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労働衛生倫理

資料出所:The Royal Society for The Prevention of Accidents(RoSPA)発行
「OS&H」|2001年2月号「Health in Practice」より
(訳 国際安全衛生センター)


労働衛生の現場に立つ産業医医は、しばしば、「自分は今いったい何をしているのか」という倫理面での懐疑に陥ること再々である。倫理的ジレンマの解決策を法令に見出せない場合、当人の判断に依る場合が多い。我々労働者としては、医者のモラルが我々を護ってくれることを願うばかりである。我々も若くはないので、早く、政府の労働衛生部の行政が動き出すように持っていかねばならない。

産業医が直面する問題について、エリザベス・ゲーツが、検討する。

一般開業医であるMadhusudan Shivadikar(71)博士の最近の事件はいくつかの普遍性のある倫理的問題を浮き彫りにした。2000年11月、イギリスでも最大級の急性B型肝炎の流行を受けて、Shivadikar博士は過失は認めたが、職業上の重大な違法行為は否定した。

B型肝炎はHIV、結核、C型肝炎とともに、1997年一般医療委員会(1997 General Medical Council )ガイダンスで「重大な伝染病」――人間から人間に感染し、重病または死に至る可能性のある疾患――に分類されている。最良の医療処置のルールは次のことを強調することで、明確に述べられている。「患者はすべて、その疾病の性質や病状にかかわらず、優れた水準の医療処置を受ける権利がある」。

このルールとして次の事項がある。

  • 患者を責めない
  • スタッフおよび第三者(患者または社会)の自衛および保護のための合理的な措置を講ずる
  • 現行の知識を最新のものにしておく
  • 「安全に」作業し、また1994年の衛生に対する有害物質の管理規則(Control of Substances Hazardous to Health Regulations 1994)やその他の労働安全衛生法規など、適切な伝染予防措置を導入する
  • 「内部告発」も必要である。
  • 誰であろうと、感染した医療従事者から患者を保護する

Shivadikar博士は、自己血液療法、つまり彼がアレルギーを取り除くと主張する代替治療で、患者から血液を取り、それを食塩水で薄め、これを「ワクチン」として身体の圧点で再注入する治療を施したとき、いくつかの点で過失があった。それは次のような誤りであった。

  • 針(別の患者が使った)を再使用した
  • 共用の瓶を使用した
  • 基礎的な伝染防止保護具となる手袋も上衣も着用していなかった。

GMCの専門家運営委員会における公聴会で、Shivadikar博士が無資格の上、訓練も受けていない娘のミリアムが皮膚切開作業を行うことを許していたことも明らかになった。博士も娘も、B型肝炎に感染している。

報告書は、汚染された医療ノートについても伝えている。記録が不十分。医療用具は石鹸水を使ったクリーナーで洗っただけで、殺菌されていなかった。さらに、公共のごみ収集人は、本来なら焼却されるべき血液に汚染された医療廃棄物の回収の際に、B型肝炎にさらされていた。

1997年から1998年にかけて、Shivadikar博士は北ロンドンのフィンチリー代替医療センター(Finchley Alternative Medical Centre)の唯一の開業医だったが、この期間に60人の患者が感染したと推定されている。GMC委員会がその資格を剥奪したとき、決定理由は次のように述べられていた。「消毒方法、伝染抑制、臨床廃棄物の処分を含む、基礎的な医学的処置に関するあなたのやり方は、きわめて無責任で、あなた自身、あなたの患者およびスタッフを重大な伝染病のリスクにさらした…」。

BMA会長のイアン・ボーグル博士はさらに次のように言っている。「大衆および医師界はこの医者が資格を剥奪されたことで心からほっとしたことだろう。彼の奇妙な治療法と衛生管理の恐るべき欠如は恥ずべきものだ。この人物は明らかに公衆衛生に対する脅威である」。

倫理基準は、必ずしも法的基準と同じだとは限らない。また、倫理基準の方が制定法が定める最低基準より高いことが多い。

例えば1998年公益情報公開法(Public Interest Disclosure Act 1998)は、労働者が事業者の不正行為を暴露する場合、事業者によるいかなる形の差別あるいは解雇からも保護されると規定する。こうした「不正行為」は、犯罪的行為、法律違反、誤審、安全と衛生への危険、環境への損害、または上記のいずれかに関連した情報の意図的な秘匿につながる場合がある。これは、「内部告発」法として知られるようになった。しかし、正確にはいつ、どのタイミングで内部告発すべきかという点が問題となる。

重大な伝染病の場合もこの問題がクローズアップされる。毎年、王立看護協会のEPINet調査(2000年)によれば、10万人を超える医療専門家が注射針による傷を受ける。針が汚染されている場合、医療従事者がB型肝炎に感染するリスクは1/3、C型肝炎に感染するリスクは1/30、HIVに感染するリスクは1/300である。針傷によって起こるストレスや不安は推定によるしかないが、考慮されなくてはならない。。

こうした状況から、感染防止手順におけるちょっとしたミスでも重大な事態になり得るので、偶然それを知るに至った医療従事者に明確な告知の義務を課している。しかし、管理責任者に報告したとしても、より安全な方法が確立されていなければ、医療従事者はどうしていいかわからない。

RCNの労働安全担当スポークスマン、キャロル・バニスターはこうコメントしている。「NHSで働いていると、公衆、すなわち患者の安全について余分とも言える側面が常に存在する――それは公表できることとできないことに影響を及ぼす。しかし、たとえ労働衛生部門(OHD)が、誰かがある仕事を行うのに適当ではないという事実に注意を促しているとしても、その理由を明らかにする義務はない。そしてもし、誰かが自分達の問題を認めることを拒絶し、告発されて然るべき作業をやめなかったら、その人はその職務にふさわしくない。最善の方法は「交渉すること」だが、時に自分が感染していることすら認めないこともあろう。そういう事態になった場合、OHDはなすすべがない…」。

しかし、何もしないという選択肢はない。確かに、ある行為をしないことが犯罪的行為になる場合がある。医師の対応は、主にGMC小冊子"Good Medical Practice(「優良医療規範1998年」)"にまとめられた倫理・職業上の基準をより所としている。この規則は、労働衛生の専門分野を含む医療関係全体に適用される。

しかし、明らかに共通の基盤があるにもかかわらず、労働衛生倫理委員会医師会長(Chair of Faculty of Occupational Medicine Ethics Committee)のデービッド・ライト博士は"労働衛生に携わる開業医のための倫理ガイダンス(Guidance on Ethic for Occupational Health Physicians)"の序文でこう述べている。「労働衛生に携わる産業医は、他の専門医や一般開業医とは異なる役割を担っているので、その倫理基準には特別の配慮が必要である。また、雇用主や他の労働者が、産業医が医療行為を行う上での倫理的な制約を知らないことは無理もないことであり、やはりそういう特別な配慮が必要である」。

産業医にとっては次のような倫理的問題が中心となる。

  • 患者へのインフォームド・コンセントの必要性---情報は強制や脅迫がなく、自由意志で提供されたものであり、かつその時その件に関してのみ有効であること
  • 雇用主個人と労働者または求職者も含めた一般市民に対する産業医の義務
  • 秘密保持
  • 利害対立
  • 機密性のある労働衛生記録の取扱い、保存、移転における注意の必要性
  • 産業医が保健学とその応用だけでなく、安全衛生や関連する雇用法においても専門知識を維持する必要性

FoMガイダンスには職業倫理のみを扱った一章がある。その一部を紹介する。「多くの大手企業は現在、一体性、権力の乱用、利害対立、業務関係に[関する]…その業務や労働者の行動規範を文書化した倫理規定を運用している。産業医は他の労働者と同様、かかる規定を厳守することを期待され、したがって、その職業倫理と自分たちの雇用主の倫理とが矛盾しないことを肝に命ずるべきである。しかし産業医は、雇用されている場合であろうと独立した契約者であろうと、企業の活動によって影響を受ける労働者等の衛生が十分に考慮されるように企業方針に影響を及ぼす努力をする義務を負っている」。

労働衛生記録の閲覧は矛盾が起こる可能性のある明確な例である。事業者は混乱するかもしれない。事業者として、彼らは労働衛生記録の費用を払っており、いかなる形態(紙、あるいは電子)であろうと、法的にはその記録は事業者の財産である。しかし、それらの記録の内容は依然として記録をつけた作成者に所属するものであり、どのような事情があっても、事業者が雨模様の冬の晩に自宅に持ち帰り暖炉のそばで目を通すことを労働衛生部門が倫理的に許すことはない。