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職場のストレスに関する調査

資料出所:The Royal Society for The Prevention of Accidents(ROSPA)発行
「OS&H」|2001年11月号 p.38-42
(訳 国際安全衛生センター)



ピーター・エリス氏は、事業者が職場におけるストレスを見きわめるために何をすべきか、何故見きわめることが重要であるのか、さらに、もし職場にストレスが存在する徴候を発見すれば、それに対して事業者は何をしなければならないのかを明らかにします。


職場におけるストレスの問題に取り組んでいない事業者は、法令に基づいた訴追のリスクを負うだけでなく、不満をもっている従業員から民法で認められた巨額の賠償金請求を受けることになる。


一例として、ウオーカー氏とノーサムバーランド郡協議会の間で行われた画期的な裁判事例(1994年)があり、従業員の仕事の負担量がウオーカー氏を神経衰弱まで追い込んだ事実を事業者が無視した場合、どういう判例がなされたかを示している。法廷は、事業者の注意義務は従業員の精神障害まで払わなければならないことを認め、ウオーカー氏に、175,000ポンドを支払えという裁定が出た。この裁定以後、現在までに同種の裁判が大量に行われており(2000年だけで164,000件の訴追)、その結果多額の賠償金が従業員に支払われた(後述追加情報参照)。

さらに、HSE(英国安全衛生庁)の概算見積りによれば、1995年英連邦では、職場におけるストレスに起因する心理的圧迫、鬱病、不安、身体への影響によって、650万の就労日数が失われている。これをコストに換算すると、事業者にとって3.7億ポンドの損失となり、社会にとっては37.5億ポンドの損失となる。

上記の理由から、賢明な事業者は、精神障害から従業員をまもるための幅広い対策を講じることになる。


ストレスとは何か

精神的ストレスは、個人に課せられたさまざまな要求とそれらを調整するその人の能力との間に不均衡があるとき生まれる。要求が個人の全能力を活用するには不十分な場合や、逆に個人の能力を超えている状況において、ストレス状態が生じるとされている。このことは、個人の要求を確実に調整できるようになるには、個人個人は自分の仕事を管理する必要があることを意味している。要求が過剰であるか、要求が少なすぎる職場は、ストレスを生みやすい職場環境といえる。

何らかの理由で個人がこれ以上うまく処理できないと感じたとき、危険なストレスを受けているのである。この状態では、個人は脅迫されているように感じ、それが個人の体内に生理的な変化を起こすことになる。体内ではアドレナリンを血液の中に送り込み、ストレスからの逃亡か闘争症候群を誘発させる。人間は危険な状況に遭遇すると、自分自身を守るためにこのようにして進化してきた。

しかしながら、人間が働く環境下においては、ストレスの多い状況から逃亡することや闘争することが適切であるとはいえない。神秘の力を持つアドレナリンは、結果として血管の中に留まり、さらに多くの血液を主筋肉に送りこむのである。従って、消化機能が落ち、胃酸が増加し、そして免疫システムも弱くなる。


ストレスの影響

ストレスによって敵意、意気消沈、心配、ノイローゼや心身症といった精神的状態が生じる。これらの精神的障害を示す症状には、集中力の欠如、過敏症、優柔不断、抑制された怒り、無力や慢性的な疲れなども含まれる。

短期的には、ストレスはますます増加伝染していき、偏頭痛や喘息など潜在していた病気を悪化させていく。長期的には、高血圧や心臓病を悪化させていく。医学的研究により、ストレスが心臓麻痺、高血圧、消化器官の潰瘍、アレルギー疾患、糖尿病その他多くの疾患に対し重大な影響力をもっていることは明白になっている。


法令

事業者に対して職場におけるストレスに取り組むことを強制する法律は現在のところない。しかし、"職場における健康と安全法(HSW法1974年制定)"により、事業者は、合理的に実行可能な限り、職場は安全で健康的であることを保証する義務がある。さらに、"職場における健康と安全管理法(MHSWR法 The Management of Health and Safety at Work Regulations、1999年制定)により、事業者は、健康と安全に対する障害を見きわめ、従業員に対するストレスリスクを査定し、出来る限り障害を少なくし、少なくともリスクを管理するための対策を立案しなければならない。

さらに、職場における他の健康障害と同じようにストレスを取り扱わなければならない。職場ストレスに関してはその他下記の法令も適用される。

  • The Employment Rights Act 1996 (雇用権利法) 
  • The Public Order Act 1986 (公共秩序法)
  • The Protection from Harassment Act 1997 (ハラスメント保護法)
  • The Working Time Regulations 1998 (就労時間法)
  • The Disability Discrimination Act 1995 (身体障害差別法)



ストレス手引書

HSEは今までに2冊の手引書を発行している。すなわち、"従業員の健康と福利増進のための管理者手引書"と"職場におけるストレスへの取り組み:従業員のための手引書"である。

上記の事業者向けの手引書は、それが従業員に恩きせがましいものであると信じたGMB労働組合によって冷笑されてきた。特に、手引書には、"もし貴方の仕事が貴方を病気にしても、貴方の事業者が仕事の内容を変えることができないなら、最終的には勤務先を変わることを考えなさい"と述べられている。この手引書が、悪い事業者に、職場におけるストレスについて不満をもっていながらそれに対して行動を起こすことはしない善良な従業員を排除する方向に向かわせる可能性があることをGMB労働組合が恐れるのである。GMB労働組合のポール・バーンズリー氏は、"HSEから発行された事業者手引書のコピーは箱の中にしまっておくよう組合メンバーに薦めている"という。

GMB労働組合は、HSCから送られた諮問文書"職場でのストレス管理"に対する各組合からの回答書の要約をまとめた。この正式調査の結果は、職場におけるストレスに対してさらなる行動と法的な管理への圧倒的支持であった。回答者のうち78%が、ACoP法案(Approved Code of Practice)それ自体か、もっと強い法的対策の導入を支持した。
多くの管理者と、EHO(Environmental Health Officer)や警察など法律を実行する側を含む回答者の大多数は、問題点を明確にする手助けとなる、適切に規定されたACoP法案を支持した。しかしながら、HSCは現時点ではさらなる法令を制定しないことを決定した。


ストレス対応策

事業者は、職場ストレス対してその組織内のすべての人に適用できる対応策をもっていることを保証しなければならない。その対策には、ストレスが健康と安全問題のひとつであることを事業者が表明した文書による誓約を含まなければならない。職場におけるストレスを減少させ、防ぐために適切である、例えばストレスリスク査定の手続きなどを含むシステムの概要とともに、すべての階層の管理者責任と正しい管理技術を訓練することを明記しなければならない。

さらに、安全責任者の機能、安全委員会、ストレスに対する人事部と安全課の役割と責任の概要も示さなければならない。最後に、事業者は上記の誓約をまとめた文書に署名することによって、誓約を実際に示す必要がある。


ストレスリスク調査

HSE手引書に加えて、例えばEngineering Employers Federation(EEF)といった他の多くの協会が、職場におけるストレス管理について自前の手引書を発行している(後述追加情報参照)。どの協会もすべて、組織がストレス問題をかかえているかどうかを調べるストレスリスク査定を実施する必要があることに同意している。ストレスリスク査定を実施するに際して大事な方策は、障害すなわちストレスを持っている人を見きわめることである。さらに、ストレスを持っている人に付随するリスクを査定すること、正しい管理手法に基づいて適切な管理対策を決定すること、管理の効果のモニタリングを行い再吟味することと、必要に応じてストレスリスク査定のやり方を改定することである。

  • ストレスの原因を見きわめる
    ストレスが職場において大きな問題であるかどうかを知るためには、事業者は定性的方法と定量的方法を使うことができる。例えば、定性的方法には、事業者が職場を巡回する際に従業員と交わされる非公式な会話や、従業員が受けているかもしれないストレスについて彼らと話し合うことが含まれる。この方法により、いつも職場で幸福と感じていない従業員や、彼らが持っている能力を充分に発揮していない従業員のことを管理者がきちんと知っているかをみる手助けになる。

    他の定性的方法として、業務評価を実施する際にストレス問題を見きわめる方法がある。管理者はその際、一対一で個人と対話する機会がいる。グループにより問題に焦点を当てるやり方は、もうひとつの定性的方法で、グループのメンバーに問題を深く掘り下げさせ、グループで問題をブレーンストームできる利点がある。

    定量的方法には、職場におけるストレスの何らかの徴候やきざしを従業員が持っているかどうかについて従業員に質問状を回すやり方がある。しかし、この方法には利点と欠点がある。

    利点としては、組織内の広範囲の従業員の考えを入手することができる。もし良い回答が得られたらときには、統計的に信用できる情報を入手でき、同じ質問状を毎年出すことにより、各年の情報を比較検討できる。

    欠点としては、質問状は秘密を守るやり方で行う必要があり、結果を共有することはむつかしいといえる。市場で手に入る質問状の多くは、特に信用でき、有効であるとは証明されていない。従って、特別な職場で特有の質問をつくるときには、専門家の有効な助言をもらうことが比較的良いやり方である。

  • ストレスリスクを査定する
    ストレスリスクを査定するためには、事業者は、すでに特定されたストレスの原因がどのように個人、グループそして職場環境に影響するかを見極める必要がある。ストレスリスクは順位をつけた表にして、最初に取り組む必要がある、一番大きなストレス原因を特定しなければならない。危険な状態にある人々や最も危険な状態にある人々を特定し、障害が生じる可能性を査定する必要がある。ストレスの徴候を示す人や行動に変化がある人を見つけることが必要である。この段階では、専門家の助言が必要となろう。

  • 管理対策を確立する
    この段階で、すでに採用している管理対策が適切かどうかを確認することが必要となる。ストレスの原因を除き、それらから生じるリスクを減少させるため、組織を適切に変えることが必要となるが、その場合は下記を考慮すること:
    1. 会社の認知と理解をつくりあげる
    2. 業務の所掌分担
    3. 組織と人的資源の構成
    4. 管理の方式
    5. 個人の能力
    6. 手を差し出す要領

  • ストレスリスク管理のモニタリングと見直し
    ストレスリスク査定は、それが効果を生じているかどうかを確かめるためには、定期的にモニタリングを行い、見直す必要がある。さらに、業務や組織に重大な変化がある場合や、従業員がストレスやストレスに関係する病気で職場を離れた場合にもこのストレスリスク査定の見直しが必要となる。

    ストレスリスク査定のモニタリングと見直しは、リスク査定の管理が実際に実施される前と後における病気率を比較することによってできる。病気による欠勤率の減少は、大きな改善を示しているといえる。もしストレスが依然大きな問題であるなら、ストレスリスク査定のやり方を見直す必要がある。



職場復帰

現在従業員の多くは、職場におけるストレス問題を相談するため、直接事業者のところには行かず、普通の開業医のところに行っている。開業医は一定の期間、仕事を差し控える旨の証明書を従業員に発行することになる。不幸にもこのような状況で従業員の多くは、事業者は自分達の健康問題には関心をもっていない、あるいは又、自分達の職場環境について何も変えないだろうと感じて、職場には復帰しない。

ある人が職場におけるストレスで欠勤した場合には、その従業員を職場に復帰させるための対策を考察しなければならない。職場ストレスリスクに関する査定を新たに実施し、従業員の健康を失わせた組織体制側の要因に光りを当てるため、いままでやってきたストレスリスク査定を見直す必要がある。職場と家庭・余暇活動の両方に対して、従業員のライフスタイルを考慮に入れた総合的なアプローチが必要となる。このアプローチの目的は、肉体的・精神的両面において従業員の健康をできる限り元気な元の生活ができるところまで回復させることである。

大きな組織の中には、健康に関するプロの専門家を雇用して、職場におけるストレス問題(内容は当然秘密にされるが)について従業員個人と話し合いをさせるところがある。従業員の同意を得て、健康に関するプロの専門家は、職場におけるストレス問題について、事業者、従業員の組織上の管理者と従業員との話し合いを持たせる。事業者にとって同時にカウンセリングにも同席することは適切な行動である。このアプローチの目的は、従業員が職場復帰できるよう、従業員を回復させることである。

職場復帰プログラムは、従業員が仕事に戻れるために、ゆっくりと段階をへるやり方にすべきであり、それにより再発のリスクを減少させることができる。従業員は、文書化された復帰プログラムをきちんと守らなければならない。さらに、管理者、健康に関する専門家、臨床医も回復期間中及び完全復帰にまで必要とされる期間中、監視を怠ってはならない。

政府の政策は、仕事に起因する疾病発生率を減少させることを目的としている。しかし、この目的は、全ての関係者が一緒に行動することを実現させることによってのみ、成し遂げることができる。政府はそのために、事業者に職場の健康を促進させることを要求する多くの法例を提案したり、不必要な法令を廃止したり、全ての関係者に必要な技能をもつことを実現させたり、さらに組織内に健康支援する部門を設置させることができる。

事業者は、自分達が適切なストレス対策を確実に保持し、さらにストレスリスク査定を確実に実施しなければならない。組織内に健康推進部を持っている事業者は、彼らに適切な方策を必ず与えなければならない。そうすることにより、健康推進部は、自分達の職場の目的意識をはっきり持つことができ、職場に起因するストレスを受ける従業員と接触する最前線となるのである。このアプローチにより、ストレスを生じる状況が悪化する前に処理することができ、職場におけるストレスが原因で病気欠勤している従業員のために回復プログラムを創案することが可能となる。

パデイ・ブルックさんの会社(後述参照)は、職場におけるストレスに対してはっきりした目的意識をもったアプローチが有効に作用した、生きた証しである。彼らの従業員の大多数は健康で、職場に満足しており、さらに事業者と組織がこうむる財政的負担は、全体としては減少しているのである。


職場での健康プログラム成功例:

G.D.シアール社(製薬会社)の健康推進アドバイザーであるパデイ・ブルックさんは、会社が従業員の健康問題にどのように協力しているかを説明してくれた。従業員がやらなければならない作業量と、それを完了させる期限が原因で起こる職場のストレスが、会社組織内で大きな問題となっていた。パデイさんは言う、"私に明らかになった事実は、多くの従業員が自分達に障害を起こす、何らかの精神的な健康問題を抱えており、その結果生じる不十分な業務成績や病気欠勤によって失われた時間損失で、会社にとっても大きな損失となっていることであった"。

従業員が健康を害している兆候を早い段階でとらえるためには、事前にいろいろ動くことが重要であることを、パデイさんはよく理解している。さらに彼女は、従業員が自分達の抱えている問題の解決において彼女が信頼できるということ、従業員の抱えている問題を外部に決して漏らさないように彼女は取り扱うということを従業員が認識することも重要であると考えている。

従業員は健康な精神状態に戻るために、会社は欠勤による損失を減少させるために、パデイさんの手助けを必要としていた。パデイさんが助言したのは、精神療法を含む職場復帰プログラムを実行することであった。

二人の精神療法医が、必要な費用はすべて会社が負担するという契約で雇用された。パデイさんはいう、"患者に一番大きな利益を与えるためには、全体的なアプローチが重要です。何故なら、もしその原因が何であれ、患者の健康が損なわれば、職場が大きな影響を受けるからです"。 あらゆる初期的な査定と適切な精神療法医への委託が、パデイさんによってなされている。

職場復帰プログラムを実行することにより、健康を害している従業員に対する事業者の注意義務が果たされている。このプログラムは、確実な成功を納めた。プログラムは当初6ヶ月実施される予定だったが、実際には10年以上行われている。さらには、従業員が実際に良い健康状態に戻り、職場に復帰している事実と、職場の健康によって何が達成できるのかを管理者がはっきりと認識していることからも、このプログラムは高く評価できる。


(追加情報)
下記リストの書物は、HSE, PO Box 1999, Sudbury, Suffolk, CO10 2WA, Tel: 01787 881165, Fax 01787 313995, Website www.hsebooks.co.uk で入手できます。
  • 職場におけるストレス取り組み−従業員の健康を改善・保持するための管理者への手引き(7.50 ポンド)
  • 職場でのストレス−事業者への手引き(5.50ポンド)
  • 職場におけるストレス−簡便マニュアル(無料)
  • 快適職場づくり−管理者への教育と実施方法(25.00ポンド)

下記リストのWebsitesでは、ストレスを感じている従業員のための自助方法を案内している。
ストレスの被害者への賠償支払いの詳細については、今月のRisk Watchを参照ください。