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労働衛生対策の充実
ロジャー・ビビングス(RoSPA王立災害防止協会 労働安全アドバイザー)

資料出所:The RoSPA Occupational Safety and Health Journal
 「OS&H」|2002年9月号 p.55-56
(仮訳 国際安全衛生センター)


 この数年間、英国安全衛生委員会(HSC)ならびに英国安全衛生庁(HSE)は「労働衛生」を最新の安全衛生戦略の中核に据えるために尽力している。実際問題、労働が原因の疾病や労働によって悪化した健康障害は、事故よりも重大な問題になってきている(職場の事故傷害件数が毎年160万件であるのに対し、労働による疾病の発生件数は220万件に達する)。しかしながら、いまだに組織の多くが、安全衛生マネジメントの主眼に事故防止をおいている。

 過去に有害な環境下で作業をしたことが原因となって死亡する事例は、事故死に比べ桁違いに多いが、こうした事例のほとんどは、有害な環境下での作業をやめてから長い年月が経過した後に発生する。例えば、アスベストを例に挙げると、建設作業員や整備工が、ビルや機材、設備に用いるアスベストに身をさらし続けていることによって、死亡率は2020年までは上昇すると言われている。その他に、皮膚病、喘息、難聴、VWF(Vibration White Finger : 白ろう病)、職業性ガンなどの問題が、作業関連疾病の主要な部類に含まれる。
 しかし、作業関連疾病の大部分を占めているのが、筋骨格系障害(MSDs)とストレスである。両者共に、疾病給付請求件数の増加と休業率の上昇に関連している。HSEによると、毎年25,000人の労働者が健康上の理由で離職している。健康上の問題による失業者だけでなく、疾病給付を受給する労働者の増加が社会的排除を生み出しているという実情に、最近、首相も論評を加えたばかりである。
 昔から事業者に課せられた労働衛生上の努力目標は、「労働者の健康を脅かしかねない作業上のリスクを評価し、管理すること」であったが、これは労働者が健康に働けるようにし、そして彼らの健康状態を考慮した適切な労務管理が確実に行われるようにするためであった。さらに事業者は、薬物の乱用による能力の低下や、生産性や安全性に打撃を与えかねないさまざまな欠陥と取り組む必要がある。
 表彰を受けるような企業を含む多くの組織が、安全実績の向上をめざす自社戦略および目標について饒舌に語っている。しかし、労働衛生の質的向上を促すための対策を、同様の戦略的な言い回しで表現できる組織は非常に少ない。同様に、「ビジネスの健全性」について精力的に語る組織は多く、従業員を「組織の最も貴重な資産」という企業独特の言い回しで持ち上げているものの、「ビジネスの健全性」と従業員の心身の健康が直結していることを認めるものはほとんどいない。
 資産とは管理が必要なものである。それにもかかわらず、事故による傷害のレベルとそこから発生するコストについてのデータを公表する組織が、なぜ作業関連疾病の罹患率といった重要なデータや病気休業に関する基礎的データを公表しようとしないのであろうか。上位350社の大多数の企業が、「この点に関する詳細な情報を年次報告書に掲載せよ」というHSCの努力目標を拒否する背景には、こうした弱点があるからではないかと想像する。
 HSEが最近行った調査によると、労働衛生サービスを受けている英国の労働人口は最低の水準(3%未満)となっている。しかし、労働衛生上の問題に取り組む時には、ほとんどの企業が産業医や産業看護師だけでなく、インダストリアル・ハイジニストやエルゴノミスト、放射線学および微生物学の労働衛生に関する専門家、といった特定分野の専門家の助力を必要とする。
 こうした専門家たちは、採用予定者が業務に適した健康状態にあるか確認する健康診断や、妊娠中の労働者などの弱者集団等の特殊な健康上のリスクアセスメント、衛生リスク管理手段の選定、継続的なモニタリング(労働環境の監視と対象を絞った健康調査の実施を含む)などの場面で重要な役目を果たす。また、その他にも出勤管理業務や傷害・疾病後のリハビリテーションの支援、たとえば理学療法など軽い治療の提供、応急処置に関するアドバイスや労働衛生推進プログラムの開発、といったさまざまな場面で専門家たちの果たす役割は極めて大きい。
 労働衛生の専門家は、労働衛生上の努力目標の達成に多大な貢献をする重要な役割を担っており、組織は彼らとより緊密な連携を取りながら作業を行っていく必要がある(このことは、最近発行されたIOSHのガイダンス、『専門的パートナーシップ(Professional Partnership)』の中で努力目標の中心に位置づけられている)。しかしその一方で、管理者が衛生面(や安全面)の指揮において中心的な役割を果たしていく必要があることはいうまでもない。
 特に上級の管理者は、労働衛生がビジネス戦略上の重要課題であり、労働衛生の専門家たちに任せきりにするにしては、余りに問題が重大すぎることを明確にする必要がある。さらに、「すべてのラインの管理者が労働衛生に関して指揮をとり、作業上の衛生に関する課題を主体的にとらえ、チームや労働者側の代表と緊密に連携しながら取り組んでいかなければならない」ということを上級の管理者は強調する必要がある。また上級の管理者は、労働衛生の専門家を、事態が困難を極めた時に問い合わせる相手、もしくは責任を委ねる相手としてではなく、情報や知識を与えてくれる専門家として彼らを見るべきである。
 伝統的な安全衛生マネジメントのなかの「衛生」要素を正確に捉えようとする時に妨げとなるものはたくさんある。そうした障害には、以下に挙げる内容が含まれる。
  • 上級の管理者間において、戦略的な指揮系統が欠如していること。
  • 動機づけが不十分であったり、ストレスなどの特定の衛生上の問題に対し経営側が消極的な姿勢をとること。
  • 作業中の疾病を引き起こす原因は何か、様々な作業に関連した環境のなかで疾病が長期間潜伏している原因は何か、筋骨格系障害やストレスなど、現代の労働衛生問題を複雑化する要因は何か等についての知識が乏しいこと。
  • 労働衛生に関する技術が未熟なこと。
  • 労働者側の期待の低さやパフォーマンスを測定する方法が少ないこと。たとえば、休業要因の追跡調査の手段まで不足していること。特に小規模な会社においては、マネージャーにかかる重圧が厳しいこと。
 全般的な安全衛生マネジメントの一環として衛生リスク管理、つまり有害物質管理規則(COSHH)、アスベスト規則、騒音規則などを遵守することに取り組みはじめた組織の中でも、「労働者の健康が作業に及ぼす影響」と取り組んでいるところはほとんどない。労働衛生上の欠陥や従業員側から提起された衛生上の特別なニーズの管理といった、労働衛生上のより広範な課題にますます多くの会社が焦点をあてていかなければならないのに、その取り組みは満足に行われていない。このため、上級の管理者は、作業に適応させるための創造的なアプローチや、傷害や疾病後のリハビリテーションへの積極的な参画を含む、「管理者が率先して行う衛生活動」の事例を理解する必要がある。
 上級の管理者は、衛生上の問題に関して保険会社と連携し、安全衛生を食堂のメニューを(ポテトフライからサラダに)変えたり、ジムを設置したり、男性用・女性用のクリニックを開設したり、個人健康保険を介してより迅速な医療ケアを提供するといった安易なものととらえるのではなく、優先事項に焦点を絞り、組織の衛生に関する大きなビジョンを築く必要がある。
 こうした広範で仕事に基盤を置いた視点から進められる労働衛生対策は、HSCが現在取り組んでいる労働衛生戦略、「一緒に健康を確保していきましょう」(SH2 Securing Health Together)の重要なテーマである。「一緒に健康を確保していきましょう」(SH2)を推進する「パートナーシップ会議」の議長は、HSC委員長であるビル・キャラガンが務め、この会議においては、すでに次に掲げるような明確な国家目標を設定している。
  • 作業関連疾病(WRIH : work related ill health)の発生件数を2010年までに20%低減すること
  • 一般市民の健康を損ねる労働傷害を2010年までに20%低減すること
  • 作業関連疾病による休業日数を2010年までに30%減少させること
  • 疾病によって休業を強いられている労働者全員にリハビリを受けさせること
  • 疾病による失業者全員に再就職の準備や機会を提供すること
 「一緒に健康を確保していきましょう」(SH2)は、5つのプログラムを実行するためのアクション・グループ(PAGs)を組織している。そのプログラムは以下のとおりである。
  • 法令の遵守:順法精神を高揚するとともに、法令の遵守を阻害する要因をなくす活動に注目すること
  • 継続的な改善:手段とインセンティブに注目すること
  • 知識:データ、統計(「ビジネス事例」を含む)、調査、訓練などに注目すること
  • 手段:優先順位の高いグループにとって効果的と思われる重要な手段を調査すること
  • 支援:国内の労働衛生サービスおよびネットワークの事例に注目すること
 プログラムのアクション・グループの一員である私は、現行の安全衛生マネジメントの実施および管理者向けの安全衛生教育において取り組むべき「衛生」の範囲を再検討するよう依頼を受けている。具体的には、管理者対象の主要安全衛生能力開発コースの中で使用されている「衛生」要素に注目することで再検討を行なう。さらに私は、BS8800、OHSAS18000などの安全衛生マネジメント規格や安全衛生マネジメント評価計画のなかで触れられている「作業上の衛生」に対して、より強くまたは別の視点から焦点を絞っているような事例が存在するかどうか、という問題に取り組んでいる。この取り組みは、常に安全と深く関わってきているRoSPAが、たとえば、労働衛生に積極的に取り組む優良企業を表彰する協会主催の「アスター賞(Astor Award)」を創設して促進し、受賞企業のプロフィールをウェブサイト上に公表するなどして、その影響力をどこまで広げられるかということにも密接に結びついている。
 
 読者からのご意見、とくに実践的な方法についてのご意見をお待ちしています。(例:トレーニング・マネージャーによる、職場復帰のための面接テクニック、職場見学における、労働衛生への着眼のし方、トレーニング・マネージャーから見た身体障害に関する問題 など)
 筆者への問い合わせは、RoSPA 0121 248 2095、またはEmail rbibbings@rospa.comまでお願いします。

管理者が知っておくべき衛生上の一般的な問題の例
A.作業が健康に与える影響
健康を脅かす危険要因
● 物理的(騒音、振動、放射能、エルゴノミクス)
● 化学的(毒性物質、発ガン性物質、催奇形物質、突然変異誘発性、感作など)
● 生物学的(微生物学的要素)
● 精神的(ストレス)
問題点:
アセスメントおよびモニタリングの技術
潜伏性
多元的な原因
衛生リスクアセスメントへの理解(不確定要素を取り扱う際の決定論的な結果と、確率論的な結果)
リスク管理アプローチの序列
弱者の保護、など

B. 健康が作業に及ぼす影響
● 一般的状況によって起きる障害(ストレス、アルコール、薬物など)
● 安全およびパフォーマンスに対する影響
● 雇用や保険の問題
問題点:
労働基準への順応(たとえば、安全重視作業など)
機密性
コスト
身体障害の問題

C. 管理
● 政策(目標を定めること)
● 説明責任と訓練
● 衛生計画
● モニタリング
● 再検討とフィードバック
問題点:
コンサルテーション/参画
企業目標の設定とパフォーマンスの追跡
目標達成の承認と称賛、など

D. 解決策
サービス/支援
応急処置/カウンセリング
衛生教育/推進など
問題点:
情報
アクセス、など