編注
新しい法人殺人罪の提案とは別に、労働災害の防止における経営者の責任を明確とする法律を制定することが検討されてきた。この雑誌では、このような規制を行うことに対する経営者側の意見を2月号に、労働組合側の意見を3月号にそれぞれ掲載している。この記事は、経営者側の意見である。しかし、この雑誌の8月号のニュース欄によると、この法律についての検討は、法人殺人罪に関する法律の動向が明らかとなるまで保留されることとなった。
HSEの過剰な規制をなくそうとする取り組みは、称賛を受けてきたが、経営者の責務を強化しようという計画においては、HSEは過去に立ち戻る危険を冒すのではないか? Geraint Day(経営者協会(the Institute of Directors(IoD))の健康・環境・輸送政策部長)は、安全の確保と不必要なお役所仕事の間のバランスをとる必要があるという。
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英国安全衛生委員会(HSC)は、英国の安全衛生成績は、死傷労働災害に関して他の多くの国に比べて良い、さらにはEU加盟国と比較しても良いと言っている。だからといって、このような重大問題に関して自己満足することが許されるということにはならない。幸い、国家統計局(National Statistics)とHSCが公表した2005年の統計によれば、全般的には状況は悪化はしていない。少なくともHSCの責任範囲である大ブリテン島においては悪くはなっていない(1)。
1974年労働安全衛生法(これによりHSCと安全衛生庁(HSE)が設立された。)は、長年にわたって、全般的に安全衛生の向上に貢献してきた。
安全衛生に関しては、その監督指導、規制システムは成長を遂げた。HSEとHSCは安全衛生に関する唯一の監督機関ではないが、重要な役割を果たしている。HSC/Eは、過度の規制をなくそうとする、政府の現在の動きを支持する人たちから称賛すら受けてきた。
実際、国家財政委員会(Treasury)によって始められたハンプトン・レビュー(訳注1)は、HSCの戦略から、及びHSE職員と接触することによってかなり影響を受けたのである。
その結果として新設された「規制改善実施局(Better Regulation Executive)」(訳注2)は、「賢明なリスク管理(Sensible risk management)」(訳注3)のようなテーマを継続することを考えている。即ち、規則に代わる手段をさぐり、そのために詳細なガイダンスを発行するといったことである。
そのような状況下で、最近、HSCが規制強化につながりかねない動きに乗り出したことは、従って若干のショックであった。これについての詳細は後に譲る。
法律と規制
話を進める前に、我々経営者協会は安全衛生のルールを法律化して監督指導を行う必要性というものを支持していることを強調しておきたい。しかしながら、すべての規制に当てはまることであるが、重要なのはバランスである。2003年後半に経営者協会会員に対して行った調査では(その結果は2004年2月に公表されているが)、安全衛生規制は、雇用法制に次いで2番目に高い関心事であることが判明した。この中では主に安全衛生を実施するための費用と、そのために経営努力が分散するという点に懸念が持たれていた(2)。
HSEは安全衛生法令に責任を持つ唯一の機関ではないが、安全衛生分野で現在提案されている経営者の責務強化については、これからお役所仕事的な意味合いをできるだけ少なくさせるという責任をもちろん継続してずっと持っているはずである。
共同作業?
実際、異なった複数の公的機関が安全衛生に対する責任をもつということは、問題を惹き起こすことがある。例えば、周知のとおり現状では、HSE及び地方自治体という違った組織が、安全衛生に関するアドバイスと監督指導について、それぞれ違った切り口で責任をもっている。
2002年夏の経営者協会会員を対象とした調査では、大変興味深い結果で得られた。即ち、アドバイスを受けようとHSEと接触した経営者が、そのサービスの水準について次のように考えていることがわかった(自記入式調査票に対する381人からの回答)(3)。
良い、又は非常に良いと思った者 67%、
可もなく不可もなしとした者 24%、
悪い又は非常に悪いとした者 9%。
同じ調査で、安全衛生に関する地方自治体のアドバイスに関して質問したところ、結果はそれぞれ38%、28%、34%であった。このように安全衛生に関しては、単にHSCとHSEに対してだけでなく、地方自治体も含めた行政全体に、更なる明確さと指導性が求められていることがわかる。
新しいアプローチ
HSEは、安全衛生成績を向上させることの重要性を事業者に認識してもらう方法を開発してきた。これには、安全衛生管理のメリットを示すケーススタディ、リーダーシップの重要性を示すケーススタディの作成が含まれている。経営者協会は、HSEのこの作業のために会員が材料を提供するためにその双方にかかわった。
すべての業種の企業から5万3000人の経営者が集まっている団体として、経営者協会がリーダーシップの重要性や、役員会が安全衛生成績を監視することの重要性を支持することは極めて当然のことだ(組織の取りまとめ役(steward)として行動する場合の義務である)。
HSCとHSEはちょっと前には次のような認識をもっていて、それを公然とHSCの戦略文書で述べていた。即ち、安全衛生というのは、技術的専門家同士が話をすればいいものだという考えをもっている人たちがいる、それも大企業の人たちに、というものである。
安全衛生の技術的側面は、自分がしていることを理解している人に引き受けて貰うことが絶対に必要であるが、同時に、経営者が対処しなければならない経営上の種々様々な局面と同様に(それ以上でも以下でもなく)、安全衛生を扱うことも必要である。
経営者の責務強化
はじめに戻って、2005年12月6日の会議で、HSCが経営者に対し、安全衛生に関して新しい「積極的な義務(positive duty)」を追求しようという決定をしたことは多くの人を驚かせた(4)。
私は前に、大ブリテン島における最新の安全衛生の数字について言及した。またグッドプラクティスや適切な安全衛生対策の企業事例を広めるために行われている、多くの新しいアプローチのうちのいくつかにも触れた。
時計の針を戻すのか?
後者(企業事例)では、職場における健康と快適の問題を扱っているものも含まれている。これらは計算上は、業務上の怪我より大きい問題なのである(怪我を軽視する訳ではないが)。企業の持つすべての方策を動員すれば、個人の不幸、損失時間は低減できるし、また生産性を高めることもできるのだ。
前に述べたように、HSCとHSEの施策の多くは新しいもので、どちらかといえばまだ評価が出ていないものである。それゆえ、経営者に対して新しい義務を作ることをスタートさせることは、いつものよくない結果につながるかもかもしれない。−意図してないにせよ、しているにせよ。
経営者の責務強化を導入することは、政府の目的に沿った、より良い、より効果的な規制の実現という結果ではなく、時計の針を戻す第一歩になるかもしれない。そうでないことを期待しよう。
−Geraint Day(経営者協会)
(1)「安全衛生統計2004/05」、(Health and safety statistics 2004/05)、HSC and National Statistics, Health and Safety Executive, 2005年11月
(2)「お役所仕事の本当の影響:経営者協会の一調査」規制に対するコメント(The real impact of red tape: an IoD survey', Regulation Comment) James Walsh, 経営者協会, 2004年2月。(また、www.iod.com/policy/papers(別窓)も参照)
(3) Health and safety、経営者協会ニュース、IoD News、2002年10月、p12
(4) Safety Management2006年1月、p3
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