写真と年表で辿る産業安全運動100年の軌跡 新しい取り組みの時代(平成11年〜現在)

バブル崩壊後の景気低迷が続くなか、「リストラ」という名の雇用調整も進んで、国民の間に“閉塞感”がみなぎるようになった。平成14年以降、新興工業国やアメリカの景気拡大に支えられ、景気の回復がみられたが、平成19年からの石油の高騰、平成20年のアメリカ発の金融不安による外需の落ち込みはさらに大きな経済収縮をもたらした。
このような中、平成11年、ウラン加工施設における臨界事故や鉄道トンネルにおけるコンクリート落下事故等を契機として、「安全を最優先する気風や気質」を育て、社会全体の安全意識を高めていくことの重要性が改めて確認され、「安全文化」の創造に向けた官民一体の取り組みが進められた。しかし、その後も事故は続き、平成15年には大規模製造業における爆発・火災などの重大事故が相次ぎ、政府の要請により行われた自主点検の結果、安全管理への問題点がクローズアップされた。このような状況の中、安全衛生管理を組織的、体系的に行う新たな仕組みを導入する必要性が認識されるようになり、安全衛生のグローバル化とも相まって、労働安全衛生マネジメントシステムやその中核的な取り組みであるリスク低減のためのリスクアセスメントが一躍脚光をあびるようになった。
また、多様化する技術の進展とともに、産業界で使用される化学物質は5万種を超え、安全衛生上の問題となってきたため、事業場の自主的な化学物質管理の強化が叫ばれ、その取り組みが進められるようになった。
さらに、少子高齢化、女性の社会進出、第三次産業比率の増大、パート・派遣労働者の増加、深夜業の増加、IT化の進展等、社会経済状況に様々な変化が生じ、能力主義や成果主義の導入が広まった。このような背景の中で、厚生労働省が平成14年に実施した労働者健康状況調査では、仕事や職業生活に強い不安やストレスを感じる労働者が6割を超えるなど、メンタルヘルスへの取り組みが重要な課題となった。

 

年表(平成11年〜現在)

 

平成11年1999年 出来事・平成11年 東海村のJCOで臨界事故 死者2人
  • 労働省から「労働安全衛生マネジメントシステムに関する指針」(平成18年改正)が公表される。
  • ISO14121「機械類の安全性−リスクアセスメントの原則」が制定される。
  • 中災防が、労働安全衛生マネジメントシステム研修会が開始される。

解説
東海村の臨界事故
平成11年9月30日、茨城県内の核燃料加工会社で起きた臨界事故により死者2名、被爆者667名という国内最悪の原子力事故が発生した。 会社では当初、科学技術庁から許可を受けた正規の工程で作業を行っており、この方法で作業を行えば臨界に達することはなかった。ところが、事故後の調査により、科学技術庁に届け出ないまま何回も作業工程を変更する違反を積み重ね、それを「裏マニュアル」としていた事実が明らかになった。さらに、事故が発生した当日の作業は、この裏マニュアルからも逸脱する無謀な方法であった。この会社では臨界に関する安全教育が実施されておらず、安全管理に対する会社の体質も厳しく指摘された。
わが国初の臨界事故は、各界で「安全」を見直すきっかけとなった。内閣府による「事故災害防止安全対策会議」の報告書では「安全文化」という言葉が生まれ、その後の安全運動の考え方の主流となったのである。
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平成12年2000年 出来事・平成12年 営団地下鉄(現東京地下鉄)日比谷線列車脱線衝突事故が発生 死者5人
  • 最高裁が自殺と長時間労働及びうつ病との間の因果関係を認め解説、安全配慮義務違反による企業の損害賠償責任を肯定する判決を出す。
  • 「化学物質等による労働者の健康障害を防止するため必要な措置に関する指針」が公表される。
  • 「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」が公表される。
  • 中災防で、リスクアセスメント実務研修会が開始される。

解説
過労自殺に企業責任を認めた最高裁判決
平成2年4月に広告代理店へ入社した当時24歳の労働者は、企画立案などの業務に携わっていたが、長時間残業、深夜勤務、休日出勤などの過重労働が続き健康状態が悪化し、うつ病になって平成3年、自宅で自殺した。最高裁第二小法廷は平成12年3月の判決で「会社側には長時間労働と健康状態の悪化を認識しながら負担軽減措置(安全配慮義務)を取らなかった過失がある」として、原審同様会社の責任を肯定し、過失相殺の部分について原審に審理のやり直しを命じた。
原審の東京高裁では、平成12年6月につぎのような和解が成立した。
(1) 会社は遺族に謝罪するとともに、社内に再発防止策を徹底する。
(2) 会社は一審判決が命じた賠償額(1億2600万円)に遅延損害金を加算した合計1億6800万円を遺族に支払う。
過労自殺と企業責任の問題について、原点となった最高裁判例である。
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平成13年2001年
解説
国際労働機関(ILO)が「労働安全衛生マネジメントシステム(OSHMS)ガイドライン」公表
国際標準化機構(ISO)による労働安全衛生マネジメントシステム(OSHMS)の標準化は過去に3回検討されたが、反対意見も多く3回とも見送られている(1997年、2000年、2007年)。
一方、2001年に国際労働機関(ILO)が、OSHMSのガイドラインを公表している。これは、ILOが労働災害防止について国際的に責任を有している唯一の機関であり、政・労・使の3者で構成されていることから、ガイドラインを作成する機関としてふさわしいという理由による。ILOのOSHMSガイドラインは、国際機関が公表している唯一のものである。
品質や環境マネジメントシステムと異なり、労働安全衛生は各国の労働事情も考慮する必要があり、特にアジアでは各国の実情に合わせたOSHMS国内基準が独自に作成されている。
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平成14年2002年 「VDT作業における労働衛生管理のためのガイドライン」が公表される。
平成15年2003年 出来事・平成15年 栃木県黒磯市のブリヂストン栃木工場で火災、付近住民1708世帯、5032人に避難指示出来事・平成15年 新日本製鉄名古屋製作所のガスタンクが爆発
  • JISHA方式適格OSHMS認定事業、建設業向けのCOHSMS評価サービス事業が開始される。
  • ISO12100「機械類の安全性−基本概念、設計のための一般原則」が制定される。
  • 「職場における喫煙対策のためのガイドライン(新ガイドライン)」が公表される。
  • 中災防会長が労働災害防止対策の徹底のための緊急アピールを行う。

平成16年2004年 出来事・平成16年 関西電力美浜原発3号機で蒸気漏れが発生、死者4人
  • 「大規模製造業における安全管理の強化に係る緊急対策要綱」が公表される。
  • 「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」が公表(平成21年改訂)される。

平成17年2005年 出来事・平成17年 JR西日本福知山線において列車脱線事故 死者107人出来事・平成17年 石綿取り扱い工場の作業者や周辺住民の健康被害が社会問題となる。
  • 厚生労働大臣が、重大災害等の防止を緊急要請する。
  • 石綿障害予防規則が公布・施行される。
  • 日本経済団体連合会、各業界団体・企業に対して、「石綿による健康障害防止対策の徹底」を要請する。
  • 労働安全衛生法が一部改正され、リスクアセスメントの努力義務、安全管理者の選任時教育、製造業の元方事業者による作業間の連絡調整等や過重労働・メンタルヘルス対策等が盛り込まれる。

解説
石綿取り扱い工場の作業者や周辺住民の健康被害
石綿が建材として使用されている建築物等の解体作業中の石綿ばく露を防止するため、平成17年7月に「石綿障害予防規則」が施行された。また、平成18年9月より代替が困難なものを除き、石綿の製造、輸入、譲渡、提供、使用が禁止されている。
その一方で、平成17年、石綿製品を製造する工場やその協力会社の多数の従業員が、石綿に起因する肺がんや悪性中皮腫で死亡していたことが報道された。その後、石綿を取り扱っていた従業員だけでなく、その家族や地域住民にまで健康被害が拡大していたことが判明し、大きな社会問題になった。
石綿による健康障害は、ばく露後10〜50年経過してから発症することから、石綿を取扱う事業場を2、3回転職した場合は、原因となった事業場を特定するのは難しい。また、従業員の家族や地域住民は、労災補償の対象にはならない。このような問題に対応するため、平成18年に「石綿による健康被害の救済に関する法律」が制定され、石綿により健康被害を受けた者およびその遺族への医療費等の救済給付が開始された。
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解説
福知山線の列車脱線事故
平成17年4月25日午前9時18分頃、福知山線列車(7両編成)が塚口駅・尼崎駅間(兵庫県尼崎市)を走行中に脱線し、先頭の2両が線路脇のマンションに激突、死者107名(乗客106名及び運転士)、負傷者562名の大惨事となった。スピードオーバーに対応するATS(自動列車停止装置)を装備していないなど安全を軽視し、利益を優先した経営や安全管理のあり方が社会的な問題となった。
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平成18年2006年
  • 「危険性又は有害性等の調査等に関する指針(リスクアセスメント指針)」が公表される
  • 「化学物質等による危険性又は有害性等の調査等に関する指針」が公表される。
  • 「労働者の心の健康の保持増進のための指針(メンタルヘルス指針)」が公表される。
  • 製造業における元方事業者による総合的な安全衛生管理解説のための指針」が公表される。

解説
製造業における元方事業者による総合的な安全衛生管理
製造業の事業場においては、業務請負等が増加するなど、就業形態が多様化し、様々な労働者が同じ場所で働く「混在作業」が多くなっている。厚生労働省が平成16年2月に公表した「大規模製造業事業場における安全管理に係る自主点検結果」においては、元方事業者と関係請負人の労働災害発生率(年千人率)は、5.09と11.32であり、関係請負人の方が2倍以上高くなっている。連絡合図の方法が異なることによる確認ミスやお互いの作業工程を知らないことによるトラブル等、混在作業による労働災害の増加が危惧される中、平成18年4月の改正労働安全衛生法では、新たに造船業を除く製造業の元方事業者に作業間の連絡調整の実施等が義務付けられた。また、「製造業における元方事業者による総合的な安全衛生管理のための指針」が示され、労働災害防止のための混在作業の総合的な安全衛生管理の一層の推進が求められている。
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平成19年2007年 出来事・平成19年 過労が原因で脳・心臓疾患にかかり労災認定された人が過去最多となる。出来事・平成19年 派遣労働者の労働災害が多発する。
  • 「職業上の安全及び健康を促進するための枠組みに関する条約(ILO第187号)」の世界最初の批准国となる。
  • 「機械の包括的な安全基準に関する指針」が改正される。

解説
派遣労働者の労働災害が多発
平成15年に労働者派遣法が改正(平成16年3月施行)され、これまで派遣業務が認められていなかった製造業務への派遣が解禁された。
派遣労働者の死亡災害事例を見ると、安全衛生教育の未実施、資格の未確認等、派遣元及び派遣先の安全管理に不備が見受けられる。

 

派遣労働者の労働災害による休業4日以上の死傷者数等
  平成16年 平成17年 平成18年 平成19年 平成20年 平成21年
死傷者数 667 2,437 3,686 5,885 5,631 2,864
派遣労働者数(万人) 約227 約255 約321 約381 約399 約230
千人あたりの死傷率 0.29 0.96 1.15 1.54 1.41 1.24

 

注1: 派遣労働者は、派遣元から提出された労働者死傷病報告を集計したもの。
注2: 平成16年は、同年3月1日以降に新様式の労働者死傷病報告により提出されたものを集計したもの。
注3: 派遣労働者数は、労働者派遣事業報告を各年度で集計(一般労働者派遣事業の常用雇用労働者及び登録者と特定労働派遣事業の常用雇用労働者を加算)したもの。
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平成21年2009年 出来事・平成20年 過労や職場のストレスが原因で、精神疾患にかかり労災認定された人が過去最多となる中災防が、ゼロ災運動現場力強化キャンペーンを実施する。
平成22年2010年 事業主団体や業界団体など38団体が「産業安全運動100年記念事業実行委員会」を組織し、「産業安全運動100年記念事業」の実施を決定する。
平成23年2011年 東日本大震災。

 

 


エピドード
医療機関のヒヤリ・ハット情報収集
国内の大学病院など236医療機関で発生した「ヒヤリ・ハット事例」は、平成20年に22万3,981件に及んだことが財団法人・日本医療機能評価機構のまとめで分かった。前年を1万4,765件上回り、統計を取り始めた平成17年以来、過去最多となった。最も多かったのは、薬の処方・投薬に関するもので、4万6,952件(21.0%)。報告件数の増加は、医療事故防止を目的としたヒヤリ・ハット情報の収集事業が定着してきていることの表れであり、今まで見過ごされてきた危険、今後のヒヤリ・ハットに至る原因の特定とその対策が期待されている
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エピソード
アンケート結果が示すOSHMSの効果
OSHMS促進協議会(注)では、会員傘下の700事業場を対象としたアンケートを平成22年1〜2月に実施し、278事業場から回答を得た(回収率39.7%)。そのうち、「OSHMSを構築し実施している」と回答したのは68事業場(24.5%)であった。OSHMSの効果について、この68事業場の9割は安全衛生水準が向上したと回答している。(下図及び下表参照)

 


(上位7意見のみ)
(注)
厚生労働省指針に沿った労働安全衛生マネジメントシステム(OSHMS)の産業界における円滑な普及、定着の促進を目的として平成12年11月に設立された協議会。平成22年7月現在、事業主団体を中心に会員数は36団体で構成されている。
同協議会では、OSHMSの導入・定着を促進する上での課題についての協議やOSHMSに関する情報提供等を行っている。(事務局 中央労働災害防止協会)
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エピソード
アンケート結果が示すリスクアセスメントの効果
OSHMS促進協議会(注)では、会員傘下の700事業場を対象としたアンケートを平成22年1〜2月に実施し、278事業場から回答を得た(回収率39.7%)。そのうち、リスクアセスメントを実施していると回答したのは193事業場(69.4%)であった。この193事業場は、リスクアセスメントの効果について、以下のように回答している。

 

(上位5意見のみ)
(注)
厚生労働省指針に沿った労働安全衛生マネジメントシステム(OSHMS)の産業界における円滑な普及、定着の促進を目的として平成12年11月に設立された協議会。平成22年7月現在、事業主団体を中心に会員数は36団体で構成されている。 同協議会では、OSHMSの導入・定着を促進する上での課題についての協議やOSHMSに関する情報提供等を行っている。(事務局 中央労働災害防止協会)
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