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産業保健における中小企業との結びつき
Connecting with SMEs

資料出所:The RoSPA Occupational Safety & Health Journal
February 2006
(仮訳:国際安全衛生センター)

掲載日:2007.03.08
毎年、英国は労働災害と疾病のために100億ポンドの負担を余儀なくされている。およそ4000万労働日に及ぶ損失日数のうち、3300万日は職業性疾病によるもので、200万人以上が罹病している。2000年以来、政府は、2010年までに職業性疾病の発生を20%、損失日数を30%減少させるという目標を定めて、これを減少させようと努めている。

「ともに健康を維持しよう - Securing Health Together - (2000年7月)」に述べているように、この目標を達成する手段の一つが、予防対策の強化と「職場復帰」活動である。そのためには、適切に訓練された専門家が配置されている産業保健サービスが、全国いたる所で利用できるようになっていなければならない。

しかしながら、現実には、従業員に対して包括的な産業保健の支援を提供している英国の事業者はたった3%である。中小企業では、大企業に比べ必要なリソースを確保することが難しく、このことが、DTi(訳注:Department of Trade and Industry通商産業省)のデータが示すように英国の労働者の健康について重大な意味を持っているのである。

それによれば、2004年に英国で操業している430万の企業(business enterprises)のうち、99.3%が中小企業であって、従業員数は0 -49人であり、0.6%が従業員50-249人の中堅企業であった。基本的に中小企業は、調査時点で英国の雇用2200万人の58.5%を雇用しているのである。

そして、2005年11月に発表される中間時点統計に基づいて作成される「ともに健康を確保しよう、Securing Health Together、SHT」で、これらの目標が達成されるだろうというHSEの楽観論にもかかわらず、政府の戦略と目標には重大な懸念が残っている。

シェフィールド産業保健助言機関(Sheffield Occupational Health Advisory Service、SOHAS)の上席顧問であり、かつシェフィールド大学保健関連学部フェロー研究員であるサイモン・ピックバンスは次のようにコメントしている:「英国にはEUの枠組み指令によって要求されている法律が存在せず、現行法によるのでは、英国が政府戦略で掲げた安全衛生目標を達成することはできないだろう。いずれにせよSHT目標は十分なものではない。現行法においても、20%の残り80%の人々が10年間ずっと職業性疾病で苦しむことを要求している訳ではなくて、本来は0%でなければならない。」

小企業連盟(Federation of Small Businesses、FSB)の安全衛生・リスクマネジメント政策部の議長・メアリ・バウトンも同意見であるが、更に次の点を付け加える:「産業保健は政府がなすべき最優先事項である。しかし、私たちの仕事は、政府が目標を達するのを助けることではない。政策の「消費者(consumers)」(この場合は中小企業の事業主と従業員であるが)のために解決策を見つけるのは、政府の仕事である。 FSBでの私たちの仕事は、会員が安全衛生法令を遵守するために役立つ情報を利用しやすくすることである。会員は法令を遵守することを望んでいるのだから。」

同氏は次のようにも言っている:「実際、中小企業では、大きい企業よりも事業者と従業員の関係が近いので、従業員の健康によく注意できるという場合もある。大きい組織ではそのような関係はなくなってしまいやすい。」

メアリ・バウトンは自分自身が、家畜用の生薬を製造する、従業員15人のDorwest Herbsの経営者という立場から、中小企業が、ある種の無神経な政府命令によって困難を被ることをよく知っている。

「『産業保健サービス』とか『職場復帰プログラム』などの用語を、中小企業のために明確に定義すべきだ。そして、その定義は業種ごとにケースバイケースでなければならない。政府が漠然と何かを言っても全く意味がない。例えば、筋骨格系障害で休んでいた人を職場に復帰させるプログラムは、その仕事で要求される身体的な条件で変わるはずだ。しかし、小企業では、例えば、事務の仕事へ配置転換は難しい場合がある。その仕事にはだれかが既に雇われるので、戻ってくる従業員のポストにはなり得ないからだ。」

中小企業が産業保健サービス(OHS)を従業員に提供することは困難かもしれないということを認識して、HSEは、可能な解決策をテストするさまざまなパイロット・プロジェクトに携わってきた。例えばスコットランドのプロジェクト「安全に、健康で働く(Safe and Healthy Working )」(現在は「健康な勤労生活Healthy Working Lives」))となっている)、業種別のパイロット・プロジェクト「よりよい健康を『築く』(Constructing Better Health)」、地方との協力がどのように機能するかを調べるパイロット・プロジェクト(Kirklees地方当局が指揮している)などである。ウェールズで行われた法人に対する基準を策定する過程からも情報が得られている。また北アイルランドのHSENIも現在、同様の情報交換に参加している。

HSEは、これらすべての経験をまとめた上で、中小企業の状況を改善するよう、また同時に政府目標を達成する可能性を高めるよう設計したモデルを策定した。その結果、HSEは今月中小企業のためにイングランドとウェールズで、タイムリーで新しい、中立的な助言と支援活動に着手することになっている。開発の過程で、このサービスはWorkplace Health Directとして知られていたが、今(2月)からは、「職場の健康ホットライン(Workplace Health Connect)、WHC」という名称で2年間実施されることになっている。

地域支援

第一段階は、イングランド及びウェールズを対象として、中小企業とその従業員に、予防からリハビリまでにいたる情報を提供する助言ライン(adviceline)及びそのウェブサイトとなるだろう。さらに、北西部、東北部、ウェストミッドランズ、大ロンドン地域、及び南部ウェールズに拠点をおく、5つの「先駆者(Pathfinder)」プロジェクトが行われ、対象とする中小企業の約38%をカバーすることになろう。

HSEに選ばれ、HSEと契約した「先駆者」組織は、無料で中小企業の事業所を訪問する。必要性が認められ、かつ他の地方組織と協力して働いている場合は、その代表者が中小企業に対して、専門家の支援が得られる、国及び地方のソースを紹介する。一方「先駆者」組織も、これらのソースを特定して、品質管理評価基準(例えば適切な専門家機関による認証がされているか、或いはその会員資格を持っているかなど)に適合させる責任がある。

HSEは、立ち上げた「職場の健康ホットライン」の具体的な目標を設定している。今後2年間の目標は下記のとおりである:

  • 中小企業経営者へのプラスの影響、すなわち技術移転を成功させ、11万人の労働者のOHS問題の解決を可能にする。
  • 専用の助言ラインへの6万件の通話を処理する。
  • 地域の「先駆者」により5,700回の無料の初期現場訪問を行う。

中立的な助言

これらの目標はHSEに対し規範的な性質を持っているにもかかわらず、HSEは、このサービスがHSEから独立していて、全く中立的なものとするつもりであると強調している。そして、助言ラインや先駆者組織からHSEへ情報がフィードバックされることは全くないと言っている。

「『職場の健康ホットライン』が中立的であって、監督指導を行う当局と関係がないということを皆が確信するようにしなければならない。」とFSBのメアリ・バウトンが論評するように、中小企業に確実にこれを知らせることは重要である。:

「そうでないとすべてが失敗するだろう。そして中小企業はそれに関わり合うリスクを絶対に取らないだろう。中小企業の経営者は、従業員が言うことが自分たちに不利に使われるかもしれないことを非常に心配するだろうから。」

しかし、HSEの意見では、このサービスの全国モデル(いくつかの段階を経て慎重に確立されたものである。)が規範的な性質を持っているのは、有効な評価をするためには必要不可欠なことだということである。この評価は、結局、サリー大学雇用研究所(University of Surrey’s Institute of Employment Studies)が主導する種々の組織によって行われることになるだろう。

メアリ・バウトンも警告している:「どんなサービスでも、地域から見て適切な対象に提供されなければならない。政府にはこれが難しいだろう。客先(この場合中小企業)のニーズは重要だが、種々様々であり、これを考慮に入れなければならない。『先駆者』は産業保健や職場復帰の問題に関して専門家でなければならない。しかし、同時に中小企業の心配事と限界を完全に理解して、それに合ったアドバイスとリソースの紹介をしなければならない。例えば、中小企業のオーナー管理者が簡単に利用できないような、遠くのリソースを紹介するようでは意味がない。他にしなければならないことがたくさんあって、私たちには、時間がない。そうすると放っておくことになるだろう。」

HSEスポークスマンは、「国のモデルと地域のニーズを調和させることは、HSEが、『職場の健康ホットライン』で『先駆者』の役割を果たす地元の契約者を選ぶ過程で達成できている。」と、考えている。選定された申請者は次のとおりである。

  • Enworks Northwest Partnership社−北西部
  • Human Focus Return to Work 社−ウェストミッドランズ
  • Holistic Services 社−ウェールズ
  • Working Links (Employment) 社−ロンドン
  • Accord Consulting Services 社−北東部

例えば、マンチェスターに拠点があるEnworks社は、カンブリアからソルフォードまでの北西部で、企業競争力と環境パフォーマンスを向上させるためのプログラムを支援している企業である。既にさまざまな規模の企業に、実際的な支援と助言を提供する経験が豊富である。

適切なスキルの移転を目指した、HSEの「先駆者」の提案に合わせて、Enworks社はグッドプラクティスが利益につながるようにするために必要な知識とスキルを、顧客会社のスタッフに対して伝える継続的トレーニングプログラムを提供している。また、同社は地域のネットワークを作って、環境とビジネス双方にメリットが出るようにすることを提唱している。同社のウェブサイトでEnworks社は「中小企業が環境パフォーマンスを改善して、競争力において有利な立場を確保すること」を支援する決意を表明している。

利用しやすさ

しかし、SOHASのサイモン・ピックバンスは、全般的に従業員が、「事業者・監督当局クラブ」という形態から疎外されたと感じるのではないかと心配している。彼は、「従業員が自分自身の目的のためにこのサービスを利用できると感じるようでなければならない。さもなければ、一番必要とする人が受益者になるということにならないだろう。」と懸念している。

サイモン・ピックバンスは、この点が、「職場の健康ホットライン」という提案の最大の欠点であると考えて、代案を出している。「HSEは機会を逃したかもしれない。DWP(訳注:労働・年金省Department of Work and Pensions)のJobcentre Plusが行っている「仕事へのアクセスAccess to Work」プログラムは、従業員が仕事を続けられるようにするのを支援するものとしては非常に効果的なメカニズムである。このシステムは簡単だ。従業員がJobcentreに連絡すると、Jobcentreが、問題をどう解決したらよいかを従業員と事業者が議論するためのミーティングを、その職場でセットする。」

「両方の利害関係者の意見をまとめるというこの機能は、自分の知っている限りでは既存の職業性疾病防止プログラムには正式には存在しないが、このやり方は『職場の健康ホットライン』でも使えると思う。HSEは『仕事へのアクセス』プログラムを参考にするべきだった。どちらの組織も労働・年金省の下にあるのだから。」

HSEは、このサービスを利用したがらない従業員に、安心して使ってもらおうと努力している。例えば、従業員が、プログラムの中立性、独立性、有効性を確保する責任をもつ団体を代理人にしたらどうかということを示唆している。この団体、全国利害関係者評議会(National Stakeholders Council)はさまざまな利害関係者、専門家を抱えている。

特に、労働組合会議(Trade Union Congress)の代表及びエンジニアリング事業者連盟(Engineering Employers’ Federation)やFSBなどの事業者団体の代表は、労働安全衛生担当大臣ハント卿を議長として、プログラムの進捗及び関心拡大について議論を行っている。

例えば、中小企業は安全衛生法令遵守に関しては弱点があると見られている。大手保険会社AXA(全国利害関係者評議会に代表を送っている)は、小企業の8%が1974年労働安全衛生法の存在をまったく知らず、知らないうちに法令違反を犯すこともあることに注目している。全国利害関係者評議会が「職場の健康ホットライン」の成功のためにすることができる最も重要な貢献は、全国利害関係者評議会に代表を送っている業種内での意識を高めることである。

例えば、保険業界は、自分たちが疾病防止にかなりの役割を果たせるということに気が付きはじめている。FSBのメアリ・バウトンがコメントするように「保険業界は、問題防止のためにもっとできることがあるはずだ。」

既に行動しているものもいる。2001年以来、AXAはWHCと同様の、但し保険契約者に限定された無料の安全衛生サービスを提供している。

このサービスは、刊行物やリーフレットの形でのガイダンス、さまざまな問題で企業に無料のアドバイスを提供しているAXAのウェブサイト(www.axa4business.co.uk)という形で行われている。

さらに、安全衛生に関して訓練を受けた75人の研究員と、10人のフルタイムの安全衛生のベテランが、AXAの事業者責任保険契約者(中小企業から大企業まで)に対し、さまざまな問題(AXAの事業者責任に関する研究から出てきたもの)を解決するための無料のアドバイスとサポートを提供している。また、品質管理の行き届いたリソースのデータベースを使用して、リソース紹介も行っている。

意識

AXAの責任リスク管理課長、ダグラス・デールは次のように述べている:「私たちは、保険契約者が、英国の法律に従うために何をしなければならないかを確実に理解するようにしなければならない。我々は、リスクアセスメントは行っていないが、保険契約者の業務の中で職業性疾病の原因となりそうなものを見つけ出す「ハザードの見極め(hazard spot)は実施している。私たちが損害賠償請求を受ける危険をなくすようにしたいと思うからだ。」

メアリ・バウトンはこう付け加えている:「請求申し立てが少なくなれば、保険業界にとっても費用が少なくて済む。一般に、保険会社は優れた産業保健サービスを実施すれば、状況が改善するという潜在的な関係を理解していないようだ。中小企業を後押しするために、グッドプラクティスを実施しているところに対しては保険料を安くするなどを行うべきだ。」

現在のところ、ほとんどの保険会社では、AXAが提供するような中小企業に対するアドバイスとサポートは有料である。そして、ダグラス・デールが強調するように、保険契約者の場合だけ、AXAのサービスは無料である。しかしながら、第1段階(2006年8月)で成功すれば、スコットランドの「健康的な職場生活Healthy Working Lives」と並んで、「職場の健康ホットライン」はイングランドとウェールズ中で展開され、そのときは現在のスコットランドの例のように、すべての中小企業に対してこのような保険会社のサービスが無料になるだろう。

従って、「職場の健康ホットライン」の発足は、警戒と希望が混じりあって迎えられている。メアリ・バウトンは次のように結論づけている:「『職場の健康ホットライン』は非常に役に立つかもしれない。『国民健康サービス・プラス(NHS Plus)』のようなリソースとして使うことができるかもしれない。中小企業の経営者と従業員に詳しい情報を与えてくれるものは何でも歓迎である。今後2年間で、それがどんな風に受け入れられて、産業保健のデータが改善されるかどうかは興味のあるところである。利用されるかどうかは、世に出される方法、対象の絞り方、周知方法で決まる。FSBは必ずウェブサイトでそれを促進するつもりである。そして、それが全国的に展開されることを願っている。」

この記事の出典[英語]は国際安全衛生センターの図書室でご覧いただけます。