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安全衛生再生戦略における安全教育
Safety education

資料出所:The RoSPA Occupational Safety & Health Journal
April 2006
(仮訳:国際安全衛生センター)

掲載日:2006.11.20

2000年に英国安全衛生委員会と政府によって始められた安全衛生再生戦略(Revitalizing Health and Safety Strategy)には、教育課程のあらゆるレベルで「リスクの概念と安全衛生スキルを大幅に拡大した教育」を行う必要性を強調した、多くの具体的行動項目が含まれている。これらの項目がどれぐらい実行に移されたか、RoSPA(英国災害防止協会、The Royal Society for the Prevention of Accidents)の労働安全アドバイザー、ロジャー・ビビングスが検証する。

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2000年に英国安全衛生委員会(HSC)が安全衛生再生に関して行った意見聴取で、回答者が強く主張した主要なテーマの1つが、安全教育・リスク教育に力を注ぐ必要性であった。

教育について安全衛生再生(RHS)の意見募集用文書で具体的にとりあげていたわけではないが(文書は英国において安全衛生意識と実績を改善するために何が必要かということを一般的に問うものであったから)、コメントを寄せた多くの人が、教育の最も早い段階から大学教育、職業教育を通じて、安全とリスクの管理について、もっと強力かつまとまった方法で教育することが一つの解決策となるのではないかという意見を持っていた。

実際、回答者の65%が、学校で今以上のことをするべきであると明確に述べている。このうちの3分の1の回答者が学習指導要領(National Curriculum、訳注1)でもっと広くカバーすべきだと答えている。この問題に関する意見が強いことを認識して、安全衛生再生計画では次のように重要項目の一つとして取り上げている(44項目中の第33番目):「学習指導要領がイングランドでは2000年9月から、ウェールズでは2000年8月から改訂されるが、新要領では、リスクの概念と安全衛生スキルが、各レベルでもっと拡大された形で含まれることになるだろう。」

さらに次のように続いている:「重要な変化の1つが安全衛生へのアプローチになるだろう。生徒たちは、規則に従うべき事柄として安全衛生を扱うのではなく、必要に応じてハザード及びリスクを理解し、それをどう管理するべきかを教わることになるだろう。今の社会では私たち皆が多くのリスクに直面していて、その対処方法を知らなければならないのだから、その方が、今の社会の性格をよりよく反映したものになる。」

安全衛生再生計画はさらに続けて、「学校でも職業体験プログラムでも、個人教育、社会教育、保健教育の中で安全衛生はこれまで以上に注目されることになるだろう」と述べている。

次の行動項目No.34は、リスクマネジメント科目が大学教育及びそれに続く専門家教育(安全が重要な職種の専門家、例えばエンジニアや建築士などに対する)に取り込まれるよう努力することを、HSCと政府に義務付けている。ただ不思議なことに例えば上級管理者などのビジネスマンに対しては具体的には言及していない。

行動項目No.33を実行するべく、HSEは少規模ではあるがスタッフと財源を確保し、学校をベースとしたさまざまの安全教育の調査と評価を開始することとした。また、専門技術分野で行われているリスク教育の方法を改善するために、専門技術者団体との共同作業も行った。

進捗

5年を経過した現在は、実績を評価すべき時期である。進捗があったことは明らかである。しかし気懸かりなことに、安全衛生再生戦略で明確に焦点を当てられていたリスク教育が、HSCの最新の戦略(*)には入っていいない。

*2010年以降の大ブリテン島における労働安全衛生戦略

(A strategy for workplace health and safety in Great Britain to 2010 and beyond、新しいウィンドウに表示しますwww.hse.gov.uk/aboutus/hsc/strategy.htm)。

はっきりしているのは、ここ5年間、学校ではカリキュラムの中で、子供たちに対して伝統的な安全教育を継続して行ってきたということだ。実際には例えば、交通安全、スポーツにおける安全、野外活動、修学旅行、科学、芸術、工芸、デザイン技術などの分野が注目されていた。

また、教師が生徒を例えば修学旅行などで怪我をさせた場合の責任に対する懸念も増大してきた。同時に、職業体験における安全へのアプローチについても総点検されたし、また技能教育委員会(Learning and Skills Council、LSC)によって「安全学習枠組み」が開発された。これは技能教育委員会の補助金制度で学習している人(イングランドとウェールズで600万人を越える)のために安全な学習環境を確保しようと設計されたものである。

政府は「不適切なリスク回避」を非常に懸念している。これは偶発的な負傷事故が発生した場合に訴えられたり訴追されたりすることを恐れて、管理できるリスクも(或いは些細なリスクでさえも)避けようとするものである。負傷による補償要求或いはその決着件数が増加しているという確実な根拠はないことは政府も認めているのだが、共通認識として英国が「補償請求文化(claims culture)」の中にあると政府は感じている。しかし証拠というレベルでははっきりしない。

しかしながら、「リスク回避」と戦う手段を考える中で、閣僚たちから「長期的な社会の目標として対リスク基本能力(risk literacy)を改善するための組織的国家戦略が必要だ」という発言は殆どなかった。最近HSCが政府の要請で開始した「賢明な安全(sensible safety)のウェブ討論のテーマとして出てきただけである。

「賢明な安全」の事例キャンペーンを行う中で、HSC/Eは、リスクに関するHSEの重要な出版物、「リスクを低減し人を守るReducing Risk Protecting People (R2P2) (新しいウィンドウにひょうじしますwww.hse.gov.uk/risk/theory/r2p2.htm)」を、もっと強調してもいいと思うのだが、不思議なことにあまりそうしていない。おそらく、HSC/Eはこの資料が素人には技術的すぎて、リスクに関する現在の社会的関心に対して適切でないと考えているのだろう。

もっと心配なことは、安全とリスク教育に割かれていたHSE内のわずかなリソースも、今は他の部門に移ってしまい、安全のコンセプトを職業教育に組み込むことに焦点が移ってしまったことである。後者(安全のコンセプトを職業教育に組み込むこと)が非常に重要であることは明らかだが、若者に安全問題を自分で判断できるために必要な知識とスキルを持たせることの方がずっと重要だろう。

英国安全衛生研究所(Health and Safety Laboratory、HSL)が行った調査研究(報告書番号ERG/03/03、ERG/03/04、及びERG/03/19)によると、おおまかに言って学校での安全教育を改善することは進んだが、依然として若者にリスクを理解させるということよりも、安全なやり方を教えるということに重点が置かれている。教師自身も、重要なリスク概念(ハザード、リスク許容性など)をよく分かっておらず、役に立つ指針も優れた教材も不足しているように見える。

しかしながら、英国安全衛生研究所の調査研究は、学校の中の安全衛生マネジメントを使って行う「学校ぐるみの安全(安全な方法で安全を教えるというやり方)」の価値を強調している。リスクに対する強力な教育的取組みを促進する場になるということである。

同時に、経験に基づく学習計画でも、例えばLASERプロジェクト(リスクを経験することを通じて安全を学ぶ、Learning About Safety by Experiencing Risk)のような興味ある展開があった。(新しいウィンドウに表示しますwww.rospa.com/safetyeducation/laser/overview.htm参照)

1999年4月に保健省(Department of Health)の資金で3年計画のLASERプロジェクトがRoSPAで始められた。これは、「大切なチーム(Crucial Crew)(訳注2)」や「小市民(Junior Citizen)(同)」といった、児童向けの対話型安全教育プログラムのための「グッドプラクティス指針」を確立するということを究極の目的として始められたものであった。最初の「小市民」プログラムがロンドンで作られた1986年以来LASERはイギリス中に広がっている。この活動は、現在、9歳から11歳の子供のために行われている事故防止教育の中で、最も大きい努力がなされている例である。

さらに上の教育課程で言えば、建築家と技術者のトレーニングに、安全とリスクの概念がこれまでよりずっと多く組み込まれている。(おもしろい例としては、大学課程でリスクマネジメントの概念を形成させる「リバプールの技術者」アプローチがある。(http://www.liv.ac.uk/engdept/pros_ugrad/)

しかしながら、これに比べて明らかでないのは、リスクがそもそも企業教育で対象とされているのかどうか、もしされていればどのような方法でやられているのかということである。これは特に安全衛生分野ということではなく、例えばターンブル報告書(訳注3)などとの関連においてどうかということである。エディンバラビジネススクールでMBAプログラムの一部として革新的な選択科目を新設しようとするなど興味深い作業がいくつか行われてはいるものの、一般的には、1999年にRoSPA/アストン大学の共同研究で、「主なビジネススクールでこの分野に興味を示しているところは殆どない」と報告されたときとあまり変わっていない。(新しいウィンドウに表示しますwww.hse.gov.uk/research/journals/mrn12.htm)

その他にも取り上げる価値のある重要な開発がたくさんあるのも間違いない。

しかしながら、1つ肝心な問題が残っている。それは安全とリスクについての基本的能力を身につけさせるために、新しく国家戦略を調整・策定するには、何が必要なのかということである。

この戦略のための材料としては次のようなものがあるだろう:

  • 共通の「使命趣意書」のもとで集まったリスクの教育者、研究者、プロモーターなどで構成される、ウェブによる新しい全国的な協力体。
  • リスク教育プロジェクトに関する先駆的、探索的な新しい共同体。
  • 教員や講師に対する研修で、改めてリスク教育に焦点を当てる。
  • 調査結果を共有、比較し、必要であるがまだ行われていない調査研究テーマを見つけるために、リスク教育研究フォーラムを立ち上げる。
  • 学生から教師、管理者、メディアの専門家などに至る重要グループのための、よりよいリソースを開拓する。
  • LGRA(リスクアセスメントに関する部局間連絡グループ、Interdepartmental Liaison Group on Risk Assessment)を再構築する(新しいウィンドウに表示しますwww.hse.gov.uk/aboutus/meetings/ilgra/参照)これはリスク問題に関する上級政策立案者の非公式委員会であった。
  • 職業上の資格及び職業訓練においてリスク教育に継続して焦点を当てる。
  • R2P2(「リスクを低減し人を守る、Reducing Risk Protecting People 」の新しいバージョン。英国の政策立案における重要な概念として、ALARP三角形(訳注4:Alarpは「合理的に実施可能な範囲でできるだけ低く」、as low as reasonably practicable。ALARP三角形については末尾の訳注4参照)やリスク許容度などを閣僚たちに再確認してもらう。
  • 「四六時中の安全(24/7 safety)」の一部として、事業者がリスク教育に新しく焦点を当てる。
  • 国家政策に関してHSC/Eに明確な主導権を与えること。

RoSPAは既に安全及びリスク教育に関するビジョンを作成している。これは、社会のすべてのレベルで安全意識とリスクに関する基礎的能力を向上させることを目的としたものである。対象は保育園から安全が重要な専門家、メディア、及び主要な政策決定者に至るまでのすべてである(新しいウィンドウに表示しますwww.rospa.com参照)。

このビジョンを達成する手段には次のようなものがある:

  • すべての教育課程において、リスクアセスメントを理解した上でリスクマネジメントを開発することに明確な焦点を当てる。
  • 若い人や大人がどのようにして安全とリスクを学ぶかについての研究の継続。政府が十分なリソースの裏づけをもって明確な形で参画する。
  • イングランド、ウェールズ、スコットランド及び北アイルランドのカリキュラムを通じて、安全とリスクに統合的に取り組む。

どのようにすれば、リスク教育政策がこの方向に動くようRoSPAが支援できるだろうか?

大きな仕事であるが、RoSPAには全国安全教育委員会National Safety Education Committeeがあることを思い出してほしい。ここでは、専門家や利害共有者の代表を集め、長期的な変化について全国的な焦点を当てようとしている。まとまった国家戦略を調整するのに役立つ優れたフォーラムといえるだろう。

戦略的取り組みを行うためには、政府の高いレベルから支援を受けなければならないが、これには多くの問題がある。

  • まず第一に、閣僚も政策補佐官も、キーポイントであるリスクの概念、及びそれが職業能力や市民としての行動に如何に重要であるかということを十分理解していない可能性がある。
  • 第二に、中央政府レベルでは、一人で「安全」を担当する者はだれもいない。「安全」は多くの政策に組み込まれている責任だからである。「安全」を専管事項にしている大臣はいない。HSC/Eでさえ業務に関係した安全だけが担当であり、交通安全や重要な公衆衛生問題など他の領域は担当していない。
  • 三番目に、具体的な安全管理体制の多くは、依然としてリスクに基づくものでなく、規則に基づくものである。尤も、特に若い人たちが複雑な安全判断をすることができるようになり、またいろいろな種類の不確実性に直面しても適切に対処できるようになってくると予想されてはいるが(例えば、性に関する健康(sexual health)、個人の安全、余暇の追求に伴うリスク受け入れなど)。
  • 四番目に、リスク教育は長期投資であって、全部の結果が一世代の間には目に見えるようにはならないかもしれないことである。短期的にも早く好結果がでるものがいくらかはあるだろうが。
  • 五番目に、何が効果的なのかということについては、まだ確証が得られていないということである。ただ「分からないということが分かっていること(known unknowns)」がすべて解決されるまで行動を延期することは「分析ばかりしていて進まない(paralysis by analysis)」という危険を冒すことになる。
  • 六番目に、教師が広い範囲を教えなければならないということでプレッシャーを感じ、また自分の知識の欠陥には気づかないで、解決策として押しつけられるものに拒否反応を示すかもしれない。

これらのジレンマや難問を一箇所に集めて焦点を当てた具体的かつ重要なプロジェクト又はキャンペーンを見つけることが、このような障害に取り組むカギとなるだろう。その重要な挑戦がどのようなものになるかは依然明らかでないが、発展と変化を求め続けることがRoSPAの役割の一部であることは明確である。私たちがこれをしないなら他にだれがしてくれるだろうか?

コメント送付先:新規メールを作成します rbibbings@rospa.com

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訳注1:National Curriculum について
訳語は新しいウィンドウに表示しますhttp://www.nichibun-g.co.jp/joho/it-edu/001/i012326.htmにある次の記述を根拠とした:
「周知のように,現在イギリスでは,1988年教育改革法によって,イングランドとウェールズの学校において,ナショナルカリキュラムとよばれるわが国の学習指導要領にあたる法的資料に規定された教育を行うようになっている。」

訳注2:Crucial Crew、Junior Citizenについて
新しいウィンドウに表示しますhttp://www.crucial-crew.org/に次のような説明がある。
Crucial Crewは、8歳から11歳の学童のために英国中で開かれているワークショップである。地域によってはJunior CitizenとかCitizenship Coursesという名前で呼ばれているかもしれない。このワークショップで、子供たちはさまざまな危険な或いは困難な状況(例えば交通事故、ガス漏れ)の中に置かれる。そしてこれにどのように対処するか、役割演習を行う。

訳注3:Turnbull
本文中では単にTurnbullとあるだけであるが、ロンドン証券取引所に上場している全企業が遵守を義務付けられているコーポレートガバナンスに関する規定のガイドライン(Turnbull report)ではないかと考えられる。HSEのウエブサイト新しいウィンドウに表示しますhttp://www.hse.gov.uk/revitalising/annual.htmでこれについて言及している。

訳注4:Alarp Triangleについて
英国・国防省のページ、新しいウィンドウに表示しますwww.dstan.mod.uk/data/00/025/21000100.pdfPDF[19.1KB]にAlarp Triangleが次のように図解されている。


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