著者 エリザベス・アンバル
子供の先天性欠損症(奇形)の原因が業務に関係している可能性があるとして、子供が親の雇用主の責任を訴える事例が増えている。塗装工、溶接工、自動車整備工、消防士、理容師、客室乗務員、獣医、農場労働者、宝石職人、板金工など、何百万人もの労働者が業務上の危険有害要因にさらされた結果、その子供に先天性欠損症、出生時低体重、発達障害または行動障害、ガンなどのリスクが高まっている可能性のあることが、研究によって明らかになった。原因として疑われているのは、風疹やトキソプラズマ症など、生殖毒素と生物学的物質である。
このため管理者は、これから生まれる労働者の子供たちを保護するという、困難な課題に直面することになる。
ジレンマ
だが生殖毒素のおそれがある業務への女性の就業を、その意思を無視して制限することは解決策にならない。1991年、連邦最高裁は、胎児の発育に障害が及ぶ可能性があることを根拠に、女性を就業させないのは違法であるとの判断を下した。
だが事業者が生殖能力のある労働者をすべて、危険な状況から遠ざけることができたとしても、その結果、大半の労働者が排除されることになってしまう。リプロダクティブヘルスが危険にさらされるのは、女性だけでなく男性も同じだからである。男性の場合も、生殖毒素にさらされると胎児に障害が及ぶ可能性のあることを証拠だてる事例が増えている。
こうしたことから、事業者には法的義務が生じる。
「安全で衛生的な環境作りを試みる上での事業者の利益を守るために、一定の人々を差別にならない方法で区別するにはどうしたらよいのか。これが最大の問題だ」と語るのは、企業弁護士でマイアミのフォード&ハリソンのパートナーであるペドロ・フォーメント氏である。
胎児が訴える
「事業者は、成人に安全で健康的な事業場を提供するためにあらゆることができる。胎児の発育に対する新たな保護策を要求するとするなら、その範囲はどこまで拡大すべきか」と問いかけるのは、ワシントンの全米製造業協会のクエンティン・リーゲル副理事長である。「この点については、OSHAはなんの規制も設けてこなかった」
OSHAには、リプロダクティブヘルスへの危険有害要因を規制する基準はない。ただ鉛、エチレンオキシド、ジブロモクロロプロパン(現在は禁止)に対する基準で、リプロダクティブヘルスへの危険があることを認めている。エチレングリコールエーテルに対する基準は1993年に原案ができたが、最終決定に至っていない。
化学物質への暴露と、これによる出産への影響を政府が規制しないなら、労働者は訴訟を起こすことになるであろう。労働者が、生殖機能や胎児への損害について自分自身で訴えを起こせば、労災補償制度による救済の対象になる。だが労災補償法は、企業が故意に労働者に傷害を負わせたのでない限り、労働者が企業を訴えることを禁止している。
労災補償法が適用されない過失事件の裁判では、原告は、故意性や危険有害要因の認識の有無さえ証明する義務はなく、個人を保護すべき義務があることだを証明すればよい。こうした裁判では、保護されるべき個人すなわち第三者は当該労働者の子供ということになる。
「問題は、こうした新種の訴訟では原告は労働者個人ではなく、その子供になるという点だ」とリーゲル氏は語る。「労災補償法が適用されないのだ」
事業者と胎児
こうした訴訟では、労働環境にある危険有害要因と健康への悪影響との間に関連性があることが証明され、企業に防止対策をとる余地がある場合、事業者は責任を問われるという前例を作ることになる。
「原告グループが明らかな因果関係の存在を証明できれば、事業者は防止策を講じる義務が生じる」とリーゲル氏は言う。
因果関係が証明されなくても、先天性欠損症にかかわる事案は企業にとってきわめて高くつく。
たとえば示談が成立したIBMの裁判では、2人の元社員が、毒性化学物質への暴露が原因で子供に先天性欠損症が生じたとして訴えた。ザチャリー・ラフィングという少年(現在16歳)が、生まれつきの顔面奇形のために正常な呼吸ができなかったのである。少年の両親は、1980年代にニューヨーク州イーストフィッシュキルのIBMの半導体工場で働いていた。裁判では4,000万ドルの損害賠償が請求されていたが、示談の詳細な内容は不明である。
最高裁の判決と、労働者の子供による訴訟の結果、事業者は不公平な立場に置かれることになったとリーゲル氏は主張する。
「公共政策によるある種の保護の結果、労働者の雇用の権利が守られるとするなら、そうした義務に付随して生じる可能性のある事態については、事業者に対し一定の救済措置が認められるべきだ」
男性、女性、その胎児を含め、すべての人にとって安全な事業場を作ることが、その解決策になると主張する安全衛生専門家がいる。
「ある種の労働環境と生殖機能障害との間に、関連がある可能性のあることを示す科学的証拠が増えているため、こうした訴訟は増えると思う」とリーゲル氏は語る。
リプロダクティブヘルス
ここでは解明されていない点があまりに多いということも問題である。商用化されている7万種の化学物質の大半は、生殖機能への影響が検証されていない。国立安全衛生研究所(NIOSH)によると、動物実験では1,000種を超える化学物質が生殖機能に影響があることが証明されているが、人を対象とした研究はほとんど行われていない。
妊婦を対象に化学物質を試験することは、医学倫理と社会通念から許されない。ほとんどの調査は、労働者に業務と暴露について聞取り調査を行う方法をとっている。記憶が頼りで、標本数が少なく、先天性欠損症の分類方法にも違いがあるため、有効な結論を得るのがむずかしい。
アトランタの疾病対策予防センター(CDC)に新設された先天性欠損症・障害センターの疫学者、アドルフォ・コレア博士は「こうした制限が考えられるため、我々の手元にある一連の証拠からどのような結論を引き出すべきかの判断がむずかしい」と語る。コレア博士は、博士のセンターがNIOSHと共同で進めている新しい研究により、なんらかの答えが得られると期待している。この研究では、5,000件を超える先天性欠損症が4年間にわたって調査されている。
NIOSHの監督危険性評価および実地調査部門に設置された、産業規模の調査グループの疫学部門主任であるエリザベス・ウェラン博士は、危険有害要因への暴露がどのように発生しているか、または、そもそも暴露が起きているのかさえ、解明するのがむずかしい場合が多いと言う。
生殖毒素が障害を引き起こす場合、3つの経路が考えられる。第1に、母親が直接暴露する場合。第2に、父親が衣類や器具などに付着した毒素を自宅に持ち帰る場合。第3に、精液を通じて伝達される場合である。
NIOSHのリプロダクティブヘルス・アセスメント部門の責任者、スティーブン・シュレーダー博士によると、男性に関する調査で、以下のような一定の関連性が明らかになっている。
- 塗装業と子孫の口蓋裂
- 建設業と子供の脳腫瘍
- 殺虫剤と精子異常
- 鉛と水銀への業務上暴露と配偶者の流産
- 有機溶剤と先天性欠損症
シュレーダー博士によると、男性と女性を対象とした最新の研究分野は、内分泌撹乱物質である。これはホルモンのような働きをする物質で、これに暴露した労働者の子供が成長した際、健康に悪影響がでるおそれがある。
ただシュレーダー博士は、事業場の生殖毒素と先天性欠損症との関連についての研究は、全体としてまだ結論を出す段階にないと主張する。
保護のための対策:現実的な解決策
生殖機能に対する危険有害要因に暴露したとして、自分を雇用している会社が訴えられかねない状況にあっても、妊娠する可能性のある女性、妊婦、また子供を持ちたいと考えている男性を、管理者が特定の仕事から隔離することは許されない。
「ほとんどの安全衛生管理者は、労働者が扱っている化学物質が催奇性物質(先天性欠損症に関係している)かどうかを知らない。むずかしいのは、決定的な一覧表といったものがないことだ」と指摘するのは、この問題で企業に助言している独立の環境衛生安全コンサルタント、ダン・マーキェビッチ氏である。
マーキェビッチ氏は管理者に対し、まずニューヨークにある地球防衛基金(Environmental
Defense)のウェブサイト(www.scorecard.org)を参照するようすすめている。自社の扱うどのような化学物質が、法的問題、またはリプロダクティブヘルスに関する問題の原因になりうるかを理解し、そのうえで企業は関連データを自社のハザード・コミュニケーション(危険性の周知)に統合すべきだと言う。
そして化学物質に懸念を抱いている労働者が妊娠したり、子供をもうけたいと考えた場合、当の労働者と労働者の主治医の双方との間で、十分な意思疎通を行うことが決定的に重要だと指摘する。労働者と企業が協力すれば、合理的な暴露限界を定めることは可能である。
フォード&ハリソンのフォーメント氏は、企業と労働者の保護は、法的な枠を超えた友好的な話し合いで実現すべきだと言う。
「企業が、安全衛生プログラムの一環として、一定の便宜をはかることを会社の方針にするよう助言したい。この方針によって、会社は労働者を危険な状態にさらしたくないということ、なぜなら会社は労働者の経験と力を頼りにしているからだということを明確にすべきだ」とフォーメント氏は言う。
マーキェビッチ氏は、リプロダクティブヘルスと安全のための対策をとらない会社は将来的に問題を抱えることになると言う。
「働く母親や出産年齢にある女性がこれほど増えたことは、かつてなかった。労働者が男性だけだった時代はとっくに終わったのだ」。