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職業性ストレス : ヨーロッパの場合
Work-related stress: the European picture

欧州安全衛生機構発行「Magazine」5号
(仮訳:国際安全衛生センター)

この記事のオリジナルは下記のサイトでご覧いただけます。
http://osha.europa.eu/publications/magazine/5/en/index_3.htm



Tom Cox と Eusebio Rial-González
(欧州安全衛生機構優良事例トピックセンター システム・プログラム担当、英国ノッティンガム大学労働・衛生・組織研究所)
職業性ストレス : ヨーロッパの場合

職業性ストレスは仕事に対する強い拒否感を示す感情的反応である。

 職業性ストレスは些細な問題ではなく、ストレスを受けた人間の行動を変え、生活の質を低下させ、健康を害する。

 十年以上前から欧州連合は一貫して職業性ストレスを、労働者の健康を損なうだけでなく組織の健全性を脅かす職場の大問題ととらえ、注目してきた。

 欧州財団(European Foundation)が1996年と2000年の二度にわたって行った労働環境に関する調査によると、28%の労働者がストレスによる問題を抱えており、筋骨格系障害(それぞれ30%、33%)に次いで発生件数が多かった。さらに、欧州連合及びその他の地域で行った調査(Coxほか、2000年)によると、休業日数の50%から60%は、職業上のストレスが関係している。

 この調査結果からも明らかなように、職業性ストレスによる人間の苦悩と業績の低下の両方を考えあわせると、多大な損失が出ていることがわかる。職業性ストレスが労働者の心身の健康に深刻な影響を与えるのはもちろんのこと、組織にも悪影響を及ぼすのがわかっており、例えば高率で発生する欠勤と労働移動率、安全操業の欠如、従業員のモラル低下、不十分な技術革新、生産性の低下など、「組織病」のさまざまな症状が露呈してくる。

 その結果、先進国の間では職業性ストレスに対する関心が、メディアだけでなく一般大衆の間でも高まってきている。労働者の健康を守り、ひいては組織の効率性を守るため、その対策をめぐり欧州連合の議員や国レベルでの取り組みがなされている。

 理事会指令89/391/EEC、そして加盟国レベルで制定された法は、労働安全衛生の法律上の範疇に職業性ストレスをしっかりと位置づけている。そして、ほかの安全衛生の諸問題と同様、職業性ストレスにも防止活動に力を入れたリスク管理モデルを採用するなどの論理的かつ体系的なアプローチで取り組むようにとの強い期待がこめられている。

 職業性ストレスが大問題であることは確かだが、ストレスが時として「定義も管理も難しい、ある意味で主観的な事象にすぎないのではないか」という誤った印象を与えてしまうことがある。このような誤った考えが広まってしまうと、事業者も労働者も問題に対処するにはどうすればよいかわからなくなって不安にかられ、無力感に苛まれる。ところが実際に、何人かの研究者たちがこの問題に少しづつ違う視点で取り組んだところ、ストレスの定義と管理を行うための枠組みについてほぼ見解が一致したのである。

 周囲から自分に課せられた要求と、その要求にこたえるための個人的能力および環境資源の間に不均衡が生じると、人間はストレスを感じる。こうした要求と能力・資源の不均衡は、社会的なサポート(仕事でも仕事以外でも)などの要因によってかなり緩和される。

 要求と能力・資源を評価するプロセスは心理的なものだが、ストレスが影響を及ぼすのは心理面だけではない。ストレスは肉体や社会の健全性、そして作業の改善や生産性にも悪影響を及ぼす。(Kawakami and Haratani,1999;Kristensen,1996; Stansfeld et al.,1999; Devereux et al. 1999)

  Jason Devereux博士が本誌の3号(作業関連性筋骨格系障害の予防)で述べているように、安全といった、労働にとって重要な要素が、ストレスによって確保できなくなる可能性もある。また、筋骨格系障害の罹災には、ストレスが関係しているように思われる。それゆえ、職業性ストレスの原因を究明することはそれ自体大切なことだが、筋骨格系障害問題の管理とそれによる労働災害の原因を解明する上でも重要である。

ストレスの原因:物理的そして心理社会的危険要因

 労働環境のどの要因が従業員の職業上のストレスを誘発する危険因子となるか、研究者の多くは一致した見解を持っている。こうした危険要因は大まかに身体的危険要因(生物学的、生体力学的、化学的、そして放射線学的)、そして心理社会的危険要因の二つに分かれる。

 身体的危険要因に暴露される職業にはたえず不安がつきまとい、その結果職業性ストレスを経験することを余儀なくする。また、心理社会的危険要因は仕事の計画、管理、組織化といった側面、そしてその社会的および環境的な情況であり、それは心理的、社会的、身体的な危害の原因となる可能性がある。こうした結果の多くはストレスと直結している。図1はストレスと関係のある職業上の要因をグループ別に10のカテゴリーに分けている。これらのカテゴリーは「職場の情況」か「職務内容」のいずれかに分類される。

図1:職業上のストレスと関係のある要因(Coxほか、2000年より引用)

種類 危険要因

職場の情況
組織文化と職能 コミュニケーション不足、問題解決や個人の能力開発の援助に不熱心、組織の目標が不明確
組織における役割 役割があいまい、役割をめぐる摩擦がある、責任を付与する
キャリア開発 キャリアの停滞と不確実性、昇進が早すぎる、昇進が遅すぎる、給料が安い、仕事が不安定、仕事に対する社会的評価が低い
意思決定の裁量権/管理 意思決定の権限がほとんどなく、仕事の管理ができない(特に意思決定に参画するというかたちで管理できるかどうかは、やはり職場の情況に分類される問題であり、組織の大きな課題である)
職場の人間関係 社会的あるいは物理的孤立、上司との関係が悪い、人間関係に摩擦が生じている、社会的支援の欠如
家庭生活との両立 仕事と家庭生活の両立が困難、家事への協力が得られない、二重キャリア問題

職務内容
職場環境と職場の設備 施設と設備の信頼性、有用性、適合性に関する問題、保全修理に関する問題
仕事の設計 単調な仕事、仕事のサイクルが短い、はんぱで無意味な仕事、能力を発揮できない、不確定要素だらけの仕事
作業負荷と仕事のペース 作業負荷が重すぎたり軽すぎたりする、自分で仕事のペース配分ができない、時間に追われすぎる
仕事のスケジュール 夜勤などのシフト制、融通性のない仕事のスケジュール、予測のつかない勤務時間、長時間労働あるいは時間外労働

 労働界では絶えずかなり大きな変化が起きている。図2は、最近出現してきた新しいかたちの労働形態の特徴をまとめたものである。16世紀の医学者、パラケルススも書いているように、新しい労働慣行が誕生すれば、それに伴い安全と衛生を脅かす新たな危険要因が発生する(すでに存在する危険要因が顕在化することも考えられる)。これらの新しい労働形態に加えて、ヨーロッパの労働人口のなかで若年層の占める割合が減少し、高齢者層が増加しているという人口統計学上の変化の影響もある。

図2:変化する労働形態


  • 遠距離通信を利用しての在宅勤務や職場での情報コミュニケーション技術の利用
  • 自己管理による労働とチームワーク
  • 雇用形態の変化:企業の小型化、アウトソーシング、下請け、グローバリゼーション
  • いくつもの役割や技術を提供する、労働時間のシフト制や時間外労働など、労働者の側に柔軟性が要求される
  • サービス業の労働人口が増加している

 労働形態と労働人口がたえず変化しつづけることにより、職場のストレスの管理は、相関するさまざまな問題(社会的不平等、差別、職場の暴力やセクシュアルハラスメントなど)と、年齢、障害の有無、民俗的背景、性別など、多様化する労働人口を考え合わせ、より広い文脈のなかで取り組んでいく必要性がある。これらの問題を全部統合させて、職場のストレス問題に取り組んでこそ、包括的で好結果を期待できる戦略がたてられるだろう。これは研究者、管理職、労働者そして欧州連合の政策立案者にとって一つの課題である。

未来にむけて:優良事例を奨励する

 欧州安全衛生機構への報告書に示したように、過去30年の間にストレスに関する研究は飛躍的に進み、職業性ストレスの発生原因も、もたらす結果についてもかなり解明されてきている(Coxほか、2000年)。知識をうまく実践に移す手助けをするのに十分な知識がすでに得られていると我々は考えている。欧州委員会発行の『職業性ストレスに関する手引き(Guidance on Work-related Stress)(欧州委員会、2000年)』にもほぼ同じ内容の記述があり、この考え方はそれに賛同するものである。 以下に『職業性ストレスに関する手引き』からの引用を記す。

「労働衛生の分野で犯される最大のあやまちは、従業員の職業上のストレスや原因、結果をこと細かに描写したりして綿密な研究を行うだけで、そこで終わりにしてしまうことである。ただ原因を分析するだけで、治療をするでもなく、ましてや予防など考えもしない。このままではただ傷に塩を塗り込んでいるようなものである」

 今最も大切なことは、すでにある豊富な知識を現実の世界、そして労働環境、規模も機構も業種もまちまちなたくさんの労働組織にあてはめる方法を開発し、テストすることである。ヨーロッパの安全衛生法は、これを実行するための枠組みとしてリスク管理モデルを提案している。ほかには欧州連合各地の研究機関が作成したリスク管理モデルの改良版がある。改良版は職業上のストレスの原因となったり、悪化させたりする心理社会的危険要因を扱えるようにリスク管理モデルを調整したものである。研究機関のなかで有名なのは、フィンランド労働衛生研究所、オランダ雇用労働研究所(TNO Arbeid)、そしてイギリスの労働衛生組織研究所である。リスク管理モデルは、ヨーロッパの安全衛生法の要求に従い、予防第一の考えに基づく組織レベルの介入に力を入れている。リスク管理はヨーロッパ中のほとんどの組織で浸透しており、すでに枠組みになっているという強味もある。

 職業上のストレスを予防し管理する戦略を立案し、科学的評価を行うことは、この分野に携わる研究者、実務担当者、そして欧州連合の政策決定者にとって大きな課題である。リスク管理に基づく効果的なストレスマネジメント戦略の開発だけでなく、その戦略を職場や組織で実行し利用することにおいて、本当の意味で成功をおさめるには社会的パートナーの全面的な支援が不可欠である。欧州安全衛生機構は率先して、この重要な分野で進歩をとげるために誰もが知る必要のある情報を伝えている。

 欧州安全衛生機構がヨーロッパ週間の旗印のもとに打ち出した優先事項はきわめて時宜を得ていた。彼らは関係機関と専門家が一体となり、科学の発展と法律に則った行動をもって職業性ストレスに取り組んでいくことを強調した。

 本誌には、欧州連合各地から寄せられた一連の短いケーススタディや実録が掲載されており、安全衛生の枠組みのなかで職業性ストレスがいかに上手に管理されているか理解できる。これらのケーススタディとためになる情報を読んで勇気づけられた人たち全員が、労働者の健康と組織の健全性を実現するために行動を起こしてくれることを期待する。

参考

「Council Directive 89/391/EEC of 12 June 1989 on the introduction of measures to encourage improvements in the safety and health of workers at work(1989年12月の理事会指令(Council Directive)89/391/EEC:職場における労働者の安全と衛生の改善を推進する方法の導入に関する指令)」. 『Official Journal』 L183, 29/06/1989 p. 0001 ‐ 0008 .

Cox, T., Griffiths, A. J., & Rial-Gonzalez, E.. (2000年). 「Research on Work-related Stress(職業性ストレスに関する調査)」. Report to the European Agency for Safety and Health at Work. Luxembourg: Office for Official Publications of the European Communities(欧州共同体の公式刊行物はルクセンブルグ事務所まで). http://osha.europa.eu/publications/reports/stress にアクセスすれば入手可能。

Devereux J., Buckle P., & Vlachonikolis I.G. (1999年). 「Interactions between physical and psychosocial risk factors at work increase the risk of back disorders: an epidemiological approach(職場における身体的および心理社会的危険要因と腰の疾患の因果関係に対する疫学的研究)」. 『Occupational and Environmental Medicine(労働環境医学)』, vol. 56, no. 5, pp. 343-353.

欧州委員会発行、 (2000年)、 「Guidance on Work-related Stress ‐ Spice of life or kiss of death?(職業性ストレスに関する手引き-人生のスパイスか、死の接吻か?)」. Luxembourg: Office for Official Publications of the European Communities(欧州共同体の公式刊行物はルクセンブルグ事務所まで). 

European Foundation for the Improvement of Living and Working Conditions(生活および労働条件改善のための欧州財団)(1996年) 『Second European Survey on Working Conditions 1995(労働条件に関する第2次欧州調査1995年)』. Dublin: Ireland.

European Foundation for the Improvement of Living and Working Conditions(生活および労働条件改善のための欧州財団)(2001年) 『Third European Survey on Working Conditions 2000(労働条件に関する第3次欧州調査2000年)』. Dublin: Ireland.

Kawakami, N., & Haratani, T. (1999年). 「Epidemiology of job stress and health in Japan: Review of current evidence and future direction(日本における職業上のストレスと衛生に関する疫学的考察:最近の証拠と将来の方向性について)」. 『Industrial Health(産業衛生)』, Vol.37, No.2, pp.174-186.

Kristensen, T.S. (1996年). 「Job stress and cardiovascular disease: A theoretic critical review(職業上のストレスと心臓血管疾患:理論的批判的考察」. 『Journal of Occupational Health Psychology(労働衛生心理学)』, I (3), 246-260.

Stansfeld, S.A., Fuhrer, R., Shipley, M.J., & Marmot, M.G. (1999年). 「Work characteristics predict psychiatric disorder: prospective results from the Whitehall II study(労働の特徴による精神医学的障害の予測:ウィトフォールII世の研究に基づく考察結果)」. 『Occupational and Environmental Medicine(労働環境医学)』, 56, 302-307.