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国際安全衛生センタートップ国別情報(目次)> 「団体による過失致死罪法」はスコットランドをもっと安全にするための王道となるか?

「団体による過失致死罪法」は
スコットランドをもっと安全にするための王道となるか?
The High Road to a Safer Scotlnd?

資料出所 : Safety Management
May 2006
(仮訳 国際安全衛生センター)

掲載日:2006.12.04

※編注
「団体による過失致死罪法」については、JICOSHウェブサイト『イギリスの「団体による過失致死罪」に関する法案』を参照されたい。

労働組合や安全キャンペーン推進者は、前進だとして歓迎した。取締役協会は、反企業的魔女狩りだとして退けている。計画段階にしてすでに、スコットランドの新しい「団体による過失致死罪」法については賛否両論がある。以下に、マグリゴール法律事務所商事訴訟部のローラ・キャメロンが、提案されている法律を概観し、これが本当にスコットランド地方に対する投資の妨げとなるかどうかを考える。

「団体による過失致死罪」法制定の問題以上に大きな注目を集めたものはかつてなかった。これはスコットランドでは特にそうであって、過去の数カ月の展開の結果、この改革が潜在的に経済にもたらす影響を懸念する多くの大企業の主要関心事となった。スコットランドの法律がより厳しくなることで、このマーケットへの投資が妨げられることになるのだろうか?

背景

昨年4月15日、スコットランドでの「団体による過失致死罪」に関する法律を検討するために専門家グループが設立された。スコットランドで世間の注目を集めていたTransco社の「法人による殺人」の訴追を裁判所が却下したことで、一般大衆が動揺したことが明らかになったため、キャシー・ジェーミソン法務大臣が行動を起こしたものである。

この事件の背景は悲劇的なものであった。1999年12月にガス爆発によって家が破壊され4人家族の一家が死亡した。Transco社は当初、1974年労働安全衛生法第3章と過失殺人(culpable homicide、スコットランドでmanslaughterに相当するものである。)で訴追された。

過失殺人の訴追は2004年に控訴院によって却下された。控訴院は、「委員個人はずっと同一人でなくとも、13年間にわたって存在する委員会を利用して会社の『統治精神』を確立することは可能だったはずだ」との主張を退けたのである。多くの著名人がこの判決を批判した。そしてスコットランド政府が法律の見直しに着手したのである。

専門家グループの報告

専門家グループは2005年11月17日に報告書を提出した。彼らは「団体による過失致死罪」法案で国会と協力することを選ばず、スコットランドに対する勧告を策定することを選択した。

報告書は、グループの大多数が、英国の法律との整合よりも、スコットランドに適した法律を制定することが重要だと考えたと述べている。要約すると提案は以下の通りである。

  • 無責任の結果生ずる「団体による過失致死罪」の新設
  • 企業の起訴に続く二次的な罪。これは取締役と上級管理者の行為又は不作為が、死亡事故に対するかなりの原因となった場合に、彼らに対して適用されるものである。
  • 会社が起訴されるか否かに関係なく、取締役又はその他の者に対する独立した罪であって、彼らの無責任な行為又は不作為が直接死亡事故の原因となっている場合に適用される。
  • スコットランドで発生した死亡事故(会社がスコットランド外に置かれていても)に対してのみならず、スコットランド内に置かれている会社の行為の結果、スコットランド外で発生した死亡事故にも適用される法律であること。
  • 「証券取引所を通じた企業統治、新株発行による罰金支払い、地方自治体命令など、さまざまな刑罰。

実際に機能するのか?

スコットランド政府が決定をまだ公表しておらず、まだ法案も起草されていないにもかかわらず、スコットランドの弁護士たちは、この案に取り組もうと待ち構えている。この新しい罪について、解釈、挙証責任、法律執行のためのリソースの問題が起ってくると思われるからである。

主たる罪

本質的な罪は、会社の従業員、代理人又は役員の無責任な行い(行為又は不作為)によって死亡事故が起こった場合に発生する。

無責任な行いとは何か?専門家グループは次のような定義を勧告している。即ち、その行為又は不作為によって明白かつ重大なリスクが生じると気づいている、又は気づくべきであるにもかかわらず、合理的な人間であれば取ったであろう行動を取らなかった場合、人は無責任に行動したということである。

これはその行いには何らかのリスクがあることを知っていながら敢えてリスクを冒す人、及びリスクに気づいていないが、客観的に判断すれば気づいているべきである人の両方を包含している。

検察は、故意に無責任であったと立証する必要はないだろう。その行為又は不作為がリスクを引き起こすことを認識しておくべきだったということを証明するだけでいいだろう。

現行法と比較してどう違うのか?

多くの解説者が、新しい法律の必要性について疑問を呈し、これは単に名前の付け替えではないかと指摘した。1974年労働安全衛生法の第2条又は第3条による起訴は、弁護が非常に難しいからである。

検察がしなければならないのは災害が起こったことを証明するだけというケースがしばしばある。そうなると、被告側が、災害を防止するために合理的に実施できることはすべて行ったと証明しなければならなくなる。

これは容易なことではない。災害のあとで行われた安全検証の9割で、そもそも災害を防止するために「合理的に実行可能であること」がもっと存在したということが示されているのである!

このシナリオを新しい法律案と比較してみよう。いつも弁護士のために豊富な仕事の土壌となる「合理性」の検証がしのばせてある。また、挙証責任も考えてみよう。新しい法律の案では、これは検察側の責任である。これは安全衛生法では「合理的に実施可能」を使った弁護を被告側が証明しなければならないのと異なる点である。

無責任であったと判断するためには、裁判所は現在の安全衛生法令への遵守がどうであったかを調べなければならないということが示唆されている。訴追される者には二重の危険があるのだろうかという疑問がでるだろう。対象者を「団体による過失致死罪」で訴追することは可能であるが、この訴追を支える証拠は他の法令の要求事項に対する違反である。

新しい法律案では、もし企業が災害防止のための方針と手順を持っていたということを証明できるようであれば、「適切な配慮義務」による弁護ということが想定されている。

また、会社にはこの方針と手順を補強する「企業文化」があり、「悪い文化(即ち、違反を助長し、黙認し、また違反につながるような文化)」が興るのを防止するために合理的な措置を行ったことを示さなければならないだろう。

挙証責任は被告が負っているが、もちろんここまで行くのは、告発が合理的な疑いの余地がない程度に証明される場合だけである。

他の問題

取締役と上級管理者は、自分の無責任な行為又は不作為が直接死亡事故の原因となった場合、新しい罪に直面する。ただ、既に労働安全衛生法第37条でそのような罪があるではないか(殆ど使われていないが)と思うのは尤もである。

多くの企業が管轄区域の問題に関して懸念を持っている。インドでの死亡事故で本当にスコットランドで起訴されるのだろうか?そのような法律案の建前を気にする必要はない。実際の調査ということからみればこれは非現実的になる可能性がある。

どのようにして法律の執行が行われるかということには大きな疑問符がつく。考えられているのは、HSE及び警察との連携であるが、HSEは少ないリソースで過剰な仕事を抱えており、警察も複雑な安全衛生事項を調査するのに十分な体制はないと言える。従ってこれが実際にはどのように機能するか予測するのは難しい。

もちろんスコットランドは、起訴が成功したあとで、英国政府によって費用を回収してもらう権限を持っていないので、このリソースのことは未解決問題として残る。

刑罰

当然のことだが報告書は罰則についてある程度検討している。現在の「団体による殺人」法と安全衛生法の下では、会社は金銭的な罰を受けるだけであり、取締役や上級管理者が刑務所に入れられるのも非常に限られた条件の場合のみである。新しい法律案での刑罰には次のようなものがある:

  • 売り上げや利益を基準にした罰金、又は会社の株の価値を下げる新株発行による罰金(こうすれば巨額の罰金のコストが消費者や労働者に転嫁されるのを防ぐことができる)。
  • 会社から、違反に関連する活動の資格を剥奪する。
  • 「証券取引所を通じた企業統治」により、再度の違反を防ぐための組織の変化を要求する。
  • 会社に、地域のためになるプロジェクトを引き受けさせる地域奉仕。
  • 違反者の有罪の公表を命令し、会社の評判を悪化させる。
  • 改善が実施されるまで独立の安全衛生管理者を任命する。
  • 取締役に判決の際出廷することを要求する。
  • 企業登記局に有罪判決を連絡する。

売り上げや利益に基づく金銭的な刑罰は実施可能であろうが、新株発行による罰金の場合は法的な困難がずっと大きい。「証券取引所を通じた企業統治」及び地域奉仕命令は新しいが、これは一般の要求されている社会的及び損害回復的司法に対する答えとなり得るだろう。

最後に

最後になるが、これはスコットランドの問題に対するスコットランドの解決策として議論されているものである。新しい法律は英国全体を対象としたものにはならないだろう。このような法律に直面することになる場合、企業はスコットランドでビジネスを設立したくなくなってしまうだろうか?この新しい法律案の悪影響はもっと厳密に検討する必要がある。

ローラ・キャメロンはマグリゴール法律事務所商事訴訟部に所属する共同経営者で、グラスゴー事務所で業務を行っている。同氏は安全衛生法を専門としており、いくつかの英国のトップメーカーの代理者として活動したことがある。