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社会パートナーの見解

欧州の労働者の筋骨格系障害と闘うために、
欧州連合が取り組むべき次の課題はなにか?
ここでは社会パートナーの見解を明らかにする。

資料出所:European Agency for safety and Health at Work
(欧州安全衛生機構)発行
「Magazine」2001年3号

(訳 国際安全衛生センター)


パトリック・レヴィー医師(*)
PHODIAグループ医学アドバイザー

事業者の見解

筋骨格系障害はほとんどの加盟国にますます拡大しつつあり、労働者の健康に影響を及ぼすとともに、企業と社会一般の直接、間接のコストを高めている。その影響は、「手作業」を伴なう業務をはじめ、経済のすべての産業に及んでいる。

筋骨格系障害には、身体の多種多様な部分に影響し、きわめて異なった症状(腱炎、腱鞘炎、手根管症候群、ヒグローマ*)など)を発生する病理が含まれることを念頭におくべきである。これらの障害の発生に際しての作業の役割を否定するつもりはないが、関係する病理にはしばしば多面的要因がからみ、作業以外の要因(年齢、性別、健康状態、他の生活上の問題など)と作業関連の要因とが絡み合っていることは強調すべきである。後者については、エルゴノミクス的な問題だけが原因ではない。組織的要因もかかわっている場合がある。

したがって筋骨格系障害の予防は、他のいかなる障害にも増して、技術的な専門分野(エルゴノミクス、作業組織、産業安全衛生、作業場の設計など)や、医学的な専門分野(個人的要因の考慮、研修/情報、症状の発生時点での介入、発生した障害に対する医学的治療など)を含めた全面的で、多面的なアプローチに基礎をおかなければならない。したがって予防の成否は、企業固有のプロセス(設計、作業の組織化、作業場のエルゴノミクス的側面、医学的状況など)の分析を含め、企業内の状況を全体として検討することにかかっている。企業は何が問題になっているかを理解し、予防対策を確立し、それを企業の一部として統合しなければならない。

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企業は何が問題になっているかを理解し、予防対策を確立しなければならない。
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EU法の問題

より一層の規則が必要かという点に答える前に、解明しなければならない問題がふたつある。

現在の規則には重大な欠陥があるのか?

「指令89/391」は、化学的、生物学的、物理的、エルゴノミクス的リスクなど、企業内のあらゆるリスクの評価を義務づけた。したがって、この一般的枠組みには筋骨格系障害の予防も入っている。また、予定されている振動に関する欧州委員会指令により、規則的枠組みは完成する。新しいEU法をあれこれ検討する前に、現行のEU法の実行を確保すべきである。したがって、欧州委員会にとって、とくにこの分野での枠組み指令の適用状況を評価することこそ有意義だと思われる。

予想される新しいEU法の内容は?

新しいEU法が筋骨格系障害のあらゆるリスクを対象とし、また産業ごとに著しく異なった多様な形態をもつ企業内プロセスそのものと、個人的および集団的要因を対象とする場合、それは予防にはなんら現実的効果のない一般的留意事項の羅列であったり、逆に固有の組織手法をとる特定産業の特定の業種向けの規定にとどまるわけにはいかなくなる。新しい規則の付加価値はほとんどないと思われるし、いずれにしても問題のごく限られた側面に限定されたものになるだろう。その他のリスクはなおさらそうであり、残念ながらあらゆる産業のあらゆる企業に適用できる「万能薬」はないのである。効果を求めるならば、ケース・バイ・ケースのアプローチが必要になる。したがって、この問題に全体として対処できるようなEU法を考えるのは難しい。つまり筋骨格系障害の予防を確保するための新しい規則の採択は、意味があるとは思えない。

また、欧州の事業者は自社の安全衛生の責任を負っている。したがって、有効な筋骨格系障害の予防法があるとするならば、企業がさまざまな選択肢のなかから、もっとも適切で革新的な方法を選択できる、柔軟で、非拘束的な枠組みが必要である。規則による厳格なアプローチでは、こうしたことは実現できない。

もっとも重要なのは、企業内の人々の対応のあり方である。具体的には、断続的な痛みが訴えられた場合、それを初期的な警報として認識し、次いで状況を分析して、必要な場合は改善策を実行することである。同時に、作業場または装置が新たに設計され、または改良されたその時点から、筋骨格系障害の予防をプロセスの一部として考慮に入れなければならない。したがって事業者、予防の関係者、すべての幹部が、このプロセスに参加するための十分な研修を受け、手許に十分な情報を保有していることが肝心である。

その他の取り組み

われわれの手許には、Buckle教授の報告書をはじめ、欧州安全衛生機構が収集した、きわめて有益な情報があることを強調すべきである。私は、共同体が作成した単一のツールによって、あらゆる企業に存在するリスクを評価し、克服できるとは思えない。ただし、産業と企業ごとに改変できる一連の勧告を記載した指針の作成は、きわめて有効だろう。また、関係者向けの研修と情報の提供を拡大することは、とくに中小企業などでの問題への認識改善に役立つだろう。この問題についての欧州規模のセミナーの開催は、その第一歩になるだろう。

筋骨格系障害の予防には現場での対策の実行が必要があり、それはそれぞれの経済活動によって異なる場合が多い。欧州委員会は、動的な産業別のアプローチをとることにより、経験交流をいっそう促進できると考える。

「労働における安全、衛生および健康保護のための諮問委員会(Advisory Committee on Safety, Hygiene and Health Protection at Work)」の筋骨格系障害の特別作業部会議長としての私の役割は、諮問委員会の見解の基礎となる作業部会で、合意に基づく現実的な方向を追求することになるだろう。その成果のうえに、欧州委員会は欧州段階での筋骨格系障害の予防に向けた最善のアプローチを明確にできるだろう。

* パトリック・レヴィーは、ローディア・グループ(特殊化学品の世界的大手企業)の医学顧問で、MEDEF(フランス)の労働安全衛生顧問でもある。「労働における安全、衛生および健康保護のための諮問委員会」の筋骨格系障害の特別作業部会議長を務めている。




Theoni Koukoulaki

欧州労連安全衛生テクニカル・ビューロー(TUTB)


労働者の見解

筋骨格系障害は欧州の深刻な労働衛生問題であり、社会的、経済的負担を強いるものとなっている。1995年に欧州委員会が開始した、各加盟国の認定職業性疾病データを比較可能にするためのユーロスタットの調査(EODS)により、筋骨格系障害はEUでもっとも多く見られる疾病の上位10位内に入ることが明らかになった。

具体的には、上肢の障害件数が上位6位と7位に位置していた。ごく最近の第3次「労働条件欧州調査(European Survey on Working Conditions)」(2000年版、近日発行)では、欧州の労働者の33%が腰痛、23%が首と肩の痛み、13%が上肢の痛み、12%が下肢の痛みをもっていることが明らかになった。これらの結果は、1997年の第2次欧州調査の統計に比して、自主報告の症状が急増していることを示している。またリスクへの暴露も大幅に増加している(たとえば重量物を運搬するパートタイム労働者の比率は4%増加し、労働密度の増大により15%の労働者が5秒未満の作業サイクルになっている)。

加盟国の過小報告にもかかわらず、いまや筋骨格系障害の問題は顕著な現象となっている。表面に現れているのは、波及している実態の一部にすぎない。

欧州の労働者は、欧州連合の機関と加盟国の当局が筋骨格系障害に適切な関心を払い、政策対応をとることを求めている。筋骨格系障害に対しては、労働環境でのリスク抑制を通じた予防と、早期診断、リハビリテーション、患者への補償によって対処すべきである。

まず第1に、EU諸機関に対するわれわれの最大の期待は、欧州の全労働者のために、異なった種類の筋骨格系障害に対する同水準の保護を確立することである。あらゆる種類の筋骨格系障害に対する十分な予防を実現するには、現行のEU法を強化する必要がある。

第2に、これらの障害を国内の職業性疾病一覧表に加えることで、補償を実現し、欧州連合の筋骨格系障害の正確なデータを作成すべきである。第3に、CENはただちにエルゴノミクス基準を策定し、作業設備の設計を改良すべきである。

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EU諸機関に対するわれわれの最大の期待は、欧州の全労働者のために、異なった種類の筋骨格系障害に対する同水準の保護を確立することである。
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EU法の問題

新たなEU法が必要かどうかの検討に際して、第1に現行のEU法があらゆる筋骨格系障害の予防にとって十分か否かを検証すべきである。筋骨格系障害を直接に対象とした唯一の指令は「手作業指令」で、これには腰部負傷の潜在的影響も含まれる。しかし作業関連性筋骨格系障害には多くの種類がある。手根管症候群や腱炎などの上肢障害は、「手作業指令」または「VDT指令」の対象になっていない。後者の焦点は、コンピューター作業の際の眼精疲労が中心になっている。「枠組み指令」だけが、単調作業を緩和するために事業者に対して作業を個人に適したものとする一般的義務を規定しているが、その内容は明確ではない。とはいえ、労働衛生に対処するためのEU法のアプローチは、これまで職場のリスク要因の抑制に焦点をあててきた。上肢障害に関しては、「枠組み指令」ですべての要因が扱われているわけではない。たとえば不自然な姿勢や力といった相乗要因には触れていない。

また、上肢障害による具体的な健康への影響や、リスクアセスメントについての明確な記述はない。具体的な最低要件が必要である。

最後に、「枠組み指令」が発効したのは11年前であり、当時は有病率に関する疫学的データも、多くの作業関連性筋骨格系障害は職場での対策を通じて予防できるという科学的証拠も少なかった。首および上肢の障害に関する最近の欧州機構の報告書は、この障害がEU加盟国内で深刻な問題になっており、また職場のその後のリスク要因への労働者の暴露が増加しているため、障害の規模は拡大する可能性が高いと述べている。

われわれは、筋骨格系障害と作業との関連に関する包括的で比較可能な疫学的データが集まるまで、予防政策の策定を待っているわけにはいかない。限界はあるが、筋骨格系障害に関する既存の知識を活用できれば、欧州労働者への影響はきわめて大きなものになる。分かりやすい例をあげると、欧州でのアスベスト禁止の効果が現れる前に、今後30年間で、既存の患者を含めて何百万人もの欧州の労働者がガンを発症すると推計されている。

上肢障害の問題は明らかに拡大しており、それは既存のEU法では十分にカバーされていない。だからこそ、あらゆる筋骨格系障害を対象とする規則が必要なのである。これは必ずしも、新しい指令が必要だということではない。「手作業指令」の対象を拡大するよう改訂し、強化するという方法もある。

予防の実現にとって、EU法は最終目標ではなく、第一歩であることに変わりない。適切なEU法が制定された場合、必要な補足的対策がいっそう効果を発揮することになる。

その他の取り組み

筋骨格系障害リスクを評価するための調和のとれた科学的ツールと、疾病の診断規準が欠けていることは明白である。欧州委員会は、指針を発表してリスクアセスメントの方法を欧州全体に適用できるよう調整し、筋骨格系障害のリスク要因に関する比較可能なデータを収集すべきである。

また、筋骨格系障害の評価基準のための科学的な合意文書も必要である。国家の疾病リストに筋骨格系障害を入れている国でも、診断に関する知識がないために診断できないこともありうる。

だが、以上のすべては、EU法の実行のための補完的な対策であることを忘れてはならない。第一の目的は、この分野に関して十分なEU法を実現することである。

職場への介入の効果と、新しい組織形態が労働者の健康に与える影響を調査するための研究も必要である。

また欧州委員会は、職業性疾病の欧州一覧表を発表し、一般分類の物理的因子による疾病のなかに、一部の筋骨格系障害が入っている。しかし、これは加盟国に対する勧告であり、すべての国がこの疾病を処方リストに組み込んでいるわけではない。実際には過半数の国が、業務に起因する筋骨格系障害をきわめてわずかしか認めておらず、一部の国はまったく認定していないため、傷害を負った労働者と労働組合が因果関係を立証しなければならない。ここで強調しなければならないのは、補償資格を得るための手続きと要件が、加盟国によって大幅に異なっていることである。

リハビリテーションの利用、筋骨格系障害の認定と補償は、全欧州における確実で統一的な権利であるべきである。

このことをふまえ、欧州委員会は、欧州の職業性疾病に関するユーロスタットのパイロット調査によるデータ比較に関する提案を実行すべきである。提案では、筋骨格系障害をさまざまな方法でコード化し、手根管症候群のための別個の分類を創設し、一般分類に組み入れる場合の明確な基準を定義することとされている。

また欧州委員会は、新しい疫学的証拠に照らして職業性疾病一覧表を見直し、リストに加える筋骨格系障害の種類を増やすべきである。

近年、筋骨格系障害と業務との関連性に関する科学的証拠が増加している。影響を受けている人の数は甚大である。筋骨格系障害の早期診断が実現されなければ、欧州労働者の健康状態は悪化する。その結果、2次的予防が困難になり、場合によってはリハビリテーションが不可能になる。したがって、すべての加盟国で、あらゆる種類の筋骨格系障害が職業性疾病として認定されることが、きわめて重要なのである。

また欧州の今日の予防政策は、証拠に基づく(労働衛生または災害に関するデータによる)という性格を強めてきているが、これは受身のアプローチである。

しかしながら重要なのは、筋骨格系障害の診断と認定を通じて、欧州労働者の筋骨格系障害の有病率に関する、明確で、事実に近い数値を得ることである。

* Theoni Koukoulakiは、エルゴノミクス専門家で、欧州労連安全衛生テクニカル・ビューローの研究者である。同氏は「労働における安全、衛生および保護に関する諮問委員会」の筋骨格系障害特別作業グループに、労働者代表として参加している。




筋骨格系障害に対する労働組合の取り組み


欧州労働組合連盟(欧州労連:ETUC)は、1997年に、筋骨格系障害にたいする欧州規模のキャンペーン開始を決定した。

認識喚起のためのキャンペーンは、作業関連性筋骨格系障害に焦点をあて、労働者、労働組合代表、事業者、労働監督官、産業医、エルゴノミクス専門家、行政当局、機械と装置の設計者、EUの諸機関を対象としている。

キャンペーンの主な目的は以下のとおりである。

  • EU法を改善し、あらゆる種類の筋骨格系障害を対象とさせる。
  • 欧州の職業性疾病の一覧表を修正し、あらゆる種類の筋骨格系障害を組み入れる。
  • 作業の組織化の方法に対する労働者と労働者代表の発言権を強める。
  • 筋骨格系障害のすべての被害者について、作業関連の傷害の認定、正当な補償、リハビリテーションを実現する。
  • エルゴノミクス的基準を策定し、作業設備の設計を改善する。

欧州段階でのキャンペーンの具体的内容は、以下のとおりである。

  • "Europe under Strain(「ストレス下の欧州」)"、TUTBニューズレターなどの出版。
  • 労働組合による欧州全域の筋骨格系障害の調査。法律、統計、現在の問題、補償、労働組合の活動に関する情報を収集する。
  • TUTBの資料、活動、目的を表示したポスター。
  • ウィーン、マドリッド、アムステルダム、ビルバオでの地域セミナー。

国内段階でのキャンペーン活動には、研修、出版、革新的ツールの開発、リスクアセスメント用ツール、産業別の活動などがある。

筋骨格系障害キャンペーンは継続中である。「欧州週間」終了後、今後の取り組みを視野に入れ、その国内段階での影響を調査する予定である。

ETUCは、欧州連合に影響力を行使することを目的としており、そのために欧州委員会、欧州議会、欧州理事会などに対し、直接に意見表明を行っている。また、各種の諮問機関に労働組合の参加が確保されるようにしている。

* 欧州労働組合連盟(欧州労連:ETUC)は1973年に結成され、33ヵ国の68の国別労働組合連盟、12の欧州産業別組織で構成され、組合員数は合計6,000万人である。

欧州労連安全衛生テクニカル・ビューロー(TUTB)は、欧州の労働者の安全衛生基準の向上を目的として、1989年にETUCが創設した。

TUTBは、EU法の立案、その国内法への統合と実施を監視するとともに、作業環境を取り扱うEU機関に専門的知識を提供している。

詳しい情報については以下を参照。

"TUTB special report on MSD(「筋骨格系障害に関するTUTB特別報告書」)"(TUTBニューズレター 11−12号、1999年6月、56ページ)

"Europe under strain, a report on trade union initiatives to combat workplace MSD(「ストレス下の欧州、職場の筋骨格系障害と闘う労働組合の取り組みに関する報告」)"(Rory O'Neil、TUTB:ブリュッセル、1999年、128ページ)

"Integrating gender in ergonomic analysis: strategies for transforming women's work(「エルゴノミクス的分析へのジェンダーの統合:女性労働転換の戦略」"(Karen Messing、TUTB:ブリュッセル、1999年、192ページ)

詳細は[http://www.etuc.org/tutb/uk/msd/htm]でも閲覧可能





訳注)ヒグローマ(hygroma)−−−水滑液嚢症