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企業経営者の統治と責任
Governance and liability

資料出所:The RoSPA Occupational Safety & Health Journal
February 2006
(仮訳:国際安全衛生センター)

掲載日:2006.10.18

 政府は、現在検討されている、法人殺人罪(corporate manslaughter)という新しい罪は、企業に対して適用されるのであって、役員・上級管理者といった個人には適用されないことを強調している。 RoSPAの労働安全アドバイザー、Roger Bibbingsが、組織で権限を行使する人は、統治の失敗に関して罪を負うという、ある程度のリスクを受け入れなければならないという議論を展開する。

 教師が修学旅行の引率を拒否する、そして、不慮の死亡事故の責任をを恐れて、NHS(国民保健サービス)トラストの役員が辞任する。

実際には、そのようなふるまいは平均からほど遠いものかもしれないが、政府は、それが「過度のリスク回避」につながる「警戒カルチャー」とでも言うべきものではないか、そしてそれがいわゆる「クレーム文化」によってあおられるのではないかと深刻に懸念している。

実際、政府のスポークスマンは災害補償申し立ての件数、金額ともが、現実には低下してきていることを示す国家財政委員会の数字を受け入れている。しかし、それにもかかわらず、政府は、責任ある立場の人が、ちょっとしたことでも何かの被害に結びつけられて訴えられるのではないかと恐れることが増えていて、これが皆を「過度のリスク回避」に向かわせているのではないかと感じている。そうなると、価値を生むチャンスが失われ、社会は損失をこうむる。

この問題に関する資料としては、最近、英国安全衛生庁(HSE)が始めたウェブによる「合理的な安全に関するディベート」と現在の政府の補償法案(Compensation Bill)がある。

(筆者の2005年9月Parting Shots参照:http://www.rospa.com/occupationalsafety/partingshots/[別窓]- chapter 16)

この法案は、怠慢に関する既存の慣習法を明確にしようとするもので、合理的な配慮や合理的な技能の行使によっても避けることのできない不都合な出来事に関しては、怠慢の責任はないということをはっきりさせようとするものである。

第1条は、いろいろな活動(例えば野外における教育や健康に関する介入など)が「望ましいことである」ということを法廷に考えさせることによって、思慮に欠ける行為(訳注:過度の訴訟をさすものと思われる)を制限しようとするものだが、個人傷害に関する法律家協会(Associationof Personal Injury Lawyers (APIL)などの団体から、既存の判例法に何も追加されていないではないかと厳しく批判されてきた。ただAPILは、「クレーム増やし(claim farming)」という無節操な習慣を抑制するために、法案の条文は実際支持しているのである。

しかしながら、法人殺人罪(Corporate Manslaughter、CM)に関する政府法案が出てきたことは、恐らく、より重大な意味を持つだろう。この法案については、下院の内務及び総務委員会、労働・年金特別委員会の合同審査が行われたが、そこではこの新しい罪の早期導入が求められた一方、「重大なマネジメントの失敗(serious management failure)」の意味を明確にするよう求められた。

RoSPA、IOSH、および非常に多くの他の団体がおおむね法案を支持する資料を提出した。これはこの法案が、特に組織のトップレベルにおいて、安全衛生リスクマネジメントに対する、企業としての責任感覚を鋭敏にするだろうと信じたからである。他方で政府は、新しい罪が企業だけに適用されて、その役員や上級管理者個人には適用されないということを強調するのに懸命であった。

それにもかかわらず、例えば、会社が注意義務の重大な不履行(合理的に予想されるかもしれないものよりずっと下のレベルの行為による)によってCMに関して有罪であるかどうかの決定は、役員と上級管理者の行動を分析し、それに基づいて行われるということになるだろう。

したがって、大臣たちが、「役員は個人としては新しい罪の枠組みの中にはいない」と言っても、実際にはもし個人の不作為が、組織が有罪となるほど非常に重大なものであるならば、その人がどうやって通常の過失致死罪で告発されるのを免れるか、また組織とともに労働安全衛生法第37条のもとで安全衛生訴訟の対象となるのをどう避けることができるかは理解しにくい(合同特別委員会の報告書は、この、より厳しいアプローチを支持している)。

政府は、CMは、企業の過ちのうち最悪のケースのためだけに留保しておくものであり、真剣に安全衛生に関するリスクマネジメントの役割を果たしている役員は何も心配することはないと言っている。しかし実際には、役員の安全衛生リーダーシップのグッドプラクティスとはどんなものであるかは、検察官にも被告にも判断が難しいのである。その主な理由は、この問題に対してHSC/Eといった当局が出しているガイダンス(INDG343、www.hse.gov.uk/pubns/indg343.pdfPDFファイル[183KB]で入手できる。)が、依然としてかなり簡単かつ一般的なものだからである。

 英国安全衛生委員会はまもなく、役員の義務をはっきりさせるために、この問題に関して労働安全衛生法を改正するための作業を開始することになっている(これはRoSPAが大いに支持するものである)。

 しかし、改革のプロセスは非常に冗長なものになりそうで、この方向で基本法律を変えようという提案は、十分な議会審議の時間が確保できないという問題と戦わなければならないだろう。

 従ってRoSPAの意見としては、HSEは、補完のために、またパブリックコンサルテーションの周知を図るために、INDG343の改訂と平行して新しい指針を策定すべきである。

もっと良い指針がないことには(それも早急に)、役員は(その指導者・助言者も))CMが行われるようになったときに、いったい何が必要であるかに関してさらに混乱することになりそうである。

さらには、「用心深すぎる対応」という別な危険がある。特にしばしば必要以上にリスクを嫌う顧問弁護士に見られるものである。これは、企業において責任のある立場の者に、いろいろなことで重大な支障が起こった場合、その責任に関する恐怖をさらに燃え上がらせるかもしれない。

これらのすべてを解決するのは、巨大なジレンマである。

80年代及び90年代に発生した惨事(及びその公開調査)の経験と、HSEが行った「効果的な安全衛生マネジメント」に関して行った作業が結びついて、次の二点が確立された:

  • まず第一に、多くの災害の原因はゼーブルッヘ事故(訳注:1987年に起こった死者・行方不明者135人の海難事故)に対するSheen 審問が「組織のずさんさ(organisational sloppiness)」と呼んだものの中にあるということである。そして
  • 第二は(これに関係して)すべての非難を、ある気の毒な、大体は権限のない個人にかぶせるのは認められないということである。その個人というのは、安全に関する失敗の連鎖の最後の環であり、その人の間違いが、不安全状態を悲劇に変えてしまったのであるが、間違いとは、通常、機能的な欠陥、注意を逸らすもの、情報不足、相反する業務上の要求、技能の不足など複合して起こるものである。

責任

惨事というものは組織的な安全の失敗であるという理解が進むにつれ、その組織の中でリーダーシップをとる立場の人の責任に対する見方が厳しくなっただけでなく、その人たちはもっと公的に責任をとるべきであるということが要求されるようになった。例えば、法人責任センター(Centre for Corporate Accountability)のような団体の仕事が支持されるようになってきた。これは、組織の予防体制の欠陥で大惨事が起こっても、個人としてはだれも責任を問われない場合に、その犠牲者の家族や友人が不公平感を強く抱いたことから来るものもあった。

もちろん、大きな組織では特に、「役員会が効果的な安全衛生マネジメントの仕組みを精査しかつそれを確保することをしなかった」ことが、ある特定の災害につながったということを示すのは非常に困難であることが多い。

災害の原因は複雑であることが常だし、そして特に大きな組織では、災害は、多くの異なったレベルにおける予防の失敗が組み合わさって起こる傾向がある。

安全衛生違反で役員の訴追にこぎつけられるのは、程度の差こそあれ、役員が直接指揮をとっている小さな組織に限られる傾向があるのは、この理由によるものである。

それにもかかわらず、経営者や管理者がこの因果関係の多様性を利用して、死亡・重傷災害を引き起こしたシステムの欠陥についての自分たちの最終責任を否定しようとしたり、逆にその組織に思いがけない成功が得られたときに追加報酬や表彰(ボーナス、栄誉など)を受ける資格があると主張したりするようなことがあれば、それは明らかにとんでもないことである。

この意味で、成功と失敗は二つの等しくかつ反対のエンドポイントであって、組織を担当する者はどちらにも同じく責任をもつべきものである。前者(成功)に対する報酬の可能性の魅力は、後者(失敗)による処罰の可能性という等しくかつ反対の心配とバランスするべきだという議論もあるかもしれない。

この意味で、アメとムチが平等であることは、自然な正義感覚と企業家のリスク負担のカルチャー双方と共鳴するものである。しかし、このことは、例えば小さなチャリティといったボランティア団体には当てはまらない場合がある。そこでは受託者が無報酬で自分の時間を割いているのに、同時に事業者であることによる責任を引き受けているのである。

政府は、組織による過失致死という新しい罪で訴追されるのは極めてまれなことになるだろうと示唆しているが、これで例えばNHSトラストといった団体の役員や管理職の恐怖は十分鎮められるだろうか?

組織の統治機構の中で占めている自分の立場のために、自分の個人資産や或いは自由さえもが、許容できないリスクにさらされているのではないかと恐れている人は多い。

また、例えば、表彰とか監査の所見といったプラスの資料を強調することで、安全衛生分野での自分の組織の能力を誇示したいと考えている役員の多くが、自分の組織の安全衛生マネジメントにおける美辞麗句と、現場で実際に行われている恐るべき作業方法のギャップを内心では非常に心配しているかもしれない。彼らは、これら現場の出来事が実際に危害に至っていないのは、判断より幸運のおかげであるということを認識しているのだ(もっとも、率直に認めたがらないだろうが)。

要するに、組織を指導する責任をもつ立場の者の大部分は、実際は自分たちがコントロールしている訳ではまったくなく、その意味で安全衛生マネジメントは指揮系統のずっと下にいる人がマネジメントシステムと現実の仕組み(放っておけば確実に悲劇につながるであろうような)のギャップを自発的に埋めてくれているから、成り立っているのだという不安感を持っている訳である。

政府が、役員や上級管理者がもっと安心できるように、慣習法による責任や過失致死法(さらには安全衛生の訴追方針)をさらに厳しくすることを決めるようなことがあれば、それはまことに遺憾なことである。

役員が効果的に安全衛生マネジメントをリードする場合の「適切な注意義務」とは何かをもっと明確にすることが必要であることは明らかである。この意味で、不適切なリスク回避(例えば、投資をしないとか、上のポストを受けないなど)が広がらないようにするために、経営者には訴追リスクは本当はどの程度なのか、罰金はどれぐらいなのかについて、もっと確実な情報を与えなければならない。

しかし、一般的に、社会において指導的立場にある人は、個人としてもっとたくましくなってほしいということを要求することも必要だ。指導者としての公共的義務の一部として、組織の中で権限を行使しようとする者は、マネジメントが失敗したときに罪を負うというなにがしかのリスクを受け入れなければならない。

上級管理者に安全衛生の失敗に関するリスクをはっきりさせるのに役立つものがもう一つあるかもしれない。それは更生させ救済するための罰(restorative and remedial penalties)にますます焦点が当たるようになっていることである。

惨事のあとには、もちろん「正義」の要求があるのは当然だが、巨額の罰金を課したり、投獄したりするよりは、むしろ、裁判所がその組織に対して、根本的なマネジメントの欠陥を正すよう命令したほうが、実際は「正義」がよく実現されるのである。

会社について言われてきたことだが、それらは「法人」ではあるが、非難を受け入れる魂もなく、罰せられる肉体もない。単に多額の罰金を課すことは、実際には恐らく最も罪が軽い株主と従業員が罰せられるだけかもしれない。

公共部門の場合は、長期的に見れば、それは殆ど処罰ということにはならず、単に現金が公共部門から国家財政委員会に流れ、また帰ってくるということになるだけである。

これがRoSPAや他の団体が、安全衛生に関する違反には、改善のための判決に重点を置くよう、声を大にして求めている理由である。そして実際、HSEと内閣府双方が現在、この問題で公開討論を展開しているのである。

また、この仕事(会社が代価を払わなければならないだろう)を監督するために、HSEの外部の安全衛生専門家を任命することによって、法廷は「汚染者負担原則(polluter pays principle)」に基づく安全衛生の監督指導を支援する、新たな専門的意見を利用することができるようになるだろう。

不適切なリスク回避と戦いながら、組織の説明責任を強化させるのは簡単でない。が、しかし、つまるところ不可能を可能にすること(squaring circles)が政治の成せる業なのである!

コメントは:rbibbings@rospa.comまで。
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