EU OSHA News 26.06.2008

EUにおいては、全人口の中の5千万人(11%)が精神疾患を経験し、多くの国々でうつ病が最重要な健康課題となっている。
このため、2008年6月にブラッセルで開催のハイレベル会合において、「欧州メンタルヘルス対処方針(Pact)」が策定された。
うつ病と自殺、若年者と教育、職場、高齢者、烙印と排斥の5つの分野について、
それぞれの現状認識と今後行うべき取り組みが示されており、それぞれの分野ごとに詳細を記した合意文書が付されている。
職場における取り組みについての対処方針および合意文書の概要を紹介する。
欧州メンタルヘルス対処方針
欧州メンタルヘルス対処方針 3 職場における取り組みに関する項の概要
労働の速度やその性質の変化は、メンタルヘルスや精神的安定の圧力となる。
それに起因する労働者の常習欠勤及び労働不能の増加問題を解決し、
彼らを労働力に迎え入れて生産性の向上を図るための対策が必要である。
政策立案者、ソーシャルパートナーや利害関係者は職場において、次の様な活動を行うことが推奨される。
メンタルヘルス問題を抱えた者が社会との一体性を保つために、職場は中核的な役割を果たすのである。
- 作業組織と企業カルチュアの改善、対策のためのリーダーシップの発揮、職場と家庭における融和
- リスクアセスメントによるストレス要因排除プログラムと早期予防対策
- 健康回復、リハビリテーション、職場復帰の支援
職場における取り組みに関する合意文書
原資料題名と所在
CONSENSUS PAPER:
Mental
Health in Workplace Settings
合意文書の概要
- リスクファクター
雇用されること、即ち働くことは身体、メンタルヘルス両面にとって有益である。
職場においてメンタルヘルスを維持することは、業務の生産性や、国際競争力を高めることにもつながる。
また、職場の健康促進活動を通じて、一般市民の健康も促される。
健全な職場カルチュアと環境は、労働者を精神的にも支えることになり、
メンタルヘルスの問題を患った人々の社会参加を支援するのである。
メンタルヘルスの問題は、職場を離れたところで気付かぬ内に発症し、
職場において明らかになり、深刻化する場合がある。
社会心理的なストレスへの脆弱性、燃え尽きなどの諸問題は、
欧州における労働の性質が変化すると共に複雑になってきている。
最近の欧州労働安全衛生機構の調査では、仕事の安定性の低下、
有期労働契約の増加、仕事の激化(仕事量の増加に伴った付加報酬が供与されない場合が多い)、
職場におけるいじめや暴力、
仕事と生活のバランスの不均衡などがメンタルヘルス問題の心理的リスクファクターになっていると報告された。
- メンタルヘルス問題による損失
ヨーロッパ全域において仕事関連のストレス及びメンタルヘルス問題により起因する
アブセンティズム
(absenteeism-常習欠勤)、失業、長期障害休業給付金による社会の負担は増大しており、
今や多くの国において筋骨格系問題により生じる損失を上回っている。
2007年におけるイギリスの長期障害休業給付金の40%(39億ユーロ−約6000億円)は精神障害によるものであった。
現在メンタルヘルス問題により障害給付の申し立てをする者の数は失業給付の申し立て数を上回っており、
その他のいたる国でも増加の傾向にある。
1970年〜2007年オランダにおいては、精神障害により労働不能となった者の数は着実に増加し、
2003年においては休業補償対象者の35%に達した。
1993年〜2002年オーストリアにおいて、業務関連原因による欠勤の総数は13%減少したものの、
メンタルヘルスに起因するものは56%増加した。
尚、欠勤の期間については、女性では72%、男性では37%増加したが、
この傾向はヨーロッパ各国でも共通して見られる。
- アブセンティズムとプレゼンティズム
職場の精神的支援の無い中で、メンタルヘルスの問題を抱えながら働き続けることにより、
職務の遂行ができないことを常習欠勤の
アブセンティズム
absenteeism(不在―absent)に対して
プレゼンティズム
presenteeism(存在―present)という。
これより生じる企業の損失を推定するのは大変難しいが、
ある調査では常習欠勤だけによる損失の50%〜500%にも及ぶとされている。
- 改善対策
このような事態を改善するために、企業は組織レベルで個人のメンタルヘルスと向かい合う必要がある。
また労働者にとって、多くの時間を過ごす職場は集団レベルでの健康促進の場ともなり得る。
健康な組織と作業環境、
あるいは労働者の潜在能力を最大限に生かせるようなカルチュアを築くために雇用主と労働者の協力関係は不可欠である。
まずその第一段階として、職場のストレス要因を特定し排除するために、
ストレスアセスメントチェックリストが有効である。
メンタルヘルス対策には、その問題に精通したライン管理者や代表社員が大きな役割を担っており、
彼らの知識や認識は問題について気兼ねなく話し合えるような職場作りに役立つ。
また、その他の労働者にも、充実していながら、短期間で費用のかからない教育指導を行い、
さらには特別講師や世話役を巻き込み、個人個人のストレスに対する回復力と、
ストレス対処能力の強化を図る場合もある。
あるイギリスの調査では、
職場のスクリーニング計画で症状を特定された後に認知行動療法処置や医療支援を受けた者の仕事への定着度は、
個人で一般的な治療を受けた場合よりも高く、労働時間も長いと報告されている。
また長期の病欠の初期段階よりその後定期的に産業医から連絡を受けるなどの他者の介入は、
労働者の職場復帰を促すものである。
復帰は徐々に、まずはパートタイムやフレックスタイムより行われることがあり、
非難や差別を受けることのないような開示の仕方にも、注意が必要である。
- 職場復帰の促進
職場復帰促進政策は、欧州全土で広がりを見せている。
職場におけるメンタルヘルス問題への理解の改善は、
その問題を抱える労働者を労働力に組み入れるのに極めて重要である。
症状が深刻で退職もやむを得ない例も数多くあるものの、
支援があればキャリアを継続し、働いていける者も多く存在する。
また人は、働くことで自信や生活の質を高めることが出来る。
職場に復帰することこそが症状の回復の鍵となる可能性があるのである。