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HSL(イギリス安全衛生庁安全衛生研究所)訪問報告
Laboratory conditions

資料出所:The RoSPA Occupational Safety & Health Journal
March 2006 P.20
(仮訳:国際安全衛生センター)

掲載日:2007.03.28

この記事は、HSLにおける安全衛生の全般に及ぶ業務の動向についての報告であり、労働衛生に関する最新の質の高いいくつかの業績の紹介と今後の取り組み方針について報告している

Nick CookがBuxtonのHSE安全衛生研究所Health and Safety Laboratory (HSL:イギリス安全衛生庁安全衛生研究所)を訪問し、労働衛生各分野の科学者と技術者から、最新の業績についての状況を聞いた。HSE安全衛生研究所(HSL)は、Buxtonに近いDerby-shire Peak Districtに位置している。そのスタッフの大多数である300人の科学者と技術者の運営責任者であるNorman Westは、「私たちの生きるか、死ぬかは、私たちの科学の質にかかっている。」という。

HSLは、1911年に設立され、その業務の範囲は、安全衛生の全般に及ぶ。広い範囲の専門家が1つ屋根の下に集まっていることは、アイデアと取り組みの交流と相互刺激のために有益な機会をあたえている。組織の規模は、設備の整った化学装置のパイロットプラントや細胞衝突技術(collision cell technology)を備えた誘導結合質量分析(ICPMS)などの高度の施設と技術を有する大きさである。

HSLの年間予算3,100万ポンドのおよそ85%は、HSEからのものである。HSLはHSE(英国安全衛生庁)に属する機関であるが、HSEからの委託でない業務を行うことが期待されているとともに、HSEからの業務委託に対して大学および他のサービス提供機関と競争しなければならない。HSLは、現在においてHSE以外から400万ポンドの収入を得ている。この収入源は、ロールスロイスやシェルなどの一流会社から、多数の中小企業まで広い範囲にまたがっている。HSLにおける最近の業績の一部を紹介する。

生物学的モニタリング

職場における化学物質に対する個人ばく露を評価する方法の主な2つとして下記がある。

環境濃度分析−空気中の汚染物質の濃度測定などにより、職場環境中の化学物質の存在を測定する。

生物学的分析−血液、血しょうまたは尿の分析により、人体中の化学物質の存在を測定する。

人体内に実際に吸収されたものを測定するため、作業者のばく露状況を知るためには、生物学的分析がすぐれていると主張されている。一方の職場環境の測定によってばく露を評価するには、多かれ、少なかれ、推論が必要である上、ばく露を見逃すことがある。例えば、汚染物質の空気中濃度による職場環境調査では、皮膚から吸収されたものを見逃してしまうことがある。

生物学的モニタリングは、これらを見逃すことがないが、血液の定常的な採取が難しい、尿の採取が嫌われる、生物学的ばく露限界値の範囲がまだ十分に示されていないなどの実用上の問題が残されている。

HSLの科学者たちは、これらの問題を解決する呼気サンプラを開発した。呼気を逆止弁経由でシリンジに吹き込むとき、呼気である肺胞からの空気だけがシリンジ(注射型容器)に捕集される。次いで、捕集された130mlの肺胞空気のサンプルは、鉛筆の大きさのスチールケースに入った吸収チューブをサンプラの片端に取り付けて、プランジャーを押すことにより、肺胞空気が吸収チューブを通過し、チューブ内の吸収材料が肺胞空気中の汚染物質を吸収する。吸収された汚染物質の分析を実験室において行う。

呼気サンプラの利点は、サンプリングを極めて容易とすることである。わずかな教育訓練によって、だれでもそれを使用できるようになる。呼気サンプラは、HSE検査官のための器具として開発されたのだが、現在においては、ハイジニスト、医師、看護師、安全衛生管理者および作業現場管理者によって使用され、多くの産業で役立っている。

その例としては、ドライクリーニングに使用される溶剤であるパークロロエチレンへのばく露の検出と測定、接着剤を靴に使用する作業者、脱脂作業でパークロロエチレンにばく露の作業者、染料の溶剤にばく露の印刷作業者などがある。

呼気サンプラは、一般環境問題への応用としても使用されており、HSLと民間企業との提携により市販されている。その商品名は、Bio-VOC Samplerである。

呼気サンプラは、生物学的サンプルの採取において、画期的なものではあるが、在来からの採取方法に全面的に置き換わるものではない。あらゆる物質が、血液から肺胞を通じて呼気中に排出されるだけの揮発性を有するわけではないので、呼気サンプル採取の対象は、有機溶剤などの揮発性物質に限定される。金属などに対しては、血液または尿のサンプリングがいまだに必要であり、HSLはこれらの分析方法の開発を進めている。

皮膚汚染

HSLは、化学物質が皮膚および一般作業環境をどのように汚染するかを検出する手段およびモニタリングする手段にも取り組んでいる。吸入によるばく露を減少させるために、揮発性の高い化学物質を低い物質に代えることが、多くの場合に行われてきたが、これには、その代償が求められる。空気汚染の問題に対処するために、空気中に揮発しにくい物質に代えることにより、表面汚染の問題が生じるのである。皮膚は人体において、最も大きい器官であり、汚染によって重大な問題の生じるおそれがある。

化学物質の皮膚ばく露によって問題を引き起こすおそれがある業種には、調髪、建設、印刷および農耕が挙げられる。皮膚汚染による作用には、皮膚自体に対するものと皮膚を通して血流中に入り、身体の器官に対して生ずるものとがあるが、いずれにせよ、皮膚へのばく露をモニターし、抑制することは極めて重要である。

HSLは、この問題に対処するために重要な機能を有する蛍光対話型ビデオばく露システムFluorescence Interactive Video Exposure System (FIVES).を開発した。

 このシステムの概要は次のようなものである。

  • 身体の全体に均等に紫外線の照明が当たる12面体のボックスを用いる。
  • 作業者が皮膚ばく露の生ずる実際の作業を行う場合に、例えば、農業作業者であるなら、取り扱うのは殺虫剤なので、殺虫剤を蛍光染料で標識するか、蛍光染料に置き換えるかの二つのやり方がある。
  • これらのやり方により、作業終了後、保護衣や手袋を外して12面体のボックスに入ると、皮膚の汚染された状況をその場で目視することができる。
  • 作業により生じた皮膚ばく露の状況を明確に知ることができるため、ばく露を減少させる作業方法を知るのに役立つ。この評価は定性的なものだけではなく、ビデオカメラと画像処理プロセッサにより皮膚上の染料の量を計算することができる。
  • また、保護具の使用が適切かどうかを点検することができる。紫外線照射ボックスに手を入れたとき、蛍光物質が存在しなければ目に見えない。歯磨き状の物質をチューブから絞り出し、手に塗ってボックスに入れると鋼青色に輝く。これはグロゲルムと呼ばれる物質で、さまざまに応用をすることができる。
  • 手の保護クリームの作業前と作業後の状態を知ることができる。紫外線照射ボックスに手を入れると、保護クリームが適切に塗られているかどうかを判断できる。
  • グロゲルムは汚染状態を示すことができる。例えば、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)の危険性があるヘルスケア施設における作業者の手指消毒の有効性を点検するのに役立つ。
  • グロゲルムを手袋の外部に塗り付けた後、手袋を脱いでから紫外線照射ボックスに手を入れ、グロゲルムの付着状態を点検すれば、手袋の取り外し手順が正しいか否か判断することができる。
  • 呼吸用保護具を顔面から外すとき、汚染が周辺にどう広がるかを知ることができる。

FIVESは、視覚的に汚染の状況を容易に知ることができるので、すぐれた教育のツールである。正しい手順が身についていない作業者の行動を変えさせる大きい効果がある。

イソシアネートへのばく露

HSEは、自動車修理産業全般、特にスプレー塗装工に注目している。この理由は、自動車修理のスプレー塗装において使用されるイソシアネート2液型塗料に強力なプライマーとラッカーが用いられることにある。換気と個人用呼吸保護具の使用にもかかわらず、自動車修理産業のスプレー塗装工が職業性喘息に罹患する率は、英国労働人口全体の同罹患率の80倍である。

HSLはこの理由を見いだすにおいて貢献した。スプレー塗装工がスプレーガンを止めた後、スプレーされた塗料が室内またはブースから、完全に排出されるには長い時間を要することを明らかとしたのである。残留している塗料は、見えないし、触れることができないし、においもないので、残留しているとは思われない。スプレー塗装室およびブースの換気は、一般に考えられているより効果が低いにもかかわらず過信されているという問題が明らかとなった。また、塗装した車や部分を確認するために、呼吸用保護具の顔面カバーを持ち上げるとき、イソシアネートに対する高いレベルのばく露が生じることも明らかとなった。ばく露源を見つけるのは、1つの成果だが、これを確実に除くのは、全く別の問題なのである。

HSEは、この問題について周知するために、HSLと共同して安全と健康の日(SHAD)を開催することとし、国内各所で実施された。参加したのは、最もリスクのあるスプレー塗装工が主であったが、事業場主も出席した。各々のSHADは、おおむね半日行われ、その中心は、モデル自動車を使用したデモンストレーションであって、通常のスプレー塗装室で起こる現象を視覚的に理解させるものである。スプレーガンから出て来る塗料は、高速度なので多くのエネルギーを有し部屋中に分散する。清浄な空気で希釈しても、ミストが消えるまでには長時間を要することがわかるので、顔面カバーを持ち上げることが職業性喘息の原因になることの理解が得られる。このような視覚デモンストレーションは、強力な教育の手段である。

また、HSEとHSLが塗装工場の事業者に求めているのは、スプレー室が煙で満たされたのち、清浄になるまでに要する時間の測定と表示である。塗装作業を終えた後、スプレー室内が清浄になるまでに必要な時間を知っておくことは重要なことである。

SHADのプログラムには、喘息にかかった作業者の症状を示すビデオが含まれている。ビデオによって、イソシアネートばく露によりどのような症状となるかが説明され、さらにHSLの医師による身体的リスクの説明がある。業界関係者からの話に加え、HSEの監督官から、関連の法律および従業員が罹患したとき、塗装工場の事業者が直面する訴訟のリスクについての説明がある。

視覚化

ELVは、ばく露レベル視覚化Exposure Level Visualizationの頭文字語(isを付加)である。ELVISは、BuxtonのHSLで生まれ、成長してきた。初登場したのは、およそ20年前で、ハイジニストが作業解析に使用することを意図しており、作業者の作業状況の撮影とばく露の測定とを同時に行うものである。これにより、作業において最も高いばく露を受けるのがどこであるかを知ることができる。作業の特定の部分で起こる短時間のピークを把握するのに有効であることが明らかとなった。短時間であっても極めて高いばく露が、ばく露の平均値を高くしているので、このようなピークを減少させれば、ばく露の平均を減少させることができるのである。

この方法においては、ばく露を短時間で測定できる機器が必要であるが、ドライクリーニング施設で使用されるパークロロエチレンなどの揮発性有機化合物の測定には、光イオン化検出器(PID)が用いられる。これは、脱脂操作や化学プロセス作業のばく露モニターにも用いられる。

視覚化は、作業解析のために極めて有効である。作業の状態を写したビデオ画面に、リアルタイムのばく露データのグラフがリンクして表示されるので、作業のどの部分のばく露が大きいかが明瞭となる。

今後の取り組み

この記事では、HSLによって行われている業務のごく一部を紹介した。この10年間において、HSLのカルチュアは重大な変化をしており、これが特にHSE以外の業務への移行に反映している。運営責任者のNorman Westは、「HSE以外の業務の割合を25%まで増加することを望んでいる」という。

そして、絶えず変化している世界に対する一層の新しい挑戦が続けられている。このような挑戦の1つが、ナノ材料に関連したリスクである。研究所は、ナノテクノロジーに関連する安全衛生問題についての会議をすでに主催して成功をおさめており、さらにこの材料に関する状況の密接なモニターを続けている。他の挑戦として、新しい燃料技術の出現への対処があり、すでに加圧下水素取り扱いの安全問題について、シェルと提携して取り組んでいる。それに加え、鳥インフルエンザの問題があり、ウィルスに関する学者を募集中である。

この組織体が生きるか、死ぬかは科学の質にかかっているとの結論は、当然のことである。HSLの健康状態は、極めて良好であった。

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