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労働安全衛生綱領案

資料出所:RoSPA発行「OS&H」|2001年4月号 p.54
(訳 国際安全衛生センター)


今月は、新たに提案された企業経営者向け労働安全衛生綱領について、RoSPAの労働安全アドバイザーであるロジャー・ビビングズ氏のコメントを掲載する。

HSCは諮問文書「経営者の安全衛生責任」で、経営者が個人として役員会の一員として、効果的な労働安全衛生管理を進める上で、その重要な役割をどのように果たせるかについての指針を示す任意の綱領を提案している。これは民間および公共機関の役員を対象としたものである。

この綱領には、以下に要約される5つの「アクション・ポイント」が盛り込まれている。

  1. 労働安全衛生について集団的指導力を発揮するにあたっての役員の役割を、役員全員が正式に承諾し、これを公表する。(これは、持続的な改善を果たすために必要なビジョンと方向性を示す責任が役員会にあることを示している。)
  2. 役員が個人として労働安全衛生を指導するうえで果たす役割を役員会が承諾する。(これは、役員が従業員の話をじかに聞き、役員の態度、行動、意思決定と組織の労働安全衛生方針および目標との間に齟齬がないようにする必要があるためである。)
  3. 役員会のあらゆる意思決定に、組織が安全衛生方針として明確に表明している安全衛生上の意図を反映させる。(これも、すべての意思決定が労働安全衛生に与える影響を計画段階から考慮する必要があることを強調したものである。例えば、経営構造の変更や下請け業者の採用などが挙げられる。)
  4. 従業員を労働安全衛生活動に積極的に参加させるために役員が果たすべき役割を役員会が認識する。(これは、法律で定められた手続きによる協議だけでなく、労働安全衛生管理のあらゆる側面で、個々の従業員に直接、関与させる必要があることを強調したものである。)
  5. 労働安全衛生に関する問題について役員会が常に状況を把握し、注意を怠らない体制を確保する。このため、役員のうち1名を「安全衛生担当役員」として任命することを推奨する。(これは、以下の必要性を強調している。すなわち、方針と実績を定期的に見直す、確実な監視体制によって年次報告書に労働安全衛生面の実績を報告する、失敗の事例や調査結果を常に把握する、すべての意思決定が労働安全衛生に与える影響に取り組む、そして監査の実施等により労働安全衛生の管理システムを効果的なものとすることである。)安全衛生担当役員を任命するということは、役員会レベルでこの問題の「担当役員」を置く必要があるとの考えに基づいている。最高経営責任者がこれに当たることも考えられる。

細部は別にして、この綱領にはまだ幾つかの取り組むべき大きな課題がある。

第一に、安全衛生を単に技術的によく解らなく、規則によって遵守しなければならない(おそらく面倒な)問題と考えている役員が依然として多いということである。いまだに多くの役員が安全衛生を「工場法」的なものとみなし、役員会レベルで戦略的に考慮すべきテーマとは考えていないとみられる。視野を広げることに抵抗を感じる人々は、レールトラック社(英鉄道管理公社)の事故例を見るだけで、安全を戦略的に捉えなかった場合のビジネス・リスクを理解できるだろう。

第二に、組織内の事故や病気の予防に対して役員がより大きな責任を負うことが可能で、負うべきであるという考えに、あからさまに反対しないまでも、懐疑的な立場をとる人が依然として多いということである。

大規模な組織ではリスク管理が複雑であるという理由から、事故防止を怠ったことに対する役員の責任を拡大することに反対し続けている人々もいる。この見解は、役員がすべてのことを見たり聞いたりすることができない以上、組織内の安全の欠如に直接的な責任を負うことはできない、ということを示唆している。この論法によれば、大惨事があったときに役員の責任を追及する人は、実際「安全ファシスト」の烙印をおされてしまうだろう。

安全性の改善を仕事とする専門家からみると、上層部の意思決定が組織のリスク管理能力の確保に極めて重要な役割を果たすことを理解しようとしないこの救い難い拒絶には、実にがっかりさせられる。安全衛生面の失敗の責任を役員に負わせることはできないとする人々は、それが1980年代以降の多くの事故調査の結果として次第に強まっている認識とどれほど食い違っているかを理解していない。その認識とは、危険に対処し、リスクを上手に管理する企業の安全管理システム能力に対するものである。Cullen(Pipe Alpha)および Sheen (Zeebrugge)の調査は、リスク管理のための効果的な方針、人材、手順をもたない組織は、文字通り「事故が起きるのを待っている」ようなものである、ということを明白に示している。現代の労働安全衛生管理の理論と実践は、効果的な防止管理を確保する手段を経営者に常時かつ直接委ねることが可能で、そうすべきであることを説得力を持って実証している。また大惨事となった最近の鉄道事故は、事故防止が不可能であるということより、経営者や政治家、さらにマスコミのリスク管理認識を大幅に高める必要があることを浮き彫りにした。

労働安全衛生における役員の効果的なリーダーシップの基本を示した今回の綱領は、相当な努力の賜物と言えよう。HSCがスタートを切ったことは賞賛に値するが、このアクション・ポイントが本当に熟慮を重ねたうえでの論理的かつ本質的な結論を表しているかというと疑問がある。これらはいずれも賞賛すべき内容だが、範囲や包含する意味も広い基本的な原理に関するものがある一方で、個人の姿勢に関するものもある。

たとえば、「適切な安全衛生管理システムを確保する」ことは企業の労働安全衛生管理の根幹をなすものと考えられるが、アクション・ポイント5の添え書きについでに述べられているだけである。アクション・ポイント1は方針の設定について述べているが、肝心なのは役員が共同責任のひとつとして、どこまで組織の全般的なリスク管理システム能力を確保する役割を果たすべきかということであろう。

そこで何が要求されるかを明白に認識できない役員が多いとみられるため、方針やシステムを構築する責任を綱領の最初に述べるだけでなく、たとえば「RoSPA指針」案と同じように主な指針を説明する付帯文書をつけることもかなり有効ではないかと思われる(2001年2月号の「終章」参照)。

さらに、この綱領案では、監視、失敗から教訓を学ぶこと、および定期的な検証の必要性が強調されているが、定期的な検証結果に基づき、明確な優先順位や具体的な目標、現実的な達成期日を伴った企業全体の労働安全衛生戦略を構築する必要性についてはほとんど触れられていない。

HSC/Eは現在、「活力再生」プログラムの遂行に追われているため、役員会レベルでの労働安全衛生面の指導力に関する既存の最良の慣行についての広範囲な調査とベンチマーク化を行う十分な時間がなかったとみられる。今後の協議に期待したい(それは依然としてHSEの大きな強みの一つである)。

本文が印刷にまわされている頃には、HSEは綱領案に関する意見の受付けを締切っている予定だが、協会は本文の読者の反応を参考情報として歓迎するだろう(コメントはEメールで、RoSPAのRoger Bibbingsまで、アドレスはhelp@rospa.co.uk)。  



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