不測の事態に備える
9月11日のあの悲劇以後、安全衛生専門家は
労働者の安全をいかに確保すべきか再検討を迫られることになった。
資料出所:National Safety Council (NSC)発行
「Safety + Health」2001年12月号 P34-40
(訳:国際安全衛生センター)
ジョン・ディスリン
米国の生活はすっかり様変りしてしまった。9月11日から、そうした身震いを伴うような言葉を何度も聞かされてきた。引き続いて発生した郵便物への炭疸菌封入事件は、FBIが警戒情報を流し続けたこともあり、改めて戦いの現実をつきつけてくる。
テロリストの活動のせいで、職場のセキュリティに取り組んでいる他のあらゆる関係者同様、安全衛生専門家にとってもまた生活はその様相を一変した。
全米安全評議会会長を務めるアラン・C・マクミランは、委員会の第89回年次総会並びに展示会のスピーチで述べている。「9月11日の悲劇は、私たちの活動に新たな意味を与えました。安全の専門家の仕事がここで一変したのです。」
労働省のOSHA担当次官補であるジョン・ヘンショーはこれに同意して次のように語っている。「今や私たちは一層強い目的意識を抱くに至りました。テロリストの脅威にさらされ、私たちはOSHA、安全衛生専門家、また地域社会における新しい役割について検討を重ねています。私たちの任務は生活を守り、クオリティ・オブ・ライフを守ることにあります。当然ながら、テロリストがそれを意に介することはありません。」
OSHAはこれまでも事業場で発生する暴力に取り組んできたが、テロのような未知のタイプの暴力となるとOSHAにとってはまったく意味の違ったものとなる。ヘンショーによると、OSHAはテロとの戦いで組織として何ができるのかまだ明確な答えを見いだしていないが、「この問題の性格上、早急に対策を打ち出す必要に迫られる」という。
OSHAとしてはいよいよEPA、連邦緊急事態管理庁(Federal Emergency Management
Agency : FEMA)などの他の政府機関と会合の場を設ける機会が必要となってくると次官補は言う。またヘンショーは、安全とセキュリティ面の対策を検討し、その上事業場における安全とセキュリティのための法制化手続きを開始することを目的として、OSHAが実業界や労働者の団体と協議する機会を持つことも提言している。
フィラデルフィアのDay & Zimmermann LLCの社長兼CEOであるJoseph Ucciferroもまた、安全・セキュリティ専門家の役割が今後はまったく異なるものとなったと考えている。Day
& Zimmermannは、電力産業、海運業からセキュリティまでさまざまな業種にわたる21社で構成されるコングロマリットの一員である。「今回の事態がこの先どのように推移していくのか私には見当がつきませんが、各企業が自分たちの安全衛生とセキュリティの管理者および担当従業員の重要性をいっそう認識し理解を深めることになることは間違いないと考えます。」
安全プログラムの向上を
安全・セキュリティそのものが業務となっている企業でさえも、あらゆる安全衛生、セキュリティの手続きの再検討をはからねばならない。安全・セキュリティの専門家は自分たちの取る手続きに手抜かりがあるかも知れないと検証を進めており、自分たちの施設に出入りする人物に対しても以前より注意深い視線を投げかけるようになった。
記事内容早わかり
9月11日の同時多発テロという視点から各企業は自分たちの安全衛生およびセキュリティの手続きを再検討している。
要点
- 安全専門家の役割が今後はまったく異なるものとなった。
- OSHAは全国の労働者をテロリズムから守るため他の政府機関と協力することになる。
- 各企業はより厳密なセキュリティ対策を実施しつつある。
- 必要が生じた時に労働者の態勢が整っているよう会社は緊急時避難プログラムを実施している。
- 新たな郵便物処理手順が必要となる場合もある。
- 外科処置用のマスクはバイオテロから身を守る方式としては効果が疑問であると専門家が警告。
詳しい情報
ジョン・ディスリンはSafety+Healthの論説委員
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安全衛生企業が救出活動に貢献
世界貿易センターとペンタゴンでの救出・復興活動では、安全衛生用品のメーカーが大きく貢献している。数十もの企業が可能な形での援助を行うため個人用保護具を寄付し、資金と人員を提供している。
バージニア州アーリントンの国際安全防具協会(International Safety Equipment
Association:ISEA)のマーケティング・コミュニケーション担当マネジャー、ジョー・ウォーカーは次のように言う。「同時多発テロ以降、当協会の会員企業はニューヨークおよびペンタゴンにほとんど切れ目なく製品を送り続けています。この試練の時期を通じて個人用保護具の取扱業者は奮闘してきました。保護具の多くは呼吸用保護具でしたが、その他にも会員企業は労働者が直面するさまざまな危険有害要因を想定して化学保護衣、安全帽、手袋、長靴、安全眼鏡など実質的にほとんどすべての種類の安全用具を提供してきました。」
ウォーカーはさらに、多くのメーカーが呼吸用保護具をはじめもっとも需要の大きな用具の製造に力を入れるため、生産を調整していると述べた。また、協会も会員企業と協力して、個人用保護具についての情報センターとしての役割を果たし、ペンタゴン、バージニア州アーリントンの郡消防庁、それにニューヨークで、関係者が適切な供給業者を見つけ、適切な用具を選択することができるように当局者との調整役も務めるなどしたと言う。
以下のリストはこれらのサービスを提供した企業を記したもので、全米安全評議会および国際安全防具協会の情報源から作成されたものである。もし掲載漏れの企業があるのであれば、あらかじめお詫び申しあげる。
Aearo Co.
Ansell Protective Products
Bacou_Dalloz/Perfect Fit
Glove/Uvex Safety
Best Glove Manufacturing
Brookdale International
Systems
Bullard
Camelbak
Carhartt, Safety and Health
Division
Chase Ergonomics
Cove Shoe Co.
Crews Inc./River City Protective
Wear/Memphis
Glove
DB!/SALA
Draeger Safety
DuPont
Elk River
ERB Industries
Ergodyne
Frye Boots
Gateway Safety Inc.
Guardian Manufacturing
Co.
H.L. Bouton Co.
Haws Corp.
Headites Corp.
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Iron Age Shoe Co.
Jackson Products, Services
& Materials
Co.
John Deere/Florsheim
Kappler Safety Group
Kimberly-Clark
LaCrosse Rainfair Safety
Products
Lakeland Industries
Magid Glove and Safety
Manufacturing Co.
Microflex
Mine Safety Appliances
Co.
Nautilus Footwear
Norcross Safety Products
North Safety Products
OK-1 Manufacturing Co./Altus
Athletic Manufacturing
Red Wing Shoe Co.
Safe Reflections
Scott Health and Safety
Speakman Co.
Tasco Sales
Timberland
3M Co.
Water-Jel Technologies
Wells Lamont Safety Group
Wolverine Worldwide |
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ボーイング、デュポン、ユナイテッド・テクノロジーズといった企業は自社の安全とセキュリティ活動について全面的な引き締めにかかっている。しかも、これらはかなり以前からその安全衛生プログラムが有名で、その価値を認められてきた企業である。ボーイングは特に、最近本社をシカゴに移転したこともあり、自社の安全とセキュリティの施策を再評価する必要があった。
ボーイング社Shared Services GroupのWorld Headquarters & Leadership
Center Operations担当ディレクター、ロバート・ポールは次のように説明する。「(事件翌日の)9月12日に私たちはビルの他のテナントとともにビル管理会社と協議の席を設けました。それから私たちはビルテナントの委員会を構成し、ビルのセキュリティと避難計画の再検討に取りかかりました。この問題では市の行政当局、警察その他の機関との戦略的な関係を構築することが重要と考えています。」
9月11日の同時多発テロ以降、避難手順を適切に設定していなかった他のテナントとともに安全・セキュリティの問題でビル管理者と協調し、ボーイング社は従来のままでもかなり厳格なセキュリティ・システムをさらに引き締めたと、ポールは語っている。ボーイング社を訪問する人物はエレベーターや階段吹き抜けに立ち入る前に、セキュリティオフィスで名前を記入し警備員のいる通路を通らなくてはならない。ビル管理者側もまた駐車場のセキュリティを強化した。
ボーイング社の入居するビルには通常見られないものがある。数十両もの通勤列車やアムトラック車両が毎日ビルの地下を通過する。ポールはボーイングとビル管理会社が、鉄道路線の監視についてアムトラックおよびシカゴ警察当局はもとより、シカゴ市の通勤列車を運営するMetra鉄道公社と折衝を重ねているとも語っている。地下を鉄道路線が通っているケースが多いため、このことはいくつかのシカゴのビルの懸念材料となっている。
デュポン社でも9月11日から自社のプログラムの再検討に入った。デラウェア州ウィルミントンに本社を置く同社のスポークスマン、アーヴィン・リップは、同社がその安全とセキュリティの手続き全般について見直しと強化をはかってきたと言う。
リップは「警備員とパトロールの回数を増やしました。また訪問者、荷物、車両のチェックにさらに多くの手間をかけるようになりました」と話す。「危険有害物はすべて移動し、当社の敷地内に置くようにしました。以前は保管用に離れた施設を利用したものですが。監視能力も拡大し、以前は4〜5カ所あった通用門を1カ所に集中させ、当社施設への立ち入りを制限しました。」
また、デュポン社は同社の化学工場が河川に沿って立地している場合が多いことから、地元警察当局および沿岸警備隊と協力して活動していると言う。さらに、同社は安全とセキュリティ情報を米国化学工業協会やダウ・ケミカルのような同業他社と共有するべく、法務省および同協会と協力して活動してきている。
リップは、上記発言に続けてすぐ、デュポン社が長年にわたり安全とセキュリティの施策を数多く実践し、また安全・セキュリティの向上とそのプログラムについて9月11日以前から複数の組織と協力してきたことも指摘した。「デュポンの創業以来ずっと安全とセキュリティは優先事項であり続けましたが、デュポンの経営上層部は当社の従業員と業務の継続的な安全を確保する多様な戦略を検討するため協議を重ねてきました。わが社の安全、衛生、環境およびセキュリティの担当者は皆記録を欠かさず、自らの職分を果たしています。」
コネチカット州ハートフォードのユナイテッド・テクノロジーズの安全衛生プログラムマネジャー、エド・バラカイツは、各企業が安全責任者に対し、さまざまなセキュリティ活動においてもっと積極的な役割を果たすよう要請しているという話を耳にしたと言う。「全米安全評議会のアトランタでの総会並びに展示会で、私は多くの安全衛生専門家から企業のセキュリティ部門と協力している、あるいは企業が自前でセキュリティを確保するほど規模が大きくない場合、それを安全衛生専門家の手に委ねることになるとうかがっています。」
輸送における懸念
安全・セキュリティを維持する上で、ビルや労働者については数多くの課題が浮かんでくるが、輸送の問題はさらに大きな課題を突きつけてくる。トラック、航空機、船舶などを守るのはさらに困難なことであるというのがその主な理由である。
マイアミのRyder System Inc.の社長兼CEO、グレッグ・スウィーントンは、Ryder社設備だけでなく、クライアント向けの製品出荷を調整・監視する活動を強化していると言う。原料を移送することはないものの、Ryder社は原料調達業務の調整、越境輸送に関する方針の強化、FBIとのより緊密な連携活動を進めていると同氏は語る。「当社は得意先のユーザーのみを貸出先としていますが、車両の貸し出しについて規制をいっそう強めました。その上、当社は車両の現金支払いでの貸し出しは認めていません」と、スウィーントンは述べている。 
全米安全評議会も災害救援活動に支援の手
全米安全評議会は、9月11日のテロ事件により財産に損失の出た可能性のあるマンハッタン南部の企業および住民向けに安全衛生情報を提供するため、通話無料のホットラインとウェブサイトを開設した。電話番号は800-672-4692、ウェブサイトのアドレスはhttp://nsc.org/issues/nychelp.htm.となっている。
同評議会は、事件後通常業務を再開するに当たって安全衛生上の危険有害要因および予防策に関する詳細情報が、小企業および住民に対して確実に行き渡ることを望んでいた。ツインタワーの崩壊後、損傷した建築物からのアスベストなどさまざまな大気・水質汚染物質の放出、および電気・ガス設備からの危険有害要因について懸念が広がった。
全米安全評議会会長を務めるアラン・C・マクミランは、次のように語っている。「ニューヨーク市は、恐るべき悲劇の後に災害対応活動を実行し指揮する上でめざましい働きを見せました。評議会としては、市当局が提供したサービスと情報に目を向けていただくよう、また新たな情報を必要とすると思われる企業や住民に向けて当評議会としてできるかぎりの情報提供に務めるため、このホットラインとウェブサイトを提供しています。」
質問があれば安全衛生専門家が待機して答える態勢となっており、またいっそうの支援を求めるためニューヨーク市当局の担当に回す場合もある。
また、同評議会ではイリノイ州マックヘンリーのTrench-Itで安全責任者を務めるカール・グリフィス、全米安全評議会のユーティリティ・ディビジョン・マネジャー、リック・バルピッタの著した"Effective
Emergency Response Plans"(「効果的な緊急事態対応計画」)と題する緊急事態対応に関する白書を発行している。この文書はあらゆるタイプの災害について会社が想定し準備するための実行計画を提示するものである。この白書は評議会のウェブサイトに掲載されている。
その他の入手可能な有益な文書としては以下のものがある。
- "Basic safety and Security Inspection
Checklist for Public and Commercial Buildings"(「公共および商業ビル向けの基本的な安全・セキュリティ検査のためのチェックリスト」)
- "Ten Point Checklist for Emergency Preparedness"(「緊急事態対応度を測る10項目チェックリスト」)
- "Evacuation Systems for High-Rise Building"(「高層ビル用避難システム」)
上記に加えて、評議会のライブラリーについて簡略に調査した結果作成された、緊急事態対応度に関する100を超える文書を記載したリストがある。FBIの不審郵便物に関する勧告も閲覧することができる。
また評議会は、National Fallen Firefighters
Fund(全米殉職消防士基金)のために、約4000ドルの寄付金を集めた。
イリノイ州デ・プレーンズのAmerican Society
of Safety Engineers(安全性工学協会)でも、災害チェックリストと行動項目についての文書を出している。災害に見舞われた施設に労働者の立ち入りを許可する前に、事業者が検討しておきたい提言として以下のものが挙げられる。
- 構造上のセキュリティ:施設に人が立ち入る前に建物が構造上万全であるかどうか、正式の資格を持つ専門家の評価を受ける。
- 清掃・整備安全:清掃・整備と業務再開手順を安全で衛生的な手法で実施すること。労働者にも、事業者にも適切な個人用保護具の選択と使用に関し訓練を施す。
- 大気の質の評価:アスベストその他の化学あるいは毒性物質がないかどうか調べるため事業場の環境空気の検査を確実に行う。
- 固形/有害廃棄物の除去:破損したガラス、がれきその他尖った角のある物質を収集し処理する。固体廃棄物処理は、ことに有害廃棄物が含まれる場合は重大な問題である。適切な処理を確実に行うため、清掃・整備を開始する前に廃棄物処理問題の評価を行う。
上記の課題に関する詳細については、安全性工学協会のウェブサイト(www.asse.org)を参照のこと。
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デュポン社のリップは9月11日の事件以降自社の輸送方針を再評価してきたと言う。「当社は自社のトラック業務に従事する人員だけでなく、輸送業に携わるクライアントとの協力活動にもいっそう精力的に取り組むようになっています。当社は、運転手の給油、食事、あるいはトイレのための時間以外はいかなる理由でも途中停車を認めないなど、輸送手順の一部を変更しました。今では途中で停車したり休憩したりする必要なしに、目的地に直行できるよう運転手を二人一組とする体制を取っています。」
リップによると、デュポン社は、追跡監視手順を改善する方法を検討するとともに、発送手順決定システムの検証も行った。「当社が、すでに他社が手本とする標準的手法となっていたシステムに手を加えようとしている、ということにご留意ください。それでも、現実に起こったあらゆる出来事を考えれば、自社の輸送手順が合理的に可能な限り安全であることを確認するために、自分たちの行動をあらゆる点で再検討することが必要であると思います。また、テロリストの活動は不測の事態であるからこそ効果を持つものであり、私たちは努めて不測の事態について考える必要があります。」
言うまでもなく、今回の事態で航空産業ほど手ひどい打撃を受けた輸送部門はない。アトランタ市のデルタ航空でビルディングのセキュリティおよび安全コーディネーターを担当するラリー・ネザーランドは、ハーツフィールド・インターナショナル空港のデルタ航空施設であるアトランタ・ワールドポートで安全コーディネーターを務めている。
ネザーランドは9月11日以降に実施された手続きについて多くを語ることはなかったが、航空会社がキャビンサービス、給油および化粧室サービスなどを請け負う業者を注意深く監視していると述べた。連邦航空局からの通達があり、各航空会社に対しすべての従業員の再評価とバッジによる身分証明手段の改善、従業員の避難計画の強化などを指示する内容であったとも言う。
「地上セキュリティ・コーディネーターも、従業員たちに周囲の様子を認識し警戒する方法を習得させるための訓練を進めており、また航空機に搭乗する従業員はすべて、たとえパイロットのユニフォーム姿であろうと同じように検査を受けなくてはならないことを教えている。」
「どのような計画でも肝心なことは、いざ緊急事態というときに従業員がその計画を熟知しており、活用できるということです。」
ボーイング社、ロバート・ポール
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避難計画の綿密な検討
セキュリティの厳格化に加えて、ボーイング社はよく訓練を積んだ効果的なビル避難計画を妥協することなく策定していくと、ポールは語っている。同氏によると、シカゴに本社を移転する前に、昨春シアトル一帯を地震が襲ったとき避難計画を首尾良く実行することができたと言う。
ポールは次のように明言した。「どのような計画でも肝心なことは、避難がテストであれ、私たちが地震を体験したときのように実際の出来事であれ、いざ緊急事態というときに従業員がその計画を熟知しており、活用できるということです。実際のところ、本番の危機では人間はさまざまな行動を取るものですから、地震は結果的に良いテストの機会となりました。地震があったおかげで、自社の避難システムがどのように機能したか、従業員の反応がどのようなものだったかを直に見聞することができました。」
ボーイング社のオフィスはシカゴの新しい建物の最上部15階を使用しているため、同社にとっては他のテナントと協議の場を持ち避難計画を編成することが重要だった。
ポールは次のように語っている。「当社の下にテナントが入居しておりビルから避難する際にはそこを通り抜けて行かなくてはならないので、当社の計画を他のテナントと調整する必要があります。他のテナントの皆さんとビル管理会社にはその点よく理解していただいており、協力していただいています。共同作業を進めることは全員の利益につながることを皆さんは理解しています。9月11日以降、不測の事態に備えることの重要性を誰もが理解し、その意味で何か役立つことがあれば進んで行うであろうと思います。大事なことは、これから1年、2年、5年と経つうちに人々の反応がどのようになるかという点です。人間というものは時とともに関心が緩んでしまいがちです。」
したがってビルのテナントが組織的に活動し、協議し、安全、セキュリティおよび避難計画を策定し実践する必要がある。ポールは、ボーイング社が避難の監督を務め、傷害についての情報を受け、ビルの状態についての情報を受け、緊急対応要員と対話するビルディング・コーディネーターを社内に配置していると語る。各フロアにそれぞれフロア・コーディネーターがおり、さらに各フロアの4分の1、もしくは各コーナーを監督する「フロア・スイーパー/ヘルパー」という担当者を4人配置する。緊急避難が必要となった場合、スイーパーはオフィスにも小部屋にもトイレにも人がいないことを確認しながら各自のコーナーからビルの中央へと移動する。人々が階段を素早くしかも用心して降りていくように、またエレベーターに乗ることがないように階段の吹き抜けには2人の要員が置かれる。「ボーイング社ではこうしたビルディング・コーディネーター、フロア・コーディネーター、フロア・スイーパーを養成しています」と、ポールは説明する。
「訓練された担当者は今度は持ち場のフロアで労動者を指導することになります。さらにフロア・コーディネーターは誰が体の具合が悪く、誰が休暇中あるいはオフィスを離れているかを把握することになります。そうして救助隊員がビルに踏み込んでそこにいない人を捜すようなことがないようにします。」
避難ではビルの中と外にそれぞれ集合場所も定めておく。フロア・コーディネーターは、労動者が集合場所を知る手助けとなるよう各フロアの番号を示す標識を身につけ、それにより緊急事態における従業員の動きを把握しやすくする。ボーイング社の工場では、関与する人員の規模が大きいため、これとは異なる手順に従う。ポールは、工場の場合、堅固な囲いや壁があるため防御の質が高く「異分子の入り込めない」防御線を保持しているので、工場の安全を保つのは比較的容易であるとしている。
全米の市民が不安に襲われているおり、ポールは、目下2つの懸念があると述べている。ひとつは従業員の教育を維持すること、もうひとつは市民が平静を保つようにすることである。ポールは次のように警告する。「危険がある場合、誰もがいらだちを覚えているため人々の秩序を保つことは困難であるかも知れません。さらに、ニューヨークのツインタワーで起こった事件を目の当たりにしているので、人々は望ましい行動を取る代わりに、ビルを一刻も早く離れようとするかも知れません。しかし、消防士が階段を上がろうとしているときに群衆が雪崩を打って脱出しようとしてそれにぶつかってしまうような事態は避けなくてはならないでしょう。」
ポールは懐中電灯、緊急対応用品、救急用具、体外式自動除細動器、水と保存食料といった備品をビル内に配備しておくことが重要とも言う。同氏は、オフィスとは別の場所にいつでも緊急時の指令センターとして、あるいは避難先として機能する施設を用意しておくことも勧めている。そこには臨時施設を設置するのに役立つ、業務に必要なコンピュータ関連用品、電話その他さまざまな供給品一式を入れた備品バッグを配備しておくべきとも言う。
OSHAによると、従業員数10人以上の会社は書面の緊急時対応計画を作成しておくことが義務づけられている。それよりも小規模の施設では計画は口頭で伝えてもよいとされる。適切な対応計画には以下の項目が盛り込まれているべきである。
- 決定を下し、対応活動を監視し、復旧業務に就く上で責任を持つ人物または部署の氏名・名称および肩書をリスト化した、指揮系統を明示する、明快な書面による方針書。
- 生命および財産に対する危険の程度を評価する責任者、さまざまなタイプの緊急事態について通告を受けるべき担当者の氏名。
- 機械設備および生産工程を停止するための、また業務活動を停止するための具体的な指示。
- 施設外の集合場所の指定、避難後に全従業員の人数を報告する手順などを含む施設からの避難手順。
- 施設から避難する前に基幹業務を停止する責務を担う従業員向けの手順書。
- 救助活動、医療義務、危険有害物対応、消火その他の事業場ごとの具体的な対応責任を有する従業員向けの具体的な研修、訓練スケジュールおよび設備要件。
- 緊急事態報告の優先的手段。
生物学的脅威
炭疸菌の胞子を封入した多数の郵便物のために、労働者、特に郵便物を取り扱う職員は一層の危機にさらされている。リップは、デュポン社がFBIの郵便物取扱指針に沿った対応を行っていると語る。それだけではなく、デュポン社は自社の指針も作成し適用していると言う。
リップは以下のように語っている。「当社では、炭疸菌事件以前からすでに対応手順を整えていましたが、今回の事態を受けてさらに改善しました。もちろん、私たちもこの事態を憂慮していますが、できるだけのことはしています。当社の郵便物取扱担当従業員は全員手袋とマスクも含め、個人用保護衣を着用できる態勢をとっています。」
しかし、医療専門家はほとんどの外科処置用マスクは炭疸菌胞子のような微生物を濾過するには不十分であると警告する。炭疸菌胞子は微小であるため外科処置用マスクを通過してしまう。
ユナイテッド・テクノロジーズのバラカイツは、同社が何年も前から郵便物のX線検査を実施してきたこと、それだけでなく考えうる汚染から労働者および事業場を守るために追加措置を実施したことを語っている。
米国郵政省およびFBIのウェブサイトでは不審な小包類取扱に関するルールについて閲覧することができる。しかし、もし不審な郵便物が事業場に届けられた場合、次の手順を守ること。
- 小包を開封するのは避ける。
- 当の小包を隔離する。
- 当の郵便物付近のエリアから人を遠ざける。
- 監督者に通知する。
- 手を洗い、可能なら石鹸と水を使ってシャワーを浴びる。
- 郵便検査官を呼び、生物学的または化学物質が入っている可能性のある小包を受け取ったことを報告する。
新たな時代にはいったことは明らかである。安全、衛生、環境の専門家の存在価値が、セキュリティ担当者と同様、今日ほど高まったことはない。労働者の安全を確保することが容易であるなどという者はいなかった。しかしまた、それがいっそう困難になると言った者もまたなかった。
人材専門家、事業場の姿勢に光明を見いだす
9月11日の同時多発テロの後、ワシントンの人材マネジメント協会は悲劇的事件以降、人材専門家および従業員がどのような意見を持っているか確かめるために会員に調査票をEメールで送付した。5,600を超える協会会員からの回答があった。
この調査の対象者には「9月11日の事件の結果、事業場で他にどのような変化が生ずる可能性があるか?」という質問が向けられた。回答者は事業場での暴力についての、また今後会社が「外部に対して開放的」ではなくなる可能性についての懸念を表明した。セキュリティ(事業場および業務状況の両方について)もまた、回答の中では関心が高かった。その他のコメントでは災害対応キットおよび災害対応計画の作成、また既存のものについてはその更新を主なテーマとしたものが見られた。
回答者はまた、外国人の扱いと市民権の侵害に関する懸念を表明し、次のような意見を述べている。
- 自社の中東系の従業員が一層消極的になってしまい、米国およびヒスパニック系の従業員はそうした彼らの精神衛生改善のためにほとんど何もしていない。
- 米国内で働く中東系および/またはイスラム教徒の人々に対する暴力(事業場でもその他の場所でも)が心配である。
- 従業員の志気が低下するおそれがある。
人材マネジメント協会は、さらにどのように従業員が事態に対処してきたか、また9月11日の事件がその業務と組織にどのような影響を及ぼしたかを質問した。
調査では回答者の54%が、自社が災害対応計画を策定していると回答し、33%が自分の会社は特に災害対応計画を整えていない、13%が知らない、よくわからないと回答している。このことから、各企業の災害対応計画策定を支援するに当たってまだまだ多くの作業を行う余地があると言える。
最後に、調査では同時多発テロで回答者の事業場または会社で犠牲者(死亡者)が出たかどうか尋ねた。6%が「いた」と答え、今回のテロ攻撃の重大さといかに多数の人命が失われたかをうかがわせた。
同時多発テロで死傷した従業員がいるか
いない 91%
いた 6%
知らない・よくわからない 3%
災害対応計画が整備されているか
はい 54%
いいえ 33%
知らない・よくわからない 13%
どのように従業員が事態に対処しているか
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人材専門家 |
従業員 |
予想よりもかなりまずい対応だった |
1% |
0% |
予想よりもまずい対応だった |
9% |
2% |
予想通りだった |
66% |
68% |
予想よりもよい対応だった |
20% |
25% |
予想よりもかなりよい対応だった |
5% |
5% |
事業場での変化*
従業員がお互いをいっそう気にかけるようになる |
66% |
組織がセキュリティ上の備えを強化するようになる |
56% |
従業員が出張旅行に魅力を感じなくなる |
52% |
事業者のセキュリティに対する期待が高くなる |
47% |
業務出張が抑制される |
37% |
労働者が超高層ビルで働くことに大きな抵抗を覚えるようになる |
35% |
危機管理についての訓練の機会が増える |
32% |
労働者は自分たちの労働環境にいっそう用心するようになる |
31% |
従業員を雇用するに当たり人物調査がいっそう厳しくなる |
23% |
災害復旧の訓練を受ける人材が増える |
22% |
災害復旧について指導的立場の者はいっそう訓練のイニシアチブに関与する機会が増える
|
21% |
業務出張は必要事項ではなく選択の自由の対象となる |
20% |
従業員は多様性についてもっと寛容になる |
18% |
労働者のプライバシーが狭められる |
17% |
テレワーク(在宅勤務)とその利用の機会が増える |
14% |
従業員は多様性についてもっと非寛容になる |
12% |
従業員の救急処置の訓練が増える |
10% |
宗教上の違いについての訓練が増える |
9% |
人材の重要性が増し、人材の外部委託は減る |
8% |
事業場の暴力が減る |
5% |
事業場の暴力が増える |
5% |
従業員がお互いにもっと距離を置くようになる |
2% |
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* 複数回答が可能
出典:人材マネジメント協会(2001年)
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