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ベリリウムの不安

ベリリウムの危険性、論議を呼ぶ

各種業界で使用されているベリリウムへの暴露が、
多くの労働者にとってリスクとなる可能性がある

資料出所:National Safety Council (NSC)発行
「Safety + Health」2001年11月号 P38-42
(訳:国際安全衛生センター)


ジャネット・ウィリーン

テリー・チャーニーは恐怖におそわれた。1998年3月の血液検査でベリリウムに感作していることがわかり、それを死の宣告のように受けとめたのだ。「すぐにインターネットを検索したのですが、ますます恐ろしくなりました。慢性のベリリウム症は治癒不可能で、致命的だと書いてあったからです」と語るチャーニーは、リッチランド(ワシントン州)のエネルギー省の現場で操業するフルーア・ハンフォードで、放射線監視を担当している。

その後、当初得た情報には二つの問題があることをチャーニーは知った。第1に、ベリリウムに感作した人(つまり、そのものに対してアレルギー反応をおこす)でも症状がでるとはかぎらず、また必ずしも慢性ベリリウム症、つまり慢性で、しばしば消耗性の、場合によっては致命的な肺の症状が発生するわけではない。第2に、慢性ベリリウム症は治癒不可能だが、患者によっては投薬でコントロールできる場合もある。

チャーニーには希望をもつ根拠も、また恐怖を抱く根拠もあるわけだ。慢性ベリリウム症については不明な点が多いため、ベリリウムへの暴露によるリスク、感作に焦点をあてることをめぐって大きな見解の相違がある。

ベリリウムとはなにか

ベリリウムは、高硬度で軽量の金属で、政府と民間業界で幅広い工業用途に使用されている。純粋な形態または合金で、エアバッグのセンサー、ペースメーカー、レーザー、歯冠、軍事用電子照準装置、航空機部品、ゴルフクラブ、核兵器など、さまざまな製品に使用されている。ベリリウムは、最終製品を使用する人には有害な影響はないと思われるが、ベリリウムの粉じんまたはヒュームに暴露する労働者の場合、感作と疾病の発生率は数%から約10%まで幅がある、と全米ユダヤ人医学研究センター(メリーランド州デンバー)のベリリウム研究者、リサ・メイヤー氏は語る。慢性ベリリウム症は、暴露から数カ月以内で発症する場合もあるし、暴露しなくなってから30年後に発症する場合もある。

ベリリウムの使用が増えたのは、1940年代にエネルギー省の現場で核兵器が開発されるようになってからである。それ以来、同省の現場で働いていた多数の人がベリリウムの粉じんまたはヒュームに暴露した。エネルギー省の現場で働いているか、過去に働いたことのある100人を超える労働者が慢性ベリリウム症を発症した。

記事内容早わかり

ベリリウムは軽量の金属で、幅広い工業用途に使用されている。ベリリウムの粉じんまたはヒュームに暴露した労働者は、死に至るケースもある慢性ベリリウム症を発症する可能性がある。

重要ポイント

  • 労働者の最大10%がベリリウム粉じんまたはヒュームに感作し、慢性ベリリウム症につながる可能性がある。
  • 肺に影響する慢性ベリリウム症の症状としては、呼吸が短くなる、慢性的な咳、発熱、寝汗、胸と関節の痛み、心拍数の上昇、食欲減退などがある。
  • 現行のベリリウム許容暴露限界値は、大気1立方メートル当たり2マイクログラム(8時間の時間荷重平均)。
  • 各種グループが許容暴露限界値を1立方メートル当たり0.2マイクログラム(8時間の時間荷重平均)に引き下げるよう要求している。
  • NIOSHは、1立方メートル当たり0.5マイクログラム(8時間)の許容暴露限界値を勧告している。ただしNIOSH役員は、重量は最良の監視方法とはいえないと示唆している。

詳しい情報

以下のウェブサイトでベリリウムに関する情報を提供している。

ジャネット・ウィリーンは、ワシントンを拠点に活動するフリーランス・ライターである。

慢性ベリリウム症

チャーニーが感作の事実を知ったのは、個々の白血球細胞の金属に対する反応を計測するベリリウム血液リンパ球増殖検査を受けた後だった。エネルギー省は、省の現場で暴露した労働者に検査を受けるよう促しており、費用は2000年1月7日から開始した慢性ベリリウム症予防プログラムを通して支払っている。チャーニーはベリリウムを扱ったことはないが、ベリリウムの作業に使用された建物の清掃作業を行った1カ月半の間に暴露したと信じている。検査を受けた時点では無症状で、いまもないが、エネルギー省はチャーニーが全米ユダヤ医学研究センターで1年おきに検査を受けるための費用を支払っており、症状がでた場合には追加的な治療費用も支払うことになっているという。

通常、この疾病は肺に影響し、呼吸が短く苦しくなるとともに、慢性的な咳、発熱、寝汗、胸と関節の痛み、血痰、心拍数の上昇、食欲減退を引き起こす。国際ガン研究所と米国政府労働衛生専門官会議は、ベリリウムを発ガン性物質に分類している。

チャーニーは慢性ベリリウム症を発症するだろうか。時間だけがその答えを知っている。この疾病はベリリウムに感作した人だけが発症するようにみえるが、なかには感作しても発症しない人もいる、とメイヤー氏は語る。

どの程度の暴露が危険か

慢性ベリリウム症の不可解な点の一つは、暴露に対する反応に人によって違いがあることだ。機械操作など高暴露の作業に従事していても、発症または感作のない人があり、逆に短期の暴露で発症する人もいる。

「大気中のベリリウム濃度が高いと、リスクも高いのではないかと思われるが、現在の状態で暴露している人のうち、どの程度の割合の人が発症するか不透明です。5%未満かもしれませんが、その5%の人はかなりの重症かもしれません」と語るのは、マベット・アンド・アソシエーツ(マサチューセッツ州ベドフォード)の上級労働衛生専門家、ロナルド・ラトニー氏である。同氏によると、事業場でのベリリウムに対する現行の許容暴露限界値は、1940年代と1950年代のデータを基にしている。ラトニー氏は、1997年に設置されたエネルギー省ベリリウム規則諮問委員会のメンバーだった。

現行の許容暴露限界値は、大気1立方メートル当たり2マイクログラム(8時間の時間荷重平均)である。OSHAは1971年にこの限界値を決定し、6年後に「ベリリウムが暴露労働者に肺ガンを発生させた証拠に基づき」、1立方メートル当たり1マイクログラムに削減する案を出した。その後、OSHAは最終決定を行っていないが、1998年には規制予定リストである統一規制アジェンダにベリリウムを加え、その準備を整えたようにみえた。

ベリリウムの利点

  • 軽量性
    • 原子量は9.0122
    • 金属で2番目の軽さ(アルミニウムのわずか1/3の重さ)
    • 密度は1立法センチ当たり1.85グラム(マグネシウムと同等)
  • 剛性
    • 鉄の約6倍の剛性
    • 大きな曲げ耐性
  • 他の軽金属より高い溶解点(1,285℃)
    • 幅広い温度範囲で形状を保つ
  • 高い熱吸収力
  • 1ポンドで銅5ポンド分の熱を吸収
  • 非磁性
  • 質量の安定性
  • 高い耐食性
  • 金属で最低の熱中性子吸収断面
  • 高いX線透過率(透明性)
  • 公差限度(close tolerance)まで加工できる

新しい限界値を求める声

1999年、OSHAは警告を発表し、現行の許容限界値は労働者を慢性ベリリウム症から保護するには不十分だとした。警告は、工学的制御、作業慣行、個人用保護具により、吸入と皮膚接触を通じたベリリウムへの暴露を抑制するよう勧告した。またベリリウムに感作または発症した可能性のある労働者を把握するための健康診断の方法も示した。

2マイクログラムという許容暴露限界値に対しては、2つのグループから強い批判がだされた。ひとつはワシントンに拠点を置く消費者グループのパブリック・シチズン、もうひとつは紙および工業・化学・エネルギー連合労働者国際労働組合(Paper, Allied-Industrial, Chemical, & Energy Workers International Union:PACE、テネシー州ナッシュビル)である。

両グループはOSHAに対し、緊急暫定基準を発表して許容暴露限界値を1立方メートル当たり0.2マイクログラム(8時間の時間荷重平均)に引き下げるとともに、事業者に毎年の血球増殖試験の実施を義務付けるよう要請した。

「現行基準がまったく不十分であることはOSHA自身が認めています」と語るのは、パブリック・シチズンの健康調査グループ副部長、ピーター・ルーリエ氏である。「研究の結果、現行の限度をかなり下回る暴露でも慢性ベリリウム症と感作が発生することが証明されています」

OSHAは、この要請や基準についての質問には答えなかったが、以下の内容を文書で明らかにした。「OSHAはベリリウム暴露をめぐる問題の深刻さを理解しており、パブリック・シチズンとPACEの9月3日の要請を慎重に検討している。ベリリウムの有毒作用については深く懸念しており、適切な行動を決定するため、潜在的危険性のある労働環境への対処方法を検討にとりかかっている。われわれの最大の懸念は、この物質に暴露している労働者の安全と福祉であり、暴露が労働者とその家族に与える影響である」

対策に乗りだしたエネルギー省

エネルギー省はOSHAの規則決定を待たず、同省または請負業者が管理している同省施設で、慢性ベリリウム症予防プログラムを開始した。「不透明さに対処する方法とは、安全性を強化することです」と語るのは、エネルギー省環境・安全衛生課(メリーランド州ジャーマンタウン)の労働衛生専門家、ポール・ワムバッハ氏である。

このプログラムは、1立方メートル当たり0.2マイクログラム(8時間の時間荷重平均)になると事業場の警戒態勢と制御を開始する。具体的には事業者に対し、許容暴露限界値の測定と維持、暴露労働者を最小限におさえるための計画を含めた詳細なプログラムの策定を義務付けている。

有資格の労働衛生専門家など、適切な人物がベリリウムへの暴露モニタリングを管理することも義務付けられている。この規則では、大気中にベリリウムが存在する可能性のある区域での初期モニタリング(個人の呼吸域での標本採取を通した労働者の暴露限界値など)、気中濃度が対策開始水準以上の区域の労働者を対象とした定期的な暴露モニタリング、条件が変化した場合の追加的な暴露モニタリングを求めている。事業者は、ベリリウムに暴露した可能性がある、または暴露しているか、暴露する可能性のある現役労働者が利用できる、自主的な健康診断プログラムも実施しなければならない。

エネルギー省のプログラムと同程度の包括的な内容になれば、大工などの補助的労働者の暴露を抑える効果が高まるだろう、とエネルギー省の委員会メンバーだったシアトルのコンサルタント、クヌート・リンゲン氏は語る。リンゲン氏はAFL−CIOの労働者権利保護センター(ワシントン)の代表を務めた。

「エネルギー省の現場では、今後は請負業者や孫請け業者の作業内容にもっと注意を払うべきだと思う」と同氏は主張する。同氏は、請負作業の開始の前に大気中のベリリウムのモニタリングを行い、保護の体制をとれるようにした方がよいと考えている。そして「労働衛生面でのモニタリングのほとんどは壁と床が対象で、屋根、梁、狭隘なスペース、下張り床は見過ごされてきた」という。

測定の方法

企業は、必要とする情報の種類に応じ、さまざまなエアサンプラーを使用すべきだとマーク・コランツ氏は語る。同氏はベリリウム・メーカーのブラッシュ・ウェルマン社(クリーブランド)の環境・安全衛生担当副社長である。同社では頻繁に日常的に測定を行い、さまざまな業種、職務分類、作業区域での水準の幅を把握し、適切な制御方法を決定している。

個人サンプラーは、当該労働者の呼吸域で8時間標本を採取している。ハイボリュームサンプラーを使用し、短時間の呼吸域標本をとり、大気中のベリリウムの発生源を確定する。継続モニタリングでは、一般区域について、長時間の測定を行う。

一部の企業はスワイプ方式(Swipe method)を用いて表面の汚染を測定している。設備等の表面をフィルターで拭き取り、そのフィルターを研究室に送って分析する。現在、レーザー誘起ブレークダウン分光法(laser-induced breakdown spectroscopy)を試験中で、これによって迅速な分析が可能になる。

危険性の測定

一部の科学者は、現在の許容暴露限界の測定法式はもっとも中心となる最良の予防法といえるのかと、疑問を投げかけている。「現在の基準と限度は、大気中から採取したベリリウム標本の総質量を基にしている」と語るのは、国立労働安全衛生研究所(NIOSH)の研究疫学者、クリスチン・シューラー氏である。重量はベリリウムを測定する最適な、または唯一の方法ではないかもしれないとの意見だ。現在、NIOSHが勧告している許容暴露限界値は、8時間で1立方メートル当たり0.5マイクログラムである。

NIOSHが検討中の点は、慢性ベリリウム症に対して超微細粒子が果たしているかもしれない役割である。予備調査の結果、一部の高リスクの職場ではベリリウムの質量濃度の測定では最高の値を示さなかったが、これらの粒子濃度が高いことが示された。他の研究では、皮膚を通した感作が発生する場合があるかどうかを検証している。研究室での実験では、1マイクロメーター以下の標本試験粒子(非ベリリウム)が皮膚を通過できることを示した証拠もある、とシューラー氏はいう。そして「皮膚を通した暴露が問題だとすれば、大気中に浮遊するベリリウムの測定は、暴露を調査する唯一の適切な方法とはいえないかもしれない」という。

NIOSHは慢性ベリリウム症の遺伝子的側面にも注目し、理解を深めようとしている。「最終的には複数のマーカーを特定できる可能性がある」とシューラー氏は確信している。

NIOSHの研究の一部はブラッシュ・ウェルマン社とともに行われている。共同研究もある。また他の研究において同社はNIOSHに同社の従業員への接触、事業場への立ち入りを提供している。「単に基準値を引き下げるだけでなく、測定の対象を正しく設定しなければ根本的な前進にはならない」とブラッシュ・ウェルマン社のコランツ氏はいう。

ベリリウム血液リンパ球増殖試験についての研究も行われている。コランツ氏によると、ブラッシュ・ウェルマン社は、同社独自の研究で同一の標本を異なった研究所に送付したところ、同一の研究所内部でさえ大きく異なる結果が得られることを発見した。1990年代初期と後期に、同社のエルモア工場(オハイオ州)の労働者を検査した結果、初期の検査で18人が陽性を示した。後期の検査では、このうち10人が明確に陰性を示した。「検査に欠陥があったのか、それとも労働者が感作したリ、しなくなったりするのか」とコランツ氏は問いかける。また研究では、一般国民の1%から2%が、ベリリウム業界で働いていたか否かにかかわりなく、検査で陽性を示すことも明らかになっていると同氏はいう。

ベリリウムには不明な点が多いため、企業はむずかしい問題をつきつけられる。自社の労働者を保護する最良の方法はなにか、ということである。ベリリウムを肺に入れないこと、皮膚に触れさせないこと。これが科学関係者からのアドバイスである。

出所:エネルギー省「Training Reference for Beryllium Workers and Managers/Supervisors Participant Manual」(2000年)