このページは国際安全衛生センターの2008/03/31以前のページです。

睡眠と疲労
Waking up to fatigue

資料出所:The RoSPA Occupational Safety and Health Journal
2005年2月号 p.50−51
(仮訳 国際安全衛生センター)



 安全衛生委員会(Health and Safety Commission: HSC)が、職場におけるストレスが労働衛生上の第一の問題としたのはきわめて妥当である。しかし、(ストレスにより睡眠不足になる、睡眠不足によりストレスが増大するという)ストレスと疲労の循環型の関係は依然としてHSCのガイダンスには取り上げられていない。RoSPAの労働安全アドバイザーRoger Bibbingsが、この問題を解決するべきであると主張している。

疲労については、HSG48(労働安全にかかわるヒューマン・ファクターに関するHSEの優れたガイダンス)で明確に取り上げられている。しかし、健康への脅威であり、同時に人の信頼性を損なう原因ともなる疲労は、一般的に依然としてあまり注目されていない。

シンクタンク・デモス社(www.demos.co.uk)が最近発行した興味深いパンフレット(「ドリーム・オン」:365日24時間活動する社会における睡眠[Dream on: sleep in the 24/7 society])において、現在英国に大きな影響を及ぼしているとみられる睡眠不足の増加について、Charles Leadbeater氏が興味深い意見を述べ、読者の関心を引いている。同社の調査によると、睡眠不足の影響をもっとも顕著に受けているのは、若い管理職であり、特に(家庭と職場の双方の仕事を両立させている)女性および様々な原因により睡眠パターンが悪影響を受けている人々にその傾向が高いという。睡眠パターンが損なわれる原因は、仕事によるストレスだけではない。長時間労働や不規則な労働時間、家庭内の難しい問題、睡眠障害を持つ子供の世話をしたり、夜中に高齢者や病気の身内の世話をしたりするという特別な問題なども原因となっている。
  Leadbeater氏は、十分な良質の睡眠をとることが必要であるのは、疲労回復のためだけでなく、学習効果を高めるためでもあると語っている(睡眠により学習体験が脳に組み込まれるようである)。また、UKPLCに代表される脳を働かせる経済活動の活力の素となる“創造力”の開発にも、睡眠は必要なのである。もちろん、安全確保のためにも睡眠は欠かせない。
  完全な年中無休化に向かって猛烈に突き進むことは愚の骨頂である、とLeadbeater氏は見ている。金の卵を産む優れたガチョウを殺すようなものだ。しかし、前世紀に時計をもどすべきだと主張するのでは決してなく、本当に必要なことは、睡眠の重要性についてあらためて認識し、仕事と生活の適切なバランスを確保するために事業主が想像力を働かせもっと柔軟に対応することであると氏は示唆している。仕事と生活の適切なバランスの確保とは、特に、働く夫婦のためのフレックス制勤務や、在宅での仕事の機会を増やすというようなことである。
  Leadbeater氏の意欲的な提案の中には、就業中に睡眠(仮眠)をとることを事業者が奨励し、睡眠不足の労働者の疲労を回復させ能率を高めるというアイディアもある。氏は、チャーチルの例を引いている。チャーチルは毎日、昼食と夕食の間に昼寝をすることで有名であったが、一緒に働く人々の批判に対し、自分の仕事の能率は下がるどころかかえって高まっていると反論したという。
  これ以外の言説に、高齢になるほど仮眠の必要性が高まるということがある。従って、事業者に、高齢の労働者が日中短い時間仮眠をとれるような適切な場所を事業場内に確保させることは、それほど異常なこととは思われない。(非常に長時間の交替勤務につかねばならないという場合のように)「うっかり眠ってしまうのではないか」と懸念するよりむしろ(特に人が中心となる事業では)短時間仮眠をとるという積極的なアプローチを取る方が、実際には労働者の作業効率を高めることになる。
  業務上の交通安全を安全衛生活動の主流に据えるキャンペーンの一環として、RoSPAは、労働者に運転させる前に、良質の睡眠をとらせる必要性を事業者にもっと認識してもらうことが必要であると強調している。さらに、事業者は従業員に一日で過度な遠距離走行を要求したり、特に通常以上に遠距離走行した際にさらに遠方へ走行を促したりして、安全を損なうようなことをさせてはならないとしている。
  現在では、飲酒運転よりハンドルを握ったまま居眠りをしてしまうことのほうが重大問題であると認められる論証がたくさん示されている。にもかかわらず、(十分理解できることではあるが)多くの企業はいまだに、薬物や飲酒の影響を受けている労働者に運転することを禁じる一方で、疲労している労働者に運転を禁じることについては消極的である。
  RoSPAはその「安全な運行計画(Safe Journey Planner)」(www.rospa.comを参照のこと)で(その大部分は、ラフバラ大学睡眠研究所(Sleep Research Unit at Loughborough University)のJim Horne教授と同僚のLouise Rayner博士の優れた研究結果である)ハイウェイ・コード(Highway Code:道路交通法)でも紹介されている“コーヒーと短い仮眠(caffnapping)”についてのアドバイスを緊急時の対処策(車を安全な場所に停め、濃いコーヒーを2杯飲み、15分未満の睡眠をとる)として強調している。
  今後われわれがすべきことは、疲労と睡眠不足が災害発生と安全対策への意思決定の不備に及ぼす影響について、ほかの職場環境についても調査することである。集中力の欠如により、睡眠不足の製造業労働者が過失を犯すというだけではなく、設計者が睡眠不足のため、あるプロジェクトの計画段階で重要な安全対策への思慮が欠けるということもあるだろう。
  また、夜間に泣く赤ん坊をあやすため睡眠不足である若い人々の安全に対する過失もこの調査対象に含まれる。また睡眠不足による災害の問題は、若い人だけではなく、その年長の監督者の理解不足によりさらに拡大すると思われる。なぜなら、年長の監督者はするべきことが山積しており、夜の飲酒量が多く、心配事やストレスで毎日早朝に目が覚めてしまうなどのことが原因で、彼ら自身が睡眠不足であるためである。
  睡眠不足による災害の問題を考えるとき、問題点がひとつ浮かび上がってくる。常識では、睡眠不足であると仕事上の安全が損なわれるといわれているが、個別に実施した調査や疫学研究から得た根拠では、このことは証明しづらい。居眠りが原因となった自動車事故の現場で警察が明らかにしているが、証明できないことについて事故原因を主張することは非常に難しく、事故直前に眠気があったという証拠は、事故直後にあっというまに消滅してしまう傾向があるという。
  しかしながら、睡眠不足と疲労についての考察は、あらゆる職場の災害調査で必ず検討するべきである。
  職場の労働者に、睡眠不足であることを認めさせることは非常に難しい。ストレスを抱えていることを認めるときと同様に、労働者が夜間の睡眠不足が原因で仕事に身が入らないとラインの上司に訴えることは、多く人から「キャリアの自殺(career suicide)」と見られてしまう。そのラインの上司自身が仕事上の大きなプレッシャーを感じているときは、なおさらそうである。
  (たとえば、石油やLPGのトラック輸送などの)危険度の高い仕事の多くで、長年にわたり責任のある事業者がその従業員に対し要求してきたことは、夜間のアルバイトをしたり、深夜にDIY仕事をしたりせずに、仕事の前には十分な睡眠をとることである。しかし、従業員が家庭や、まして寝室で何をしているかをどの程度まで上司が詮索する権利があるのかについて、従業員が時折疑問を感じるのもきわめて当然のことである。
  睡眠は個人的で繊細な問題であり、慎重な対応が必要となるため、管理職のための職場の健康にかかわる注意喚起研修において特に集中的に取り上げるべき問題のひとつとなることは明らかである(とりわけこれが重要である理由は、大半の管理職は依然として適切な安全衛生研修を受けていない上、研修の大半では、健康より安全に重点を置いているからである)。
  もちろん、安全に働ける状態で仕事に従事することは、労働者の責任であるということは主張できるし、そのことは否定できない。たとえば、何人も疲労をためたまま運転してはならない。疲労をためたままの運転は、無責任、非常識で、一文の得にもならない。ただし、特に家庭と仕事の双方の責任の間でバランスをとらねばならないなど、労働者が甚大なプレッシャーにさらされていることも認めなければならない。
  多くの労働者は、うまく手を抜くことでどうにかやっていけると自分に言い聞かせようとするだろう。必要なことは、もう少し正直になり、実際的な対策を講じることであろう。実際的な対策とは、睡眠不足は現実的で真に論じるべき問題であり、事業者は真剣に対処する用意があることを働くすべての人に実例で示すことであろう。
  たとえば、特に“昼寝”用に静かな部屋に用意するリクライニングチェアーを購入すること以外に、考慮すべきと思われる事柄には、次のようなものがある。1)睡眠パターンと睡眠不足について調査し、調査結果を検討する、2)職場の健康担当者と労働者支援ライン部門に対し、個々の労働者との話し合いにおいて睡眠の問題に焦点を当てるよう要望する、3)(適正なベッド購入のためのアドバイスなども含め)睡眠の重要性を職場の衛生教育プログラムに含める、4)匿名扱いの災害ケーススタディーの課題のひとつとして睡眠不足に焦点を当てる、5)そして何よりも、睡眠不足であることを認めた労働者は、認めた行為を感謝され、またその行為は実際に肯定的に扱われるべきであることを知らしめることである。
  わたしたちが生活している世界は、刺激にあふれ、あらゆる面で可能性がますます広がっているが、仕事や、事業上のプレッシャーや一般社会のプレッシャーにより、多くの人々は、人間に必須で元気を回復させる睡眠に専念すべき時間を明らかに削っている。この傾向は、個人、家族、そして安全面を含め、仕事の能率に悪影響を及ぼしている。この重要な問題をオープンにし、絶対必要とされている十分な良質の睡眠を人々がとりやすくするための良策を検討していかねばならない。

HSCのストレス管理基準(Stress Management Standards)の協議段階で、RoSPAのLieu Nguyen博士は、同主題にかかわる世界規模の文献論評を行っている。博士の論評は、
www.rospa.com/occupationalsafety/occupational_health/stress_european.htm#alert で閲覧可能である。