるが、予防は可能である。ただし、動作についてのこうした包括的な側面を考慮に入れるとともに、作業場に影響する方策はもちろん、作業組織および環境に影響する方策まで含めて変化の発生している分野を幅広くとらえ、そこから適切な結論を引き出すことが条件になる。したがって、必要なのは生体力学的な許容限度を再確立する(身体的負荷の減少、作業場の規模の適正化、作業空間の再編成など)ための、作業場の再組織化に関する技術的解決策と、同時に作業組織を対象にし、心理社会的要因を考慮した対策である(生体力学的ストレスについての学習と効果的修正を可能にする交替制、研修、労働者の作業自由度の拡大、エルゴノミクス的側面を考慮した製品と行程の見直し、作業グループの支援と相互支援の機会など)

今日見られる労働衛生の他の問題で、個人とグループの各種要因が一定の身体的、心理的影響を及ぼし、それらのすべてが作業組織と密接に関連しているような問題についていえば、こうした要因と職業性疾病との間には本質的に関連がある可能性がある。生体力学の面では各種の標準は有効かもしれないし、作業速度に標準を設けることも可能だろうが、各種要因が複雑に相互作用していることを考えると、それが筋骨格系障害の減少にただちに結びつくとはいいきれない。技術的解決策は重要だが、対策をいかに採用するかという点も、同様に成功のカギになると思われる。具体的には労働者に対する聞き取り調査の実施(とくに苦情、痛みなどに伴なう予防のための聞き取り)、変化の過程への労働者の参加、作業者が実施する具体的業務の見直しである。いずれの要素も、活動計画を成功させるためには不可欠である。


筋骨格系障害の予防:企業のプロジェクト

筋骨格系障害に対する上述のアプローチをふまえると、これらの障害にはひとつの特徴があるように思える。つまり、労働生活のあらゆる側面に関連しており、企業に対し、その発展のなかで労働の場所について問題を投げかけるという点である。したがって予防のためには、企業のあらゆるセクションの関係者間の誠実な対話を基にした、プロジェクトとしてのアプローチが必要なのである。

「問題を定義する」

世界保健機関の定義によると、作業関連疾病とは、多数の要因によりもたらされ、作業環境と業務の遂行が様々な程度に発症について重要な役割を果たすものとされている。

作業関連性筋骨格系障害(WMSD)と分類される疾病には、回旋腱板腱炎、手根管症候群、急性椎骨間板脱出症など、きわめて明確な兆候と症状を示すものがある。また肩、上肢、腰部にかけての痛み、不快感、麻痺、ひりひり感を伴なう筋肉痛など、十分に明確になってはいない疾病も多い。これら非特異性WMSDとも呼ばれる疾病は、臨床病理学からは診断できないことが多いが、身体への損傷と障害をもたらすおそれがある。

このように作業関連性筋骨格系障害には、運動組織の多種多様な炎症性と変性の疾病が含まれる。具体的には以下のものがある。


  • 腱の炎症(腱鞘炎)。とくに前腕手首、肘関節、肩に発生するもので、長時間の反復作業や静止作業を伴なう職業に多い。
  • 筋肉痛。主として肩から首に筋肉の痛みと機能障害などが発生する。静止作業の必要性が高い職業に多い。
  • 神経の圧迫(エントラップメント症候群)。主に手首と前腕に発生する。
  • 脊椎の変性障害。通常は首または腰部に発生し、手作業や重労働を行う職業に多い。ただし、臀部またはひざ関節に発生する場合もある。

これらは慢性の疾病で、作業関連のリスク要因に一定時間暴露した後にだけ、症状が現れる。

欧州連合加盟国でWMSDへの標準的な診断基準を採用している例はほとんどなく、国によって疾病の表現法は多様である。

たとえば上肢に影響する場合、反復的負荷傷害(RSI)、作業関連の上肢障害(WRULD)、Trouble Musculo-Squelettiques (TMS)、累積外傷性障害(Cumulative Trauma Disorders:CTD)などの用語が使用される。こうした差異は国別のデータや研究文献に反映され、加盟国内での比較を困難にしている。

保健医療専門家の間では、一定のWMSDの定義を許容可能なレベルで統一しようとの動きがあった(Harrington他:1998年、Sluiter他:2000年)。これをふまえ、基本的予防と職場調査に幅広く利用できるような合意を確立するべきである。

Peter Buckle、Geoff David


参考文献:

  1. Harrington, JM, Carter JT, Birrell, L and Gompertz D(1998年) "Surveillance case definitions for work-related upper limb pain syndromes(『作業関連の上肢痛症候群に関する調査における事例定義』)"「Occupational and Environmental Medicine」v55,4,p264 271。

  2. Sluiter,J.K., Visser,B.& Frings-Dresen,M.H.W.(2000)" Concept guidelines for diagnosing work-related musculoskeletal disorders:the upper extremity(『作業関連性筋骨格系障害診断のための概念指針:上肢末端』)" 「Coronel Institute of Occupational and Environmental Health」アムステルダム大学アムステルダム医学センター(オランダ)。




欧州機構の報告書

欧州労働安全衛生機構は、このほど、筋骨格系障害をめぐる論争に関連した各種の報告書、概況報告書、キャンペーン用資料を発表した。いずれも機構のウェブサイト
http://osha.europa.eu/publications)からオンラインで入手でき、ルクセンブルグのEC出版事務所「EUR-OP」(http://eur-op.eu.int)またはその販売代理店
http://eur-op.eu.int/general/en/s-ad.htm)でも限定部数を入手できる。


情報報告書

  • Repetitive Strain Injuries in the Member States of the European Union(「欧州連合加盟国の反復的負荷傷害(RSI)」)
    この短い報告書は、1999年に配布された調査質問表の結果に基づいている。この調査は、オランダの社会問題・雇用省が、欧州各国でのRSI問題の定義と測定方法の差異、これに対処するための政策と活動内容を知るために要請し、実施された。32ページ、A4版(英語)。カタログ番号AS-24-99-704-EN-C。
  • Work-related Neck and Upper Limb Musculoskeletal Disorders(「作業関連の首および上肢の筋骨格系障害」)
    欧州委員会の要請に応えて作成されたこの報告書は、幅広い情報源から知識を集約した。現代の科学的文献、国際的な専門家パネルの考え方、現行の対策、事業者と労働者代表、EU加盟国の多数の関係当局などである。114ページ、A5版(英語)。カタログ番号AS-24-99-712-EN-C。
  • Work-related Law Back Disorders(「作業関連の腰部障害」)
    作業関連の腰部障害には腰痛と腰部傷害があり、欧州では深刻な問題として拡大している。この報告書は腰部障害の有病率、原因、作業関連のリスク要因、効果的な予防戦略を検証している。A5版(英語)。カタログ番号TE-32-00-273-EN-C。
  • The State of Occupational Health in the European Union -- a pilot study(「欧州連合の労働衛生の状況−パイロット調査」)
    この広範囲のパイロット調査は、欧州連合の労働安全衛生の現況について概要をまとめている。労働安全衛生に関する統計データと、すべての主要関係者の高度な知識と経験を結合させている。478ページ、A4版(英語)。カタログ番号TE-29-00-125-EN-C(2000年12月には要旨を全言語で発表する)。
  • Future Occupational Safety and Health Research Needs and Priorities in the Member States of the European Union(「欧州連合加盟国の将来的な労働安全衛生研究の必要事項と優先課題」)
    この報告書は、加盟国で収集されたデータを基に、欧州の労働安全衛生の将来的な最重要研究課題についての考え方と方針をまとめている。全体として、心理社会的課題(とくにストレス)、エルゴノミクス(とくに手作業)、化学的リスク要因(とくに発ガン性物質と代替物質)が将来の優先的研究課題となっている。56ページ、A5版(英語)。カタログ番号TE-27-00-952-EN-C。


機構の概況

概況報告書は、労働安全衛生に関する幅広い問題を簡潔にまとめており、通常は欧州連合の11の公用語で提供している。

  • Fact 3(「概況3」)−欧州の作業関連性筋骨格系障害
  • Fact 4(「概況4」)−筋骨格系障害の予防
  • Fact 5(「概況5」)−作業関連の首および上肢の筋骨格系障害:機構の報告書の要約
  • Fact 6(「概況6」)−欧州連合加盟国の反復的負荷傷害:機構の報告書の要約
  • Fact 7(「概況7」)−欧州連合加盟国の将来的な労働安全衛生研究の必要事項と優先課題:機構の報告書の要約
  • Fact 9(「概況9」)−欧州連合加盟国の作業関連性筋骨格系障害に関する社会経済的情報一覧(デンマーク語、英語、スペイン語、フランス語)
  • Fact 10(「概況10」)−作業関連の腰部障害:機構の報告書の要約


キャンペーン用資材

  • 「欧州労働安全衛生週間2000」機構は、ポスター、リーフレット、概況報告書、ハガキからなる情報パッケージを作成し、「欧州週間2000」と、そのテーマである作業関連性筋骨格系障害予防について宣伝した。

機構の他の出版物に関する情報は機構のウェブサイト(http://osha.europa.eu/publications/)に掲載している。