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景気が後退すると安全はどうなるか?

資料出所:「Safety + Health」 2001年4月号 p.28-31
(訳 国際安全衛生センター)


レイオフやコスト削減にもかかわらず、職場の安全は守られるかもしれない。 −ジョン・ディスリン

過去数ヶ月の間に、モトローラは1万人の従業員を削減すると発表し、さらに削減することも検討していると発表した。ダイムラー・クライスラーは世界各地で25,000人を削減すると発表した。コンピュータの巨大企業デルは従業員1,700人を削減するだろう。小売りの雄モンゴメリー・ウォードとブラッドリーズは、さらに多くの職を犠牲にして閉店する。多くの企業が収入不足を警告してきた。景気が後退し失業が増えると、職場に残った労働者の安全にどのように影響するだろうか。そして企業が収入低下に伴いコスト削減を考える時、コンピュータから安全プログラムは削除されてしまうのだろうか。

最近までは、好景気の時は労働傷害も増え、景気が減速すると傷害も減ると考えられていた。経済が全力疾走している時は事業者は仕事をこなすために労働者を増やす。それは多くの場合、新規または未経験の労働者を雇用することを意味し、一般にけがをするのは彼らである。

景気が後退すると、経験を積んだ労働者が職を維持し、その結果けがをする危険のある未経験労働者は減る。しかし1990年代の好況では、職業性傷害と疾病は減少した。実際、職業性疾病と傷害は過去数十年間着実に減少している。

事業者、保険会社、労働組合、そして地方・州・連邦機関は、職場を安全にするために共に努力してきた。事業者は安全の専門家が労働者補償費用を低く押さえてくれることを期待した。保険会社はクライアントと保険会社自身の費用を低く押さえるために先を見越した行動をとる。全ての関係者の間に安全な職場の重要性と利益に関する意識が高まっている。

主要点
経済情勢は職場の安全に影響を及ぼす1つの要因ではある。しかし安全でない職場は高額の費用を要することになるから、景気が下降しても安全プログラムは存続しうる。

キーポイント

  • 労働者補償費用は事業者に安全重視の姿勢を継続的にとらせる。
  • 保険会社、経営者、従業員、労働組合、政府機関が共に、安全対策の実施に取り組む。
  • 企業収入の低下に伴い事業の縮小が起こるかもしれないが、日々の安全プログラムは縮小されずに存続するだろう。

詳細な情報
経済発展と安全に関する情報を更に下記から得ることができる。

ジョン・ディスリン 「安全と衛生」エディター

調査が問題に光を当てる

経済情勢が労働災害に与える影響を示す有効な統計の一つは、労働者補償費用である。米国補償保険協議会(National Council of Compensation Insurance、フロリダ州ボカ・レートン)や労働者補償研究所(Workers Compensation Research Institute,マサチューセッツ州ケンブリッジ)など幾つかの組織がその関係を調査した。

米国補償保険協議会の調査では、1980年から1995年にかけて請求件数は1.8%ポイント増加し、労働者1人当たりの実質請求費用は国内総生産1%ポイント増大につき1.64%ポイント増加した、と述べている。しかし、請求件数と労働者1人当たりの実質請求費用の増加は1994年に突出しているようであったが、1995年には両者とも急激に減少した。

保険情報研究所(ニューヨーク)の副所長でありチーフ・エコノミストであるロバート・ハートウィグ博士は、調査実施時、米国補償保険協議会のチーフ・エコノミストであり経済研究のリーダーであった。彼は、労働者の補償請求と景気の相関関係には種々の要素が存在すると指摘する。

「調査では、景気が減速している時は一般に職場の安全は事実上改善されることを示している。しかし他の要因も役割を演じる。レイオフされた一部の労働者は、失業手当よりも多くのお金を得られるので労働者補償を請求する傾向がある。」とハートウィグは言う。

景気が拡大すると、時間外労働をする者が増える、と彼は説明する。就業時間が長くなれば労働者は肉体的にも精神的にも疲れる傾向にあり、それがミスや傷害の増加の原因となりうる。景気の拡大時には医療費も増加傾向にあり、それが労働者補償費用に影響を与える。こうした要因の多くは1990年代には発生しなかった。一つには多くの州で労働者補償改革が行われたことと、医療費があまり膨張しなかったことによる。

労働者補償研究所所長リチャード・ビクターは、ハートウィグの主張と概ね同意見である。景気が加熱している時は労働者補償請求は増大する傾向があるという点に同意する。職場に入ってくる労働者が増えた場合、こうした労働者の多くは十分な訓練を受けていない可能性がある。また、企業も非常に好況である時にはそれほど多くの訓練を実施はしないだろう、とビクターは言う。

「新入りの従業員にとって最初の半年間はけがをしやすい時期である。しかし景気の減速が始まると、労働者補償請求は横這い状態となる傾向がある。その後幾つか別の要因が起こり始める。」とビクターは言う。

レイオフや工場の操業停止が始まると、2種類の労働者が補償を請求するようだ、とビクターは言う。経済が好調な時にけがをしても働いた労働者が、レイオフされると請求を提出する。もう1種類の労働者はけがをしていながら働いているわけではないが、腰痛などの軽症の病気を持っているかもしれない。彼らも補償を請求する傾向がある。ハートウィグが指摘するように、失業手当よりも労働者補償を受けたほうが収入が多いからである。それと同時に、けがをしても補償を請求しない労働者もいる。職を失わない労働者は一般に補償を請求しない。なぜなら職を維持したいからだ、とビクターは言う。

経済と安全は無関係

OSHAのあるエコノミストは通例、職場の安全に与える経済の影響を考慮に入れない。問題全体が非常に複雑なので、一般的な結論を出すことはできないと彼は言う。そして1990年代に入り、好況は職場の安全を低下させるという従来の見解は通用しなくなり、問題の明確化は一層困難になった。 「労働者補償費用は、1980年代に劇的に上昇したが、好況であるか不況であるかよりも、職場の安全と関係が深い。」と彼は言う。「企業の業績がどんなに良くても経営者は常に労働者補償費用を低く押さえたいのだ。」

国防大学全軍産業学部(ワシントン)の労働講座を持ち1992年から1996年までの職業性傷害・疾病発生率を研究した論文の共著者であるヒュー・コンウェイは、発生率を低く保つことが長期的に見て事業者の最大の利益だと言う。彼は、企業もそれを望んでいると信じている。

職業性傷害・疾病の率
(フルタイム労働者100人当たり、 1973−1996)

職業性傷害・疾病発生率は激しく変動するが、全体として、特に1990年代は低下傾向を示している。

発生率 休業日数の率
1996 7.4 3.4
1995 8.1 3.6
1994 8.4 3.8
1993 8.6 3.8
1992 8.9 3.9
1991 8.4 3.9
1990 8.8 4.1
1989 8.6 4.0
1988 8.6 4.0
1987 8.3 3.8
1986 7.9 3.6
1985 7.9 3.6
1984 8.0 3.7
1983 7.6 3.4
1982 7.7 3.5
1981 8.3 3.8
1980 8.7 4.0
1979 9.5 4.3
1978 9.4 4.1
1977 9.3 3.8
1976 9.2 3.5
1975 9.1 3.3
1974 10.4 3.5
1973 11.0 3.4

出典:労働統計局 2001年

「景気が後退している時、収入が低下しているから費用を削減しようとして、安全を犠牲にするだろうか。そんなことをすれば労働者補償費用を増やしてしまうだろう。」とコンウェイは問いかける。

コンウェイは、現在生産性はまだ高く、失業率はまだ低いと言う。もしも失業率が2倍になったら、安全は影響を受けるかもしれないと彼は言う。

しかし、前回の景気後退から10年近くが経過した。ハートウィグは安全と景気に関して1990年代初頭に学んだ教訓を経営者が忘れてしまうこともありうると言う。また、新しい未経験の経営者はその教訓を知らない。

職場の安全は多くの人々の努力の成果

保険業界は企業における安全改革の実施に役割を果たしてきた。保険業界が実施した調査は、工程デザイン、安全訓練、安全規則実施、経営改善についての関心の高まりを示している。また、OSHAなどの連邦政府と州政府機関の努力は、総合的な安全の考え方を定着させたという点で意義深いことであった。

「保険会社は保険契約を引き受ける前に、企業に安全プログラムを採用または実施するよう求めるだろう。」とハートウィグは言う。

一方、事業者は効果的な安全策の必要性に応じて「金を払って」きた。企業が安全を約束するならば、景気が悪いかどうかは問題ではない筈だ、とコンウェイは言う。「もし不況に陥れば、事業者がどの程度安全にコミットしていたかを知る良い機会だろう。」と言っている。

デザイン・セーフティー・エンジニアリング(ミシガン州アンアーバー)社の社長ブルース・メインは、彼の会社が扱っているほとんどの企業が、リスクアセスメントは収益を助けるので財産と見なしていると言う。従って、もしも景気が後退し続けても事業者たちは安全を犠牲にはしないと彼は信じている。

「経営者が安全を付け足しと見なすならば、安全プログラムはカットされるだろう。もしも費用の節約と見なすならば、安全プログラムの実施を続け、企業哲学の一部とするだろう。」とメインは言う。

そうした企業の一つがゼネラル・モーターズである。このデトロイトに本社を置く巨大自動車企業のグローバル・セーフティー担当重役であるケン・ヒューリックは、企業が職場の安全をどのように見ているかに関して、経済的要因は影響していないと言う。GMと全米自動車労組(UAW)は1994年、従業員の安全を最優先課題とした。それ以来、記録件数は78%低下し、就業日数の損失は89%減少した。

「どのような経済環境の中でもわが社は傷害発生率を下げ続けるといううらやむべき記録を達成する努力をしている。」とヒューリックは言う。「GMとUAWの最高首脳陣は、望んだ結果を達成する過程を積極的に先導し続ける。安全が首脳陣の価値観となり優先事項となれば、どのような経済環境においても目標に向かって前進することができる。」

イーストマン・コダック(ニューヨーク州ロチェスター)の法人安全衛生担当部長マイケル・チェンバーズは、企業が資本支出や安全専門家の旅費を削減しても、毎日の安全に関するプログラムと活動は存続するだろうと言う。

「しかし、安全専門家は従業員が安全対策の重要性を決して見失わないようにすることが重要だ。従業員はレイオフを心配して気を散らされる可能性がある。それが今取りかかっている仕事を妨げないようにするのが安全専門家の役目だ。」とチェンバーズは言う。

マイナス面は存在する

メインは、時間の圧力が職場の活動、特に保守に影響するかもしれないと言う。そして保守要員が少なくなれば安全にもある程度の影響を与えるかもしれないと言う。例えば、レイオフの対象に安全専門家も含まれているならば、会社は安全専門家がもたらす利益を失うだろう。

収益減少も、既存設備改造意欲低下の原因となりうる。メインは、企業が改良や安全措置の追加のためにお金を使わなくなるかもしれないと言う。しかし、既存設備を改良するのでなく、安全措置が製品に組み込まれている新しい設備を購入する企業もあるかもしれないとも言っている。

「既存設備に新しい安全対策を施して改良を加えることは費用がかかるので、事業者は安全面の危険を見極めるためにリスクアセスメントを実施し、新設備を設置前に補正すると良い。その方が費用効果が高い場合が多い。」とメインは説明している。

全体として、経済と職場の安全に関する情報の多くは決定的ではない。労働者が製造業や建設業などリスクの高い産業を離れてサービス業などリスクの低い産業へ移れば、それに付随して傷害の発生も減るという従来の知見は、必ずしも本当とは思えない。製造業も建設業も1990年代に成長したが、労働者傷害は減った。

「職場の安全は進化するプロセスであり、ここ何十年間向上してきている。」とコンウェイは言う。「事業者と労働者の思考様式は、現在の経済情勢の中での安全慣行とより多く関わっている。しかしそれは、もし企業が事業を縮小しなければならなくなった時、他の部門は縮小しても、安全だけは縮小しないということではない。」



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