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有能な役員とは?(安全衛生に関する役員の責任)

資料出所:The RoSPA Occupational Safety and Health Journal
「OS&H」|2004年4月号 p.54
(仮訳 国際安全衛生センター)



 「安全衛生は単に最低限の規則の遵守ということでなく業績の問題である」ということを実現する一つのキーは、安全衛生委員会(Health and Safety Commission: HSC)による「大企業と公的部門の経営者は、役員レベルで安全衛生の推進者となるべき人物を任命し、その目標と進捗について役員会で報告し、また役員会から報告を受けて戦略的なリーダーシップを発揮させるようにすべきである」という決定である。RoSPAの労働安全アドバイザーRoger Bibbingsが、役員が実際にそのような業務を遂行するに足る能力があるかどうかを考える。

 2002年2月に、HSCは「安全衛生に関する役員の責任」(http://www.hse.gov.uk/pubns/indg343.pdf)及びこれをサポートする「よくある質問」(http://www.hse.gov.uk/pubns/indg343faq.htm)の形の指針を公表した。そして新しい指針がどれぐらい効果的だったかを調べるため、コンサルタント会社であるGreenstreet Berman社(GB)に調査を委託した。GB社の報告書は、英国株式指数(FTSE)に採用されている上位350社、その他の大企業、非営利法人から抽出した400社のサンプル調査結果に基づいたものであり、2003年7月に公表されている(http://www.hse.gov.uk/research/rrhtm/rr135.htmで閲覧できる)。

 この結果では、役員会で安全衛生を管理している企業の割合は58%から66%まで上昇したことが示されている。このように役員会レベルで管理される主要な理由としては、「最善のやり方だから」、「権限と統制が役員会にあるから」などであった。役員レベルで安全衛生担当者を任命する主なメリットとしては、強力なリーダーシップを発揮できること、その熱意を示すことができること、安全衛生パフォーマンスが向上することなどであった。

 HSCは11月に、HSC/HSEのイニシアテチブと施策についての進捗報告である「労働安全衛生に関する企業の責任と説明責任」の検討を行った。これはhttp://www.hse.gov.uk/aboutus/hsc/meetings/2003/141003/c105.pdfで閲覧可能である。これを見ると、HSCが依然として役員会レベルのリーダーシップがキーであると考えていて、「安全衛生担当役員」の任命を義務づけるため具体的な立法を行うよう政府に勧告するかどうかを精力的に検討していることが分かる。

 HSCがより明確な法的助言に踏み出すかどうかは別として、HSCが、役員会レベルで安全衛生の推進者の役割に任命された者の能力という問題に取り組まなければならないことは明らかである。もし任命が名前だけのものだったり、その役員が安全衛生やこれに関する自分の組織の主要課題についてしっかり把握していなかったりすると、効果的な役割を果たすことはできそうにない。

 現在、HSCの指針では、必要な基礎知識とスキルについては何も触れていない。基本的な学識についてはほとんど書かれておらず、また安全衛生に関連して役員がどこで組織的なトレーニングを受けることができて、専門的な自己啓発を続けることができるかということについては全く書かれていない。広範囲なビジネス教育のなかで安全衛生をどこでどのように扱うかということを考えているビジネススクールは殆どなく、Aston 大学のJanine Hawkins氏と Richard Booth 教授が1998年に行った「主要なビジネススクールにおける安全衛生の教育状況調査」(http://www.hse.gov.uk/aboutus/hse/policy/mba.htmで閲覧可能)から殆ど何も変わっていない。

 Hawkins/ Booth両氏の研究結果の一つに、ビジネススクールの受講生が、安全衛生を独立した科目として教えられてもあまりメリットがなさそうだということがあげられる。むしろ、適切な安全衛生の事例研究をカリキュラムの他の部分に組み込んで教えるべきだろうと提案している。

 しかし安全衛生担当役員が安全衛生を勉強するための最も効果的な方法がこれであるかどうかはもっと調査する必要がある。役員が安全衛生専門家になりたいと思っていないのは確かである。彼らが安全衛生法制、判例法、罰則などの大量かつ詳細な講義を歓迎するとは思えない。彼らは知的な困難な問題に取り組む必要はあるが、彼らに今日的な安全衛生マネジメントシステムや安全衛生文化の考え方を全体に亘って詳細に吸収することを求めるべきどうかは疑問である。

 安全衛生の世界に住む者が取り組んで効果的なのは、役員にその組織で高水準の安全衛生マネジメントを主導してもらうために、役員は何を感じ、考え、知り、行わなければならないかということである。この観点から、コースの提供者が、初めは安全衛生の「何?」(What)と「なぜ?」(Why)を集中的に行い、「どうやって?」(How)はその後とするのがおそらく重要だろう。

 「何?」(what)を扱うときに非常に重要なのは、このテーマは、大事であるというだけでなく、ビジネス界に依然として生き残っている、否定的なとまでは言わないまでも公にされない俗説よりもずっと複雑なものだということを上級管理者に納得させることである。従って、災害防止の失敗がもたらすものの程度、深刻さ、コスト、また災害、疾病(業務上で発生したもの又は悪化したもの)の影響、これらが個人、組織、及び地域に与える損害と損失を受講生が理解するよう講師が手助けすることが非常に重要である。

 上級管理者が助けを求めているのは、安全衛生をまず細かな法的規制に対する遵守として捉える観点よりも、自分の組織がどのようにリスクへのばく露を作り出しているか、それらがどのようにして洗い出され、日々学習する組織のなかで体系的なリスク・ベースの方法に基づいて対策されているかということである。彼らにはリスクアセスメントとALARP(as low as reasonably practicable合理的に実行可能な範囲でできるだけ低く)の基本的な概念を教える必要がある(http://www.hse.gov.uk/dst/r2p2.pdfで閲覧することができるHSEの「リスクを低減し人間を守る」参照)。彼らは安全衛生を、特別な追加物でなくビジネスのすべての面に取り込まれているものであると考える必要がある。 そしてそれを行うのは、第一に専門家(社内外にかかわらず)ではなく、ライン管理の役割であると理解する必要がある。 そして、良好な安全衛生パフォーマンスとは、個々の第一線労働者の行動を改善しようとすることではなく、適切な方針、人間、及び手順をもっていることだと理解する必要がある。

 同様に、上級管理職は、安全衛生制度をより広い目で見たときに、組織を取り巻く安全衛生システムの中で、規制当局の監督指導は重要ではあるが一部分に過ぎず、他に安全衛生専門家、労働組合、保険業者、主要な取引先などの役割もあるということを理解しなければならない。

 「何?」(What)は必然的に「何故?」(Why)へとつながる。これは単に災害や疾病が業務に与えるコストや、利益への影響を補強材料としながら、事例を道義的、法律的に説明することにとどまらない(http://www.hse.gov.uk/pubns/indg355.pdf参照)。安全衛生と他のビジネス分野の間に存在する、より広範で知的な相乗効果を役員が理解できるようにするためには、「安全衛生の観点からのビジネス事例」をもっと深く突っ込んで分析する必要がある。

 これらは次のようなものである。財務と安全衛生関係損失の縮小、操業の一貫性と信頼性における安全衛生の役割、人間関係と出勤管理や業務適合化の問題、企業の危機管理と主要な安全衛生リスクへの対処、プロジェクト管理と効果的な安全衛生管理の計画(CDM−建設における設計管理−は恐らく最もよい例である)、業者の安全衛生パフォーマンスにも影響を与えることも含めた契約関係全般、保険・セキュリティと安全衛生(関係が明らかな部分で)、メディアと対外関係(安全衛生についての成功も失敗も効果的に伝えることができるような)。

 この意味で安全衛生の問題は、ゲットー(安全衛生はここに閉じこめられていることが多い)から解放されなければならない。これは、「企業の社会的責任」(CSR)の高まりのなかで、安全衛生は「よき市民としての企業」(Corporate citizenship)の一部として置かれることがないようにすることも意味している。このような観点から見ると、高水準の安全衛生は、価値のある(しかし難局に当たっては必要不可欠ではない)特色というよりも、ビジネスが成功するための諸施策のなかで必須のものと見なされることとなろう。
*訳注 ゲットー(ghetto) − 以前のヨーロッパ都市内のユダヤ人強制居住区域

 「どうやって?」(How)効果的な安全衛生管理を行うかは、役員が取り組むべき分野で一番難しいものになりそうだ。HSEの「成功する安全衛生管理(HSG65)」(その簡易版がhttp://www.hse.gov.uk/aboutus/hse/policy/mba.htmで閲覧可能)の考え方に基づいてマネジメントシステムの種々の要素を理解することは必要不可欠である。これらは方針策定や周知などのほかに、計画の樹立、安全衛生のための組織作り、安全衛生教育訓練ニーズの分析、リスクに基づく意思決定と目標設定、日常的な調査、問題点に対する調査などである。

 チームによる調査の指揮などの実用的なスキルを強調することは、上級管理職が安全上の失敗の原因をつかみ、予期せぬ出来事や損失へとつながる複雑な事象の連鎖を理解するためには非常に重要である。同様に、安全衛生パトロールや安全衛生点検に参加することの重要性について学ぶことにより、役員の安全衛生リスクの「最先端」についての、或いは、労働者やその代表の見方や考えを役員会で取り上げることの重要性についての理解が深まるだろう。また、役員には、エラーの分類も含めてHSEの「エラーを減らし行動を変えるReducing error and influencing behaviour(HSG48)」(http://www.hse.gov.uk/hid/ land/comah/level3/5c72524.htm参照)に紹介されている安全行動の概念にも触れておくことが重要である。

 しかし、恐らく役員が関与すべき最も重要な問題はパフォーマンスであろう。インプットの尺度(リスクアセスメント、計画、トレーニングなどの要素)と「アウトプット」の尺度(基準の遵守や安全な作業システムなど)が、災害発生率、事故発生率などの「結果」の尺度に劣らず重要であるという「バランスしたスコアカード」方式を役員に理解させるようにすることである。役員は、安全衛生風土調査(http://www.hse.gov.uk/pubns/misc097.pdf参照)などのテクニックだけでなく安全衛生マネジメントシステムの監査に使える様々な手法についてしっかりと理解しておく必要がある。

 しかし、理論的な知識それ自身は、安全衛生推進担当に任命された役員が強力なリーダーシップを発揮する助けにはならないだろう。第一に、理論は適切なケーススタディを通じて研究される必要がある(Piper Alphaの爆発、 King's Cross駅火災、Zeebruggeのフェリー事故といった大惨事だけでなく、DuPontや他の好成績をおさめている企業の成功例なども)。第二に、学習は基本的な概念を応用するときに得られた経験で高められるからである。例えば、安全衛生担当役員の役割についての学習を、自分の組織の安全衛生マネジメントにおける「初期状況調査(我々のいる位置は?)」と結びつけるといったことである。

 第三番目に重要な要素は、役員がリーダーシップを果たしながら発見した問題点や解決策について同僚と話しながら学習する機会を確保してあげることである。例えば、その事例に対してアクションを起こすよう、立場が上の者を説得する、より高度の基準とパフォーマンスの必要性を支持する、個人的な例で指導する(有言実行)、そして全般的に信念を守り通す、といったことである。

 RoSPAは、これまで述べたことに沿って手法を開発することができる安全衛生の教育者、又はビジネスの教育者からのご連絡を歓迎します。Eメールは: rbibbings@rospa.comです。