個人的要因が、具体的な暴露によるリスクの程度に影響する可能性があることが認められている。過去の病歴は、筋骨格系障害発症の主要因のひとつであるとみられている。組織的、社会的レベルでは、最近はストレスに直接に関連する要因(業務内容の低さ、業務への要求の高さ、社会的支援の少なさ)の重要性も明らかにされている。
リスクアセスメント方式
この10年、エルゴノミクスに対する産業界の関心が高まった結果、この分野の評価方式の利便性と効果を高めるための多大な努力が払われ、全体論的で、参加型で、統合的なアプローチが採用されてきた。身体的リスク要因への暴露の測定には多様なリスクアセスメント方式があり、きわめて単純な測定(職種によるものなど)から、より複雑な分析手法まである。専門家向けの職場の測定に関する情報は後段に記載する。また研究所ではより精密な研究手法が採用されている。臨床的発見の特徴を慎重に分析し、感覚の変化と筋肉の弱体化を神経学的に検査することで、潜在的な形態学的/解剖学的損傷の部位の把握が容易になり、多様な診断と治療に役立つ。筋骨格系障害の病因の解明を進めるための新しい技術が使用されている(近赤外線分光学、終板*)骨折でのイン・ビトロ*)での実験、レーザー−ドップラー流量測定など)。これは、一部の人が他の人より筋骨格系障害発症のリスクが高い理由と、個人間での差異を理解する方法について、情報を蓄積することを目的としている。これが重要なのは、いくつかの筋骨格系障害については病因が不明な場合が多いからである。たとえば腰部の障害は、平均してその95%が「非特異性」とされている。痛みの源が不明で、複数の原因が存在する可能性があるためである。
予防戦略
本書の他の箇所で詳述しているように、各種の研究調査による科学的知識は予防戦略に利用できる。予防戦略が企業に受け入れられやすくなると同時に、実施面でも実用的になり、専門家による効果的なリスクアセスメントが可能になる。
身体的な要求を低めることは、職場の予防対策の第一歩になる場合が多い。具体的には職場を調整し、機械的な器具または支援装置を使用して筋骨格組織へのストレスを低下させる(手首のサポートまたは機械的な作業器具など)。筋骨格系障害は、使用する力が小さい業務でも発見されることを指摘しておく必要がある。したがって、暴露の継続期間と頻度にも、もっと注目すべきである。
教育と研修の実施は、身体的リスクを減少させるためのより重要な戦略である。これまでの研修は、だいたい以下の3つの分野に分類できる。
- 具体的技術の研修。
- 生体力学について教育することで筋骨格系障害発生への認識と自覚を高め、安全な姿勢と動作に対する考え方を変える。
- 肉体的運動を通じて身体を訓練し、負傷しにくくする。
業務の設計と作業組織への注目度を高めることも、予防に役立つ。成功した介入例を失敗した事例と比べた場合、顕著な特徴のひとつとして指摘できる可能性があるのは、介入主体が、経営者を含む企業のなかに、どの程度、組み込まれているかということである。労働者が積極的に参加する対策を行うことも重要である。
2番目の重要な予防戦略は、筋骨格系障害の患者を慎重に復職に導き、筋骨格系障害の悪化を防いだり、慢性的な痛みの発生を予防することである。適切に計画された復職には、リスクアセスメントと危険な業務または条件の抑制対策を組み込み、負傷再発と損傷継続の防止をはかるべきである。また職場に、予防的で、労働者を支援できるコミュニケーションを確立すべきである。医療的介入も、2次的予防の重要部分である。これらの介入には、薬物治療、運動療法なども含めることができる。
予防戦略の有効性に関しては、文献ではさまざまな見解がみられる。見解の相違は、調査方式の質に差異があるために生じている場合が多い。対照グループ、無作為方式やプラシーボ・グループが不足していたり、調査対象が少なかったり、環境が標準化されていないといった問題である。この他、介入費用の大きさ、労働者と事業者による協力の不足などの否定的要因もある。
研究課題/優先課題
すでに多くの価値ある情報が収集され、現在の研究から一定の傾向が明らかになったが、関係するプロセスの解明を進めるには一層の研究が必要である。焦点をあてるべき課題はいくつかある。具体的にはリスク要因、健康への影響、暴露の測定、健康調査と介入である。全米研究評議会(1999年)は、以下のとおり、相互に関係した5つの基本的課題に注目すべきだと述べている。
- 反復的な負荷に対する細胞の反応の仕方、炎症反応を誘発するもの、それらに対する個人的要因の影響の仕方を調査するための、新しいモデルとメカニズムを開発する。
- 症状、負傷の報告、悪化、障害の関係と、こうした関係が社会的、法律的、環境的要因にいかに影響されるかを明確にする。多様な要因を検討しなければならない。
- 環境的負荷の増加と反応の増加との関係を解明し、より効果的でターゲットをしぼった介入方法を定義する。
- 負傷報告の標準化と詳細化を進め、寄与要因とリスクの測定を向上させ、影響と他の重要な変数の測定を改善する。
- 障害の臨床的進行過程への理解を深め、3次的予防の戦略に役立てる。
主な参考文献
- 欧州労働安全衛生機構(1999年)"Work-related
neck and upper limb musculoskeletal disorders(「作業関連性の首および上肢の筋骨格系障害」)"(Buckle
P、Devereux J)
- 欧州労働安全衛生機構(2000年)"Work-related
low back disorders(「作業関連性の腰部障害」"(Op
De Beeck R、Hermans V)
- Harberg M、Silverstein BA、Wells RV、Smith
MJ、Hendrick HW、Carayon P、Perusse M "Work
related musculoskeletal disorders: a reference
for prevention(「作業関連性筋骨格系障害:予防のための参考」)"(Kuorinka
I.& Forcier L(編集)London:Taylor &
Francis(1995年)
- 全米研究評議会(1999年)"Work-related
musculoskeletal disorders: report, workshop
summary, and workshop papers.(「作業関連性筋骨格系障害:報告、ワークショップ概要、ワークショップ文書」)"
- Wilson JR,Corlett EN(編集)"Evaluation
of human work: a practical ergonomics methodology(「人間労働の評価:実用的エルゴノミクス方式」)"(Taylor
& Hrancis、1134p)
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欧州の会議が行動への呼びかけ
多くの職場は、女性ではなく男性の身体的特徴に合わせた設計になっているため、女性は反復的負荷傷害(RSI)関連の症状が発生しやすい。作業関連性筋骨格系障害は、EU加盟国の国内総生産の約1%に当たるコストを強いている。作業関連性の上肢障害に関しては多数の研究があるが、その診断法には不明な点が多く、論争にさえなっている。
以上は、オランダ社会雇用省が2000年5月30日にハーグで開催した、作業関連性の上肢障害に関する国際会議で取り上げられた問題の一部である。この会議は、欧州機構がEU加盟国の要請に基づいて実施した反復的負荷傷害に関する調査の発表を受けて、同省が取り組んだ対策の一環である。会議の参加者は欧州機構のフォーカル・ポイントのネットワークを通じて招待された。
「手作業とビジュアル・ディスプレイ・ユニット(VDT)の最低要件に関する指令が合意されて、ちょうど10年になるが、残念なことに作業関連性の上肢障害にかかる労働者の数は増えるばかりである」とオランダ社会問題省のRob
Kuijpers局長は述べた。さらに、作業関連性の上肢障害の増加を止めないかぎり、欧州社会に甚大な経済的影響が及ぶだろう。情報通信技術の利用が急増し、労働者の作業関連上肢障害への暴露リスクが拡大するなかで、手をこまねいていると問題は悪化するばかりである、とも述べている。
アムステルダム大学医学部のMonique Frings氏は「作業関連性の上肢障害に関しては多数の研究があるが、診断基準には不明な点も多く、論争にさえなっている」と述べた。
さらに同氏は、その定義が合意されればEU内での作業関連上肢障害に関して、さらに均一な情報の収集、記録、報告が促進される。スウェーデン国立労働生活研究所とスウェーデンの労働組合団体が協力して実施している欧州の労働生活に関する合同研究プログラム、Saltsaが資金提供したプロジェクトは、以上のことを目的としている、と続けている。
同プロジェクトは臨床診断を確立し、その業務との関連性を調査した。まず11の個別上肢末端の障害と、非特異性の上肢末端障害について定義した。他方、2種類の業務要因の基準を提示している。姿勢、動作、振動などの身体的要因と、作業組織、業務特性などの非身体的要因である。
会議では、欧州労連安全衛生テクニカル・ビューロー(TUTB)のTheoni
Koukoulakiが発言し、労働者は業務における痛みと、その原因となった業務との関連を認識できない場合がきわめて多いと述べた。また加盟国によって補償制度が大きく異なり、職場の疾病に関する公的な情報システムが不十分であると報告した。
Lena Karlqvistは性差の問題について発言し、「多くの職場は男性の身体的特性に合わせて設計されている」と指摘した。さらに、女性は反復作業を伴なう単調な業務につく場合が多い。男性に比べ、自身の業務を組織、管理できる余地が少ないため、時間的圧力に対処しにくいと述べた。(本誌のこの問題に関する他の論文を参照)
サリー大学のJason Devereux氏は、作業関連上肢障害の疫学的証拠に関する情報を提起し、科学者は、作業関連上肢障害と業務遂行との強固な関連性、とくに労働者が職場のリスク要因に暴露している場合についての関連性を把握したと指摘した。
会議の結論の要旨は、以下のとおりである。
- 作業関連性の上肢障害は、作業関連性の健康問題としてはEUでもっとも多発しており、その傾向は今後10年は変わらないと思われる。
- 作業関連性の上肢障害は、あらゆる産業と職種でますます増えている。
- 作業関連性の上肢障害は、多様な活動とリスク要因が原因になりうる。
- EUと加盟国の抑制策が効果を発揮しなかったため、既存の戦略を補完、強化する新たな取り組みが必要である。
- 作業関連性の上肢障害の予防を、欧州での次期の労働安全衛生プログラムの最優先課題にすべきである。
- 加盟国は、作業関連性の上肢障害に対する国内行動プログラムの策定を検討すべきである。そうした行動プログラムには適切な財源が必要であり、予防対策に焦点をあてるべきである。具体的なリスク要因に関連した目標を定め、その進捗状況を監視すべきである。
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訳注) |
コーホート研究−−−- |
属性を同じくする集団を長期間にわたり追跡調査する方法
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患者−対照研究−−− |
目的とする疾病にすでに羅患している患者群と羅患していない対照群の両集団を対象として比較研究する方法 |
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終板−−−−−−−− |
神経節接合部 |
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イン・ビトロ−−−− |
試験管内での(生体外での) |
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