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ベーカリー労働者

資料出所:The Royal Society for The Prevention of Accidents(RoSPA)発行
「OS&H」|2001年2月号「this Working Life」より
(訳 国際安全衛生センター)


ニック・クックは、ベーカリー労働者が遭遇する危険に注目した。

ベーカリー業界の安全および衛生上の課題に取り組むに当たっては、パートナーシップは重要なキーワードである。ジョン・サンダースは、それをよく知る立場にある。パン製造業者連盟(Federation of Bakers)の雇用問題担当役員として、彼は、パートナーシップの構築と活性化に努めることに多くの時間を割いている。そして、そうしたパートナーシップの恩恵を受ける最も重要な領分のひとつが安全衛生である、と彼は言う。

パン製造業者連盟は、イギリスの9つの主要パン製造業者を代表する同業者組合である。加盟業者は計61ヵ所のベーカリーを運営している。全体の売上は20億ポンド、22,000人の労働者を雇用する。

この組合はパン製造業界の一大勢力ではあるが、業界全体を占めている訳ではない。この連盟は、メインストリートの販売店やスーパーマーケット内のベーカリーなど、小規模のベーカリーを代表するものではない。これらのベーカリーは全英パン製造職人協会(National Association of Master Bakers)やイギリス小売組合(British Retail Consortium)に加盟している。

しかし、業界全体を代表していないとはいえ、パン製造業者連盟は、業界全体にわたるパートナーシップの推進に一役買っている。

その一環としての、事業者、労働組合、安全衛生庁(HSE)が四半期ごとに一堂に会するパン製造業者連絡委員会安全衛生会議(Health and Safety in Bakeries Liaison Committee)の主催は重要な活動手段である。この四半期会議は、ロンドンのシアターランドの中心部に位置する連盟本部で開催されている。

会議は毎回午後いっぱい続き、会議を企画するだけでなく書記も務めるジョン・サンダースにとって議事録はかなりの分量に達する。会議には、ベーカリー業界だけでなく、ビスケット、ケーキ、チョコレート、菓子製造業の代表も参加している。

パン製造業者連絡委員会安全衛生会議が広範な業者によって構成されていることで、業界全体の安全衛生面の課題に十分に対応できるパートナーシップが築かれているといえる。

健康面での大きな課題の一つは、取り扱う材料そのものにある。小麦とともに小麦粉も、イソシアン酸塩、木くず、グルタルアルデヒド、樹脂、にかわ、ゴム樹液、実験動物と並んで職業性喘息の8大原因のひとつにランクされている。症状は喘息、胸の狭窄感、息切れ、咳などである。

委員会のあるメンバーは製パン職人の喘息が肉体の衰弱をもたらすと確信している。ロニー・ドレーパーはリバプールのある大手企業で10年間働いた経験がある。彼は1999年10月以降、全国パン製造業者食品・同業者組合組合長(National President of the Bakers Food and Allied Workers Union)に加えて、同組合の全国安全衛生担当役員(National Health and Safety Officer)を務めてきた。

「わたしは、ベーカリーで働いた結果、小麦粉アレルギーになってしまったある女性の事例が忘れられない。彼女は、仕事を辞めざるを得なかった」。

しかも、ロニー・ドレーパーが説明するように、その影響は仕事だけにとどまらなかった。「外出している時でも、彼女はパン屋に入っただけで症状が出るほどだった。まるでレンガ壁に行き当たってしまったようだったと、彼女は表現した。思うに、彼女にとって、それは当たり前の生活から彼女を隔てるレンガ壁だったのだ。現在、買い物はほとんど夫がしている」。


論より証拠

小麦粉が喘息の原因となりうることに疑問はないとしても、特に補償がかかわってくる場合、証明することは必ずしも容易ではない。ロニー・ドレーパーの組合の訴訟原告を代表するウィットルズ法律事務所所属の弁護士、デービッド・ロジャースは、こう説明する。「問題は、患者がベーカリーに働いていたという情報だけで医師が喘息を小麦粉のせいにすることがよくあるということである。それを法廷で立証するのは必ずしもそれほど簡単なことではない。その人は喘息になりやすかったのかもしれない」。

ロジャース氏はさらに、人が「先天性の」喘息に苦しんでいて、さらにその上にベーカリーでの仕事に起因する喘息が重なった場合、診断はさらに複雑になる可能性があると説明する。こうした場合、訴訟の観点から、原因を特定することは非常に困難となる。

「医学的証拠が鍵となる。まず発症パターンを探らなくてはならない。症状と仕事は関連性があるか? 症状は週末や休日中に緩和または消滅するか? 肺機能検査は、仕事との関連性を示す上で役に立つことがある」。

スキン・プリック(皮膚をちくりと刺す)検査も喘息の原因究明に役立つことがある。しかし、それは必ずしも決定的な手段ではない。ロジャース氏は、スキン・プリック検査が陰性と出ても、必ずしも小麦粉の影響はないとは言えないことに注意しなければならないと指摘する。「症状は添加物によって引き起こされる場合があるが、添加物に関する情報を得ることは必ずしも容易ではない」。

少量の浮遊アレルゲンに患者をさらす、気管支についての誘発試験を行うことも可能である。しかし、「それがかなりのリスクをもたらす場合があることが明らかなので、医師は、このテストを行うことには非常に消極的になる傾向がある」と、ロジャース氏は言う。


最大暴露限界

職業の喘息と小麦粉との関連性を立証しても戦いは半ばにすぎない。次の段階として雇用する側の不注意の立証がある。労働者は過度の濃度の浮遊する小麦粉にさらされたかどうかが問題となる。

ロジャース氏は言う。「我々は、裁判で提訴するからには勝つことができることを確信しなければならない。どの訴訟も組合の資金を使う。ときには、我々が患者や組合に、我々の見解として、補償請求の根拠が不十分であると助言しなければならない場合もある」。

小麦粉の危険性を認識したHSEは1998年に化学危険警戒通知(CHAN)を発した。浮遊小麦粉粉じんへの暴露に関する最大暴露限界値(MEL)について勧告がなされ、MEL推奨値は1日8時間労働の場合平均10mg/m3である。30mg/m3の短時間暴露限界値(STEL)も検討中である。

ロニー・ドレーパーはこの限界に関して次のようにコメントしている。「労働組合として、我々はMELを歓迎する。しかし、暴露がゼロである方がいいことは明らかだ。我々はMELの場合、法的な要件はMELまで暴露を低減するというものでなく、合理的に実行可能なレベルでMELをはるかに下回るようにするものという事実を認識し、気を取り直しているところだ。したがって我々は、一層の削減を要求していくつもりである。小麦粉はまた、その中にアレルギーの原因となる添加物を含んでいる。製品を改善するために添加された酵素、α-アミラーゼはすでに喘息原因物質(asthmagen)と認識されている。我々はまた、別の添加物、カルシウム・プロピオン酸エステルについて関心を持っている。我々のメンバーからは、この化学物質を扱うとき、咽喉が痛くなったり鼻から出血することさえある、との苦情が出ている。いまのところ、証拠は証言にとどまっているが、我々は、この添加物をもっと徹底的に調査すべきであると考えている」。

しかし、小麦粉紛じんを吸い込んだ影響は喘息だけにとどまらない。鼻炎(くしゃみや鼻水)、結膜炎(目がかゆくなったり、充血する)、気管支炎(咳や痰が出る)の原因の可能性もある。

もちろん、小麦粉紛じんが呼吸器障害を引き起こすのは、浮遊して吸入される場合に限られる。だが残念ながら、この種の粉じんの粒子は比較的細かいので、容易に発症する可能性があるのだ。

ベーカリー内の作業でも、特に他の作業より粉じんにまみれる機会の多いものがある。HSEは最近出版した小麦粉紛じんに関するリスクアセスメントの中で、主に疑われる作業を挙げている。

小麦粉の袋を引き裂くように開封する、袋を傾けて中身を空ける、小麦粉をふるいにかける、重さを計る、小麦粉をドライ・ミキシングするといった作業はすべて小麦粉紛じんが空気中に撒き散らされる可能性がある。HSEの測定では、ミキシング作業で暴露が30mg/m3以上にもなり、ある条件下の分配や清掃作業では400mg/m3以上もの数値を示した。加工装置の手の届かない部分に粉じんを吹き飛ばすため高圧空気を使用した場合、空中に浮遊する小麦粉紛じんのレベルは飛躍的に高くなる場合がある。

手作業のベーカリーや大きなベーカリーのペストリー室(pastry room)では、小麦粉紛じん浮遊の最大の発生原因は粉じんを払い落とす作業(掃粉)である。例えば、パン生地が加工機械を通り抜ける前に軽く粉をふっても、掃粉が生じる場合がある。小麦粉は、製品のすべりをよくする役割をする。一部の小さなベーカリーは、パンを焼く際に小麦粉を使用せず、代わりに半焼きのパンを買い、オーブンの中で加熱することにより完成する。しかし、そこでも、労働者は、浮遊する小麦粉紛じんにさらされる場合がある。

ジョン・サンダースは次のように説明する。「多くの自家製ベーカリーがブルーマー(bloomer)のような伝統的なパンを好む。これらの製品の多くは素朴な外観を与えるために正確な取り扱い技術もなく小麦粉が振りかけられ、深刻な暴露につながる可能性がある」。

水で湿らせるのは、小麦粉が単に生地になってしまうだけだから、粉じん抑制の手段としてあまり現実的ではない。

衛生の観点からは、浮遊する小麦粉紛じんへの暴露を予防することが最大の課題であることは明らかである。サンダース氏は、業界はその課題に対応できると考えている。彼は、パン製造業者連盟に対して次のように語る。

「我々は、すべてのメンバーが浮遊小麦粉に関して提案されたMELをクリアできるという自信を持っている。我々は過去2年間に必要な作業を完了した。若干の仕事がまだ残ってはいたが、これは、いくつかのところで換気設備を設置することであった。しかし、最も重要な課題はスタッフの姿勢を変えるための意識向上だった」。

第一歩は研修パッケージを作成することだった。「Breathe easy」(健やかな呼吸)と題するビデオで、浮遊粉じんがどのようにして特定の作業から発生するかを非常に明瞭な形で示した、さらに重要なのは、その適切な取り扱い技術を示したことだ。労働者がこれらの技術を用いれば、大気に拡散する粉じんの量を最小限に抑えることができるのである。

例えば、ハンド・ダスティング(手で生地に小麦粉を広げる作業)は、砂糖シェーカーのような器具を使用して小麦粉を広げるとはるかに上手くいく。ビデオでは、小さく無理のない動作で小麦粉をゆっくり広げるべきことが示された。力を入れるほど動きが大きくなり、その結果粉じんがもうもうと発生してしまう。

機械の隠れた部分の清掃に高圧空気を実際に使用しなければならない場合は、粉じんの飛散を最小限にするために吸引式の掃除機を使うことが望ましい。

ビデオにはトレーナーノートと選択式問題集が1冊ずつ付いている。問題集は、教材についての理解度をテストするのに役立つ。また図解入りの小冊子「ベーカリーでの粉じん制御と衛生監視ガイダンス(Guidance of dust control and health surveillance in bakeries)」も付いている。

このパッケージは全国パン製造職人協会およびHSEの支援を得てパン製造業者連盟が作成した。また、パン製造業者連絡委員会の安全部会とも十分な協議が行われている。


どこにいても清潔に

関係者の協力によってビデオが制作され、その後全世界で販売されたことは、この関係する人達のパートナーシップの実行力を物語っている。

サンダース氏は次のようにコメントしている。「我々がこのビデオを制作したのは、労働者が安全に業務に従事できるよう研修を行うためだ。それは実質的に、行動的アプローチの一環である。我々にとって、これは重要な要素である。浮遊粉じんの測定結果は、人々が現実に仕事を進める方法がきわめて重要であることを証明している。適切な技術を用いて仕事をすれば、粉じんの暴露は劇的に減少する。しかし、重要なのは人々を参加させ、これらの技術を取り入れるようにさせることである」。

ベーカリーは、小麦粉紛じんの吸入に加えて、他の多くの業界が直面するのと同じ安全衛生上の問題に立ち向かわなければならない。その中には筋骨格系障害があり、また転倒;墜落・転落がある。前者についてはすでにガイダンスが設けられている。後者については「どこにいても清潔に」のモットーが行動面のアプローチを強調している。ある小さなベーカリーはHSEのシェフィールド研究所と協力して、スリップ事故を少なくする最良の靴と床面の組み合わせを明らかにしている。床は濡れたり、粉で覆われたり、パン生地が付いていたり、これらの条件が重複していたりするので、答を得るのは容易ではなかった。

請負業者の安全も非常に大きな課題である。建設業界の例にならい、パン製造業者連盟は、建設安全認定方式(Construction Safety Certification Scheme)をおおよその範として作成したパスポート方式を採用している。しかし、ひとつ大きな違いがある。CSCSは、すべての建設労働者に適用されるが、パン製造業者連盟の方式は請負業者のみを対象としている。

方式採用の決定は、手堅い実用主義に基づいておこなわれた。「連盟のメンバーは、請負業者に安全指導を行うのに費やされる時間に不満が募っていた。ときには、指導が作業より長くかかる場合があった。それから、ベーカリーを訪れた請負業者が前日に別のベーカリーで、同じ指導を受けている場合があることもわかった。

「すべてのメンバーの製パン向上の機械を作っているのはイギリスでは3、4社であり、したがって現場に入る請負業者が安全衛生面で資格があることを保証するシステムを開発するのが適当と思えた。資格の証明は写真と研修の詳細が記載されたパスポートになるだろう。そうすれば、指導は各現場の安全衛生の課題にだけ絞ることができるだろう」。

パスポートを取得するために、請負業者は指定されたIOSHコースを受講し、合格しなければならない。請負業者の場合、それは1日の安全作業講習となる。監督者の場合はIOSHが運営する5日間の安全管理(Managing Safely)講習で合格しなければならない。請負業者については、その見返りとして得られるのは単にベーカリー業界の枠にとどまらずに認定される資格である。

もうひとつの要素に安全衛生監査コースがある。2002年1月から、ベーカリー業界にサービスを提供するすべての請負業者はパスポート方式に登録するだけでなく、安全衛生の監査を受けなければならない。この監査は、請負業者の手続きおよび方針をチェックするものである。方式全体は、パン製造業者連盟を本部として運営される。

ジョン・サンダースは次のようにコメントしている。「我々のすべてのメンバーがこの方式を受け入れている。我々は、請負業者のもとで働く人のレベルが上がるだけでなく、請負業者自身も安全衛生対策に確実に努めるようにしたかった」。

請負業者の側も方式に熱心に取り組んだ。請負業者は、自分達の限界を安全と衛生に時間を割かない不安定な企業を業界から脱皮する一手段と見たのである。

サンダース氏は言う。「我々は第一級の方式がある。それは一挙両得の状況である。ベーカリー労働者の安全性も請負業者の安全性も高まり、事故は減り、したがって機械が止まる時間も減少するだろう」。

すべてのベーカリーには、現場を訪れる請負業者がパスポートを保有していることを確認する義務がある。現在、方式は大手請負業者のみをカバーし、これは請負業者全体の20%で9社のメンバー・ベーカリーの請負業務の80%を占めている。しかし、最終的にはすべての請負業者を対象とする予定である。

「あるメンバーが指摘していたが、ちょっとした溶接作業を行うのに1人だけで来て全部すますようなケースでは問題が起きる可能がおおいにある」。

安全衛生のためのパートナーシップに不可欠な要素は労働組合である。パスポート方式に関する限り、ロニー・ドレーパーはこれを大いに支持している。「我々はこの方式を歓迎する。我々は、これをすべての労働者に広めたいと思う」。

このほかすべての労働者に広めたいことに、労働組合を通しての意志表示がある。大手ベーカリーの労働組合は発言力があるが、小規模なベーカリーの多くは労働組合を認めていない。これは残念なことだ。統計は、労働組合があれば災害発生率がかなり減少することを示している。

ロニー・ドレーパーはデービッド・ロジャースとともに、多くの時間を割いて各地のベーカリーを訪ね、地元の組合代表者に研修を実施している。彼は建設業界でのUCATT同様、代表者だけでなく全労働者向けに安全衛生研修を提供する機会をもてれば良いと思っている。

安全と衛生の向上について、彼はお気に入りの言葉を引用する。「あなたが考えていることが不可能だなどとは絶対思わないことだ。常に想像もつかないこと、達成しがたいことを考えよう。最後には、それらは達成できるものになる」。



*訳注)グルタルアルデヒド----内視鏡、ゴムやプラスチック製品などで加熱殺菌できないものの殺菌に用いる化学物質、また皮のなめしに用いる。