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安全衛生管理は(衰退へ?)向かうのか
W(h)ither H&S management?

資料出所:The RoSPA Occupational Safety and Health Journal
「OS&H」|2003年6月号 p.50-51
(仮訳 国際安全衛生センター)



 労働安全衛生の政策および実施の土台として何よりも重要な"リスクに基づく意思決定(risk based decision making)"のほかに、英国安全衛生庁(Health and Safety Executive: HSE)が、労働安全衛生法(Health and Safety atWork Act)の導入以来20年間で実施した最も影響力のある施策のひとつは、企業にとって、ハザードに直接対応するのではなく、事前に安全衛生管理を行う体制を確立することの必要性に焦点を当てることであった。ROSPA (イギリス王立災害防止協会)の安全アドバイザーRoger Bibbingsが、HSEがこのスタンスをどの程度保っているかを論評する。

 災害研究および大規模災害の調査結果に基づき、1991年にHSEより「成功する安全衛生管理(Successful Health and Safety Management (HSG65))」が出版されたことは、画期的な前進であった。そこでは、安全衛生担当者に対し、なぜ、どのように事故が起きるかということばかりではなく、事前になぜそれを防げないのかを考えるべきだと説いている。HSG65は、企業がリスクマネジメントのために実施した政策、人および手順(又はシステム)を説明することで、いかにして安全が達成できるかを示すものである。
 それは高度な理論ではなく、安全衛生分野において一般に広く受け入れられた品質管理の原則の単なる応用、つまり、のちに環境管理や優れた経営管理の問題に取り組むための基本となった理論である。HSG65はHSEのベストセラーの一つで、初版の5回の増刷を経て1997年に第2版が出版された。これは英国だけではなく国際的にも大きな影響を及ぼし、目下大幅な改訂中である英国規格協会(BSI)の「Health and Safety Management Systems (BS8800)」など他の同種の出版物がこれを補完している。
 この成功を考えると、少し気がかりなことは、HSG65についてのメッセージを広め、このフレームワークが改善効果の基本となるよう推進しようというHSEの意欲が、最近少し低下してきているように思えることである。「安全衛生の活性化(Revitalising Health and Safety)」(訳注: 2000年から進めている安全衛生10ヶ年計画)では、安全衛生管理システムの水準を高めることは主要テーマに含まれず、むしろ安全衛生委員会(Health and Safety Committee: HSC)の役割である、ハザード(高所からの墜落・転落、すべり・つまずき・転倒、現場での運搬災害、マニュアル・ハンドリング、ならびにストレス)への優先的対応のほうに重きがおかれている。
 こうした問題は明らかに優先的に対策がとられるべき項目であるが、それに対応するためには、企業に対し、安全衛生リスクマネジメント能力を構成する全要素の強化を奨励する(あるいは、むしろ義務づける)ことが重要である。
 たとえば「安全衛生の活性化」は、安全衛生教育とりわけ安全衛生管理教育の提供と活用をいかに拡大するかについては触れていない。ROSPA、英国安全評議会(British Safety Council: BSC)およびイギリス労働安全衛生協会(Institute of Occupational Safety and Health: IOSH)は最近、安全衛生大臣ニック・ブラウン(Nick Brown, H&S minister)に対し、この分野の抜本的再検討を行うように要請文を提出した。
 作業現場での車両のハザードのようなリスク問題を提起し、企業に対して実際的な予防措置を求めたとしても、企業側にそれに対応できる方針、人材および手順がなかったならば意味がない。良くても一回限りの短期的な対応がせいぜいで、長期的な改善がなされることはない。
 このように見ていくと、監督官が薦める特定のハザードに取り組むための職場の防止対策は、個別の傷害に対する治療のようなものと言えるだろう。一方、真に取り組むべき課題は、企業の免疫機構―――すなわち、忙しい監督官が立ち去った後もひきつづき様々な安全衛生問題を追跡し管理していくためのすべての要素―――を強化することである。
 BS8800と同じようにHSG65もまた、過去6年間に労働安全衛生の分野で起きた色々な問題を考慮して改訂する必要がある。現在の知識とすぐれた慣行を反映させ続けることは重要だが、それだけではなく、ターンブル・レポート(Turnbull report)における企業統治(コーポレート・ガバナンス)の原則、企業の社会的責任(CSR: Corporate Social Responsibility)及び持続性という新しい議論とを明確に結びつけて、安全衛生管理全般の問題をより広い背景の中でとらえることが必要である。
 新しい項目の追加や既存の内容の改訂が必要な分野には、以下ようなものがある。
最初の状況の再確認(Initial status review): 「現在、我々はどの地点にいるのか?」といった質問に答える手助けをする。
管理者のリーダーシップ(Director leadership): HSEの管理者指針www.hse.gov.uk/pubns/indg343.pdfにおけるアイディアおよび最近のHSE委託調査結果を反映する。
労働者の関与と相談(Workforce involvement and consultation): 労働安全衛生の問題におけるパートナーシップの事例を詳説する。
業績(パフォーマンス)測定(Performance measurement): HSEのオンラインでのガイダンスwww.hse.gov.uk/opsunit/perfmeas.htmおよびオンラインによる同様のRoSPAの業績評価に基づく。
関係者への業績報告(Performance reporting to stakeholders): HSCのトップ350チャレンジ(top 350 challenge)を裏付けるHSEのガイダンスwww.hse.gov.uk./revitalising/annual.htmにもとづき、CSRの要件さらに最近のHSEの調査結果www.hse.gov.uk/revitalising/csr.pdfを反映し、RoSPAが近々ウェブサイトで発表する企業の安全衛生に関する報告書「Going Public on Performance」を見込む)
目標設定(Target setting): RoSPAの「変化に対する目標(Targets for change)」を参照
基準設定(Benchmarking): www.hse.gov.uk./pubns/indg301.pdf
文化の測定(Culture measurement): HSEの企業の社風調査ツール('Climate survey' tool)www.hse.gov.uk/elecprod/noframes/content/online.htm を考慮する。
災害報告と調査(Accident reporting and investigation): 最近のHSE委託調査レポートwww.hse.gov.uk/research/crr_pdf/2001/crr01344.pdf およびRoSPAの「安全の失敗からの教訓(Learning from Safety Failure)」を考慮する。
請負業者の管理(Management of contractors)
行動の安全(Behavioural safety):行動に関する最新の知識を安全衛生マネジメントシステムの枠組みの中に据え、オンラインによるHSEの最近のレポートwww.hse.gov.uk/research/crr_htm/2002/crr02430.htmにあるガイダンスと、HSEのすぐれた「エラーの減少と行動への影響−HSG48(Reducing Error and Influencing Behaviour - HSG48)へのリンクを考慮する。
新しいリスクの問題(New risk issues): 例えば、ダイクス・レポート(Dykes report)の主題である業務による道路上におけるリスクwww.hse.gov.uk/road/content/traffic1.pdf (これまで企業の安全衛生管理のレーダー図(H&S management radar chart)に登場しなかった)
 中でもとりわけHSG65は、健康と労働 (Health and Work)にもっと大きく重点が置かれるように拡大する必要がある。(その際、HSCの「全員で健康確保(Securing Health Together)」という政策www.hse.gov.uk/hthdir/noframes/ohinside.pdfからの教訓、ならびにラインの管理者および労働衛生の専門家ではない人々の役割を構築する必要性を考慮する)。
 企業の作業方法及び作業の組み立ては、作業中の労働者および作業から生じるリスクにさらされているその他の人々の保護という点で基本的に重要である。もちろん、具体的なリスクに焦点をしぼり実践的なアドバイスを与えることで良しとし、管理について空論的なことをあれこれ言って人々を混乱させることのないようにするのは、大変やさしいことであり、気楽でさえある。しかし、ごく小規模な企業においてさえ、誰が何を行い、物事をいかに行うか、そしてさらに重要なことは、人々がいかにして経験から学び、そして前進するかをよく考えることは重要である。
 HSEの危険度の高い作業における問題ではないが、ベテランの労働安全衛生実務専門家がよく言うのは、若い監督官が特に(HSEには、訓練中の幹部要員の40%以上がいる)、管理について理解しておらず、戦略的な管理問題に関して学識あふれる対話をする能力に少し欠けていているということである。労働組合もまた、マネジメントシステムの水準について焦点をあてて取り組んでいない。それにもかかわらず、組合の安全代表にとっての重要な問題は、「同僚が暴露されるリスクを管理するための、事業者の能力はどれくらいか?」なのである。
 企業の運営がうまくいくためには、十分な財源だけではなく、すぐれた知的資源も必要である。とりわけ、先導となり将来への洞察力を与える挑戦的なアイディアを開発する必要がある。HSEは、ハザード、実際的な対策、そして行動の安全(behavioural safety)などの第一線の話題に回帰したかに見える。これが、HSG65のアプローチを確立しようという取り組みからの転向であるとすれば、大変残念なことである。RoSPAは今から3年以上前に、「安全衛生の活性化」の諮問文書に対する意見として、安全衛生管理問題についてHSCの戦略アドバイザリー・グループの設置を提案した。
 そのような討論の場が、今後とも強く求められる。


業務による道路上におけるリスクに関してはHSEのこちらのページでご覧になれます。